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2016年3月

もう使うことのないパスポート

2016年3月30日

先日、オバマさんが現職の大統領として88年ぶりにキューバを訪ねた。
昨年7月、54年ぶりに国交を回復してさっそくの訪問である。
1962年、あわや米ソの核戦争勃発か?と世界中を震撼させた一触即発の「キューバ危機」も今や遠い日の回想になった。
隣り合う両国が仲良しになることは世界平和の前進のために望ましいことだ。
とはいえ、今この瞬間でも起きている中東を中心にした、血で血を洗う報復の連鎖は収束の気配すらない。
この報復は千年以上も前の十字軍の遠征にさかのぼるから長い、長い因縁がある。
オバマ大統領のキューバ入りの画面を見ながら、米国大統領でも入国の時はパスポートを提示するのだろうか?などと愚にもつかないことを思ったりした。

そのことからしばらく出番のない自分のパスポートはどうなっているのかな?と気になった。
大分長いこと使わないままになっているが・・・

Img006
確かめてみたらこの4月に期限切れになることが分かった。
それに気付かないほど長いことパスポートを使う必要がないままに過ぎているのだ。

このパスポートのおかげで叶えられたたくさんの夢があった。
パスポートがあっても憧れのままに終わったもっと多くの夢も、またあった。

Photo 七十歳を迎えたとき、生涯の節目を刻むつもりで富士山より高い山へ登ろうと思い立った。
そして中国の太姑娘山(タークーニャンシャン)5025mに登った。
翌年、もう少し高度を上げネパールのゴーキョーピーク5380mに登った。
この時、高山病にかかり、以後これ以上の高度は断念したため、これが生涯最高所で終わった。

Img200 ニュージーランドではマウント・クックの中腹の氷河までプロペラ機で飛んだ。
ニュージーランドという国は、自然から居場所を分け与えられていることを自覚している人々が、慎ましやかに自然の片隅で暮らしていることが感じられる美しい国だった。

Img199 これは東欧の国を巡った時のドナウ河のクルーズ。
背景にハンガリーの国会議事堂が写っている。
ソ連のくびきから解放されたばかりの東欧諸国は決して豊かではなかったが、どこでも中世の面影が留められ至るところに歴史の襞(ひだ)が刻まれていた。

オーストリアのツアーでは、丁度今の私くらいの年齢のOさんと親しくなり、連れだって歩いた。
ハプスブルグ家への深い敬愛を抱いていて、その博識ぶりにはただただ驚くばかりだった。
そのOさんのことを思えば私だってまだ余地は残されている気がしないでもないが、もういいだろう。

パスポートは多分更新することなくこれっきりになるだろう。
こうして不要になるものを一つづつ捨てていく、それが人生の終盤にさしかかったものの心がけというものだろう。

給湯ボイラーが凍結で破損したため、ほぼ2ヶ月ぶりに山荘へきた。
雪はまったくなくて、主がいなくても季節になれば律儀に花は開く。

Dscn5813 クリスマスローズは風情に乏しく、あまり好きではないが、繁殖力が旺盛でやたらにはびこる。

Dscn5814 これが一番早起きのカタクリだが、全開はもう数日後になるだろう。
「もののふの 八十をとめらが くみまがふ
           寺井の上の かたかごの花」 大伴家持


Dscn5815 無秩序に植え込んだクロッカスはあちこち思いがけない場所に散らばって咲いている。

Dscn5816 水仙はこれから・・・。

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黒川鶏冠山~挫折感にさいなまれて後遺症も・・・

2016年3月23日

早や立ちなので前夜の飲み会をパスして、16日、久しぶりに中央道を西へ走った。
目的は「黒川鶏冠山」1710m。
一年先に会山行で採りあげるこことなった。
無雪期には数回登っているが、積雪期はないので、この時期の積雪状態を確認しておくことが目的である。
青梅街道の柳沢峠への道すがらからみる沿道の山々には先日の降雪がほどよく積もっているようで、快適な雪道歩きが堪能できる予感にあふれ、ウキウキ気分に浸っていた。
もちろんこの段階では、やがて見舞われる悪夢の予兆など、感じるはずもなかった。


Dscn5772 ~勝沼ぶどう郷の上に白根三山 

Dscn5778 ~青梅街道が柳沢峠に近づくと富士が見えてくる。

Dscn5779  柳沢峠の登山口
積雪は10cm足らずで、横手山峠までは傾斜が緩いので、アイゼンなしでもいいと思われるが、途中で履くのも面倒な気がしはなから装着。

Dscn5780 先行者がいれば有り難いのだが・・・どうやら靴跡は一人分だけで、踏まれた雪面にはなっていない。
積雪は深くないのに重い湿雪で、足への負荷は予想外にきつい。
ペースも早々にお話にならないほど上がらなくなった。
これくらいの雪道はいくらでも経験しているのに、どうしてなのか今日はやたらにきつい。

Dscn5781  ようやくこれは容易なことでないな、と思い至った時上から降りてくる単独の人と出会った。
当然に言葉を交わす。
”どちらまで?”と聞かれ、この段階では”鶏冠山へ”と答えた。
ところがその人から聞いたこの先の様子は、これまでの予測がいかに甘いかを突きつけられることとなった。
”六本木峠までいってみたが、雪が深く単独
ラッセルではその先へ進めないので戻ってきた”そうである。

この瞬間、私の「鶏冠山」への予定はあっけなくついえた。
ここまでの調子からいっても単独ラッセルで鶏冠山まで行けるはずはない。
とにかく六本木峠までは、と踏みだす足は重くなるばかり。
単独行が往復しているのだから幾らかは楽になるはずなのに、行程は辛くなるばかり。
”六本木峠までこんなに長かったかな?”と思うほどの長さを感じたすえ、どうにか峠に着いた。

柳沢峠からの標高差たったの140m、夏道標準タイム0:45に対し、何と1:55を要していた。


Dscn5783 峠から先は足首までの湿雪で、もちろん鶏冠山方向へも、大菩薩方向にもトレースはない。
ここから戻るのに何のためらいはないが、自分の不甲斐なさに情けない思いで胸がつぶされた。

失意の戻り道での自分の足取りは、先日観たばかりの映画「神々の山嶺」のラストシーン、岡田准一が演じた深町が生還の雪の斜面をヨレヨレになって下るものと重なってしまった。

翌日の全身疲労感、下肢の筋肉痛はこれまで経験したことのないもの。
続いて出て来た発熱、食欲不振、頭痛、悪寒、嘔吐感などで、ようやくあの疲れが単に体力低下だけではなかったようだと思い至った。
”風邪をひいていたのだ”~自覚症状はなかったのに・・・
それと気づいた時には、間の悪いことに三連休に入り医院は休診。
日中の大半をソファーに身を横たえ、TV画面をボンヤリ見ながらすごした。
連休は明け、熱は下がったが全体症状はあまり改善しない。
ふだんなら好きな食べ物が、それを見ただけで、あるいは匂いを感じただけでムカムカ感が喉をついてくる。

この5日間ほどはほとんど果物と水分しか喉を通らない。

今年は順調に滑りだせたと喜んでいた矢先に、またしても伏兵に足元を掬われてしまった。
年を取る、ということはこういうことなんだろう。

この間、パソコンに向き合う気力もすっかり萎えてしまった。
そのパソコンのことだが、Win10にアップデートしたものの、数日後には元の8・1に戻した。
良くなった点もないではなかっが、それ以上にむしろ改悪としか思えない点が随所に出てきてしまい(決定的なことは印刷が自分の操作では出来なくなってしまったこと・・・)慣れた8・1に戻すしかないと思えたからである。
私のようなケースは一部のユーザーだけの現象だろうが、開発者の意図が必ずしも全てのユーザーには届かない、ということなのだろう。

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登山家の業を描く映画「エヴェレスト 神々の山嶺」

2016年3月16日
華やかな宣伝を展開していた映画「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」が封切になったので、さっそく(でもないか・・・)新宿ピカデリーで観賞してみました。
平日のせいもあるのでしょうが、入りは4割程度で、関係ないのですが興業成績のことが気になりますね。

A

夢枕 獏の原作は渾身の大作です。
読破するのも力仕事?になります。

Img007

なので、著者自身が映画化は不可能だろうと言っていましたが、映画にしてしまいました。
しかし、何の予備知識もなくこの映画を観たら多くの人はよく理解できないものが残るだろうなと思います。
ストーリーについて書くのはやめておきましょう。
ジョージ・マロリーが果たして世界初のエヴェレスト登頂成功者になったのかどうかは登山史上最大の謎ですが、その鍵になると見られているが行方不明のコダックカメラ。
阿部 寛が演じる羽生丈二のモデルとなっている一匹オオカミのクライーマー森田勝と、森田を凌駕したクライマー長谷のモデル、長谷川恒夫との微妙な関係。
こうした史実についてある程度の知識がないと、羽生がなぜ「冬期、単独、無酸素でのエヴェレスト 南西壁」への無謀な登攀をしようとしたがが読み解けないようです。

Img016 羽生のモデル森田 勝 ~この長めの顔、どことなくこの役を演じた阿部 寛に似ていませんか?

何故山に登る? ~南西壁登攀中に問われた羽生は、「オレがそこにいるからだ」と答えます。
例のマロリーの「Because It Is There」~そこにそれ(エベレストのこと)があるから・・・を連想させられます。
マロリーの言葉(実はマロリーが本当にそう言ったのかどうか証明されていあないのですが・・・)同様に、相当形而上学的で正直理解できません。
実は、羽生が言わんとする意味は原作の中では明らかにされていると思われます。
羽生(森田)が若かったころ、当時、冬期にそこを登攀することは自殺行為だとされていた谷川岳・一ノ倉沢の滝沢スラブの初登攀を狙った羽生が、ザイルパートナーに語る場面です。
「いいか、山屋は山に登るから山屋なんだ。山屋の羽生丈二は山に登るんだ。山に登らない羽生丈二はただのゴミだ」と。
つまりここにいる羽生丈二は、山に(エヴェレスト南西壁)挑むからこそ羽生丈二なんで、ここにいる羽生丈二は、羽生丈二であるためには山に登らなくてはならないのだ、ということでしょう。
因果なものですね。
フーンそうなんだ・・・頷いた振りをしてもやはりわかりません。
命と引き換えになってもいいから山に登る理由が・・・・・・。
谷川岳で、北アルプスで、欧州アルプスで、ヒマラヤで、世界中の山で、実にたくさんの有名無名の登山家が人生の途中でかけがえのない命を落としているのです。
何かが憑依(ひょうい)して、自分の意志を超えて、憑依した何ものかに突き動かされているとでも考えないと、・・・?
私ごときどう転んでも、安全パイの山にしか入らないものには見えない世界があるのでしょうね。
その世界を覗いてきた登山者は、そこで何かに取りつかれてしまうのでしょう。

A_2  エベレスト南西壁 ~この雪さえつかない黒々とした巨大な岸壁は1993年群馬岳連隊によって初登攀されました。

山岳映画もかなりな数になります。
昔の「銀嶺の果て」や「氷壁」などに比べてみれば、出来栄えのレベルは比較するのも愚かなほど上がっています。
先年のややマンガティックな「劔岳 点ノ記」に比べても、リアリティが向上しています。
観て損をした、ということはないと思います。

それでも、昨年11月に公開された「エヴェレスト3D」がIMAXの効果もあって圧倒的な迫力を見せつけてくれたものを超えることは難しそうです。

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北高尾の廃道探索~1

2016年3月14日
昨夏以来、Windows10のポップアップがやたらに出ます。
パソコンは順調に働いているのでこのままで不都合はないのですが、煩わしいのでアップデートすることとしました。
別に難しいことはなく、ただ完了まで3時間近くかかりました。
結果は?・・・・・ソフトもデバイスもこれまで通りで、何のためのアップデートなのかいまいち理解できません。
ただ、これまでとかく脆弱性が指摘されていた(ただし、私にはその実感はない・・・)エクスプローラーをマイクロソフトは見限り、Edgeなるものに変更しました。
インターネット画面が一新されて一瞬は戸惑いがありました。
昨年7月に10が公開されて以来、宿題になっていたことを終えることができました。
このアップデートとの因果関係は不明ですし、気のせいかもしれませんがパソコンの動作が早くなりました。
さて、本題は貧弱な内容なのに大げさな見出しになっています。
公園化している高尾エリアですが、メイン通りを外せばけっこう山深さを感じさせてくれるのです。
おそらく作業道の名残りでしょうが、どこへつながるのか判然としない踏み跡を散見します。
特に北高尾は、ただでさえ人影も疎らなのに、さらに歩く人も稀なプチバリエーションらしきものがあり老兵にそこそこ興味をわかせてくれるのです。
今日はその一つ、吉備人出版の「高尾詳細図」にある「矢倉沢コース」を探ってみました。
北高尾山稜の「富士見台」から南東へわずかに下った位置に右への分岐があり、そこに手書きで「小下沢 悪路」と書かれているコースです。
因みに昭文社地図にはプロットされていません。

Dscn5749  小下沢梅林~ここは数えきれないほど通過しているのですが、花時にタイミングが合ったのは今日が初めてです。
人はこうした情報に敏(さと)く、普段は静かなのに、車が押し寄せていました。
通常は立ち入れませんが、今日は無料で開放されていました。
ただし、管理のための費用の支援として少々の寄進を・・・

Dscn5759  白梅に、いくらかの紅梅が混じる園内は三段になっていて、梅の香りに包まれての散策ができます。

Dscn5760 

Dscn5761  今日の目的、矢倉沢コースの入口~1番口・富士見台の道と記されていて、分かりやすい取り付きです。

Dscn5762  小流れの右岸を少し登るとこんな小さなログハウスと東屋があります。

Dscn5763  道は左岸に変わってから荒れた沢身に入り、ゴロゴロの転石を踏んでいくようになります。

Dscn5764  稀に消えかかった赤ペンキの印があります。

Dscn5765  再び右岸に渡ると、沢から離れます。
このザレた急斜面にはロープと細い鎖が着けられていて、これがなければ登降に難渋すると思われます。

Dscn5767  気温が急降下したため雨が氷ってできた雨氷が針葉樹の葉に積もっています。

Dscn5768  標高差300mたらず、一時間ほどで北高尾の主稜線に乗りました。
今登ってきた方向への標識で「悪路」と書かれています。
確かにこのルートは、特に下降には不向きです。

A 直ぐ上が本日の最高点・富士見台545m
富士見台~展望の乏しい北高尾山稜でその名のとおり唯一、富士山を望めるポイントですが、今日は靄の奥に潜んでいます。
~ネット上の写真をお借りしました。

ここから北東へ向きを変え、初めての八王子城跡に向かい下ります。

Dscn5770  八王子城跡の本丸跡~1590年、豊臣軍の進攻により落城し、やがて小田原城の開城ににより北条氏は滅亡を迎えます。

Dscn5771 「・・・城春にして草木深し・・・」  (杜甫「春望」)
兵どもの夢の跡も今は幻・・・桜だけは季節になれば律儀に花を開きます。

廃道探索その1とはしたが、2になるのはいつのことやら・・・。

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最近読んだ本のことなど

2016年3月11日

あの日からはや五年。
あのころは毎日、被災した人々からの”私たちを忘れないで!”という悲痛な叫びが聞こえていた。
そして”私たちは決して忘れない、私たちはつながっている”という声もまた全国に満ち満ちていた。
五年を経て”忘れないで!”という声はいまだに消えることはないが”忘れない”という声はいまやすっかり小さなものになっている。
避難生活を強いられている人はいまだに17万人という。
人の心の中には「不運な人を思いやる」スペースなどほんの小さなものでしかないのか。

保育園落ちた 日本死ね!!! 一億総活躍じゃねーのかよ」
この悲痛な叫びと、激しい怒りに対して、安倍総理は一顧だにせず「議論のしようがない」と冷たく突き放した。
この冷酷な対応に憤激した待機児童を抱える母親たちの怒りが結集して炎上状態になった。
参院選への影響をおもんばかった政権は慌てて事態の収拾に右往左往している。
今の安倍さんには「改憲」以外の政治課題には関心がない、ということをはしなくも露呈してしまった。
安倍さんは本音はもちろん隠しているが、実は格差是正、貧困解消、少子化問題などにはあまり関心がない。
それは安倍さんの分配ポリシー「トリクルダウン」をみれば容易に理解できる。
ありていに言えば金持ち、大企業優先で、富める者、力のあるものをより強者にし、貧者はそのおこぼれに預かればいい、というのがその心なのだ

祖父のDNAで「憲法改正」をすることがワンイッシューで、任期中にその課題さえ成し遂げるだけの執念に憑かれているとしたら政治の私物化にほかならない。

山に登る回数を減らしたせいか本を読める時間が少し増えた。
年明けから葉室 麟を集中的に読んだ。
評判の高かった『蜩ノ記』以来久しぶりになるが『銀漢の賦』『秋月記』『花や散るらん』などで、どの作品にも安定感がある。
ただ今時の時代小説作家はさぞかし
キツイだろうな。
なにしろ山本周五郎、司馬遼太郎、藤沢周平という巨峰が聳えているので、これを超えるのは容易なことではあるまい。

C・Wニコル『アファンの森から』
ご承知の向きが多いが、黒姫高原で荒れ放題だった森をよみがえらせる活動を長く続けていて、著書も多い。
これはニコルさんの森づくりの集大成と位置づけられるだろう。

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森の生活を綴ったものではH・D・ソローの『森の生活』がアメリカでの環境保全の先駆者としての評価から一種の聖典化している。
しかし、たった2年2ヶ月ほどの隠遁生活でどれだけのものを学んだのだろうか、と疑念を抱く向きもある。
そこにいくとニコルさんの森の再生にかける活動は本物だ。

百田尚樹さんは品格を欠く言動で好きにはなれないが、著作はつい読まされてしまう。
もちろん『永遠の0』は面白かったし、最近では『海賊とよばれた男』で胸をスカッとさせられた。
登場する快男児は出光佐三で、占領政策下でGHQや米メジャーを向こうに回して日の丸資本が縦横に暴れる姿にはつい喝采したくなる。
占領軍へ毅然として対峙した男としては白洲次郎(夫人が白洲正子)がいるが、戦後の日本男児の双璧か。

快男児といえば池井戸 潤の作品に登場する正義漢もまた溜飲が下がる啖呵を切りまくり、読み始めるととまらなくなる。
特に『空飛ぶタイヤ』や『下町ロケット』に登場する下町中小企業のオヤジが実に痛快だ。
昔からいわゆる「勧善懲悪」ものとして、小説の主要なジャンルであり、マンネリ感がないこともないが、文句なしに面白い。

男くさい本が続いたので、女性による良質の作品を二つ。

稲葉真弓 『半島へ』
毎日、奔流のように刊行される本の中から読みたい一書を見つけるのは難しことである。
新聞の書評はその意味でたいへんありがたい。
実はこれもそれで出あえた一書である。

Img010 ひとりで歯ぎしりしながら東京にしがみついていた著者は疲れはて、志摩半島へ移住する。
そこで何気ない人とのふれあいや、自然の息吹によって解き放たれていく。
そして、再びここに戻ってくるために東京へ向かう。
その一年を二十四節季にわけて詩情豊かに綴っている。
文章がうまい、やたらうまい ~だから嫉妬心もわかない。

谷川 直子 『四月はすこし冷たくて』

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詩人でもある著者についての知識は皆無であったが、やはり書評で知った。
詩が書けなくなった詩人、同級生の悪意で傷つき言葉を発することができなくなった少女。
ともに言葉を失った二人が、その言葉を取り戻す感動の物語。
その瞬間の少女の慟哭に、私も溢れる涙を自制することができなかった。

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春霞に包まれて丹沢前衛の「南山」を歩く

2016年3月7日

先日の西伊豆ハイクのときから、おそらく30年ぶりくらいになる風邪にかかり、しかし医者に行くでもなく、薬を飲むでもなく、放ったらかしにしていたら、症状が良くならないまま今日(5日)の「南山」544mハイクを迎えてしまった。
しかし参加を見合わせるわけにはいかない事情がある。
82歳で初めてリーダーデビューするHさんのためにサブリーダーを買って出て、幾らかは当てにされている(・・・と、思っている)ためである。
登り始めると、呼吸のたびに肺のあたりからゼーゼー異様な音が出ているのが分かったが、それでも最後まで何事もなく軽い里山歩きを終えた。
 

Img_7323_3  集合場所は京王線・橋本駅~一行にはマスクが多い。

Dscn5580 橋本からバスで小一時間で終点の「鳥居原ふれあいセンター」 ~ここが起点である。
周囲の丹沢の山々は濃い靄のなかでボンヤリとしか見えない。
気温が上がる春は体には嬉しいが、眺めは悪くなってしまう。

Dscn3965 これは一年前に撮影したもので、歩き始めると宮ケ瀬湖の上に白馬の雪形が見える。
丹沢の白馬、と呼ばれているが、今日は視界が悪い上に、雪がないためこの白馬が視認できない。

Dscn5581 ときおり右手に宮ケ瀬湖を見下ろしていく尾根道。

Img_7391 何かイッチャモン?をつけたのに、上から目線のIさんにはまるで効果なし。
余裕で交わされてしまう・・・
笑顔で見下ろされては、勝負にならない。

Imgp9605 今日の最高点の権現平569mの展望デッキ。

Img_7484 この木段を上ればターゲットの「南山」

Img_7487 ♪ あれをご覧と指さす方(かた)へ~♪田端義夫?
それとも白鳥の踊り?

Img_7491 南山山頂 ~山頂はわれわれ20名で独占。
ここはそこそこの展望台なのだが、今日はサッパリである。

Dscn3977 そこでやはり一年前の写真を~宮ケ瀬湖を挟んだ対岸の仏果山747m(左)と高取山705m(右)

Dscn3979 同様に一年前の丹沢の主峰・蛭ヶ岳や白馬など。
~われわれが何気なく見ている正面の尾根の一角になる「高畑山」で、この時刻からほどなく58歳の男性が落石に打たれて、滑落死亡している。

Dscn5583 南山からは木段が延々と続きウンザリさせられるが、それが終わると最後のお楽しみ「服部牧場」へ。

Imgp9650 まずここだけの(当たり前だが・・・)ソフトをゲット。

Img_7544 ソーセージの工房もあり、朝からフランクフルトソーセージをイメージしていた。
期待に違わずジューシーでやたらに旨かった。
味見をさせてもらったビールはただ苦いだけだった。
小瓶で700円くらいの値段には唖然とする。

Imgp9655 これで楽しみにしていた牧場タイムは終了。

Imgp9658 半原BSまで歩き、小田急線・本厚木駅に戻りHさんのデビューがつつがなく終わったことを労い乾杯。

今年はこんな調子の山ばかりで、手応えのする山から逃げ回ってばかりいる。
どこかでスイッチを入れないとズルズルとアリ地獄の底に堕ちてしまうだろう。

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不完全燃焼ながら西伊豆スカイラインを歩く

2016年3月2日

富士を正面に、左手には南アルプスを遠望しながら、草原の稜線をのんびり漫歩するのが今回のハイキングプランの眼目だった。
2月28日、東京マラソンのスタート前でピリピリしている新宿を後にして東名高速を西に向けて走るバスの車窓では富士山がドンドン大きくなってきて、これはもくろみ通りになると、内心ほくそ笑んでいた。
なのに、あァそれなのに・・・現実は甘くない。

Imgp9422 河津桜見物の車で渋滞する下田街道から分かれると、後は順調。
西伊豆スカイラインに乗り、土肥駐車場から「西伊豆稜線歩道」に入る。

Imgp9425 稜線には時に車道が合流するため、車道を歩く部分があり、その車道歩きからスタート。

Imgp9433 正面に達磨山を見ながら笹原の道を往く。
気温は高く無風状態でコンディションは文句なし。
なのだが、濃い靄が立ち込めていて、遠景はすべてその奥に隠されてしまった。

Imgp9451 達磨山山頂。
私はこの山頂に立つのはたしか4度目になるが、売り物の「富士山」を一度も見たことがない。

Imgp9460 向かう方向に富士や南アが見えるはずなのに・・・・・

A そう、こんな風に・・・(ネット画像)

戸田峠で今日の行動は終了予定だったが、明日の予定の金冠山の山頂を今日のうちに踏んでおくことにした。

Imgp9486 15分ほどで登れる超短縮コースなので空身で登る。

Imgp9487 金冠山頂~もちろん何も見えない。

A こんな景観を期待していたのだが・・・(ネット画像)

Dscn5569 その日は戸田港の宿に宿泊。
伊豆の代名詞にもなる金目鯛クンはテーブルに載っている。
しかしこの時期なら必ず姿を見るはずのタカアシガニクンは・・・
どこ、どこ?・・・いくら探してもいない・・・
普段は貧弱な山小屋のヤマメシを強いられている口には落差がいかにも大きい。

Dscn5572 2日目、天気情報は雨模様。
急遽予定を組み替えて、先ず戸田湾を囲む「御浜岬」を散策。
昨日歩いたスカイラインの山には雲底が下りてきている。

Imgp9530 記念写真集みたいになっているが、御浜岬にある東大の施設。
一行の中に東大OBがいて青春の日々をここで過ごしたセピア色の思い出がある。
それは・・・私・・・ではない・・・チョッピリ悔しい。

A_2 戸田湾を見下ろす小高いところからはこんな絶景を見ることができるそうだが・・・。
画面左端には南アの白根三山もに見えている。 (ネット画像)

Imgp9537 再び戸田峠へ戻り、霧の中を「だるま山高原レストハウス」まで歩いて下ることとした。

Dscn5579 
山歩きができないとなると「岡にあがった河童」同様、これからさてどうしようかとの思案しばし。
帰り道なので寄り道して、今河津桜が花盛りの松田山で花見をすることとした。
桜といえば猫も杓子もソメイヨシノがお目当てになるが、私は河津桜の上品な薄紅色が好きだ。
伊豆周辺ばかりでなく、もっと各地で早い春を告げる河津桜が見られるようになったらいいと思う

こうして不完全燃焼の思いを抱いたまま2日間のハイキングとも観光ともつかない行事は終わった。

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