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2015年9月

音楽はアナログで~愛しのカセットデッキ

2015年9月29日

帰京の途次、カーラジオで「120分のオーディオカセットテープの生産が打ち切られることとなり、在庫品が払底。
ネットでプレミア価格で売られてる」とアナウンスしていた。
今日、ついでに寄ったヨドバシにも確かに90分テープしかなく、カセットテープの棚は悲惨なくらいに寂れていた。
もう30年もの間のつきあいになる「カセットテープ」時代がそろそろ終焉を迎える時期にさしかかってきているということか。
私はその生き残りの一人になる、ということか・・・。
振り返ればSPレコードがLPレコードにとって代り、それがまたカセットテープに主役の座を明け渡し、それもCDがその座を奪いとり、そのCDも今やネット配信に命運を絶たれようとしいる。
いつの時代も栄枯盛衰は世の習いか・・・・・・。

私のオーディオ遍歴は子供のころ蓄音機に始まる。
ゼンマイを巻き、SP盤に針を落とすとおもむろにザーザー、チリチリと針音を伴って東海林太郎の「赤城の子守歌」が流れてくる。

A 蓄音機   A_2 電気蓄音機

叔母が嫁いだ先は裕福な商家で立派な電蓄があり、小学3~4年生のくらいの私はこの電蓄で「愛染かつら」の全挿入歌や「誰か故郷を思わざる」など覚えた。

その私が自分用のレコード再生用のステレオ装置を持てたのは結婚後で、そのころはLPの黎明期だった。

A_3
居間にデンと構えた装置で、結婚祝いにいただいたナタン・ミルヒタインの演奏するメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲や、バックハウスの弾くベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」に聞き惚れ、ささやかな幸福感に包まれたものである。
そこに革命をもたらせたのが録音ができるカセットテープの登場である。
音楽の環境が一変し、誰もが自分だけの音楽を持つことができるようになった恩恵は計り知れない。
アナログ最後の戦士カセットは、これまた革新的なデジタルのCDが出現するまで王座を守り続けていた。
とにかく聴きたい音楽を録音ができることが嬉しくて、FM放送を中心にして一時はエアチェックに熱中したものである。
ジャンルはクラシック中心で、懐メロ、カントリー、ポピュラー、Jポップ、イージーリスニングと多岐にわたっていた。
もちろん所有するCDもいつの間にか相当な枚数になっているが、カセットはその比ではない。

どれくらいあるか面倒なので数えたことはないが、余りスペースを取らないので邪魔に思うこともない。

本数が殖えるわけは、たとえばベートーベンの「田園交響曲」一つとってもフルトベングラー、カール・ベーム、カルロス・クライバーなどと異なる指揮者のものを、またオーケストラもウィーンフィルもベルリンフィルもアムステルダム・コンセルトヘボーも聴きたい、ということになるから際限ないこととなる。

私はいわゆるオーディオマニアではない。
従って音質においてCDに劣るカセットでも不満はない。
かつてはカセット特有のヒスノイズが少々耳障りだったが、ノイズリダクションのレベルが上がり、私の聴力では今はまず聞き取れない。
自宅の再生装置もプアーなものだし、もちろんリスニングルームもないがそれでも満足している。
山荘の方は、大きな音も出してもご近所の迷惑にはならないからもう少しましなものにはなっているが、それとてマニアのものにくらべればオモチャのレベルであろう。
BGMみたいにとりあえず音楽が流れていればそれでいいのだ。
そもそも私の聴力ではアナログとデジタルの音質の聞き分けなどできっこない。

Img
自宅のこのカセットデッキはもう随分ながいこと使っている。
今時のペラペラのデッキに比べて重い。
オーディオ評論の権威、長岡鉄男さんが製品のスペックで「重さ」を重視していたが、確かに大事な要素であることはこのデッキの長寿ぶりでも納得できる。
比べて今時のCDの再生装置はいかにも安手でウスッペラにできていえる。
重厚な音楽を聴くのにはなんとも頼りない。

音楽を聴く環境はこれからも変化し続けていくだろうが、こと私に限っては30年前に進化が止まったままになっている。

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赤城・荒山への2度のトレーニング

2015年9月23日

世界中を震撼させた日本ラグビーの初快挙!
球技で、世界との差が大きすぎるとされるラグビー。
過去「出ると負け」の屈辱を味わってきたワールドカップで、世界ランク3位で、はるか格上の強豪南アとの対戦し、世界中の予想を覆して逆転勝ちした。

A 
この勝利が実力かフロックか、あと数時間後にキックオフとなるスコットランド戦で真価が問われよう。
とってもエキサイティングなスポーツなのに人気度においてサッカーの後塵を拝しているラグビー人気が高まることは間違いない。

こんな爽やかな話題に対して、相変わらず寒々しい国会風景。
安倍さんは米国議会で勝手に切った手形が落とせてゴルフに興じているが、国の将来に暗雲を投げかけてしまったのではないか。
これまで「持ってはいるが憲法上使えない」としていた集団的自衛権を、閣議決定だけで90度ほど捻じ曲げ、限定的とはいえ使えるようにした。
祖父の置き土産「日米安保」のステージを、孫が一段とリスキーなレベルに上げたのだが、これって政治の私物化ではないか。
あれだけ国会周辺や全国であがった反対の意思を一顧だにしなかったのも祖父とソックリ。

A_2
内心”民意なんて関係ない”とうそぶいているのではないだろうか。
”法的安定性なんか関係ない”とホンネを吐いた某首相秘書官の首を切れないわけだ。

もっとも、どれだけの時間を費やしても賛成、反対が交わることのないテーマだった。
戦争法案だとする陣営と、戦争の抑止力を強化するとする勢力。
片や違憲と断じ、一方は合憲とし、互いに棒を飲んだように硬直。
これではいくら熟議を重ねると言っても接点が見出せるはずがない。
決着をつけるとなれば圧倒的な数の差で結果はハナから分かっていた。
そもそもこうなることそれ自体が始めから分かっていたことだ。
前回の総選挙で絶対多数を得た与党は、その気になれば何でもできる力を与えられた。
自民党内では保守派が死にたえ、公明党は擦り寄るばかり。
国会周辺で声を挙げた人たちは、次の参院選、衆院選に期する者が有るようだが、一度成立した法制を無いものにすることは容易な業ではない。
こうした事態に至った責任の一半は有権者側にある。
前回の総選挙で棄権した、あるいは投票したがよりましかなと安易な判断で自民党に投票した有権者はこの事態をどのように見ているのだろうか。

今の選挙制度では健全な二大政党制しかないのに、一度の失敗を懲らしめるあまりに、せっかく日本に生まれかかった政権交代可能の芽を摘んでしまったのである。
この国の民意は、よい政治は自らの手で創るという本物のうねりを生み出せるのだろうか。

さて、肝腎の本題がつけけ足しみたいになってしまったが、リハビリ山歩きの3ッ目は20日の「赤城・荒山」1572m。
シルバーウイークらしく登山口の「姫百合駐車場」は満車で遅出の私は路駐。

Dscn4847 この分岐で、大勢が歩く荒山高原へのコースと分かれ、展望広場経由の荒山への近道に入る。
ハイカーの姿は一気に疎らになる。
静かで、樹相のよいこのルートは穴場で、紅葉の時期はさぞかし素晴らしいだろう。
楽しみが一つふえた。

Dscn4846 展望の広場とは名ばかり・・・

Dscn4841 このコースで私がランドマークにしている七幹の赤松。

Dscn4844 山頂~展望こそ貧弱だが、疎林の中の雰囲気は悪くない。

Dscn4843 辛うじて四阿山を捕らえたが、ほかは雲の中。

Dscn4842  ドウダンツツジの小さい秋。

Dscn4840 ヤマラッキョウ~秋の到来を告げる花の一つ。

Dscn4845 珍しくもないものだが初物なので・・・

リハビリ山行3度目首尾は・・・?
標高差560mばかりなのに、登りは後続に抜かれるばかり。
下りでは翌日には筋肉痛になった。
こんな調子では恢復の道程は明るいものになりそうにないな。

前回があまりに不本意な出来だったので、今日(23日)中2日で再び同じルートを歩いた。
息の上がることはあるが先日の不甲斐なさに比べれば幾らかはましだった。
トレーニング効果は出ていると思いたい。
前途を悲観した3日前に比べればなんとか愁眉を開いた思いである。
ところで記録を整理したら、スタート時間も山頂到着時間も全く同じだったことが分かり、これにはわれながら驚いた。
調子は今日の方が良かったのに同じ所要時間になるわは・・・?
私は心拍数がおおむね120前後をキープすることを意識して歩いている。
そのため調子の良し悪しに関係なくペースがほぼ一定しているので、このような結果になるのであろう。

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希望の一冊?『百歳までの読書術』

2015年9月17日

足慣らしを始めている。
山のトレーニングには山歩きがベスト。
その場は自宅からなら高尾山、山荘からなら赤城山になる。
手始めに高尾・城山への標高差300mから始めて、次は城山から景信山へと450mをクリアした。
これから100mくらいづつバーを上げていき、なんとか800mくらいにまでに戻したいものと考えている。

Dscn4832 景信山頂から丹沢・大山を遠望する。

Dscn4837_2   この蝶の名は?~超分からない・・・
・・・・偶然、他の方のブログで「ヒョウモンチョウ」と知る。

さて、話はかわるが、孫引きだから正確な文章にはなっていないだろうが、小泉信三が「読まないでもよい本を読むときほど、たのしいことはない」と言っている。
必要に迫られて、あるいは義務でする読書は苦痛以外のなにものでもないが、読みたい本を読むことは愉悦そのものである。
その愉しみをいつまで享受できるのか・・・
否応なく考えさせられる年頃に身をおいている昨今、新聞の広告で目にした『百歳までの読書術』というタイトルに惹かれてしまった。
ナニナニ、百歳まで本が読める?・・・・ソリャなかなか耳寄りな話ではないか・・・。

Img008 著者:津野 海太郎 本の雑誌社 1700円(税別)

私は基本的に「いかに生きるか」式のハウツウものやノウハウ的な書物には手を出さなくなっている。
その意味ではこの書については禁を破った。
書名の印象と異なり単なるハウツウものではなく、書評、文化論
膨大な書物の始末にかかわる修羅、速読か遅読み(おそよみ)か、通読か並行読みかの比較論などノウハウに触れてはいるが、むしろ文化論、書評に力点が置かれている。
著者はの私より4歳年下であるが、その少年期の読書体験は私とかなり重なっていてウンウンとうなづく
そして何十年も経てから、昔読んだ本を再読した時の感想も”そうだよね”と共感する。
これを「老人読書」として年を重ねなければ得られない読書があるとするが、確かにそれは言える。
何十年か経て後、同じ本を読んだ読後感はずいぶん違ったものになる。

それは、その何十年かの間に、知らぬ間に自分が蓄積し、発酵した何かが影響しているからである。
伊達に歳は食っていない、ということか。

ところで珍しいことだが、著者は体言止めを多用している。
本多勝一氏は「体言止めは下品」だとしているが、私は決して嫌いではなくこのブログでも便利に使っている。

さて、百歳まで本を読み続けられるとしたら・・・
仮に毎月の山歩き日数と読書冊数を同じ程度とすると、年60~70冊ほど読むことができることになる。
百歳までに1200~1400冊程度か・・・
これでは手元の読み残してあるだけでも消化できないし、新しいのも買うだろう。
神様、なんとか110歳くらいまでの寿命をいただけませんでしょうか・・・

そのような単純な算術ではなく、加齢によって噛む力、咀嚼力、嚥下力などは自然に低下する。
同様に読書力、読む力、理解する力、脳に嚥下する力が衰えることをどうする?
さてさて途方に暮れるばかりである。

読み終えてみて、書名の『百歳までの読書術』は著者が言っているように『七十歳からの読書術』と読みかえたほうが適切かも・・・

ちなみに私は根気が長続きしないので「並行読み」スタイル。
今、傍らにおいてとっかえひっかえしながらページを送っているのはこんな具合。

Img001  『永遠の故郷 夜』吉田秀和 音楽、文化評論の頂を極めた著者の「歌曲」についての連作4部の一冊。

Img007 『店じまい』 石田 千~著者のラジオのトークを聴いて。
著者の『山のぼりおり』はすでに目を通している。

Img004 『闇の奥へ』 クレイグ・トーマスのサスペンス~翻訳物は人物がゴチャゴチャになるのがネック。

Img004 著者は浅葉なつさん ~ヘー、こんな本もあったのだ。山の本もいろいろだな。

一貫したポリシーなど欠片もなく、肉食系でも草食系でもなく、雑食系であることが顕著である。
その点は十分自覚している。
ジョージ・マロリーを気取れば「そこにそれ(エベレスト)があるから・・・」ならぬ「そこにその本があったから・・・」ということになるだろうか。

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かつて山と煙草の蜜月時代があった

2015年9月9日

帯状疱疹の発症と、その後遺症とで2ヶ月近い静養を余儀なくされていたが、9割程度には恢復した。
そろそろリハビリ登山を、と気持ちの準備をしていたのに、来る日も来る日も雨天。
追い討ちをかけるように今日は18号台風の襲来で、止めをさされた思いである。
山荘の立ち木は朝から天上大風に翻弄されている。

Photo 風になぶられて乱れ姿のシュウカイドウ。
ついでながらこのごろは数枚の写真ならスマホで撮ってメールでパソコンに送る方法をとっている。
画質は落ちるが、いくぶん手間は省ける。

さて、半年ほど前、映画「氷壁」のリバイバル上映を観た。
主人公・魚津とザイルパートナーの小坂が、冬季の前穂高の東壁の初登攀に挑むシーンがある。
悪天候の中、二人がアンザイレン(互いにザイルで結び合うこと)していよいよ登攀開始するその時、二人とも口に銜えていたタバコをポイと投げ捨てた。
これには正直、かなり驚いた。
・・・そうか、あの頃はこんなことは誰でも当たり前のようにしていたことだったのだな・・・。

ある時期までは登山の途中なり、山頂なりでの憩いのひと時、一服することは至福感を味わうためには欠かせない小道具だったのだ。
吸殻はごく自然にそこらに投げ捨てていた。
罪悪感など欠片も感じないですむ行為だったのだのである。

かの謹厳実直なモラリスト詩人、尾崎 喜八にしても歩きタバコは普通のことであったようだ。

Img184 富士見高原を散策する尾崎 喜八

とくにアルピニズムの成長期にあった戦前では、パイプを燻(くゆ)らすことが一種のダンディズムであったらしい。
その典型例が「避衆登山」なる造語などで、日本の山岳界でユニークな言動で知られた藤島 敏男さん(作家、藤島泰輔さんの父君)。
病膏肓(やまいこうこう)振りが、名著の誉れの高い『山に忘れたパイプ』に鮮やかに活写されている。

Img183
同氏は筋金入りのパイプ党だったらしが、次の一文を読むと仰天する。
「山に出かける前に、パイプ架けにズラリとならんでいる中から、どれを持ってゆこうかと、選び出すのは愉しいものである。日帰りには一本でもいいが、四、五日、十日となれば、三、四本のパイプはリュックに忍ばせてゆきたい。」
~いったい山にいく目的はなんなんだろうか?!

登山の世界での今昔を思うと、もちろんいろいろな面で激変している。
一例が喫煙者が減ったことと、それにも関連するがゴミの投げ捨てがなくなったことである。
・・・・もっともこれは山の世界だけのことではなく、日本社会全体の成熟度があがった結果の現象であるが・・・

私は20代半ばから30代半ばくらいまでの一時期、喫煙していたことがある。
自分が一人前の男であることを示したいだけでしかなかったが。
格好付けがもろに出ていて、愛飲?していたのは
赤いパッケージのフィルップモーリスだった。
国産タバコに比べて高価ではあるが、一箱で二日は持つから負担感はなかった。
その間、ただの一度もタバコが旨い!と感じたことはなかった、と思う。
吸うのは接客時とか、銀座裏の安上がりのサントリーバーなどで、山で喫煙した記憶はない。

煙草で思い出すことは、会社員時代の会議のこと。
当時は喫煙は罪悪視されていなかったから、よく「煙突」と言われているヘビースモーカーが太威張りで間断なく煙をふかしていた。
会議が長引くとなまじっかな換気など追いつかず、室内は煙がもうもう。
向かい側の出席者の顔も判然としなくなるほどであった・・・とは大袈裟か。
もうタバコとは縁を切っていた私にはかなりな苦行だった。

Img182 この写真は私の唯一の喫煙のスナップである。
20代後半のころのものだが、今の私とは似ても似つかぬ別人のようだ。
それにしてもわれながら、あまり板についてない・・・な。

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季節のアンソロジー ~九月

2015年9月3

秋はどこからやってくるのだろうか
風 ~そう大陸生まれの乾いた白い風が吹くと”あー秋になったな・・・”と思う。
あるいは秋は空から降りてくる ~真夏のギラギラした光がフッと力を失ったような気がして空を見上げると入道雲が消えて、うろこ雲が広がっている。
”あー 秋の雲だな・・・”との感慨が湧く。
       水脈(みな)の泡波 うろこ雲
   遥(はる)ばるつづく陽の入りは
   いつも夕焼け 月あかり
   雁が飛びます わたります     「雲の歌」北原 白秋

A
うろこ雲、いわし雲、さば雲・・・秋を告げる雲にはなぜか魚が関係する。

森林限界(おおよそ標高2500m前後)を超える高山での秋の使者は地表を覆うウラシマツツジだろう。

A ツツジだからとうぜん花を咲かせるのだが、不思議なことに花の印象はまるでない。
秋に一番乗りする、目にも鮮やかな草紅葉こそがウラシマツツジの存在を際立たせるものである。

こんなふうにしてそこかしこに「小さい秋」が生まれてきて、それらが出そろうと日本は深い秋に包まれていく。

もう十年越しで、毎年九月になると今年こそは行くぞ!と思い定めながらいまだに果たせないことがある。
越中・
八尾(やつお)の「風鎮め」の民俗行事「風の盆」である。
胡弓の調べにのる哀調を帯びた「越中おわら節」に合わせ、編笠を目深に被った男女の優雅とも艶冶とも言いがたい踊りが夜を通して繰り広げられる。

A

蛇足ながらここで高橋 治の『風の盆 恋歌』をパスするわけにはいかないだろうが、広く読まれているだろうから、内容に触れる必要はないだろう

昨日(きそ)夏なりき、今し秋 ~ボードレールの「秋の歌」の一節だが「今し」の秋を感じさせるのが秋海棠である。
秋海棠は夏の終わりの花なのか、それとも秋の始りに咲く花なのか微妙なところに位置している。

A わが草の庵の庭もシュウカイドウが今主役になっている。
近くの林に自生していた一茎を移植したら繁殖力が旺盛で、そこらの転がしておいても根付いてしまうほど。

A_2 そこかしこで白い蕎麦の花も目だってくる。
月が変わればそろそろ新ソバの幟も立ってくる。
蕎麦好き(と言っても、ソバは嫌いだ、という御仁には滅多にお目にかからないが・・・)にとっては新蕎麦はやはり特別なものだろう。

九月下旬になると、今まで何もなかった場所でいきなり彼岸花(曼珠沙華)が開く。
この花には「ハミズハナミズ」(葉見ず花見ず)という別称があるらしい。
葉が出る前に茎が伸びて開花し、花が終わってから葉が出るさまを言う。
 
前略で いきなり咲きし 彼岸花   神田 矜子

 
曼珠沙華 一(ひと)むら燃えて 秋陽(あきび)つよし
   そこ過ぎてゐる しづかなる径(みち)   木下 利玄

A_3

山口百恵は美空ひばりほどではないにしても、懐が深い歌い手だった。
いい日旅立ちの叙情、乙女座宮のロマン、横須賀ストーリの突っ張り風、
曼珠沙華の妖気など、多彩な表現ができる稀有な歌い手であった。

Photo ~山口百恵は菩薩である、と称えたのは誰だったろうか。

秋刀魚の歌      佐藤 春夫
     
あはれ
     秋かぜよ
     情けあらば傳えてよ
     ーー男ありて
     今日の夕餉に ひとり
     さんまを食らいて
     思ひにふける と。
   (以下略)
今は路地裏に七輪を出し、サンマを焼く光景など日本のどこでも見られないだろうが、妻に去られた男がひとり七輪で焼いたサンマを食らう、そんな時代もあったのだ。

資源保護のため魚類は年毎に口にしにくい食べ物になりつつある。
最後の砦とも言える秋刀魚が、高級魚になる日がやってくるのだ
ろうか。

♪ あの夏の日がなかったら
   楽しい日々が続いたのに
  
今年の秋は いつもの秋より
   長くなりそうな そんな気がして・・・♪
            ~「秋止符」アリス

私にとってもこの夏は不本意な足踏みの一夏だった。
どんな秋を迎え、送ることができるだろうか・・・。

 

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