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季節のアンソロジー ~十月

2015年10月15日

わが草庵の秋一番はナツハゼの紅葉である。

Dscn4920 名前のとおり夏の間から色づき始めるので紅葉が特段に早い。
ニシキギが次に控え、アカヤシオも準備に怠りないようだ。


はなから脱線するが、空港でのその歓迎振りや、TVでのモテモテ振りを見るとあたかも国際大会で優勝したかと錯覚させられる。
もちろんラグビー日本代表チームの日本凱旋?の模様である。
3勝はしたが、予選リーグで敗退。
普通ならむしろ冷淡に扱われそうなのにどうして・・・?
ラグビーでは日本は国際的には最弱小国と蔑まれていた。
それが最強国の一つ南アなど3つの代表に勝ったことは、ラグビー界では驚天動地のことらしい。

A_2

感動的なシーンがたくさんあった。
特に緒戦の南ア戦で逆転トライの瞬間のアナウンス”いけ!いけ!いけ!」のシーンは思い返すだけで瞼が熱くなる。
鍛え上げられた体を闘争本能のままにぶっつけあう、という素朴な球技のように見えながら、実はストイックとも思えるほどのフェアープレー精神そのものの紳士の競技なのだ。
この活躍で長いことサッカー人気の陰に隠れていたラグビーがきっと見直されることだろう。

秋は朔北の風が運んでくる。
♪風立ちぬ 今はもう秋 今日から私は心の旅人・・・ ♪
松田聖子が歌うこの曲の作詞者・松本 隆は堀辰雄の愛読者で、堀の作品から作詞を思い立ったそうである

その堀が『風立ちぬ』のエピグラフで用いたのがポ-ル・ヴァレリーの詩「海辺の墓」の終章の「風が吹いてきた 生きなければならない」である。
・・・などと書くのはもはや陳腐以外のなにものでもないか。

その秋風は何色・・・?
その答えを芭蕉がだしている。
   「石山の 石より白し 秋の風 」
「白秋」という言葉もある。

秋風が吹くと無性に「エンヤ」を聴きたくなる。
私ばかりではない。
かなり以前「St GIGA」というFM放送局があった。
NHK以上に良質の音楽放送をプログラミングしていたので愛聴していた。
あるとき「秋風の調べ~エンヤ」というタイトルの放送をしてくれたので、当然エアチェックして、今でもこの時期になると条件反射のようにして再生する。
アイルランドの歌姫と称えられるエンヤのミステリアスな音楽は実に秋そのものなのである。

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田舎のモーツァルト / 尾崎 喜八
   
中学の音楽室でピアノが鳴っている。
   生徒たちは、男も女も、
   両手を膝に、目をすえて
   きらめくような、流れるような、
   音の造形に聴き入っている。
   そとは秋晴れの安曇平、
   青い常念と黄ばんだアカシア
   自然にも形成と傾聴のあるこの田舎で、
   新任の若い女の先生が孜々として
   モーツァルトのみごとなロンドを弾いている。
詩人は秋の安曇平のどこの中学校でモーツァルトを聴いたのだろうか。
それを知りたいのだが・・・。

休耕田らしいそこかしこのコスモス畑でコスモスが揺らいでいる。
メキシコ原産の花で明治時代に帰化したが、これほど日本の秋に溶け込んでいると、日本古来の花かと錯覚しそう。
デビューした当時にはただのアイドル歌手の一人にしか過ぎないと思われていた山口百恵が、これほどの才能を秘めているのを見出したのは誰なんだろうか。
とにかく「プレイバック」の歌い手が「秋桜(コスモス)」で嫁ぐ日近い娘の心の情感を見事に伝えている。

A
♪ 薄紅のコスモスが秋の陽の 何気ない陽だまりに揺れてい     る・・・ ♪
歌い手もいいが、さだまさしの歌詞がまたよろしい。
シンガーソングライターが登場してきたのはいつごろだったか。
おしなべて曲作りには新鮮さがあったが、詞がまことに貧弱であった。
その典型例で私が真っ先に浮かべるのが、昭和40年代に大ヒットした「あなた」である。
曲は天性の才能が窺える優れたものであった。
なのに詞の方が実に稚拙で、まるで小学生が「私の夢」という題を与えられて書いた作文のようで、口にするのも気恥ずかしいしろもので、ご本人も今は歌えないのではあるまいか。
さだは曲つくりにも非凡さを見せているが、作詞がそれを上回っている。
「主人公」とか「案山子」とか、さだがつむぐ詞は読んでいるだけでもいい。

さて、豊穣の秋を代表するものは果物だろうか。 
梨、葡萄、柿どれをとっても好物ばかりだが、不思議に歌になるのは唯一私が積極的には食べない林檎である。

A
リンゴの歌、リンゴ園の少女、リンゴ追分、リンゴ村から、リンゴの花は咲いたけど、リンゴ花咲く故郷へ・・・
歌謡曲は横において島崎 藤村の「初恋」で・・・その第二節は
   
やさしく白き手をのべて
   林檎をわれにあたえしは
   薄紅の秋の実に
   人こひ初めしはじめなり

リンゴから「初恋」を連想するのも、あまりにもありきたりであるが、私も人並みに「人恋初めし」たころは、今は忘れられているような紅玉リンゴの甘酸っぱさと重なりあうのである。

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コメント

秋風が吹くとエンヤが聴きたくなる、ですか!
エンヤを初めて聴いたのは映画「冷静と情熱のあいだ」です。
DVDを4度くらい観ました。竹野内 豊や篠原涼子が好きになり、映画でケリー チャンが着る毛皮のコートなどの衣装が観たくなり、エンヤの音楽が聴きたくなり・・・と言った具合に。
サントラ盤まで買ってしまいました。
エンヤは季節を問わない気もしますが、確かに秋が似合うようですね。

投稿: noritan | 2015年10月16日 (金) 06時17分

Noritan様
Enyaの音楽は「オリノコ・フロー」のようなポップな曲も僅かにありますが、多くは哀愁に満ちた瞑想的、神秘的、宇宙的なものだと思っています。
季節とのマッチィングの点からは、私は秋以外には考えられないのです。
~ちなみに家内は”眠くなる”と言いますがこれなあながち的外れともいえませんが・・・。
エンヤのルーツはケルト音楽の「クラナド」ですが、その後の彼女はそうしたジャンル分けを超えた存在になりましたね。
「冷静の情熱のあいだ」は原作は目を通しましたが、映画が観ていません。
機会があれば観たいですね。

投稿: 風花爺さん | 2015年10月16日 (金) 11時40分

日本ラグビーが世界にアピールする日が来るなんて、これはスポーツを知らない私も驚きました。単純ですが、身体的に日本人には不利な代表的スポーツに考えていたのです。
エンヤという歌手の名を私が知ったのは貴ブログで5,6年前でした^^ ブログでの縁が続いていることを嬉しく感じています。

〔秋桜〕は歌詞、曲とも情感があり、山口百恵はこの歌を余すところなく歌い上げていますね。単に歌が上手いこととは違う何かをかんじさせます。

リンゴはアダムとイブの時代から魅力のある果実の代表、芸術、文芸に多く登場するのも無理からぬことですね。^^

投稿: おキヨ | 2015年10月16日 (金) 12時00分

おキヨ様
スポーツの誕生は戦争の代償行為として、という説がありますが、ラグビーはそれを頷かせるものですね。
フェアープレ精神が根っこにありますが、プレーは体と体、魂と魂の激突という素朴で単純なもので、それが心を打ちますね。
確かにEnyaのことは何度かブログに書いていますが、よく覚えておいていただいて、とても嬉しく思います。
何年経っても好きなアーティストがEnyaとサラ・ブライトマンに留まっていて進歩や変化がありませんね。
山口百恵があれほど深い才能を秘めていたなんて分かりませんでしたね。
まだまだ掘り起こしきれない才があったかも知れないのに早い引退で惜しまれてなりません。
今、どこでもお色鮮やかな林檎がそそりますが、私は「ふじ」が出回る11月中旬までガマンの子です。

投稿: 風花爺さん | 2015年10月16日 (金) 12時21分

風花さん、こんにちは

しかし、風花さんの博学には驚くばかりですが、松田聖子に山口百恵、更にエンヤとは! 私はさだまさしのファンで、グレープの時代からオープンリールデッキで聴いていた程です。ほぼ同世代ですが、映画で失敗し、借金を返済するために最近までツアーを続けていましたが、大変だった様です。 山を愛する人はロマンチストと云いますが、当にそのとおりかと…

投稿: 岳 | 2015年10月18日 (日) 13時15分

岳様
私のは興味が赴くままの行きあたりバッタリの典型的な雑学なんですよ。
体系的な知識を身につけていませんから、役に立たないことばかりです。
さだまさしは私も好きで、無縁坂、案山子、天までとどけ、主人公などカラオケで歌いたいくらいですが、難しいのと音程が高いので私の手には負えません。
確か映画「長江」で大きな借金を背負い込んだのですが、その活躍ぶりは全然めげていませんね。
実は今、岳さんが残雪期に歩いた「鍋倉山」を関田峠から往復して帰ってきたばかりなんです。
ブナの黄葉を満喫してきました。

投稿: 風花爺さん | 2015年10月18日 (日) 16時05分

風花爺さんの知識の広大さには何時もビックリ、まさに山の様ですね。私などにはコメントも書けません(´・ω・`)ショボーン
お身体も不死鳥のように甦られ驚くばかりです。
嬉しい限りです、お教え頂きたい事がまだ沢山ありますので増々のお元気を・・・

投稿: いっちゃん | 2015年10月28日 (水) 09時44分

いっちゃん様
うろ覚えのことや、記憶の断片を拾い集めているだけの、”だからどうだっていうの?”とリアクションされたら立往生してしまう代物です。
一人よがりで、世の中でなんの役に立ちません。
その記憶装置も劣化するばかりで、低下する体力とともに一回り下の世代のお世話になる立場になりつつあります。
よろしくお願いしますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年10月28日 (水) 12時28分

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