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かつて山と煙草の蜜月時代があった

2015年9月9日

帯状疱疹の発症と、その後遺症とで2ヶ月近い静養を余儀なくされていたが、9割程度には恢復した。
そろそろリハビリ登山を、と気持ちの準備をしていたのに、来る日も来る日も雨天。
追い討ちをかけるように今日は18号台風の襲来で、止めをさされた思いである。
山荘の立ち木は朝から天上大風に翻弄されている。

Photo 風になぶられて乱れ姿のシュウカイドウ。
ついでながらこのごろは数枚の写真ならスマホで撮ってメールでパソコンに送る方法をとっている。
画質は落ちるが、いくぶん手間は省ける。

さて、半年ほど前、映画「氷壁」のリバイバル上映を観た。
主人公・魚津とザイルパートナーの小坂が、冬季の前穂高の東壁の初登攀に挑むシーンがある。
悪天候の中、二人がアンザイレン(互いにザイルで結び合うこと)していよいよ登攀開始するその時、二人とも口に銜えていたタバコをポイと投げ捨てた。
これには正直、かなり驚いた。
・・・そうか、あの頃はこんなことは誰でも当たり前のようにしていたことだったのだな・・・。

ある時期までは登山の途中なり、山頂なりでの憩いのひと時、一服することは至福感を味わうためには欠かせない小道具だったのだ。
吸殻はごく自然にそこらに投げ捨てていた。
罪悪感など欠片も感じないですむ行為だったのだのである。

かの謹厳実直なモラリスト詩人、尾崎 喜八にしても歩きタバコは普通のことであったようだ。

Img184 富士見高原を散策する尾崎 喜八

とくにアルピニズムの成長期にあった戦前では、パイプを燻(くゆ)らすことが一種のダンディズムであったらしい。
その典型例が「避衆登山」なる造語などで、日本の山岳界でユニークな言動で知られた藤島 敏男さん(作家、藤島泰輔さんの父君)。
病膏肓(やまいこうこう)振りが、名著の誉れの高い『山に忘れたパイプ』に鮮やかに活写されている。

Img183
同氏は筋金入りのパイプ党だったらしが、次の一文を読むと仰天する。
「山に出かける前に、パイプ架けにズラリとならんでいる中から、どれを持ってゆこうかと、選び出すのは愉しいものである。日帰りには一本でもいいが、四、五日、十日となれば、三、四本のパイプはリュックに忍ばせてゆきたい。」
~いったい山にいく目的はなんなんだろうか?!

登山の世界での今昔を思うと、もちろんいろいろな面で激変している。
一例が喫煙者が減ったことと、それにも関連するがゴミの投げ捨てがなくなったことである。
・・・・もっともこれは山の世界だけのことではなく、日本社会全体の成熟度があがった結果の現象であるが・・・

私は20代半ばから30代半ばくらいまでの一時期、喫煙していたことがある。
自分が一人前の男であることを示したいだけでしかなかったが。
格好付けがもろに出ていて、愛飲?していたのは
赤いパッケージのフィルップモーリスだった。
国産タバコに比べて高価ではあるが、一箱で二日は持つから負担感はなかった。
その間、ただの一度もタバコが旨い!と感じたことはなかった、と思う。
吸うのは接客時とか、銀座裏の安上がりのサントリーバーなどで、山で喫煙した記憶はない。

煙草で思い出すことは、会社員時代の会議のこと。
当時は喫煙は罪悪視されていなかったから、よく「煙突」と言われているヘビースモーカーが太威張りで間断なく煙をふかしていた。
会議が長引くとなまじっかな換気など追いつかず、室内は煙がもうもう。
向かい側の出席者の顔も判然としなくなるほどであった・・・とは大袈裟か。
もうタバコとは縁を切っていた私にはかなりな苦行だった。

Img182 この写真は私の唯一の喫煙のスナップである。
20代後半のころのものだが、今の私とは似ても似つかぬ別人のようだ。
それにしてもわれながら、あまり板についてない・・・な。

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コメント

風花様~ お早うございます。

台風18号による関東地方は記録的大雨で河川の氾濫
道路の冠水、がけ崩れなどによる大きな被害がでないよう祈るばかりです。
皆さん大雨による警戒・・?それとも国勢調査にかかりきり・・・?
コメント欄、いつもと比べて静かですネ

若々しき喫煙する20代の風花さま拝見、もう一度
この時代に戻れるものなら戻りますか・・・

投稿: かおり | 2015年9月10日 (木) 11時00分

ご病気が順調に回復されているようで安心いたしました。

この荒れた天候のさ中に山荘ですか!?まぁ、天気の荒れようも場所に寄りけりのようですけど。
そういえば当時は成人した男性の9割方は喫煙していませんでしたか?
ヘビースモーカーの部屋の窓は茶色で、肺のレントゲン写真も同じよ云って禁煙を促した覚えもあります。

本当に年月の経つのは早いもの、確かに〔いえいえ、たいして今とお変わりありません〕 とは言えませんね。
御写真、なんてお若いんでしょう。。。^^

投稿: おキヨ | 2015年9月10日 (木) 12時00分

かおり様
関東地方の東半分の記録的豪雨はもはや天災ですね。
日光、那須、会津、吾妻などの山々にも大きな被害が出ていることでしょう。
登山ができなくなる山も出るかもしれませんね。
サラちゃん人気もあって更新すれば瞬時にしてコメントが殺到するかおりさんのプログと違い、私のはごくごく地味なものですから(面白くない、と言う声も聞こえそうですが・・・)からいただくコメント数も控えめです。
それでも、忘れずにコメントしていただける方には感謝の言葉もありません。

帰り来ぬ青春・・・ですね。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月10日 (木) 16時23分

おキヨ様
おかげさまでほぼ原状回復できました。
現金なもので、いささか萎えていた気持ちも少しシャッキリしてきました。
それにしてもかけがえのない一夏を棒に振ってしまったことは、持ち時間の少ない私には痛手でしたね。
決して望んではいないのに、病気になったり、怪我をしたりで思うような生活ができないことは、生身の人間には避けられないこなのですがね。
半世紀前は成人男子(いや未成年者でも・・・)のほとんどは喫煙者だったと思います。
煙草を吸わない者は男ではない、というような風潮がありましたからね。
咥タバコに肩で風切って歩く・・・誰もが石原裕次郎だったり、小林旭だったりしていましたから・・・。
そして50年の星霜を経て、みんなただのオジイサンになりますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月10日 (木) 16時44分

風花さん、こんにちは

台風が去ってから、これだけの被害になるとは全く想定外でした。がけ崩れなどによる登山道などの被害も、かなりだと推察しています。 私も30代まで喫煙していますが、若い頃も山での記憶はありません。 何故山に登るのか?良く尋ねられますが、「山があるから俺は行く♪」そんな歌があるんですよと・・・写真を拝見すると、ヘビースモーカーに見えますね。

投稿: 岳 | 2015年9月11日 (金) 15時34分

岳様
今回の、関東東部を南北に降雨帯が貫き、それが長時間にわたり記録的豪雨をもたらしたことは気象的にも珍しことではないでしょうか。
人的、財産的被害も明らかになるにつれて甚大なものになるのではないでしょうか。
今は登山道どころではないでしょうが、これもおいおい明らかになってくるでしょう。
私は体質的にタバコとの相性が悪いようです。
あるとき両切りのピースを続けて2本吸ったことがありました。
その後で、酒の酔いとは違うのですが、何とも気分が悪くなり、胸のムカムカとひどい頭痛に襲われました。
人前で恰好つけようとするとロクなことになりませんね。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月11日 (金) 16時35分

私も数年前までは吸っていました。
山で吸う一本は格別でして、初めはそれも山に行く理由でした。
が、、時代は既に嫌煙の風潮、、人がいたらまず吸えません、、
自然、人がいない山、人がいない山を求める私でした。。
最後の一枚、男前で驚きました。。

投稿: itta | 2015年9月13日 (日) 22時24分

itta様
変われば変わるもの、喫煙者にとってすっかり肩身の狭い時代になってしまいましたね。
私たちの会には50人の会員がいますが、喫煙者はたったの2人です。
山歩き中にもコッソリ隠れて一服つけています。
そんな思いをするならいっそのこと禁煙すればいいのに、と思うのですが、これがやめられないのですね。
とても男前などとはいえませんが、髪の毛が自分でも信じられないくらいたくさんあったことは確かです。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月14日 (月) 07時07分

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