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和田峠.古峠の探索と鷲ヶ峰

2016年8月17日

いまこの古い峠道は 新道ができてから
たれも通るものがなくなった
せきばくの中
二月末の夕陽が
ときいろに きらめいている

これは蔵原伸二郎の詩「峠路の道しるべ」の一部です。
このような峠は全国の至る所に散在していることでしょう。
こうした峠に漂う一種の哀感に惹かれる「峠」ファンは多いようです。
私もそうです。

今日(8月12日)尋ねた中山道・和田峠の「古峠」もその一つです。
その旧和田峠(古道)を探索し、前回途中までしか行けなかった鷲ヶ峰に登るのが今日の目的。
昨日の「山の日」から始まった盆休み。
どこもかしこも人・人・人そして車・車・車
こんな時は避けたいのですがもろもろの都合でそうもいきません。

さて先ず「古峠」の探索ですが、どうも地理院地図などいろいろな資料に当たっても正確な位置が掴めません。
とにかく現地で、と現在の和田峠へ。
峠に着いてから、車を走らせながら周辺を探って見ましたが「古峠」への入り口が見つかりません

丁度、峠の茶店「農の駅」の主が開店準備で外へ出ていたので教えてもらいました。
その峠の入口は車できた場合には先ず分かりません。
中山道の旧道を丹念に辿ってくれば自然に導かれるようになっているのですが、車で楽しようという横着者には簡単に門を開けてくれないようです。

峠への道はいかにも古道らしい素敵な雰囲気でした。
ただ、せっかくの舞台装置なのに自分の体調が思わしくありません。
2日前に抗ガン剤の点滴を受けました。
ドクターのいうことには抗ガン剤のような強い薬は、高齢者にはダメージがあるそうで、キットそのせいでしょう。

Dscn6165 ただ、峠までは20分ほどの上りなので何とかなります。

着いた古峠は期待通りの峠らしい峠でした。
峠には今でも生活道として使われるいるような名もないごくごく小さな峠もあれば、那須の大峠に見られるような広い広い開放的な峠もあります。

ここ「古峠」はその中間くらいで、中山道一の難所をどうにか上りつめヤレヤレと安堵して腰を下ろし、束の間の憩いを取るには格好です。

Dscn6167 この峠は霊峰・御嶽山の遥拝所で、かつての旅人はここに立ち、御嶽山に向かい合掌し、旅路の安寧を祈ったのでしょう。
今日は夏雲に包まれているので御嶽山の姿を拝むことができません。

峠からの戻り道での思案・・・
今日の体調で鷲ヶ峰に登るのはムリだろうな・・・どうする・・・
その時、天啓のように(大げさな・・・)一つのアイディアが閃きました。

和田峠から鷲ヶ峰への登山道が、限りなくビーナスラインに接近する所があります。

その辺りに駐車ができれば和田峠から登るより時間を短縮して登ることができます。
ズルイがその方法で鷲ヶ峰の山頂まで少しでも近づき、ギブアップしたところで引き返せばいいだろう・・・

Dscn6170 遠くないところに鷲ヶ峰の山頂が見えます。

普通ならどうってことのない行程なんです。

Dscn6172 振り返ると先日登った三峰山(右)とブロ友・岳さんお勧めの「二つ山」が見えます。
それにしてもビーナスラインのひっかき傷跡は無残です。
開通してから半世紀以上経つでしょうが、自然の復元力をもってしても傷跡は消えません。

苦しくなっているのですが、何とか足が動いてくれるので、もう少し、もう少し、と進みます。

山頂手前に急登があり、たまたま交差した人が”ここからがキツイですよ”と。
聞きたくはなかったんですが・・・
それでもここまで来ればもう戻る選択はありません。

Dscn6173 山頂 ~意外にも人影はまばらでした。

田次郎の『鷲ヶ峰物語』では山頂付近に2体の石仏があることになっているのですが、見当たりません。

Dscn6174 山は辛うじてお隣の車山が見えるだけです。

Dscn6177 八島湿原を俯瞰

鷲ヶ峰から八島湿原への下りは砂礫でいかにも滑りやすいものです。
十分注意しているつもりでしたが、何と左足が4度もスリップしました。
そのたびに膝、肘に擦過傷を負い、左足首を捻ってしまいました。
これほどスリップした経験はこれまでありません。
やはり薬の作用でバランスがとても悪くなっているせいでしょう・・・
それにしてもどうして左足ばかりが滑るのか・・・

~そう思っていましたが、帰宅してから靴を点検すると、左足踵のトレッドパターン(溝)がまるで摩耗していました。
タイヤでいえば「坊主」の状態です。
これが度重なるスリップの主たる原因でしょう。

人と車で溢れかえっている霧ヶ峰を久しぶりに横断しましたが、どこにも立ち寄る気が起きず、真っ直ぐに山荘へ戻りました。

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登山」カテゴリの記事

コメント

癌治療の2日後の山歩き・・・私などには無茶という気もしますが、心身の回復に必要とのお考えでしょうね。
前向きな姿勢はこれまでの風花さんの生き方を想像させます。

夏休みとあって、霧ヶ峰あたりの混雑もピークなのでしょう。
落ち着いたら出かけてみたい場所です。

投稿: おキヨ | 2016年8月17日 (水) 12時34分

おキヨ様
大病とか、手術とか、大怪我などをすると別人のように老化が進んでしまう例は少なくないですね。
私の場合はそこまで深刻ではないだろうと思うのですが、何しろ抗ガン剤は正常な細胞まで叩いてしまうそうですから、体へのダメージは避けられないのでしょう。

私ももう少し肩の力を抜いて自分を楽にしてやったらどうか、と思うのですが、残り時間が少ないという焦燥感がなかなか払拭できないのです。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月17日 (水) 15時55分

風花さん、こんばんは

田舎では盆暮れ正月はイベントが多く、自由がありません。
良く言われますが、身体を鍛えるのではなく、今の体力を維持する。
それには歩く事も含めて運動は欠かせませんが、この暑さは異常・・・
足の状態もありますが、気力が萎えている現状ですが、
風花さんの頑張りに、峠歩き、トレイルに興味が湧いて来ました。


投稿: 岳 | 2016年8月17日 (水) 20時09分

岳様
昔ほどではないにしても、地方での暮らしのしきたりは細々ありますね。
家督を継いだ人にはそれがけっこう負担になるでしょう。
陛下のお気持、よくわかります。
私は次男で、家を出たのでそのような軛(くびき)からは免れました。
関東は晴れた日には猛暑になりますが、急に低温になったりして天候が定まりません。
私も今は気持ちが萎えがちですが、涼しくなったら何とか巻き返しをはかるつもりです。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月18日 (木) 06時28分

峠は魅力的ですね。
ひっそりと人の訪れない峠の端に苔むした石仏、、
時間がずっと止まっていたかのような錯覚に襲われます。
しかし、地元の低山でもこうした峠が林道に潰されて
しまっている現状があり寂しい限りです。

投稿: itta | 2016年8月18日 (木) 09時03分

itta様
正直言って、山頂への拘りが薄れ、峠歩きなどに興味が移ってくるのは登山に必要な体力が衰えてきていることの証明、という側面があることは否定できません。
私の場合もそうです。
山頂は遠のくばかりなのでその埋め合わせとしての峠歩きなんですね。
それでも山の中にある峠ならそこそこ満足は得られます。
それが人々から見捨てれれ峠であればいっうそういいですね。
安倍峠辺りにも出かけrたい気持ちはあるのですが、実現性は遠ざかるばかりです。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月18日 (木) 11時41分

風花さま~ こんにちは。

中山道の旧和田峠、お写真で拝見しているととてもよい雰囲気ですネ
今度八島湿原に来た時は鷲が峰共々一度訪ねて見たいと思います。
山頂が遠のくばかりなのでその埋め合わせに峠歩きと仰っていられますが病い上がりの身で中々決断実行まではいかないでしょう。

車を運転しながら出かけられる勇気に敬意拍手喝さいです。
こちらは連日の暑さ続きに山に出かける体力もなく喪失状態です

投稿: かおり | 2016年8月21日 (日) 17時27分

かおり様
関東地方も天候不順です。
厳しい残暑の日があるかと思えば、長続きせず、終日雨の日が続いたりします。
何かをしようとする意気が阻喪してしまいがちになります。
あと1ヶ月もすれば登山には絶好の季節になるので、もうチョットの我慢ですね。
私も山頂へのこだわりは決して失いたくないのです。
が、悲しいことに気持ちに体がついていけないのですね。
誰もが避けて通れない道を、私自身も辿り始めているんですね。
かおりさんにはしばらく縁のない世界だと思いますが・・・。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月22日 (月) 07時03分

抗がん剤の治療は大変とお聞きします。
私の山仲間にも、こうして闘いながらも山から離れないで、少し、少しと歩いています。
中央分水嶺トレイルの中で、和田峠古峠を通るコースがありましたね。一度歩いたような気がするのですが、さっぱり覚えていません。秋に又、歩いてみたくなりました。
お盆の1週間は孫を預かり、その疲れがまだ取れないでいます。
新田次郎の霧ケ峰に関した本は未読です。霧ケ峰へ行く前に手にしてみたいです。

投稿: のりこ | 2016年8月23日 (火) 06時03分

のりこ様 
中央分水嶺トレイルを和田峠から三峰山(その逆でも・・・)へ歩けば「和田峠・古峠」は通過しているはずですね。
このルートは天空を往く雰囲気を味わえ、なかなか素敵です。
新田次郎の作品で霧ケ峰を舞台にしたものでは『霧の子孫たち』というのがあります。
ビナスラインの建設反対運動を題材にしています。
特に印象に残るような作品ではないと思いましたが・・・
ガンと闘いながら登山を続けている方のことは私も見聞しています。
中には重篤なガンを克服した例もありましたね。
そでに比べれば私の場合など子供だましみたいなものです。
登山とはいえないレベルのものですが、山に入れることだけでも恵まれていると思います。

投稿: 風花爺さん | 2016年8月23日 (火) 07時06分

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