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希望の一冊?『百歳までの読書術』

2015年9月17日

足慣らしを始めている。
山のトレーニングには山歩きがベスト。
その場は自宅からなら高尾山、山荘からなら赤城山になる。
手始めに高尾・城山への標高差300mから始めて、次は城山から景信山へと450mをクリアした。
これから100mくらいづつバーを上げていき、なんとか800mくらいにまでに戻したいものと考えている。

Dscn4832 景信山頂から丹沢・大山を遠望する。

Dscn4837_2   この蝶の名は?~超分からない・・・
・・・・偶然、他の方のブログで「ヒョウモンチョウ」と知る。

さて、話はかわるが、孫引きだから正確な文章にはなっていないだろうが、小泉信三が「読まないでもよい本を読むときほど、たのしいことはない」と言っている。
必要に迫られて、あるいは義務でする読書は苦痛以外のなにものでもないが、読みたい本を読むことは愉悦そのものである。
その愉しみをいつまで享受できるのか・・・
否応なく考えさせられる年頃に身をおいている昨今、新聞の広告で目にした『百歳までの読書術』というタイトルに惹かれてしまった。
ナニナニ、百歳まで本が読める?・・・・ソリャなかなか耳寄りな話ではないか・・・。

Img008 著者:津野 海太郎 本の雑誌社 1700円(税別)

私は基本的に「いかに生きるか」式のハウツウものやノウハウ的な書物には手を出さなくなっている。
その意味ではこの書については禁を破った。
書名の印象と異なり単なるハウツウものではなく、書評、文化論
膨大な書物の始末にかかわる修羅、速読か遅読み(おそよみ)か、通読か並行読みかの比較論などノウハウに触れてはいるが、むしろ文化論、書評に力点が置かれている。
著者はの私より4歳年下であるが、その少年期の読書体験は私とかなり重なっていてウンウンとうなづく
そして何十年も経てから、昔読んだ本を再読した時の感想も”そうだよね”と共感する。
これを「老人読書」として年を重ねなければ得られない読書があるとするが、確かにそれは言える。
何十年か経て後、同じ本を読んだ読後感はずいぶん違ったものになる。

それは、その何十年かの間に、知らぬ間に自分が蓄積し、発酵した何かが影響しているからである。
伊達に歳は食っていない、ということか。

ところで珍しいことだが、著者は体言止めを多用している。
本多勝一氏は「体言止めは下品」だとしているが、私は決して嫌いではなくこのブログでも便利に使っている。

さて、百歳まで本を読み続けられるとしたら・・・
仮に毎月の山歩き日数と読書冊数を同じ程度とすると、年60~70冊ほど読むことができることになる。
百歳までに1200~1400冊程度か・・・
これでは手元の読み残してあるだけでも消化できないし、新しいのも買うだろう。
神様、なんとか110歳くらいまでの寿命をいただけませんでしょうか・・・

そのような単純な算術ではなく、加齢によって噛む力、咀嚼力、嚥下力などは自然に低下する。
同様に読書力、読む力、理解する力、脳に嚥下する力が衰えることをどうする?
さてさて途方に暮れるばかりである。

読み終えてみて、書名の『百歳までの読書術』は著者が言っているように『七十歳からの読書術』と読みかえたほうが適切かも・・・

ちなみに私は根気が長続きしないので「並行読み」スタイル。
今、傍らにおいてとっかえひっかえしながらページを送っているのはこんな具合。

Img001  『永遠の故郷 夜』吉田秀和 音楽、文化評論の頂を極めた著者の「歌曲」についての連作4部の一冊。

Img007 『店じまい』 石田 千~著者のラジオのトークを聴いて。
著者の『山のぼりおり』はすでに目を通している。

Img004 『闇の奥へ』 クレイグ・トーマスのサスペンス~翻訳物は人物がゴチャゴチャになるのがネック。

Img004 著者は浅葉なつさん ~ヘー、こんな本もあったのだ。山の本もいろいろだな。

一貫したポリシーなど欠片もなく、肉食系でも草食系でもなく、雑食系であることが顕著である。
その点は十分自覚している。
ジョージ・マロリーを気取れば「そこにそれ(エベレスト)があるから・・・」ならぬ「そこにその本があったから・・・」ということになるだろうか。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

順調に回復されているご様子でほっとしました。

そうですね、新聞広告では最近とみに目につく著書は〔老い〕を対象にした〔いかに生きるべきか〕的著書の大氾濫。。。
あまりに多いのでつい〔余計なお世話!〕という気がしないでもありません。

でも〔100歳までの読書術〕、これは思わず手に取るでしょう。
私の場合この先目が心配ですが、いまのところはまだ大丈夫です。

投稿: おキヨ | 2015年9月17日 (木) 11時57分

おキヨ様
実は書名に惑わされました。
百歳まで読書できることを約束した本ではありません。
書名は出版社が決めるので、著者には責任がありませんが、なんとなく釈然としないものが残っています。
これがもし他の商品だったらひと悶着あったかもしれません。
この本でも、死の時まで本を読みたいと、思い続けていた幸田露伴や正宗白鳥がやがてはそれもままならなくなる様が書かれています。
自分にそれがいつくるか誰れにも分からないこですが、そうなるまでは折角の楽しみですから続けていきましょう。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月17日 (木) 16時45分

津野 海太郎さん「体言止め」など久しく眼に触れてこなかった人、名前です。
体言止めは私も好きで、ブログ文章でもよく意識しないで使っています。
100歳まではまだ35年有りますが、35年前から今に至ると同じ年数なのに、何故か短く感じますね。
もう少し年齢が上がったら読もうとおもって本棚に仕舞っている本が2冊あります。
メイ・サートン「独り居の日記」と高橋たか子「終りの日々」です。
石田 千「山のぼりおり」は私も読みました。
確かに、山へのトレーニングは軽い山へのトレッキングが一番ですね。
街中を歩くウォーキングと言うのはどうも私は苦手で、里山とか、高原を歩く方が良いですね。

投稿: noritan | 2015年9月18日 (金) 05時01分

Noritan様
自宅にしてもジムにしても街中にしても、トレーニングのためのトレーニングは苦痛なだけで私は長続きしたためしがありません。
その点で山歩きは楽しみながら、それ自体が次のトレーニングになるのですから、一石二鳥でこんな良いことはないのではないでしょうか。
登りと下りに必要な筋肉や、バランス感覚などが自然に鍛えられますね。
Noritanさんが読むためにスタンバイしている書名は私は初見です。
世間には知らないままの名著が実にたくさんありますね。
その全てに目を通すわけにはいきませんが、一冊でも二冊でもよけいに読み進みたいものですね。
それにしても100歳までの持ち時間が35年ですか・・・
お孫さんの成長、登山、グルメ、読書etc
まだまだたくさん楽しめますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月18日 (金) 06時54分

風花さん、こんにちは

順調な回復ぶり、良かったです。
私もウオーキングは長続きしないんです。里の山でも喜びが違います。
山で見かける蝶は特徴がある種が多いですが、ヒョウモンの種類は
特に多いので名前は憶えられませんね。
体言止めは、ブログなどで行の長さを調整したりするために、
知らず知らずの内に使っていますね。
その昔はハウツウ本、専門書が殆んどでしたが、今は小説が8割以上を占めています。

投稿: 岳 | 2015年9月19日 (土) 15時31分

トレーニングを始められたのですね。
素晴らしい回復振りは、さすがです。
奥様もほっとしていらっしゃることでしょう。
一読者の私でさえ、こんなに嬉しいのですから……。

秋が深まる頃に、『永遠の故郷 夜』を読んでみたいと思っています。吉田秀和氏はご存命でしょうか……。 数年前の秋に、新聞でこの方のエッセイを読んで感動したのですが、内容が都内の桜のことで、なぜこの季節に…と、少し不思議に思いました。不謹慎ですが、どこか遺書のような雰囲気を感じてしまって…。

投稿: 淡雪 | 2015年9月19日 (土) 16時16分

岳様
原因、症状はは違いますが岳さんと同じような経過を辿っていますね。
体が正常に働くことをつい当たり前のことのように思っていますが、故障が発生しそれが恢復したときはその当たり前のことが実に嬉しいものですね。
二ヶ月前と同じように文字が書けるようになって、指が愛おしく見えます。
山歩きもこんどこそ秋の北信へ出かけるのを楽しみにしています。
体言止めはレポなど、文章を簡潔に書きたい場合には必然的に使いますね。
新聞記事などはその典型ではないでしょうか。
それだけに朝日新聞のスター記者だった本多氏が体言止めを下品呼ばわりするのには合点がいきません。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月19日 (土) 16時59分

淡雪様
ありがとうございます。
当たり前の状態に戻れて一番嬉しいのは、やはり当のご本人ではないでしょうか。
現金なもので、気持ちも前を向けるようになりました。
吉田秀和さんはお亡くなりになっています。
音楽や文化についての評論の分野で最高の知性の一人でしたね。
私など「最高の知性」ぶりがなかなか感得できないでいます。
『永遠の故郷』は四部作になっていまして、最後が「夕映え」です。
著者はその後記で「自分の歌曲に関するもので最後に予期していたとおりシューベルトの作品で終える」という意味のことが書いてあります。
その意味でこの四部作は著者の遺作、いわば「白鳥の歌」になるのではないでしょうか。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月19日 (土) 17時10分

リハビリ登山、、順調に進んでいますね!
これから秋が低山にも降りてくる季節、、冬に向けての変化は
花がぽつぽつと咲き始める頃と同じようにわくわくしますね。

本が本当にお好きですね。。
私も学生時代は1日1、2冊読んでいた頃がありますが、最近は
めっきりと読まなくなってしまいました。きっと読み始めたら
また止まらないと思います(笑

投稿: itta | 2015年9月20日 (日) 18時49分

itta様
今日も標高差600m足らずの山歩きをしましたが、復調にはほど遠く、後続者に抜かれるばかりでした。
焦る必要もないので気長に、気楽に取り組んでいきます。
カメさんなりの秋山が楽しみです。
残念なのは春とか秋という登山には一番快適な季節が短いことですね。

幼いときからの本の虫で、生涯続くことでしょう。
時代は電子書籍へ変わっていく過渡期なんでしょうが、私はやはり本の重みを感じながら、ページをめくっていく活字本から離れられないでしょうね。

投稿: 風花爺さん | 2015年9月20日 (日) 21時15分

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