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2015年7月

ウスユキソウをもう一度

2015年7月26日

右手二の腕の筋肉痛(らしい)から始まった違和感は、時間さえたてば自然に良くなるだろうとたかを括っていた。
それから10日ほど経つが良くなるどころか悪化する一方で、今やそれが腕全体から右脇腹まで拡がった。
特に指先、掌に説明のしようのない異常が生じ、手、指、腕の機能が半減以下の状態になっている。
もはや、自然治癒力頼みでは不快症状が長引くばかり。
帰京して医者に行くしかないだろう。
そんな事情で今は山歩きどころではない。

さような情けない有様の私をよそに、山の会の仲間7人が早池峰山に出かけている。
昨日が登山予定日だったが、雨天のため日程を一日延ばし、今日登ることにしたそうだ。

北東北は今、天候が安定していないようだが、どんな朝を迎えただろうか。

何とか「一日延ばしてでも・・・」という執念が実って、山頂を踏み、念願のハヤチネウスユキソウに出会って欲しいものだ。

8年前の丁度今時分の早池峰に登り、幸い、本場のエーデルワイスに一番似ていると言われているハヤチネウスユキソウに会えた。

多分、そのころブログにはアップしているはずだが、みんなの念願が叶う願いを込めて再登場させておこう。

・・・・と、ここまででアップしてから5時間ほどしてから、一行は森林限界に出たところで、強風のため撤退を余儀なくされた、との報があった。
日程を延期してまでの執念も実らなかったようである。
無念の胸中、察してあまりある・・・・・・

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白い花ついでに花の乏しい山荘で、今盛夏をひとり享受しているヤマユリを・・・

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体にくらべて、開くと大きすぎる花のため、立っているのがやっとなので、支柱で支えてやらなければならない。

いつのまにかあちこちに殖えたヤマユリが、宵闇が立ち込める時間になると艶かしい香を漂わせる。

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三壁山からエビ山~野反湖西岸の尾根歩き

2015年7月22日

台風11号には敵ながら天晴れと、そんな場合ではないのに感心してしまった。
17日は会の仲間26人で、野反湖畔の「八間山」を歩く予定にしていた。

正にその日、関東地方直撃こそしなかったものの、影響は小さからずあえなく中止に追い込まれてしまった。
365分の1という宝くじ並みの確率?なのに、ピンポイントで仕留められ、思わず”お主、やるのう”と呻いてしまった。
その直後、台風とは無関係だが、突然に発生した原因不明の右腕全体の痛みに見舞われる始末。
急に思い立って腕立て伏せを始めたら、長年使っていなかった筋肉が悲鳴を上げてストを起こしたのだろうか?
腕から肩甲骨にかけて移動する痛みが四六時中疼き、これが睡眠の妨げになり、熟睡できない夜が続いている。
そんなことが重なりまたまた10日もの間が開いての今日(21日)の山歩きである。

歩いたのは野反湖西岸の三壁山~高沢山~エビ山をつなぐ周回コース。

Static 今日の反時計周りの周回コース。
スタートする前から今日はバテルな、という予感があった。
ブランクが長かった、ということに加え、一番苦手な高温・多湿・無風という三兄弟が揃ってしまった。

Dscn4775 野反(富士見)峠はキスゲの花盛り。
ここでは「ノゾリキスゲ」としているが、後で休憩所で確かめたが、いわゆる「ニッコウキスゲ」と全く同じもの。

Dscn4776 野反湖の一番奥のたわみから左への尾根を登り、左へと稜線を辿る。

Dscn4777 北岸のキャンプ場の駐車場のあたりでもキスゲとノハナショウブの競演。

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スタート前から今日は苦戦するな、という予感があった。
長いブランクに、私の苦手な高温、多湿、無風の三兄弟が揃い踏みして重なるためである。

Dscn4781 浅間山が夏の靄にかすんでいる。

Dscn4783 野反湖を俯瞰する。
一番奥(南端)が通過してきた野反峠。

Dscn4785 白砂山方向だが、見えているかどうか判然としない。

Dscn4786 三壁山1970m山頂。
予感どおりひどくヘバッた。
今日が三度目の山頂だが、これまでで一番時間がかかった。
ここが今日の最高点で、これから先は徐々に高度を下げていく。


Dscn4787 高沢山に向かう爽快な緑の稜線には下界の暑さがウソのような清涼の風が渡っていた。

Dscn4788 カモシカ平を俯瞰する。
そこへ立ち寄るのが今日の目的だったが、空模様が雨を呼びそうになってきたので、断念した。

Dscn4789 カモシカ平への分岐点。
それをズンズン進めば志賀の赤石山に繋がるが、私には手の届かないロングトレイルである。

Dscn4791 何の特徴も無い「高沢山」1906m山頂。

Dscn4792 時おり見事な岳樺が立っている。

Dscn4794 クルマユリもポツンポツンと・・・

Dscn4795 三つ目の平頂「エビ山」1744m。

Dscn4797 志賀方面を振り返る。
三壁山からたった300mほど下っただけなのにあの涼しさがウソのように暑さが戻り、雨雲に終われるように湖畔の駐車場へ下った。
山中を歩いているときはほとんど忘れていた腕の痛みが、ブリ返してきた。
・・・ホント、しつっこいんだから・・・。

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上高岩山~御岳周辺の小さなバリアンテ

2015年7月13日

新国立競技場メインスタジアム問題は予想通りの展開になってきた。
この壮大な無駄遣いに対し、マスコミや世論の猛烈な批判に慌てた関係者が、互いに責任をなすり合う構図である。

官房長官はデザインの見直しについて「工期の問題もあり、そんな無責任なことはできない」と。
税金の無駄づかいするほうがよほど無責任だと思う私の方がおかしのだろうか・・・

元締めの文科相は今さらながら意匠決定時に「費用とデザインを別々にしていたらずさんだった」他人事みたい。
これに対し、デザイン決定の責任者・安藤氏は、表立った動きはないが「コンペの与件として予算1300億円は提示していた。なんでこんなんなるのか分からへん」という始末。
これはいかに何でも酷過ぎではないか。

この泥仕合の根っこは日本スポーツ界のドン・M元総理の存在だろう。
体制側にも良識派はいて、内心批判はしているのだろうが、結局誰も猫の首に鈴をつけられないのだ。
裸の王様の元総理は、開き直りともとれる発言をしている。
長い間日本のラグビー協会を牛耳っていて、ラグビーのワールドカップを何がなんでも新国立競技場でやりたいのだ。
彼は「日本のプライド」のために必要という理屈を挙げているが、日本のプライドとは一体何のことだろう。
莫大な借金を抱えている人が、人の金をあてにして豪邸を新築して見せびらかすことをプライドというのか?
私の辞書にはそういうのを虚栄とか見栄としている。
私にはご自身のメンツのためとしか聞こえないが、そんな個人的な面子を立てるために税金を使うことは許されるはずがない。。

民主主義は最後は多数決だ、としてこれだけ憲法違反の批判が多く、国民の大多数が理解できていない安保法制を採決しようとすることも、反対論が圧倒的な新国立競技場の建設を強行しようとする姿勢も民主主義とは相いれないものだ。

なのに為政者はいつの時代にも民意とか、多数決論理を自分の都合の良いように使うものである。
あ~ 暑苦しい!

いつものように辛気臭いイントロになった。
ようやく陽光が戻ってきた。
同時に猛烈な蒸し暑さにもなった。
こんなとき近郊の低山は決して快適には歩けない。
それでも空白が2週間にもなったので、かねてチョット気になっていた「上高岩山」102mから御嶽のロックガーデンへ下るルートを11日(土)に歩いてみた。
気になったわけというのは、3週間ほど前、上高岩山から養沢神社をつなぐサルギ尾根を下るときに見た上高岩山山頂で見た「このルートは要注意」の警告であった。
それはどの程度なのか・・・を確かめるのが今日の目的。

ケーブル利用で楽をし御嶽にあがり、まずレンゲショウマの状況を見ておいた。

Dscn4758 開花は一か月ほど先になるだろうから、まだ蕾は固い。

Dscn4760 開花直前のギンバイソウ ~一年前、これをタマアジサイとして汗をかいた。
今日はお墨付きをいただけるだろう。

Dscn4763 猫の額ほどもない上高岩山 1012mの山頂。
少し進めば展望休憩舎があるのだが、今日はここで昼食。
山頂も貧弱だが、弁当はさらにプアーです。

Dscn4761 ここからの下降ルートについてこんな注意書きがある。
フンフン「悪路」ときたかか・・・どんなもんかな・・・

Dscn4764 下り始めると唯一の展望で、先日歩いた御嶽・奥ノ院が目の前に見える。

Dscn4765 下降路は鎖場あり

Dscn4766 乱雑にむき出した木の根あり

Dscn4767 アルミ梯子あり
で、この辺りの山としてはなかなかスパイスが利いている。
ただ、注意さえ怠らなければ特に危険なところはない。
登ってくるハイカーもそこそこいて、意外であった。

20分あまり下ると普通の平凡な山道となり、あまりバリエーション気分も味わえず、拍子抜けだった。

Dscn4768 下り着いた登山口にも同文の注意書き。
ここからはハイカーの往来が賑やかなリクレーションゾーンとなる。

Dscn4770 落差30mほどらしい「七代の滝」だが、見える範囲では10m程度か。

Dscn4772 御嶽方向と分かれ、上養沢のバス停に下る道に入ると、再び人影を見ることもなくなる。
路傍ではタマアジサイがそろそろ開花を迎えている。
車道を歩いていると後ろから来た車の窓が開き”乗っていきませんか?”と声をかけられた。
一瞬、ためらったがご厚意に甘えることとした。
もちろんバス待ちのロスタイムがなくなること、暑い日盛りを歩く苦痛から免れる、という実利もあるが、せっかくの厚意に背くのは、ちょうど乗り物で席を譲られるとき、それを断るのは相手に決していい感じを与えない、という心理が働いたこともある。

地元・五日市の方で、この辺りの山は長年歩いているのでわが庭同様でしょう。
私も幾らかの足跡は残しているので、たちまち山談義が弾み五日市駅まではアッという間だった。
この方はいつもこうした善意を現しているそうである。

その善意の蓄積はいつか何らかの形で返ってきますよね。
ありがとうございました!

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梅雨の黴で腐った頭でウダウダと・・・

2015年7月10日

もう10日以上山歩きができない。
こんなに間が開いたのは心臓にステントの埋め込みをして以来。
髀肉(ひにく)の嘆をかこつのは私ばかりではなく、拝見している山ブログでもやはり更新のインターバールが長くなっている。

あれだけ反対意見が渦巻いていたにもかかわらず、新国立競技場の総工費2520億円が了承された、という。
了承したのが「有識者会議」という組織らしい。
きっと高く広い見識の持ち主、すなわち賢人の集まりだろうと思いながら顔触れをみれば・・・なんだ、みんな”つくりたい、やりたい”とい受益団体のボスばかりではないか。
~なぜか設計審査の座長だった安藤忠雄氏は欠席。
これではこの結果は初めから分かっていた出来レース、というより八百長といわれても抗弁できないのではないか。
あのM元総理(イニシャルなんかにしなくったって誰でも分かるのに・・・)なんかがしきりに弁解とも擁護ともつかないコメントを口にしていたが、そもそもこの道をひた走った元凶が、この引き際の悪い方らしい。
あれだけシニカルに批判していたM都知事(こちらもイニシャルにする必要なんかないのに・・・)は所詮犬の遠吠えをしていたのか。
これでは客観的で、大所高所にたった判断など望むべくもない。
有識者会議などとは鉄面皮もいいところで、以後
非有識者会議と改名すべきだろう。

要するに、自分の懐は痛まない、他人の金(税金)を使って、自己満足のため思いっきり贅沢ををして、何らかの勲章を手に入れたいという魂胆だろう。
それを糊塗(こと)するためにこの時ばかりは「国際公約」を振りかざすのである。
あの国威発揚にはも恥も外聞もない醜態をさらす中国の北京でも主会場の建設費が430億というのだから、今回の決定がいかにベラボーなものか一目瞭然で、開いた口が塞がらない。

A この宇宙的な斬新(あるいは奇抜な)なザハ・ハディトさんのデザインに目がくらみ後先考えずに”これだ!”と飛びついてしまい、もう引っ込みがつかなくなっての尻拭いはいったい誰がするのか?
そもそも意匠設計家など、工法の難易度とか、金のことなど考えず、ひたすら意匠・デザインにしか関心がない。
この二本のキールアーチを実現するだけのためにたいへんな土木工事が必要らしい。


さらに恐ろしいのはまだまだ追加費用がいくら積みあがるのか分からない、とか完成後に発生する途方もない維持費・・・。
これまでもいわゆる「ハコモノ」づくりでいかに巨額の税金無駄遣いをしてきた反省はどこに消えてしまったのか。
非有識者であるお爺さんたちは、可愛い孫子にこんな重い負の資産の数々を残すことになのうしろめたさを感じないのだろうか?

立ち止まる、あるいは引き返す勇気を持てなかったこの有識者会議のありようが、私には戦争終結をズルズル延ばした挙句、徒に犠牲者を多くした終戦間際の為政者と重なって見えてしかたない。
~とここまで腹立ちまぎれに書いてきたが、だんだん露呈してきているのは、設計案の決定から今日に至るまでの間になされた諸問題への対応で、実に多くの関係者のいい加減さや無責任さである。
こんな、無責任の挙句の無駄遣い止めたら、もっと切実な未だ災害の後遺症に悩んでいる地域、生活困窮者、待機児童問題など諸問題が幾らかでも解消したであろうに。

さて、これだけの巨費を一体どうひねりだすのか、私に名(迷)案(自画自賛)がある。
国も、地方も莫大な借金を抱えているのだからもう税金は使わない。

国民に賛否を問うて、賛成の人から資金を提供してもらう。
特に有識者会議のメンバーはもちろん、これまで無責任の数々を尽くしてきた関係者には率先して負担をしてもらう。
M元総理の10億円を始めそれぞれ相応に・・・これでも焼け石に水、か。
こうなってもあなたは新国立に賛成しますか?有識者の皆さま。

でもなんとボヤいても、もう後戻りはしないのだろう。
こうした、引き返す勇気を持てないこのようなリーダーに率いられて登山をしたら確実に遭難する。

うっとうしいことのついでだが、7月に入ってから東京での日照時間がこともあろうにたったの20分にも達していないらしい。

そんな折だが、七夕から始まった新しい気象衛星「ひまわり8号」クンのデビューは嬉しいニュース。

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画像のクオリティが格段に上がり、かつカラー画像になったので、3万8千kmの宇宙から雲の動き、台風の動きなどが臨場感を持って見られ、感動的ですらあった。

もう一つのいいこと~Oさんのブログでお勧めの、映画「愛を積む人」を観た。

A_3     A_3
このハートウォームジャンルにおける涙を誘う道具立てや、”どんな石にも居場所はある”という類のセリフなど、ありふれているといえばそうだが、私は素直に己の汚れた心をカタルシスしました。
観終わってしばらくの間は私も「良い人」でいられる。
キャスティングでは特に柄本明が良かった。
シリアス、コミカルどちらでも幅広い達者な芸を見せる。
佐藤浩市は好感度が高いのだが、柄本の芸域には達するにはもう少し年季がいるだろう。
私が特に見惚れていたのは、美瑛の丘の風景と彼方に並ぶ十勝連峰の映像。


A

美瑛は何度か訪れているので見慣れているだけに懐かしい。
それにしても感動で心が洗われる名作映画やTVドラマにはどうして北海道を舞台にしたものが多いのだろうか?
幸福の黄色いハンカチ、遥かなる山の呼び声、駅ーSTASION,北の国から、風のガーデン・・・などなど。
映画などにはいかにロケーションが重要なのかを如実に物語っている。

この映画の石を積む営為を見ていてスコツトランドのあの荒涼とした広大な牧草地に縦横に、また延々と続く時代がかった石の長い線を思い出した。

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無機質な石を積み上げただけの石積みなのに、人間の一途な情念が描いた不規則な幾何学模様は、今は風土にすっかりなじんで、独特の景観を見せている。

はてさて、それにしても梅雨はいつまで粘るつもりなんだろうか。
台風11号の通過で劇的な変化が起こるのだろうか。

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季節のアンソロジー ~七月

2015年7月4日

語るに落ちた、とはこのことか。
安倍さんのまとう衣の下の鎧がまたしてもチラリと見えた。
安倍応援団の内輪の集まりとはいえ、そこでの発言は大戦前の青年将校さながらで、開いた口が塞がらないものだった。
言論や報道の自由が次第に逼塞し、その結果、日本を含む東南アジアで膨大な数の死者をだしたあの大戦について全く学習していないかの彼ら未熟な政治家(とは言えないしろものだが・・・)の暴言を許しているのは他ならない、安倍首相なのである。
国会で、その時代錯誤振りを追求され、謝罪を迫られながらも、初めは自分が言ったことではないから、と木で鼻をくくるような対応をしていた。
おそらく、心のどこかにそれを許容するものがあるのだろう。
時間の経過とともに世論が厳しくなって初めて、慌てて神妙に謝罪するポーズを見せるようになった。
でもね、この謝罪は本心からのものではなく、単に世論を交わす方便に過ぎないことはこれまでの言動で分かる。

そもそもこの政権の本質は「問答無用」である。
”言いたい奴には言わせておけ! 最後は圧倒的多数でオレが思うように決めるんだから・・・”
一つの典型例が、普天間の移設問題について決まり文句のように使っていた
「粛々と進める」(問答無用とほとんど同義語)というセリフがある。

翁長沖縄県知事に「上から目線だ」とたしなめられて用いなくなっているが、それはうわべだけで、普天間移設などの諸課題はとにかく力業で押しまくる、という本質は変わっていない。
あまりにも難解なロジックで構成されているため、国民の大多数が理解できない「安保法制」も、機械的に審議時間が積み上がったら、最後には60日ルールを発動させても通す腹であることは見え透いている。
憲法違反であることが多くの有識者から指摘されていて、違反の可能性が極めて高いにもかかわらず、一内閣の閣議決定で、これまで持ってはいるが、憲法上行使できないとしてきた「集団安全保障」を、限定的とはいえ行使できることとしようとする、この暴走路線を突っ走るつもりであろう。

なんとも季節の話題にふさわしくないイントロになってしまったが、切々と胸を打たれるシーンもあった。
「なでしこ」がこれまで勝てなかったイングランド戦で辛勝し、宿敵米国との決勝戦に臨めることになったのは私も嬉しい。
でも手放しで喜べない。
ゲームが終わったピッチにいつまで泣き崩れているイングランドの選手がいた。

A
彼女・バセットのオウンゴールが日本に勝利をプレゼントしてくれた。
もちろん彼女自身にはまったく責めを負うものはない。
勝負の世界ではしばしば起こる、神のたちの悪い悪戯、気まぐれの仕業である。
でも痛々しくて、残酷で、その心情を思えば見ているほうも辛くなる。
ツイッターなどで”顔をあげてくれ!”という励ましの書き込みがたくさんあるそうだ。
私も、その辛さに耐えてどうか笑顔で帰国して欲しい、そんなエールを送った。

大急ぎで本題に入ろう。

半夏生(はんげしょう) ~雑節の一つで、夏至から数えて10日目なの今年は7月2日であった。
その頃に咲くので「ハンゲショウ」(半夏生)と名づけられた花がある。

A_7 葉の半分ほどが白くなるので、半化粧とも・・・。

水無月(みなづき)は6月だが、旧暦では7月になる。
いずれにしても梅雨時なのに「水が無い月」とは・・・?
この場合の「無」は「神無月」と同じで「の」の意味だそうである。
「水が無い月」ではなく、「水の月」となる。
はてさて日本人にとっても日本語はことのほか難しい。

7月14日はフランスの革命記念日。
自由・平等・友愛を掲げた民衆運動が、1789年、バスティーユ牢獄襲撃にとなった日で、この運動でフランスに共和制が生まれた。

A_2 「民衆を導く自由の女神」 ~ドラクロワ
この革命のさなかにフランス王妃だった
マリー・アントワネットが「パンがなければケーキを食べればいい」と言って民衆の反感を増長させたとあるが、これは史実ではないようだ。
そうではあっても浪費の限りをつくした驕慢な王妃は1793年10月、38歳で断頭台の露と消えた。

この革命記念日(日本ではパリ祭という)を挟んだ時期の、アナベラ演ずる花売り娘とタクシー運転手の恋物語がルネ・クレール監督作品、邦題での「巴里祭」
A_3
日本ではこの邦題で独立記念日を「パリ祭」と呼ぶ慣わしになったが、これは日本だけでしか通用しないようだ。
ふたりのすれ違う恋を描き古きよき時代の郷愁を呼び覚ます。
とはいえ、私にとってのパリはたった一夜を過ごしただけのゆきずりの街でしかないのだが・・・。

「星合いの空」とは七夕のこと。

A
梅雨空が続くこの次期になぜ星に願いをかける「七夕」という行事があるのか?
いうまでもなくこれも陰暦と新暦のタイムラグのせいである。
旧暦の七夕は今の暦なら8月中旬だから夜空が晴れている確率は高い。
織姫と彦星のデートなど毎夜しているわけだから、二人は別に雨夜でも構わないのだが、短冊に願いを込める幼い子らのためにはやはり晴れた夜空になって欲しいが、予報では厳しい。

20日は海の記念日
海洋国家の日本には海を主題にした歌がたくさん生まれている。
♪海は広いな大きいな・・・♪ ♪我は海の子白波の・・・♪ ♪松原遠く消ゆるところ・・・♪
海なし県の内陸で育った少年時代の私には、海は歌でしか知らない想像を超える世界のことであった。

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歌謡曲の世界では、美空ひばりの「港町十三番地」を初め「誰もいない海」「海岸通り」「岬めぐり」そして加山雄三の「海~その愛」などなど枚挙に暇がない。
対して「山は海の母」という言葉があるくらい深い関係のある山には祝う日がなかったが、いよいよ来年の8月11日から「山の記念日」がスタートする。
認知度はまだまだ低いが、これを契機として山が海に劣らない地位を占められるようになってほしい。

土用のうなぎ~土用(7月20日~8月6日の間)の丑の日にウナギを食べる習慣はいつころのものか。
万葉集に大伴家持が痩せた石麻呂をからかって
石麻呂に吾物申す夏瘠せに よしと言ふ物ぞむなぎ取りめせ」
の一首をおくっている。
「むなぎ」はうなぎのことだが、江戸時代に平賀源内がうなぎの宣伝のため「夏バテにはうなぎを」というCMをつくる遥か以前の万葉時代にもうなぎの滋養効果は知られていたらしい。
漁獲量の減少にともない、鰻のぼりの言葉そのままに、もともと高かった鰻が、遥か手の届かない高いところにいってしまった。

A_4
注文してから30分は待たされる築地の「宮川本舗」のうな重にせめてもう一度お目にかかりたいものである。

気象の世界にネジバナ(モジズリ)がテッペンまで咲くと梅雨があける・・・という言葉があるそうだ。

A_5
わが草の庵に自生しているネジバナもそろそろ花頂に達する。
梅雨入りしたと見られる、とされてからそろそろ一月。
このところのジメジメ続きにうんざりしているので、梅雨明けが待ち遠しい。

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