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三峰山に寄り道し美ヶ原へ

2016年8月4

美ヶ原には何度か行っているが、たった一度の登山を除いてあとはドライブである。
そのたった一度の登山は58年前のことになる。
その当時率いていたハイキングクラブの行事で、32人が参加している。
どこをどう歩いたのか記憶は風化しているが、記録によれば大屋駅からバスで巣栗まで行き、そこから白樺平を経由し、今の美ヶ原高原美術館の辺りを通り「山本小屋」に入っている。

Img012 その時泊まった山本小屋。
山本小屋の母屋はすでにあったのだが、団体はこのカマボコ型の小屋に泊められた。
今、私が山仲間と集合写真を撮ると中高年ばかりだが、このころはご覧の通り全員が20歳台である。
このメンバーの中で未だに山から離れられないのは私だけになってしまった。
うたた今昔の感が強い。


観光地化しているここに山登りで行くことはなさそうだが、今の山本小屋辺りがどんなふうに変わっているのか見ておきたい、というのが今日の主たる目的。

和田峠でビーナスライン(どうにも好きになれない呼称だが・・・)を霧ケ峰と反対に右折する。
行きがけの駄賃のつもりで「三峰山」1888mに登っておこう。
と言っても、駐車場所の「三峰茶屋」から1時間ほどで往復できる。

Dscn6095 振り返り見下ろす「三峰茶屋」

山頂に至る草原からのロケーションの素晴らしさといったらなかった。
この景観には一度で虜(とりこ)になってしまった。
八ヶ岳や南アルプスの頂稜に雪が載ったころ絶対に再訪するぞ、と心に誓った。

Dscn6096 南アルプス~左から甲斐駒、北岳、仙丈

山頂から西へ岳さんご推薦の「二ツ山」への山道が続いているが、大きなアップダウンの連続で、2時間以上かかるとあれば、今の私には歯が立たない。

Dscn6099 三峰山の山頂

車に戻り 美ヶ原へ向かう。
先ず高原美術館へ。
一度入っているので今日はオモチャ箱をひっくり返したような全体を俯瞰するだけでスルーした。

Dscn6109
美ヶ原の中心地、山本小屋の駐車場へ。
日曜なのでワンサカ車が入ってきているが、何とかスペースを確保できた。

Dscn6110 この原の類まれな景観美を発見し、世に知らしめるため笹小屋を基地にして開発に当たった山本俊一の像。
俊一はそれまで牧場としては利用されていたが、観光地としては顧りみられることがなかったこの地を、今や日本有数の人気スポットにした始祖である。

草小屋を建てのが昭和5年のことだからほぼ90年前のことになる。
ただ、美ヶ原の歴史は古く、黒曜石の流通経路として利用されたりして、交通の要衝だったようである。
江戸時代中期にはには「美ヶ原」という呼称が初めて登場し、明治の末期には牧場が開かれている。

Dscn6114 風に弄られるタカネナデシコ。
花弁があまりにも繊細なので、風が吹くと髪の毛が乱れるようになる。
モネの「日傘をさす夫人」のスカーフが風になびいている様子と重なり合う。

Dscn6120 今の山本小屋の外観 ~もっと瀟洒な高原ホテル風に改築されているものと想像していたが、むしろ山小屋に近い。

Dscn6115 高原の一角にたつ「美しの塔」が見えてくる。
あの時は深い霧の中だったので、このように遠望したわけではなかったが、とてつもなく懐かしいものに再会したようで、不覚にも胸を突き上げてくるものがあった。

Dscn6118 尾崎喜八の詩「美ガ原溶岩台地」のレリーフが埋め込まれている。
   登りついて不意にひらけた眼前の風景に
   しばらくは世界の天井が抜けたかと思う。  
(以下略)

Dscn6122 高原の一角からの蓼科山~八ヶ岳・赤岳

Dscn6126 美ヶ原からの下り道の途中でカモシカの母子連れを見かけた。
カモシカそのものは何度も見かけているが、母子連れは初めてである。
車の往来が激しい車道を悠々と横切っていた。
往来する車も一時停止して観察。
車を降りると驚かせてしまうかと、乗ったままで写したが思うようなショットは得られなかった。

Dscn6129 中山道の和田宿に下り「和田宿本陣」の見学をする。
皇女和宮が徳川家にご降嫁されるときにここに宿泊している。
その時の一行は約8万人というから、何とも豪奢できらびやかな嫁入りだったのか。
ちなみに嫁入り荷物は東海道で運んだそうだから、何故、和宮一行がわざわざ難路になる中山道を経由したのか、興味をそそる。
東海道が足止めがあったりして、時間が計れないことなどが理由で中山道を辿った、ということらしい。

これまで何となく遠隔地という気がして足が向かなかった美ヶ原界隈であるが、山荘からなら片道150kmほどである。
幾つか興味をもったコースがあるのでもう少し通ってみたい。

私の粗忽さが原因でまだ「工事中」の段階で間違ってアップしてしまいました。
醜態をお詫びする次第です。
これが一応完成形です。

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コメント

風花さん、こんばんは

誰が名付けたか知りませんが「美ヶ原」はやはり百名山ですよね。病気をした人とは思えない、凄いファイトです。美ヶ原は一昨年、前山滝から登りましたが、かなりの苦労を思い出します。展望台としての美ヶ原は素晴らしいですが、あの周辺を走破するにはかなりの体力が要りますね。百名山と言えど、私は山と思っていなかったので、改めて発見した魅力は脳裏に焼き付いています。

投稿: 岳 | 2016年8月 3日 (水) 22時31分

長和町観光協会主催の「霧ケ峰・美ヶ原 中央分水嶺トレイル」に参加して、和田峠から扉峠まで歩いた時に三峰山を通りました。展望の良い山だと言う記憶しかありませんが・・・
山と高原地図では和田峠から扉峠は地図が途切れていて三峰山は載っていないのですね。歩く道だと思われてないみたいですね。
美ヶ原は過去に何回か行っていますが、仰せの通り、いつか晩秋とか初冬に行ってみたいです。

投稿: のりこ | 2016年8月 4日 (木) 04時17分

岳様
私の粗忽ぶりをいかんなく発揮してしまい、途中のものを間違ってアップしてしまいました。
誠に申し訳ありません。
改めてしあげたものをアップいたしますので、ご覧いただければさいわいです。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月 4日 (木) 06時07分

のりこ様
実は仕掛り中のものを間違えてアップしてしまいました。
写真も文章も尻切れトンボになっていて、さぞかしヘンに思われたでしょうね。
中央分水嶺トレイルは和田峠と美ヶ原の間が抜けていました。
これから埋めるつもりです。
改めてアップしなおしますのでご覧ください。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月 4日 (木) 06時12分

お身体の調子がよろしいようで何よりです。
この時期にしては天候に恵まれましたね。
私はドライブだけですが、ネーミング通りの美ヶ原は大好きです。

画像に興味がありますのでまた訪問いたします。

投稿: おキヨ | 2016年8月 4日 (木) 11時36分

おキヨ様
日頃のそそっかしさがモロに出てみっともないことをしてしまいました。
なんとか完成形にしました。(・・・えーあんまり代わり映えしていない・・・ご尤もです)
どんな場所にでもそこにしかないオンリーワンの美点があるものですね。
美ヶ原もあまりに観光地化したために敬遠していましたが、2千m前後の高さにあるあの広大な草原は、やはりここならではと再認識しました。
体調はほぼ回復しているのですが、体力が薬の関係で思うように戻らないのです。
ドクターの言では年齢的にどうにもならないことのようです。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月 4日 (木) 14時24分

1枚目の写真のワンデルの意味が分からずに調べてみました。結局、すっきりとはしませんでしたが、「リングワンダリング」のことで宜しいのでしょうか??
曾ての山は、若者で溢れていたのですね。。

投稿: itta | 2016年8月 4日 (木) 23時21分

itta様
「わんでる」によく気がつかれましたね。
ご明察の通りでワンダリング(ドイツ語で山野をさまよい歩くこと)が語源で、発音しやすいようにアレンジしたものです。
リング・ワンデリングになると、濃霧やホワイトアウトなどで視界が閉ざされた場合に行動すると、いつの間にか一周して元の位置に戻ってしまう現象で、私も一度経験しています。
私が名付け親ですが、ヘルマン・ヘッセにかぶれていたころで、その影響は受けています。
当時は「ワンダー・フォーゲル」(今のワンゲル)運動が胎動し始めていました。
珍しい名前なので随分質問を受けましたね。
こんな珍奇なネーミングによくみんなが賛成してくれたと思います。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月 5日 (金) 06時28分

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