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2015年12月

東丹沢・高取山~締め括りの忘年山行

2015年12月28日

一年の間、やめる特別な理由もないままに続けている、この代わり映えしないブログも、これが本年の掉尾(とうび)を飾る?渾身?の一作となる。

12月26日は私個人としても、会としても「これにて打ち止め」の山行で、行き先は東丹沢の里山・高取山556mに登り、ゴールの鶴巻温泉で忘年会を開く、という趣向。
もう一つさらに軽い別コースも設定されて、全部で29人の参加となった。

私は一応登山カテゴリーの高取山を経由する組にエントリーをした。
本音は楽な方にしたかったが、私より誕生が半年早いFさんがハードルの高い方へ参加するので、背を向けるわけにはいかなかった。

Static ~今日の行程
バッテリー切れのため、いつも途中でログが途切れてしまう対策として、予備電池を初めて使用したが、効果は覿面。
バッテリーアウト後すぐに接続したところ、最後までめでたく記録できた。

Dscn5320 小田急線・伊勢原駅からのバスを保国寺BSで下車してスタート準備。

Dscn5321 しばらくは車道(農道)歩き。

Dscn5322 丹沢前衛の山の裾にはオーナー制のミカン畑が広がっている。
収穫しないままのミカンの木には、おそらく選果しないために成長が十分でないミカンが鈴なり。
試食してみたが味は落ちる。

Imgp8697 高取山頂直下
低山ではあるが、スタート地点の標高が低いため、けっこう登りでがあった。

Imgp8699 高取山 ~ここから念仏山への下り道は急な露岩帯で侮れない。

Imgp8721 念仏山で

Dscn5329_2 箱根の神山などだが、大湧谷の白い噴気は確認できない。

Dscn5326 光る湘南の海 ~相模湾

Dscn5331 江の島にズーム

Dscn5334 コースも終盤で最後の吾妻山手前

Dscn5336 弘法の里湯で冷えた体を温めて・・・

Imgp8728 風呂上りは体の内部から温める。
今年も無事故で終えた喜びを共にして乾杯!!
良い仲間に恵まれて、私もまた良い年越しができる。

これで今年の山行日数はキリよく60日で終了した。
昨年までに比べるとほぼ半減に近い。
もともと自分なりに今年をターニングポイントして、減らすつもりだった上に、思いがけない病気にも見舞われたことを思えば数字的には納得できるものである。
中味は満足には程遠い貧弱なものだが、現状ではこんなもんだろう。

Dscn0780 今年の終わりの落日であり、新しい年の始りの日の出でもある。

このブログをお読みいただいている皆さまのお健やかな年越しをお祈りしております。

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三境山 ~渡良瀬左岸の静かな山

2015年12月22日

冬至ですよ!
「冬至冬中、冬始め」~本格的な寒さはこれからだが、一方「一陽来復」の言葉通り、これから一日で30秒ほどずつ日足が延びる。
春への確かな一歩が明日から始まる、と思えば心の中に小さな一灯が灯る思いがする。

その思いとは反対に、高名な女性登山家・谷口けいさんの大雪山系・黒岳での遭難死の報には驚いた。
平出和也さんと組んで、インドのカメット南東壁の初登攀に成功し、卓越したクライマーしか手にできない「ピオレ・ドール(黄金のピッケル)賞」に輝いている。
そんな人でもふとした油断で、国内の何でもない山で遭難してしまうのだ。
どんな山にも常に危険が背中合わせにあることを改めて教えてくれる悲しい出来事になった。

日光山地の前衛(前日光)から南下して、桐生市の北端に至る間の渡良瀬川の左岸には相当数の山がある。
カッコソウの鳴神山を除いては知名度は低く、おおむね雑木に覆われる地味な山々である。
なので、本格的な降雪の前にカサコソと落ち葉を鳴らしての静かな山歩きには適している。
私はまだホンの一部をつまみ歩いているに過ぎないが、熱心な篤志家がいて、そのお一人増田 宏さんの『山紫水明ー桐生の山』を手にしてこれからボチボチ渉猟して見ようと考えている。
今日(20日)はその一つ
「三境山」1088mを訪ねることに・・・。

Img010  渡良瀬川左岸の山地図を前記の増田さんの著書から借用した。。
「三境山」は左上端にある「草木ダム」の直ぐ右に位置している。

Dscn5281 山荘をスタートして早朝の上州武尊山を見る。
相変わらず雪が少ない。
私のホームゲレンデだった川場スキー場は、ゲレンデが白い筋になって見えるが滑走可能なんだろうか?

Dscn5282 赤城の最高峰・黒檜山はビッシリ着いた霧氷で真っ白。
青空をバックにしてさぞかし見事に木々が装われていることだろう。

Dscn5308 登山口になる「三境トンネル」の西口 ~これを抜けるとやがて桐生市の市街地に至る。
僅かな駐車余地に一台先着しているので、離れた位置に路側駐車。

Dscn5307 登山口からいきなりこのガラガラの転石で荒れた涸沢を登る。
右手の斜面は大きく崩壊している。

Dscn5285 急登僅かで尾根上鞍部に乗る。
右(南)に向かえば残馬山だが、そちらは一年前に行っているので、今日は反対に左(北)へ向かう。

Dscn5289 梢を透かして目的の「三境山」
ルートはとても薄い。
東京近郊の山では、バリエーションルートでさえも、多くは道型が明瞭だが、ここはそれ以下で、ところどころで見かけるテープがなければ結構ルートファインディングが必要であろう。
普段、道標がほぼ完備し、道型も明瞭な山だけを歩いている方は戸惑いを覚えるかもしれない。

Dscn5291 山頂に近くなると露岩の尾根になる。
溶結凝灰岩というそうである。

Dscn5292 山頂直下。

Dscn5293 三等三角点の山頂。

Dscn5294 この石祠は安永二年(1773)に地元で安置したものだそうである。

Dscn5299 デジタルズームで引き寄せた日光白根。
どこの低山にも共通する悩み~木立で開放的な展望が得られないことはここでも同じ。
錯綜する枝の僅かな間の山を狙うことになる。

Dscn5297 こちらは何と黒い男体山 ~実は今日の目的は三境山から1時間半ほどのところにある大きな伐採地から日光表連峰の雪を纏った姿を眺めることであった。
それがこれでは・・・黒い男体山なんか見たって全然意味ないジャン!
ほぼ一ヶ月前に「古賀志山」から眺めたときにはもう少し雪がついていたのに、あれから全く降雪がなかったのか・・・?
ということで、先へ進む予定はあっさり放棄した。

Dscn5303 早めの昼食になったが、メインディシュッがこれではあまりにも貧弱。
負け惜しみではないが、昨今はこんな程度で足りている。

Dscn5302 西の空には裸の梢の間に志賀の岩菅と裏岩菅(多分・・・)

Dscn5306 浅間山も辛うじて捉えられた。

そんな次第で早々に下山して帰路につく。

Dscn5314 帰る途中で「わたらせ渓谷鉄道」の「神戸」駅に立ち寄ってみた。
駅にある列車食堂だが、行楽シーズンが終わり、人影が見えない。


Dscn5312 その代り、線路の向こうの方に猿が群れていた。
いかにもローカル鉄道らしい長閑な一コマだが、経営する側では猿よりも人に群れて欲しいだろう。

Dscn5318 山荘近くまで戻ってくると久しぶりに、沼田市街の上に谷川連峰が姿を見せていた。
ようやく谷川らしい白さになったが、例年なら一ヶ月前にはこの姿になっているのである。

 

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これがスズメバチの巣だ !!

2015年12月18日

まことに時期はずれなことは重々承知のことですが・・・。

夏のころのことだったが、家人が蜂の巣に気付いた。
それは山荘の北側の屋根裏に造られていた。
2階の窓を開ければ手の届く至近距離にある。
観察すると蜂はオオスズメバチで、巣には特徴のある縞模様が描かれている。

Dscn5275        A

働き蜂が盛んに出入りしている状態だから、手出しは危険極まりないのでどうしたものか考えあぐねていた。
地元の行政にも尋ねたが、巣の処置は専門業者に依頼してくれという対応だった。

山荘のお隣さんに話したら5mくらいは届くスプレーがある、と教えられスズメバチ用のを噴霧したが効果はゼロ。
蜂に襲われないよう網戸越しにしたので薬が巣に掛からないのだ。

生態を調べたら寒くなると女王蜂は巣から去り、働き蜂は寒さで死に絶える、と分かり寒気がやってくるのを気長に待つことにした。

その間、山荘に来るたびに驚くほど巣は成長を続け、たくさんの働き蜂がせわしそうに出入りしていた。

昨日、山荘にきて巣の様子を観察すると、蜂の姿は全く見えない。
恐る恐る巣を叩いてみたが、反応はない。
ということで安全を確認して、今日になって撤去にかかった。

切り離しは造作ないだろうと予想していたが、ガッチリ付いている。
いろいろ試し、最後はバールで強引にこじ落とした。
重さは軽いものだが、大きさは抱えるほどだった。

Dscn5279_2 巣が接着していた痕跡
固い殻のように見えていた巣は意外に脆く、力を加えるとポロポロ剥離してしまう。

Dscn5276 計測してみたら直径45cm、高さ40cmほどであった。
これが一般的なスズメバチの巣に比較して大きいのか小さいのか分からないが、私にはずいぶんな大きさに思える。

Dscn5277 巣の裏側はこんなぐあい。

生態の解説によると女王蜂はどこかに身を潜めて越冬し、春になるとまた活動を始めるそうだ。
今回は危険のない場所に巣が造られていたが、次もそうだとの保証はない。

室内に飛び込んできたスズメバチを打ち落としたことがある。
数日たってからこの死骸に触れたら、鋭い痛みが走った。
針に触れたのだろう。
死骸なんだから何事もないだろうと思ったが、指先が腫れてきたものだ。

人は死して名を残し、スズメバチは死しても毒針を残す、なのか。

来年、暖かくなってから再開されるであろうスズメバチとのバトルはどんな展開になるのだろうか。
なにしろこの山荘では蜂との格闘は毎年の夏、繰り返されている。
スズメバチに刺されたことはないが、アシナガバチなどには年中行事のように刺されている。
命にかかわることではないが、それでも刺されれば少なくとも一週間ほどはその症状に悩まされるのである。

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高尾山の裏通り、ラーメン、そしてコンサート

2015年12月14日

チョッと気を抜いているとたちまち更新の間があき、直ぐに世間から見捨てられてしまう。
更新に値するような材料がなかったためだが、苦し紛れのつなぎをしておこう。

紅葉の時期に、高尾温泉の開業が重なって、ただでさえ雑踏する高尾山の人混みは一段とすざまじい。
そんな高尾だが、表通りをはずせばウソのような静かなエリアが広がっている。
今回はそんなところを探し歩いている一端を披露しておきたい。

その一は景信山・東尾根(大久保尾根とも・・)という、プチバリルートである。
景信山からほぼ東に延びて、中央道に突き当たって尽きる短い尾根のことである。
この尾根は上部では景信山への一般的な登路になっているが、下半分はこのような表示があって、登山道としては認知されていない。

Dscn5149 東尾根の下降点 ~枯れ木が横たえられていて進入禁止のサイン。
その先にはロープが張られていて「この先は登山道ではない」と記されている。
でも・・・・そう、このスナップのように稀ではあるが、少々へそ曲がりの御仁がやってくる。

Dscn5145 東尾根を末端から取り付くには「日影バス停」から中央線を潜り、さらに中央道を潜り抜けた先の「木下沢梅林」の対面になる私有地(資材置き場)に入る。
この広場の左奥に小さな木片が「景信山」の方向を示している。
この板片の背後に中央道が走っている。

Dscn5146 ここから半端でない急斜面を登ると中央道に並行している側溝に沿うようになる。
側溝を振り返り、上から見下ろしているが、右手に並行して中央道が走っている。
上に、上に登ればやがてほどなく尾根の形状がハッキリしてきて明瞭な道型が刻まれ迷うことなく、最初の写真の位置に登りつく。

Dscn5159 景信山から東尾根を見る。
その末端の先の谷間に見えるのは「圏央道」の八王子JC付近。
東尾根の向こうが北高尾山稜線の終端。

Dscn5160 数日後、今度はこの東尾根を下降してみた。
途中に、登りの時には見落とした「大久保山」を表示した粗末な木片と三角点を見つけた。
尾根の末端は登りのときに感じていた通り、転げ落ちそうな急斜面で、樹木に抱きつきながら降りた。

それから数日して、足跡を印していない「北高尾山稜」の末端部を下降した。
北高尾山稜は、陣馬山から東南に高尾山に至るまで伸びる尾根の途中の「堂所山」で分離し、メインルートに並行しながら北東に延びる、凹凸の激しい尾根である。
展望が得られない地味な尾根歩きなので、一般的な人気は乏しい。
ここを、尾根の途中の狐塚峠から高尾の郊外へ下ることにする。

Dscn5262 高尾山域の紅葉は最低の出来栄えらしい。

Dscn5265 このコースで唯一富士を望見できる「富士見台」
今日は薄ボンヤリとしか見えない。
これまでこのコースにはあまり良い印象を持っていなかったが、意外に自然林の樹相がよくて、下り着いてからのカラスウリがたわわに成っていたりして、東京郊外としては雰囲気のよい山里のたたずまいも拾いものだった。

A_2   Dscn5270

高尾駅に3時前に着くと、このところのお気にいり醤油らぁめん専門店の「香味屋」でラーメンを啜る。
いわゆる八王子ラーメンなので、微塵切りしたタマネギがトッピングされている。

A

麺には特に傑出したものはないが、スープの旨さが出色。
普通はほとんど飲まないが、ここでは底が見えるくらいに飲んでしまう。

私はオペラの殿堂「オペラシティ」の足元で棲息しているにもかかわらず、コンサートには滅多にいかないが、昨日は家人につきあってクリスマスコンサートへ。
サンクトペテルブルク室内合奏団という、弦楽器にハープが加わった15人くらいの編成による演奏である。
プログラムは、聞けばたいていの人が耳にしているポピュラーなものばかりで、肩は凝らない。
誰もが知っている、ということは別に作品の価値を貶めるものではないが・・・。

Img_2

久しぶりに電気を介在させないで音楽を聴いた。
私たちの席は後ろの方だったが、それでもヴァイオリンのピアニシモ・最弱音を聴きとれた。
さすが、コンサートホールの音響効果はすごい。

と、いうようなあれやこれやで寄せ鍋みたいなブログになった次第・・・。

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西伊豆の山へ ~真城峠から金冠山 

2015年12月5日

伊豆半島は全体が大きな観光地で、温泉、多様な観光施設、マリンレジャーなど多彩な楽しみがあるが、登山との結びつきは薄い。
深田百名山の天城山はあるとしても、その他には見るべき登山の対象があまり思いうかばない。
しかし、実際には山が重畳と重なりあっていて平地の少ない山地なのである。
半島全体の地形を俯瞰してみると南北に走る西伊豆スカイラインの山並みが、南端で東へ曲りそのアールが天城山系に連なり、さらに伊豆スカイラインへと延び北上する、大きなUの字を描いている。
その底辺が天城峠になる。
同じような半島の房総半島では最高峰が「愛宕山」408mにしか過ぎないのに、伊豆半島では1406mの天城・万三郎山を初め千mを越える山も数座数えられる。


伊豆の山々の特徴はその相貌が穏やかで優しく、山並みがたおやかな曲線を描いていることにある。

来年2月、私たちの山の会としては初めて西伊豆の山を歩くことになっている。

私はこれまで、西伊豆では代表的な山になる達磨山も金冠山も、車道から一息で登れる山なのを良いことにして、温泉帰りにフラッと立ち寄っているだけであった。
それではあまりにイージーなので、山の会らしくいくらかはスパイスの利いたプランを考えなければならないだろう。
そこで思いついたのが
金冠山へ真城(さなぎ)峠から登る、というものである。
情報が乏しいこともあり、踏査は必須である。
前夜、河津温泉にある居住区の施設に泊まり、天城峠を越えて西伊豆スカイランを目指したのが2日のことである。
湯ケ島温泉を通過して風早峠でスカイラインに乗り北上。

Dscn5218 天城牧場と風早峠(右端の凹部)を振り返る。
山並みが描く曲線はいかにも伊豆らしく優美である。


幾つもあるスカイラインからの達磨山登り口をどこにするかをチェックしながら戸田峠に下り、さらに西の戸田に下る途中で沼津へのルートに右折して真城峠の登山口に到着。

Dscn5232 登山口の標識
3年ほど前のネットレポではちゃんと支柱に着いているが、今は二つに割れて地上に落ちているのを拾いあげてもたせかけた。

ここからは藪道も覚悟していたが、全く予想外に防火帯を思わせる幅の広い道から始まり、それはどこまでも延びていた。

Dscn5233 伊豆の山に多いのはアセビとウバメガシ。
ヒメシャラが見当たらないのは標高が低いせいか。

Dscn5243 蕾が赤いので多分「ベニバナアセビ」だろう。
2月の末にここに来る予定なので、その時には開花しているであろう。

Dscn5234 途中にある「奥岩」三等三角点761m
ここまでは標識は皆無だが、青いテープが導いてくれた。
しかし、この先テープはフッと消えてしまった。
ただし、幅のある道はおおむね明瞭に続いている。

Dscn5236 北にある沼津市民の森からのコースが合流し、初めて標識を見ることになる。

Dscn5237 樹林帯を抜けると、伊豆の山に共通する明るい笹原の道になる。
アンテナの立つ金冠山は目の前。

Dscn5242 返り咲きのヤマツツジ

Dscn5239 金冠山山頂~2度目の今日も展望は得られない。

Dscn5240 駿河湾を見下ろす。
湾岸に沿って沼津アルプスが霞んでいる。

A 金冠山から東へ30分下ると沼津市が運営する「だるま山高原レストハウス」がある。

A_2 このレストハウスからの眺め(写真は借用)が素晴らしい。
愛鷹山を前景とした富士と、右には低山ながら沼津アルプスの連なりが踊っている。
現調を終えて、再びスカイラインを南下して下田街道へ下りた。

Dscn5252 帰路のついでに初めて通り抜けた旧「天城隧道」
この全長445mの隧道は明治37年(1904)に完成した。
これによりそれまで別の世界であった下田と中伊豆が結ばれた。
明治時代が果たした日本の近代化への偉大な足跡の一端を知ることができる。

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。」
二十歳の一高生の私(川端康成)が濡れながら駆け込んだ茶店に、踊り子を含む旅芸人の一行がいた。
密かに期待していたことがみごとに的中して、私は入り口でたちすくんでしまう・・・
いうまでもなく名作『伊豆の踊子』の冒頭である。

曇天なので早くも暮れなずんできた道を宿に戻った。
今夜の食膳には特別注文になる伊勢海老の鬼殻焼きが載るはずである。

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