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西伊豆の山へ ~真城峠から金冠山 

2015年12月5日

伊豆半島は全体が大きな観光地で、温泉、多様な観光施設、マリンレジャーなど多彩な楽しみがあるが、登山との結びつきは薄い。
深田百名山の天城山はあるとしても、その他には見るべき登山の対象があまり思いうかばない。
しかし、実際には山が重畳と重なりあっていて平地の少ない山地なのである。
半島全体の地形を俯瞰してみると南北に走る西伊豆スカイラインの山並みが、南端で東へ曲りそのアールが天城山系に連なり、さらに伊豆スカイラインへと延び北上する、大きなUの字を描いている。
その底辺が天城峠になる。
同じような半島の房総半島では最高峰が「愛宕山」408mにしか過ぎないのに、伊豆半島では1406mの天城・万三郎山を初め千mを越える山も数座数えられる。


伊豆の山々の特徴はその相貌が穏やかで優しく、山並みがたおやかな曲線を描いていることにある。

来年2月、私たちの山の会としては初めて西伊豆の山を歩くことになっている。

私はこれまで、西伊豆では代表的な山になる達磨山も金冠山も、車道から一息で登れる山なのを良いことにして、温泉帰りにフラッと立ち寄っているだけであった。
それではあまりにイージーなので、山の会らしくいくらかはスパイスの利いたプランを考えなければならないだろう。
そこで思いついたのが
金冠山へ真城(さなぎ)峠から登る、というものである。
情報が乏しいこともあり、踏査は必須である。
前夜、河津温泉にある居住区の施設に泊まり、天城峠を越えて西伊豆スカイランを目指したのが2日のことである。
湯ケ島温泉を通過して風早峠でスカイラインに乗り北上。

Dscn5218 天城牧場と風早峠(右端の凹部)を振り返る。
山並みが描く曲線はいかにも伊豆らしく優美である。


幾つもあるスカイラインからの達磨山登り口をどこにするかをチェックしながら戸田峠に下り、さらに西の戸田に下る途中で沼津へのルートに右折して真城峠の登山口に到着。

Dscn5232 登山口の標識
3年ほど前のネットレポではちゃんと支柱に着いているが、今は二つに割れて地上に落ちているのを拾いあげてもたせかけた。

ここからは藪道も覚悟していたが、全く予想外に防火帯を思わせる幅の広い道から始まり、それはどこまでも延びていた。

Dscn5233 伊豆の山に多いのはアセビとウバメガシ。
ヒメシャラが見当たらないのは標高が低いせいか。

Dscn5243 蕾が赤いので多分「ベニバナアセビ」だろう。
2月の末にここに来る予定なので、その時には開花しているであろう。

Dscn5234 途中にある「奥岩」三等三角点761m
ここまでは標識は皆無だが、青いテープが導いてくれた。
しかし、この先テープはフッと消えてしまった。
ただし、幅のある道はおおむね明瞭に続いている。

Dscn5236 北にある沼津市民の森からのコースが合流し、初めて標識を見ることになる。

Dscn5237 樹林帯を抜けると、伊豆の山に共通する明るい笹原の道になる。
アンテナの立つ金冠山は目の前。

Dscn5242 返り咲きのヤマツツジ

Dscn5239 金冠山山頂~2度目の今日も展望は得られない。

Dscn5240 駿河湾を見下ろす。
湾岸に沿って沼津アルプスが霞んでいる。

A 金冠山から東へ30分下ると沼津市が運営する「だるま山高原レストハウス」がある。

A_2 このレストハウスからの眺め(写真は借用)が素晴らしい。
愛鷹山を前景とした富士と、右には低山ながら沼津アルプスの連なりが踊っている。
現調を終えて、再びスカイラインを南下して下田街道へ下りた。

Dscn5252 帰路のついでに初めて通り抜けた旧「天城隧道」
この全長445mの隧道は明治37年(1904)に完成した。
これによりそれまで別の世界であった下田と中伊豆が結ばれた。
明治時代が果たした日本の近代化への偉大な足跡の一端を知ることができる。

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。」
二十歳の一高生の私(川端康成)が濡れながら駆け込んだ茶店に、踊り子を含む旅芸人の一行がいた。
密かに期待していたことがみごとに的中して、私は入り口でたちすくんでしまう・・・
いうまでもなく名作『伊豆の踊子』の冒頭である。

曇天なので早くも暮れなずんできた道を宿に戻った。
今夜の食膳には特別注文になる伊勢海老の鬼殻焼きが載るはずである。

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登山」カテゴリの記事

コメント

たしかに伊豆の山々は穏やかな容をしていますね。
私の姉妹3人が伊豆に住んでいる関係でずいぶん出かけたところですが、ここ十数年伊豆には足を向けていません。
これから伊豆に行くとすれば列車の利用になるでしょうがこれが億劫です。

伊豆は海、山どちらも恵が豊かで食卓が楽しみですね。

投稿: おキヨ | 2015年12月 5日 (土) 13時03分

おキヨ様
私も子供や、孫たちが幼いころにはずいぶん伊豆には通いました。
隅々まで足跡を残しているつもりですが、記憶の方は切れぎれになっています。
これから記憶の断片を拾い集めながら、もう一度思い出の地を訪ね歩いてみたい思いは募っているのですが、果たしてどれだけ実現できるか心もとないですね。
伊豆は海の幸が豊富ですね。
特に伊勢海老や金目鯛などが狙い目になりますが、そうそう気安く口にすることができないのが残念です。

投稿: 風花爺さん | 2015年12月 5日 (土) 14時57分

かつて百名山を目指して潰していた頃に「天城山」へ行きましたが、その後は伊豆はトンと関心から遠い処へ行ってしまいましたね。
埼玉に住む娘家族は伊豆へはよく行くようですが、それも目的は海のようで。
海と手軽そうな山と楽しみは満載なのですが、新潟からは遠い!です。

投稿: noritan | 2015年12月 5日 (土) 18時49分

noritan様
登山志向の人には、伊豆は天城山を除けばこれといって食指が動く山はないですね。
範囲を少し広げても愛鷹山しか思い浮かびません。
やはりファミリーやカップルがレジャーで足を運ぶ、というのが普通でしょう。
私も海が見たいとか、おいしい海鮮料理にありつきたいとかの動機がなければなかなか足が向かないと思います。
ただ、西海岸の各所で、洋上に浮かぶ南アルプスが見られるというのは西伊豆ならではですね。
新潟からでは余りに遠すぎますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年12月 5日 (土) 20時47分

風花さん、おはようございます

笹原の平坦な登山道を何処までも歩きたい。そんな夢があります。先日ブログ友が天城山に行って来たレポを見て、行ってみたい衝動に駆られています。私の山歩きは眺めが一番の目的ですので、富士山が、海がといった眺望は憧れです。魅力たっぷりですね。

投稿: 岳 | 2015年12月 6日 (日) 08時26分

岳様
伊豆の笹原の稜線を歩くのは、霧ヶ峰のワンデリングに近い雰囲気があります。
富士山を南側から見るアングルも目新しいでしょう。
もっとも富士山はどこから見ても同じようですが・・・
寒い地域から見ると伊豆は南国で暖かそうに思えるので、寒い冬は憧れますね。
しかし、憧れはいつも遠いところにあるのですね。

投稿: 風花爺さん | 2015年12月 6日 (日) 10時29分

伊豆には仕事の関係で5年ほど住んでいました。
当時はまだ山に関心がなく、写真にある天城トンネル近辺の
源流域でアマゴを釣るのが専らの楽しみでした。

川端康成が『伊豆の踊子』を執筆したことで天城にある湯元館が
有名ですが、河津町にある湯ヶ野温泉福田家は、作品の舞台に
なった温泉で情緒深かったのを覚えています。

金冠山、、未だ行ったことがありませんので、天気の良い日に
歩いてみたいです。

投稿: itta | 2015年12月 6日 (日) 22時47分

itta様
伊豆の山は原始の香りが濃い南ア深南部(私は未訪ですが・・・)と対照的に、明るく開放的で「登山」という言葉は似あわないようです。
湯ヶ野温泉の「福田屋」は川端康成が泊まり、川向の共同浴場に入っていた踊り子が、川端を見つけて、素っ裸で手を振る、という有名なシーンの舞台ですね。
伊豆の作家ととなると井上靖がいますね。
こちらは湯ヶ縞温泉が舞台で、少年期を過ごした回想小説の『しろばんば』がありますね。
歌の世界では「天城越え」がありますが、私は「湯の町エレジー」とか「エリカの花散るとき」(西田佐知子)が浮かびます。
iといってもttaさんの世代には??でしょうね。

投稿: 風花爺さん | 2015年12月 7日 (月) 06時36分

風花さま~ 今晩は。

暖かい12月ですが今晩あたりから少し寒くなるとの予報ですが
お正月はどうなることやらです。

家族と親戚含めて9名で伊豆に初めて出かけたのは昭和61年(1986年)お正月でした。熱川のワニ園や稲取のバイオパークなど見学、熱川温泉2泊でした。2回目は夜行日帰りで爪木崎の水仙に菜の花畑、下田の唐人お吉の墓に詣でています。

天城山も1997年夜行日帰りで仲間3名にて熱海から伊豆急で伊豆高原まで行き、タクシーで天城高原ゴルフ場に入り、ここから1時間で万二郎岳を踏み更に1時間で万三郎岳のお手軽登山でした。これ以来伊豆には出かけていないような気がします。これと云った山も浮かびませんので・・・

湯の町エレジーといえば木下恵介監督の「日本の悲劇」の場面で演歌師(佐田啓二)が唄っていたような気がします。
温泉街で二人の子を育てるため必死に働く母親(望月憂子)が
結局わが子に裏切られ、最後は鉄道自殺するという衝撃のラストが湯の町エレジーの歌と共に非常に印象に残っています。

投稿: かおり | 2015年12月16日 (水) 21時24分

かおり様
伊豆半島は関東や中部地方からだと手軽に行ける観光地ですが、京都からになると距離の壁はあるでしょうね。
私は子供や孫の幼少時には数えきれないほど泊りがけで出かけていましたが、山歩きが中心になった今はなかなか足が向きません。
それでも、行けば行ったで心に刻まれるものを持って帰ることができます。
老境に入り、どんなことでも「一期一会」の思いになるのでしょうか。
映画「日本の悲劇」は観ていません。
「湯の町エレジー」の歌の方は戦後間もなく古賀正雄が作曲したものを近江俊郎が歌い、大ヒットしました。
当時まだ中学生だった私もけっこう愛唱したものです。
何かにつけ、思いでに耽る歳です。
雪、少ないですね。
降るべきものが降らないのはやはり不都合なことがありますね。
特にスキー場からは悲鳴があがっていますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年12月17日 (木) 06時43分

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