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映画「エベレスト」 ~デスゾーンの悲劇

2015年11月18日

1996年5月10日「死の匂いがする」といわれるエベレストのサウスコル付近にて、二つの公募隊の登頂者が猛吹雪に見舞われる。
その結果エベレスト登山史上初めての9名という大量遭難死者をだすという悲劇となった。
その中には、田部井淳子さんに次いで日本人女性として二人目の登頂を果たした
難波康子さん(47歳)も含まれていた。

難波さんは登頂には成功したものの、サウスコルまで辛うじて下りて来たが疲労と寒気と強風のため力尽き、斃れた。

前夜、8千m近い第四キャンプを出たロブ・ホールが率いる「アドベンチャー・コンサルタンツ」とスコット・フィッシャーが率いる「マウンテン・マッドネス」隊、それに台湾ティームがエベレスト山頂を目指した。
3つのパーティの隊長、ガイド、シェルパ、参加者が山頂を目指したため、難所のヒラリーステップなど至るところで渋滞が発生した。
また当然、参加者の登山力に違いがあったこと、あるべき固定ロープが張られていなかったことなどの誤算が重なり登山のペースが著しく遅れた。
その結果としてそれぞれの疲労が倍加され、酸素ボンベは不足し、天候の急変につかまるという最悪の事態を迎えることとなる。
荒れ狂う吹雪の中で懸命の脱出が続き、献身的な働きのあまり体力を使い果たした両隊長を始め次々と動けなくなる脱落者が出てきて悲劇が始まった。

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難波さんはロブ・ホール隊に800万円近い費用を払って参加した。
小柄で華奢な体つきの口数が少ない女性、と評された難波さんは、登山の世界で特に知られていた存在ではなかった。
むしろ平凡な主婦として、勤労者としてごく普通の生活者だった。それが気がつけばいつの間にかいわゆる「セブン・サミッツ」と言われる七大陸最高峰の内六峰に登っていて、エベレストはその集大成になるべきところまで到達していた。

Img017 南極大陸最高峰のビンソン・マシフ4897m登頂時の難波さん。

この映画はロブ・ホール隊に参加し、比較的順調に登頂を果たしたジョン・クラカワー(ルポライター・登山家)が徹底した取材に基づいて著した書『空へ』にもとづいてつくられている。

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クラカワーはフィッシャー隊ガイドのアナトリ・ブクレーエフが酸素を吸入しないままで登山したことや、遭難者の救出活動に消極的だったことなどを、この本の中で批判的に書いている。
それについてブクレーエフは『デスゾーン』で反論し、両者の対立は抜き差しならないところまでに展開することとなる。
そのブクレーエフはこの悲劇から一年余り経過した1997・12 アンナ・プルナで雪崩にあい39歳の生涯を終えることとなる。

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IMAXプラス3Dという、現在求め得る一番臨場感のある画面を再現できる方法で音響効果と共にその迫力には眠気も吹っ飛ぶ。
高度感たっぷりのシーンでは恐怖心すら湧いてくる。
このところの内外の山岳映画にはやや物足りなさを感じていたが、ようやく「アイガー北壁」を越える作品が出現した思いである。

Img012 この書はロブ・ホール隊に参加していて、サウスコルで最後まで難波さんの傍らにいて二人とも力尽き、死んだものとして見放されたベック・ウェザースの奇蹟的の生還記である。

やや余談になるが、フィッシャーズ隊にはヒマラヤ登山史上の伝説の男、ピート・ショーニングの名前がある。
ヒマラヤ登山を語るとき単に
「あのビレー」というだけで通じる神の業としかいいようのない出来事があった。
1953年(エベレスト初登頂の年)K2に挑んでいた米国隊は隊員ギルギーが血栓静脈炎症を発症し、隊員たちは彼を救うため猛吹雪の中決死の脱出を図る。
7600m付近の45度ほどの急斜面を下る困難を極める撤退の時、一人の隊員が滑落し他の5人を巻きこんだ。
その時、一番若いショーニングはギルギーを確保しながら、滑落していく隊員たちを一人で食い止めたのである。
滑落は50m~100mに及び、10mmのロープが5mmほどなるほど伸びた。
隊員たちから「7600mで五人を止められるのなら4500mなら何人とめられるのかい。どうやったんだい?」と聞かれショーニングは「運が良かった」とだけ答えている。

強者ショーニングもこの登山に参加した時は68歳になっていた。ドクターチェックで、心臓の拍動に異常が見つかり、結局第二キャンプ6500mから上には行けず涙を飲んだ。
ショーニングをガイドする立場になった一人、ニール・ベイドルマンは「わたしのような者がショーニングを案内するなんておこがましい。同じ隊にいられるだけで光栄なことだ」と語っている。

私の感想としては、これまで山岳映画の中で最も出来栄えの良かった「アイガー北壁」を凌駕するものと思える。

あの日「デスゾーン」で起きた筆舌に尽くせないドラマを再現するには2時間余の映画では余りに短すぎる。

 

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コメント

山の映画と言っても、余りにも自分とはかけ離れているので、今までこの手の映画は観たことがないのですが・・・
先日も映画を観ましたが「あん」などという細やかな世界を覗いてきただけでした。連休があるので、偶には観てみましょうか!

投稿: noritan | 2015年11月20日 (金) 05時16分

noritan様
山岳映画というジャンルはそれなりに確立されているようで、毎年数作品公開されますね。
どんなに上手に作っても映画は映画で、嘘っぽさは露呈してしまいます。
最近の邦画では「劔岳 点ノ記」とか「春を背負って」などがありますが、作り物であることは瞭然でした。
その点では「エベレスト」は良く出来ていますね。
同じ山でも日本とヒマラヤではまるで別物です。
もちろんどちらが良いか、ということではなく、日本の山には日本の山の、ヒマラヤにはヒマラヤの良さがそれぞれにありますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月20日 (金) 06時46分

記事を拝見しただけで私もこの映画を観たくなりました。
近くの映画館で上映されていればいいのですが。。。

内容のほどは詳しく解らないでも、厳しい山の姿をを観たいのです。

投稿: おキヨ | 2015年11月20日 (金) 12時33分

おキヨ様
この映画は誰にでも楽しめる、というものではないと思います。
主題がそもそもエンターティメント性のないものです。
ご覧になるようでしたら、その辺のことはお含みいただいておいた方がよかろうと思います。
山での遭難ばかりではなく、人が非業の死を遂げるのは実に悲しいことですね。
遺されたものの哀しみは尋常ではすみません。
映画はできるだけ後味のいいものを観たいものです。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月20日 (金) 16時02分

風花さん、こんばんは

山好きの方、フェイスブックでは沢山この映画を見に行っていますが
私は、何ゆえかこの遭難が映画なのか、漫画なのか不明ですが記憶にあります。
映画館へのアクセスが良くないのと、自由が利かない事もあり
中々観に行けませんが、観たい気持ちはあります。
優先順位でと考え中です。

投稿: 岳 | 2015年11月20日 (金) 19時08分

岳様
私たちの山歩きの会のメンバーはかなり観ています。
異口同音にエベレストの3D画像に圧倒されたと言っています。
高度感がゾクゾクするほど怖いですね。
最近の日本の山岳映画もレベルをあげていますが、舞台装置の違いはどうしようもないですね。
来春には夢枕 獏原作の「神々の山嶺」が映画化されて公開されます。
こちらもヒマラヤが舞台になるのでどんな出来栄えをみせてくれるか心待ちしています。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月20日 (金) 20時10分

興味深く読ませていただきました。
大スクリーンで見ることができるかは微妙ですが、これは必ず見たいと思いました。。

難波さんについて、初めてしりましたが、彼女もまたこの作品の中に登場するのでしょうか?

投稿: itta | 2015年11月22日 (日) 23時50分

itta様
同じ山でも日本の山とヒマラヤではずいぶん違うものだな、ということがよく分かる映画かな、と思います。
ご覧になって損はないと思います。
この遭難についてのネットなどで予備知識を持たれておいたほうが良いとは思います。
難波さんは控えめな実物同様に、映画の中で短いシーンですが何カットか登場しています。
海外在住の女優さんが演じています。
『山と渓谷』誌の1996年7月号、8月号に詳細な記事がありますが、これを読むのは難しいことですね。

投稿: 風花爺さん | 2015年11月23日 (月) 06時59分

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