登山

赤城山・北尾根踏査

2009年12月29日

遅筆の私のことですから多分、これが本年最後のアップになるでしょう・・・

赤城山群の最高峰はいうまでもなく「黒桧山」1828mです。
登山路は東、西と南の3方向からあるのですが、北からのそれは無いのです。

黒桧山頂からほぼ真北に長い優美な尾根を引いているのですが、何故かこれまで登山路が拓かれていないのです。

いつのころからか、この大袈裟に言うと未知の尾根(勝手に「黒桧・北尾根」と仮称していますが・・・)をトレースしてみたいと思うようになりました。

地形図を穴の開くほど調べたり、北面道路を走りながら取り付き口を観察したり、黒桧山頂から偵察したりしたのですが、何所から取り付いたらよいのか判断が出来ないでいました。

ようやくこの晩秋から実際に何度かの踏査をして尾根のほぼ中間点に林道が通過していて、これを利用して、尾根を上下に分けてトレースする方法に辿りつきました。

12月25日、本格的には2度目の踏査。
林道は積雪でしたが、スタッドレスの威力で車のデポ地点へ。

雪は柔らかいので、アイゼンなし、スパッツだけ着けてスタート。

前回到達点を過ぎ、深い笹薮を漕いで前進。

先ず地形図上の標高点1515mと思われる地点に着きます。
白樺に囲まれた笹原の草原。
規模こそ小さいものの、素敵な雰囲気です。
知られることの無い別天地で、こんな場所がヒッソリ息づいているのだから、通俗的に過ぎる赤城山も、なかなか懐が深い・・・

柔らかい雪は次第に深くなり、大きな反射板が立つピーク(1644mの標高点?)の下からは膝まで潜るようになりました。
おまけに急斜面なので、いったん膝で雪を押し付けながらのラッセル。
単独での宿命で、多いに疲れました。

そのピークでは予想していなかったのですが、北の方向が大きく開け、上越、尾瀬、日光の白銀の山々が連なっていました。

ここから一旦下降し、幾つかの小さなアップ・ダウンを繰り返して、その先の黒々したシルエットが「黒桧山」の一角のようです。
しかし、今日はここまで・・・

 Pc251650                            

梢を透かして「日光白根」が見えています。                                          

                                                  

Pc251655

不鮮明ですが、画面の中央に「燧ケ岳」

Pc251654

私がラッセルした跡です。

ところで驚いたことにトレースの記録が見当たらないこの尾根ですが、奇特な人がいるもので歩かれている痕跡があるのです。

たとへば、ここの木の枝に「09・11・15 フジオカ T・K」と記した赤いテープが結んでありました。

さらに、私が辿ったルートに最近のものと思える下降した靴跡が雪の上に残っていました。

意気込んでいた出鼻をくじかれた思いもありますが、こんな尾根に関心を寄せている人が他にもいることを知り、嬉しくもあります。

今年はここまでで、撃ちかた止め!
残る「黒桧山」までのトレースは来年の課題です。

間もなく新しい一年を迎えます。
しばし、行く年を振り返り、気持ちをリセットして新しい年を迎えるとしますか。

この一年、こんなブログにおつきあいいただきありがとうございました。

どうぞどちらさまも良い年をお迎えください。

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丹沢・不老山で100日登山ビンゴ!

2009年12月19日

一昨日(17日)年間、100日登山を達成しました。

登ったのは西丹沢の「不老山」928mです

「不老」という縁起を担いで、前から100日目はこの山と決めていました。

Photo_2 丹沢湖の奥に目指す「不老山」がのぞいています。

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この吊り橋を渡ったところから山道が始まります。

吊り橋は一人づつしか渡れない、脆弱なしろものです。                                                 

  

                                                

Photo_3 不老山の山頂。

標柱の頭にワインの小瓶を載せて・・・

一人でヒッソリとささやかな祝杯をあげました。

 

私にとっては「100」というのは、これまでの山歩き人生で初めて到達した領域ですが、数多の登山者の中では取り立てるほどのことではありません。   

その上、100の中にはこれを数に入れてもいいのかな?と自分でも躊躇うものが2~3山含まれています。

少なくなったものの、残る日にちもあるので、もう少し積み上げておきたい、と思っています。                                        

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100日登山にリーチ!

2009年12月17日

これまでしたことなかった「年間山歩き日数100日」を今年の目標にしてきました。

意外に難航したのですが今日(12月15日)99日に達し、何とか到達できるメドが立ちました。

目指したのは「勝沼」の南にある「雲母山」とか「岩崎山」とかの、超マイナーな山。

ところが当てにしていた林道が冬季に入ったため、閉鎖されたばかり。

仕方なく途中で見かけた「茶臼山」なる山に登りお茶を濁す破目に・・・

この山については全く調べていないのですが、2・5万地形図を用意しているので何とかなるだろう・・・といつもながらのいい加減さ。

古ぼけた標識に導かれ急な山道をたどり948mの「茶臼山」に着きました。

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   _edited1_2                                                  

 石標に刻まれている「山の都をたいせつに」という意味が    分からない。                                                                 

                                                 

                                                 

ここから南へ「大沢山」を目指します。
あわよくば「雲母山」までいけるかな・・・?と。

道が心細い状態になって「大沢山」と思われる頂上に達しました。
ここで初めてお目にかかった標石。

_edited1_3  頭に「図根三角」と刻まれた粗末な標石です。
 「図根点」か「三角点」なら珍しくありませんが、これは初めてお目にかかり ました。     

微かだった踏み跡がここから途絶えてしまいました。

今日は道の無いところを歩く心構えをしていなかったので、いさぎよく後退。

「リーチ」をかけた割には冴えない山歩きでした。

                                  

                                           

                                            

                                           

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「カヤノキビラの頭」をご存知ですか?

2009年12月3日

拝啓
A・Kさま 
いつもながらのご無沙汰の間にまた師走を迎えてしまいました。  
~突然ですが「カヤノキビラの頭」って何のことかお分かりになりますか?山歩きをされる あなたなら、山の名前であることはお分かりでしょうが、何所にあるかとなると、たぶん正確には当てられないと思います。

東甲州と甲府盆地を隔てる標高1060mの「笹子峠」は良くご存知の通りです。

かつては交易の道として、また貧しい甲州から「笈を負うて郷関を出た」若者が、あるいはその結果、都で失意を抱いた者が徒歩で往来した峠。
時が移り、交通手段がすっかり変り、消えていった古道は数え上げたら大変なことになるでしょうね。
そんな時代にあっても「笹子峠」を越える道は、か細いながらも、今なお辛うじて道型をとどめています。
恐らく仕事や、山菜取りや、山歩きする人よって保たれている峠道です。
心なしたそこはかとない哀歓が漂っています。

 _edited1                                     

   峠の向うの勝沼方面に下る道が乗り越してます。                             

その南側には登山者の姿も稀な、「ナットウ箱山」とか「ボッコノ頭」とか珍妙な名前の山など含んだ山域があるにですが、「カヤノキビラの頭」もその一つです。
一見、意味不明ですが、漢字で「榧ノ木平ノ頭」と書くとおよそ察しがつきますね。

このごろ超マイナーなエリアにも足を踏み入れている私でも、未だ半分も歩いていない未知のエリアです。

今日(11月24日)はそこらを歩いてみました。

このエリアには道標が無い、ことになっているのですが「笹子峠」に着いてビックリです。
真新しい立派な標識が立っていたのです。

この後の行程も、道は明瞭で、要所には道標が立っていて、ガイドブックには載らないまでも、もう普通の山域になりつつあるようでした。

 Pb241580                                     

 「カヤノキビラの頭」山頂。
 ここにも真新しい標識が・・・。   

                                                                                                                                  ここから西へ「京戸山」に繋がるルートも惹かれているのですが、それは後日のことにして、今日は南の「大洞山」へむかいました。

Photo                            

                                    

僅か10分ほどで静寂な「大洞山」です。  

いつもながら出会う人とて無い、初冬の山道を戻りました。

今はすっかり山から遠ざかっているあなたに少しは山の空気をお伝えすることが出来たでしょうか?  

また、昔のように山が好きで、好きでたまらない仲間とこんな山歩きが出来たら、と願っているのですが、見果てぬ夢でしょうか・・・                        

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奇勝の秋「裏妙義・谷急山」

2009年11月6

天下の奇勝・妙義山塊の最高峰(と言ってもたったの1162mですが・・・)の「谷急山(やきゅうやま・やきゅうざん)」を歩いてきました。

妙義山塊の一番奥にあります。
危険箇所が多い妙義山塊の中では比較的容易なルートですが、それでもけっこう体力と神経を消耗します。

コースは国民宿舎・裏妙義~三方境登山口~三方境~P1・984m~大ギャップ~P2~谷急山~女道経由で下山

Photo 朝、逆光に浮かぶ「表妙義・金洞山」                                     

                                    

 

Photo_2 尾根に出ると展望が開け西に、一昨夜、初冠雪した「浅間山」                                             

                                           

 

P2

「P2」という岩峰です。

これを越えていくのですが、けっこう怖いです。

この頂上に立つと、高所恐怖症の私はゾクゾクしてしまいます。  

                                  

Photo_3 尾根がこのような裂け目で突然切れてしまいます。

大ギャップとか、V字状キレットとか呼ばれています。                                            

いかにも妙義らしいですね。                                              

  

Photo 画面、中央の扁平な山が、先日『クレヨンしんちゃん』の作者が不慮の死を遂げた「荒船山」です。

                                         

Photo_2 三角点標石だけで、山名標識すら無い質素な「谷急山」山頂。

狭い頂上ですが、展望は広大です。

今日は「北アルプス」まで見えました。

                                                   

山頂までの累積標高差は約800m。
普通なら2時間半くらいでしょうが、3時間半かかりました。

下山ルートは「女道」
名前は優しいのですが、沢筋に入ってからは道形がなく、ペンキ印や、テープを頼りに下降します。 
一筋縄ではいきません。  (人間の世界でもそうだな・・・・) 

林道に下りついた時には、正直ホッとしました。  

妙義山塊は身の丈はたいしたことはありませんが、面白くて、しかし手強いです。

で、また行くことになるでしょう。

                                                        

                                                                               

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超接近!カモシカ ~北八ッにて

2009年10月25日

少しばかり雑事が重なりパソコンに向かう時間が取れなくなって、またまたブログの更新が遅れてしまいました。

この間に北八ヶ岳の「にゅう」を歩いてみました。
北の蓼科山から、南端の「編笠山」までの長い「八ヶ岳連峰」
そのほぼ真ん中辺りで、主稜線から東に外れて「にゅう」という可愛らしい岩峰があります。

標高2352m
名著『北八ツ彷徨』で著者の山口耀久さんは「にゅう」についてこんな風に書いています。
「にゅうの眺めはすばらしい。ここに立って、北八ッが好きにならない登山者はいないだろう」・・・・

それにしても「にゅう」なんておよそ山の名前らしくないですね。
刈り取った「稲」を円筒形あるいは円錐形に積み上げたものを指すそうです。

この道中で前ブログの「クマ」に続き、こんどは「カモシカ」と超接近したのです。
山でカモシカを見かけることは決して珍しいことではありません。

しかし、今回の出来事は僅か4~5mを隔てての遭遇です。
しかもしばらく目を合わせ、シッカリ互いにみつめあいました。

それは22日「北八ッ」の「みどり池・しらびそ小屋」に向かっている途中の出来事。

52年ぶりの「みどり池」への道のほぼ中間に差し掛かった時です。

山道を上るときは足元に視線を落としていることが多いのです。
フト目を上げると目の前に黒い動物が立っていました。

彼我の間は4~5mです。

一瞬「クマ?」と思いギョッとしましたが、「カモシカ」でした。
目が合いました。

襲われるか?と思い数歩そのまま後ずさりしました。

しかし彼はそんな気振りはコレポッチも見せませんでした。

その目はまるで動じていません。
威嚇するでもなく、怯えるわけでもなく、静かな落ち着いた目でした。
森の隠者のように・・・

彼の目はもしかしたら、私の目を通過して、永遠を見通しているのか、と思えるくらい深い静謐を湛えているかのようでした。

十数秒が経過したでしょうか。
彼はなにごとも無かったようにユッタリした足取りで右手の浅い谷に降り、その畔で草を食みました。

私の存在は見事にシカトされたということになります。

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 北八ッの深い樹林の中に小さな岩峰をもたげる「にゅう」  

 この日の私のように孤独の憂愁を醸し出しています。
      ~ナーンチャッテ・・・・                                                 

                                                                                                         

            

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                                                                                             「にゅう」山頂
樹海の中の天に向かって開く窓「白駒池」

連なる北八ッの稜線の果てに「蓼科山」
  

 これからの山歩きに何が待っていることやら・・・・・                                                   

                                                    

                                           

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初体験!クマとの遭遇「奥日光・黒檜岳」

2009年10月14

これまで随分いかにも「クマ」が出そうな山を歩いていますが、幸か不幸か(不幸なわけないだろうに・・・)クマに出会ったことは一度もありません。

たいていの山域には「熊出没注意」の立看板がありますが、クマの方も心得ていて、そんな看板の立っているところには現れないようです。

一度くらいクマと遭遇する経験をしないようでは一丁前の山好き、とは言えないような気がしているので、妙に劣等感?を抱いていました。

それが・・・ついに出会ったのです。本物のクマと・・・・
感動?の初体験が出来ました。  ~喜んでいる場合か・・・?
時は10月13日、午後12時半ころ。
ところは中禅寺湖の南西にある「黒檜岳」1976mからの下山道の途中。

こんな状況でした。
突然これまで聞いたことの無い「ウオーッ」というような獣の叫びが聞こえました。
やや甲高い声でした。
咄嗟に目をやると黒い、大小二つの影が、瞬間視界をよぎり、たちまち笹薮の中に消えていきました。
およそ4~50mくらい離れた位置です。

親子連れのクマが先に私の存在に気付き、威嚇の叫びを挙げて逃げた、ということのようです。
それこそ瞬きするくらいの間の出来事だったので、実のところ、それがクマであったのかどうか、100%の確信が持てないのですが、状況的にクマとしか考えられないのです。

離れていたこともあり、危険は感じませんでした。
反射的に落ちていた手ごろな枯れ木を手にしていましたが、若し襲ってきたらそんなものが何の役にたつでしょうか?

さて、この日の登山はこんな具合でした。

Pa131449 戦場ヶ原・赤沼から低公害車に乗り、小田代ヶ原の白樺「貴婦人」を見たりしながら終点の「千手ヶ浜」

その辺りで見上げる特徴の乏しい「黒檜岳」

Pa131450 中禅寺湖の畔に出るとご存知の「男体山」が・・・                                               

                                                                                                          

Pa131454 中禅寺湖から離れ、登山道に入る分岐点

Pa131451 登りついた最初の頂上にはこんな標識しかありません。                                   

                                        

Pa131452

少し進むとまともな頂上標識がありました。

しかし、展望の無い平らな山頂からは頂上を踏んだ、という実感を持てません。

 Pa131453                                            

 黒木に覆われたこの山には秋の色彩が殆んどありません。

 ささやかな紅葉です。

クマ鈴も、ストックも持たない私は熊へはまるで無防御です。

データによるとクマに襲われて死亡する被害者数は年平均1人。
蜂によるそれは40人。
圧倒的に蜂の方が危険です。

そんなデータにすがってこれからもクマさんへはノーガードで臨みます。                                                                                   

                                      

                                                                                                                                     

                                               

                                                                                                                                         

                                               

                                          

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48年ぶり、2度目の白馬岳

2009年9月28

48年ぶりに「白馬(しろうま)岳」2932・2mに登りました。
コースは初日、栂池自然園~天狗原~白馬乗鞍岳~白馬大池小屋(宿泊)
翌日、小屋~小蓮華山~三国境~白馬岳~往路を戻って栂池自然園です。

栂池から天狗原へは以前から草紅葉のころ歩いて見たいと考えていたことですが、それなら白馬大池小屋に泊まって「小蓮華岳」辺りを歩くのも良いな、と発展し、そこまで行くのなら、もう一ガンバリすれば「白馬岳」まで登れるな、と三段跳びで実現した、と言うわけです。

それでは一足早い高山の秋をお届けします。

Photo                                                                 

  通過してきた「天狗原」を俯瞰します。                                      

 2                         

 標高2380mの「白馬大池」の水面に映える紅葉です。

 Photo_2                             

 同じく「白馬大池」です。  
  岳樺の黄葉も味わいがあります。                                           

Photo

この時期はもちろん一番早い「ウラジロ  ナナカマド」「ウラシマツツジ」などが中心
になりますが、「チングルマ」などの草紅葉も欠かせない存在です。

2_2  
 小蓮華山2769mを過ぎて、近づく「白馬岳」
 左は「白馬槍」と重なる「杓子岳」


 Photo_2                                          

  白馬岳山頂 2938m に一番乗り。
  48年前は風雨の中で何も見えず、ただ頂上に立っただけで、何の記
  憶も残っていません。  

  円柱の方位盤の設置については新田次郎の出世作「強力伝」に
  書かれています。
  
早朝のガスが消え、今朝はかつての無念を十分晴らした展望を楽しみました

これで終わりにしておけば良いものを、少々文句を垂れ流します。

それは、どういうわけかこの山域で離合した登山者に、異常と思えるくらい「熊よけ鈴」を鳴らしていた人が多かったことです。

ハッキリ言ってこれは「マナー違反」です。
ご当人にはその意識が無いのでしょうが、とても耳障りで、山の雰囲気を壊します。

熊よけ鈴は、滅多に人が入らないような山域での使用に限定すべきで、絶えず人が往来する山道では必要ありません。
ましてや、山小屋や乗り物などで鳴らすのは言語道断です。

一説によれば熊よけの効果は確認されていないのです。

この登山道の往来では、およそ半数近い人が鳴らしていましたね。
特にご夫婦連れは例外なく鳴らしていて、ご丁寧なことにおそろいまでいます。
とりわけ酷かったのがご夫人のほうが2個も下げていました。

チンチンじゃらじゃら、まるで巡礼ご一行です。

この他人への迷惑に気付かない鈍感な行為が、マナー違反であることは山岳会やツアーリーダなどではキチンと教えています。
山岳誌のマナー特集などでも取り上げています。

ですから、さすが山岳会のグループらしい一行や、いかにも山慣れした登山者にはそんな不心得な人は見かけません。

こうした得意げに鈴を鳴らしている人は、山岳会に入ってもいず、山岳誌も読まないでしょうから、それがいかに顰蹙を買う行為かと言うことを知らないのでしょう。

どう啓蒙したら良いのか・・・。
いちいち注意していたらキリがないし、中にはキレル人もきっといるに違いありません。
ホトホト困っています。

私は、山ではただ、稜線を吹き渡る風の音を聴きたいだけなのに・・・・・・                                            

                                                                     

                          

                               

                                          

                         

                           

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大雪山系・トムラウシ山遭難事故の検証

2009年9月16日

7月16日大雪山系・トムラウシ山で発生した大量遭難事故については未だ記憶に新しいのですが、「山と渓谷」と「岳人」の専門2誌に検証記事が掲載されていますので、以下そのダイジェストをまとめてみました。
今後も、日本山岳会その他での検証作業も進められているそうですが、これまで報道されてjなかった事実も明らかになり、ほぼ全容が解明されつつあるようです。

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「山と渓谷」誌9月号から転載

始めに私が関心を持っていたスタッフ構成が明らかになっていますので、そこから入りましょう。
マスコミではガイドが4人とか3人と報じていましたが正確には次のようです。
ガイド兼ツアーチーフ   (1名) 61歳 (死亡)  広島
メインガイド        (1名) 32歳        海道
サブガイド         (1名) 38歳        愛知
ガイド補助         (1名) 60歳       ネパール

これで分かるように登山における「リーダー」の役割を誰が果たすのか明確ではありません。
またスタッフ編成そのものが寄せ集めの感があり、これでは極限の状況に追い込まれた場合に、難局を切り抜ける呼吸合わせが難しい編成だったことは容易に想像されます。
これも、ツアー登山が内包している危険因子の一つです。

さて、原因はどのように分析されているでしょうか?
山岳遭難に限らず、重大な事故は必ず顕在化されたものと、潜在しているものとで、おおくの不幸な要因が重層的に絡み合って生じるものです。
結果論になりますが、起こるべくして起こるものですね。

抽出された原因を列挙しますと

・予想を超える降雨と強風で、低体温症を招いた
・天候の判断を誤った(午後には回復すると・・・)
・ガイドが行動の判断を誤った(避難小屋で停滞すべきだった)
・予備日を設けていなかった(経済的理由で・・・)
・参加者の装備の点検をしていなかった
・参加者の体力、経験、装備がマチマチだった
・パーティーが分裂状態になった(制御不能で、自分の命を守ることが精一杯)
・ケイタイでの救助要請が遅すぎた  ・・・etc

とりわけ私が驚いたことがあります。
一見、直接的には遭難原因にならないように思えるようですが、これまで報道されていない、看過出来ないことがあったのです。

人のスタッフのうち1人が、正に破局を迎える寸前にパーティを離脱して「ヒサゴ沼避難小屋」に戻っている、ということです。
その理由がこうです。
その夜「ヒサゴ沼避難小屋」に到着する、同じツアー会社の別のパーティのために 避難小屋の場所を確保しておくため、というものです。
唖然とします。
避難小屋を私物化するのにひとしい行為で、本来の目的から逸脱しています。
自分たちさえよければ、他の登山者のことはどうでもイイヤという行為で、余りにも身勝手すぎます。
もう一つの理由がその後到着するパーティのためにテント、コンロなどの装備を渡すためだそうです。
つまり非常装備を使い回しているわけです。
これは酷い、酷すぎます。

これでは「今そこにある危機」に役に立たないではないですか。
いかに商業ツアーといえども、人命より経済性、効率性を優先するのか、と非難されても返す言葉が無いでしょう。

そのツアー企画会社の「アミューズトラベル」からのユーザー宛の「安全対策に関する緊急提言」という文書も配布されています。
幾つかの項目の中に「テント泊などの縦走計画では予備日を設ける」としています。
必要な措置でしょう。
しかし、民間会社の営業行為ですから、その分費用はかさむことになります。

この不幸な遭難を教訓にしていくばくかの改善がはかられ、リスクの軽減は期待できるでしょう。

しかし、山での事故、遭難は決してゼロになることはありません。

残念なことですが、自然の中における事故には人智を超えるものがあるからです。

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西穂高・独標の遭難慰霊碑

2009年8月28日

このところ山歩きの記事が途絶えていました。
7月から8月にかけての夏らしからぬ不順な天候続きで、これといった山歩きが出来なかったせいです。

ようやく夏らしくなったのも束の間で、早くも秋めいた空気を大陸からの高気圧が運んできました。

そんな日に「西穂」の途中の「ピラミッド・ピーク」まで歩いてきました。

Piramiltudo

独標からみた「ピラミッド・ピーク」
奥の方に「西穂」

6

西穂への岩稜線

この山歩きの目的の一つは、登山の遭難史でも有名な1968.8.1の「西穂・独標」における落雷事故の慰霊碑の確認をすることです。

その時、独標付近を襲った雷雨により、この辺りを緊急下山していた松本深志高校生11名が独標の南北の斜面で若い命を失いました。

その霊を慰める碑が山頂付近にあるはずなのですが、過去4度往復しているのに、何故なのかその存在が確認出来ないのです。

たまたまこのたびの同行メンバーにそれを見た人がいて、どうやら頂上より低い位置にあることが分かりました。

今度こそ発見するぞと、注意しながら下降。
ところが、途中まで下っているうちに、下のコルで高齢の男性が転倒し、うつぶせになったまま動かなくなってしまったことを目撃しました。

どうやら、昨夜「西穂山荘」で山談義を交わしたご夫婦らしいのです。

”いま行くから待っていてー”と声をかけ、近づくと、起き上がっていて、どうやら大事はなさそうで、”打撲らしい”ということでした。

携帯していた救急薬品を提供し、簡単な手当て。

一段落して慰霊碑探しを忘れていたことを思い出し、探しながら再び「碑」探しに上り返し。
ようやく発見しました。

見つからないはずです。
それは登山者が立ち入ることを禁止しているトラロープの外側にあったのですから。

Photo                                          

 

世間に衝撃を与えたこの遭難事故は、深志高校恒例の夏登山で、一行46名の4分の1の命が一瞬にして奪われたものです。

合同慰霊祭で捧げられた鎮魂の歌詞は
  天地も砕くるばかり 雷(いかずち)のとどろく穂高
  岩こごしその高嶺より 雷に灼かれ撃たれて
  天翔けり翔りたましい 十一人の君らが御霊
  われら聞く君らが声を 若々し君らの希望をーーー

                                          

                                         

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