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季節のアンソロジー ~十一月

2015年11月12日

きさらぎの 天のまほらは 花野かな
    差し招く如 風花は舞う   / 冬道 麻子

この一首が詠われたのはきさらぎ(2月)であるが、わが草庵あたりでで最初に風花が舞うのはおおむね11月である。
低気圧が東に抜けて、西高東低の気圧配置になると上越国境の稜線は灰色の厚い雪雲に包まれる。
このころの雪はおおかたは水上辺りまでしか降らないが、季節風の吹き出しが強いと、風に煽られて白い天からの使者が舞い狂いながらわが草庵あたりまで飛んでくる。
薄日の差す中で白い花びらたちはしばらく空中を乱舞して地表に降り立ち、その姿を留めるいとまもなく姿を消してしまう。

風花を運ぶ北西からの乾いた季節風は木枯らし(凩) とも・・・     

こがらし  / 新川 和江
    こがらしが吹き過ぎて行ったのは
    街路樹の梢と枝と  家々の軒先ばかり?
    いいえ わたしの髪と肩と
    それから心にもかくじつに触って行った  
(以下略)
もう一つ木枯らしの詩で八木重吉の「冬」を。
    木枯らしが吹く
    じっと物事を我慢していると
    自分が磨かれてゆくような気がする

木枯らしの中で自分を磨こうと我慢していると、磨かれる前に低体温症になってしまいそうで・・・なんて散文的なことを言うから私は詩人になれないのだ。

木枯らしの吹く情景でどうしても触れておきたい名文がある。
戦後の山の名著というとたいていの人が真っ先に挙げる山口 耀久
さんの『北八ッ彷徨』から
「・・・そのとき急に風が吹きはじめた、とでも思えるような突然の激しさだった。あっ、と驚くようなすばやさで、いきなり風景の転調がおこなわれた。静止していた落葉松林がいっせいに動いた。私たちは足を止め、息をのんだ。小広い平地になってひらけたその峠は、風と雪と、乱れ飛ぶ落葉松の落ち葉の、すさまじい狂乱の舞台だった。風に吹き払われる落葉松の葉が、舞い狂う雪と一緒にいちめんに空を飛び散っていた。滅びるものは滅びなければならぬ。一切の執着を絶て!(中略) 秋は終わった。」

Img189
私も長い山歩きの間には同じような情景に出あっている。
しかし私の鈍いセンサーはこのように感応しないし、ましてやこのような情景をこのような緊張感に満ちた文章で描写することはできない。

♪ 遠い山から吹いてくる こさむい風にゆれながら
     けだかく清くにおう花 きれいな野菊 うすむらさきよ ♪               

取り立てた理由はないのに好きな小学唱歌で、季節になるとつい口ずさむ歌である。
この情景には私の幼いころの郷愁を呼びさますものがある。
そのころの私にとっての遠い山とは・・・
母なる赤城山は目の前にあるので「遠い山」ではない。
果てしないと思うほど続く桑畑の果て遠く、茜色の地平にシルエットを浮かび登らせている浅間山こそが遠い山であった。

野菊という特定種はなく、関東一帯ではカントウヨメナ、ノコンギク、ユウガギクをなどがそう呼ばれている。

A
伊藤左千夫の原作『野菊の墓』を木下恵介が映画化した「野菊のごとき君なりき」が公開されたのは1955年。
私は早稲田の映画館で嗚咽をこらえながら観た。 

A     A_2         Photo
映画で「民子」役を演じた有田紀子さんはこの物語の薄幸な少女役にピッタリだった。
その後、彼女が映画界でどのような地位を占めたのか、スクリーンで再見することはなかった。
彼女以後「野菊」が似合う少女は日本から消えてしまったようだ。

11月の気象用語で良く知られているのは「小春日和」であろう。
小春は旧暦での十月の別称で、現行暦では晩秋から初冬にあたる。
『徒然草』では「十月は小春の天気」と書かれている。
小春日和を「インディアン・サマー」と呼ぶことも知られていることだが、この二つを結び付けたのは日本アルプス開拓期に貢献のあった東大名誉教授B・H・チェンバレン。

冬の装いに変わって明るくなった山荘でわずかに秋の名残りを留めているのがムラサキシキブ。
雷鳴も 嵐も過ぎて 花枯れし 
      野につぶらなり 紫の珠  大伴 道子

A
紫式部とは全く関係ない。
枝に重なり合って着いている実を「シキミ」というそうであるが、ムラサキシキミをいつしかムラサキシキブと誤って呼んで定着したものと考えられている。

尾崎喜八は 「晩秋」と題する詩で十一月をこう詠っている。
    
つめたい地にうつる十一月の雲と青ぞら
    たえず降る緋色のもみぢが水をつゞる
    遠く山野を枯らす信濃のきたかぜ
    もう消えることのない連山の雪のかゞやき。

Img014

そう、連山が消えることのない雪で耀く季節がそこまで来ている。

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コメント

これは奇遇です。
私も山道をドライブ中、小菊をみると、”遠い山から吹いてくる こ寒い風にゆれながら、気高く清く匂う花・・・。が必ずといっていいくらい口をついて出てきます。それがたとえ白菊でも、です。

〔野菊の墓〕は原作、映画共に見ました。
映画は心に残る作品でしたね。
おっしゃるように主演の女優さんはこれ以上ないほどの〔民子〕を素朴に美しく演じました。
有田紀子という女優さんはこの映画一本きりでしょうか。
そうであるならば〔民子〕を演じる為だけの女優ということになりますね。

いつのまにやら、秋の詩情を想うより、風邪の冷たさを先に気にしてしまう年齢となってしまいました。。。

投稿: おキヨ | 2015年11月14日 (土) 12時33分

風花さん、こんにちは

ブログで改めて11月だと再認識しました。連日雲に覆われていた後立山連邦でしたが、雪が融けていて驚きました。先日志賀高原も白くなりましたが、例年より20日も遅い冠雪だそうで、暖冬を予感します。9月に金峰山に行った時、落葉松の登山道で霰が降って来て、凄い事になった経験があります。ムラサキシキミにはビックリです。

投稿: 岳 | 2015年11月14日 (土) 12時40分

おキヨ様
ご存知のとおり、小学唱歌事始めのころは主としてヨーロッパの民謡の旋律に、原詩とは無関係の雅な歌詞を付したものが多いですね。
その中でこの「野菊」は日本での作曲レベルが上がった昭和になって生まれたもので作詞、作曲ともに日本人の純国産です。
昭和17年に採用されたもののようですから私が2年生ころになるようです。
それが老境に至る今になってもフッと唇にのぼるのですから長い、長い付き合いになります。
有田さんはネットで調べるとデビュー後に何本かの作品に出演しているようですが、私は観ていませんし、作品にも恵まれなかったようで、やはり「野菊のごとき・・・・」少女で終わったようです。
おキヨさん同様、晩秋の詩情を感じる前に、まだ慣れない寒さをいかに交わすかにばかり気がいってしまいます。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月14日 (土) 16時23分

岳様
紅葉は早かったのに降雪はいかにも遅いですね。
上越の山も、いったんは白くなっても後が続かず根雪になりません。
暖冬の予感がしますね。
私には山が白くなると、生き返ったように見えるので、待ち遠しい気持ちが募ります。
なんでもかんでもエルニーニョのせいだと一括りにされてしまいまいますが・・・。
フト気がつけばなんと後一ヶ月半で今年が終わってしまうんですね。
年賀状のこともチラチラ頭をよぎって、忙しないことです。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月14日 (土) 16時34分

11月も気がつけば半分に・・・早いものです。
京都はこれから紅葉の真っ盛りで今度の三連休は多くの行楽客で大賑わいでしょう。

山では紅葉も終わると木々は葉を落とし、いかにも寒々した風情に・・・ ふと口ずさむのが ♪ 遠い山から吹いてくる~ ♪ 野菊です。
優しさが溢れるメロディーに心がいつも引き付けられます。
因みに私の秋の愛唱歌は9月赤とんぼ、10月は里の秋、11月は 野菊です。

おキヨさん同様「野菊の墓」原作も映画も見ました。もう何年前になるのでしょうか・・・ 遠い昔の話ですネ

投稿: かおり | 2015年11月15日 (日) 23時19分

かおり様
9月、小さい秋をみつけて、本格的な秋が近づくのをワクワクしながら待っていたのに、早くも秋が去っていく後ろ姿を見送るようになってしまいました。
何かにつけ時の流れの速さを一段と強く感じるようになりました。
私の季節の愛唱歌はかおりさんと共通しています。
「野菊」を愛唱する方は多いのですね。
これは少し意外な感じがしました。
」野菊のごとき君なりき」はもう一度観たい映画です。
昔のように泣けるかどうか・・・
涙腺が緩んでいるのでキット「涙(なだ)そうそうになると思います。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月16日 (月) 06時42分

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