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尾瀬アヤメ平にも遅い春が・・・

2015年6月16日

6月の第一日曜日・7日には上高地で「ウェストン祭」が開かれた。
1947年からというからもう70年近く続けられている日本の山岳界では由緒のあるイベントだが、私は参加したことはない。

A ウォルター・ウェストンのレリーフ~上高地
今、日本中の山に群れをなして押し寄せている、中高年、あるいは山ガールの皆さんの大多数はおそらくウェストンを知らないのではないだろうか?
”ウェストン・・?知らんけど、それって誰?”
”知らなくったってチャンと山登れるジャン”~ごもっともです。
W・ウェストンは宣教師として1888年来日し、アルプスで経験している登山を、当時未だ未開拓だった槍ヶ岳など中部山岳でも楽しみ、日本の近代登山史の夜明け前に多くの足跡を残した。
その後「日本山岳会」の創立にも多大の貢献をしたことなど、その功績を長く称える行事が「ウェストン祭」である。

彼の業績を語ると長くなるので、ここでは一つだけエピソードを・・・

一般に「日本アルプス」の命名者はウェストンだと思われているが、それは正しくない。
正確にはウェストン以前に大阪造幣局に冶金技術者として招かれたW・ガウランドが1878(明治10年)槍ヶ岳などに登り「日本アルプスと呼んでよいだろう」と述べたことが発端である。
次いで、1881年になりアーネスト・サトウとA・G・S・ハウスの共著による『日本旅行案内』中でこのガウランドの「日本アルプス」という言葉が紹介されて、初めて活字として登場した。
さらに遅れたウェストンは精力的に中部山岳に登り、この成果を『日本アルプス 登山と探検』として1896年ロンドンで出版したことにより「日本アルプス」の名称がほぼ定着した。
これを日本近代登山のプロバガンダ・小島烏水らが知り、受け入れ、ウェストンと交流を深め、それが「日本山岳会」の設立へとつながる秘話は岳界ではつとに知られていることである。

Img002       Img005

いつもの悪いクセで(自覚はしているのだが・・・)長い枕をふってしまった。
本題は尾瀬・アヤメ平のレポなんですが・・・。
実は、泊りがけで会津の山へ行く機会を狙っていたのだが、お目当ての一つ「ヒメサユリ」には2週間ほど早い、ということと晴天が2日続かないということで急遽行き先を近場の尾瀬に変えた。
土曜日(13)だから鳩待峠や大清水からの登山口は雑踏状態だろう。
こんな時は「富士見峠下」からのルートが静かでよろしい。
その上に富士見峠ルートなら私の山荘からガソリン代千円足らずで往復できるので、尾瀬は私にはとても身近な山なのである。

富士見下の駐車スペースには10台余の駐車があるだけで他の登山口の様子からは想像できないほど閑散としている。

駐車場から富士見峠までは一般車は通行できないが車道である。
S社の登山地図によるとこの間は2:40の長い行程になるが、途中「田代原」という実に牧歌的な場所もあったりで、それほど退屈することもない。

Dscn4607 田代原~キザだが、シューベルトの「菩提樹」をハミングしてしまいそうになる雰囲気がある。

Dscn4610 タムシバ~もう後期高齢者状態になっている。

Dscn4613 白樺の巨樹~富士見峠道にはこうした見栄えのする樹木が多い。

Dscn4617 道すがらムラサキヤシオを楽しめる。
ムラサキヤシオは文字通り紅紫色をしているが、この木はアカヤシオに近い色合いである。

Dscn4618 富士見峠に建つ「富士見小屋」 ~そういえばさっき小屋の主らしいのが車で上っていったな・・・。

Dscn4619 樹林帯に入ると未練気に汚れた雪が残っている。

Dscn4621 富士見田代に出ると、今日初めて燧ケ岳を見ることができる。

Dscn4624 尾瀬ヶ原ではそろそろ水芭蕉は終わりだろうが、標高が500mほど高いここでは開花期に入ったところ。

Dscn4656 ほとんど水平に曲げられてなお立ち上がろうとするド根性岳樺。

Dscn4630 ゴールのアヤメ平はすぐそこである。

Dscn4639 アヤメ平の向こうに至仏山がかすんでいる。
荒廃した湿原の復元に着手してから17年、ミタケスゲ、ヌマガヤなどの固有植物の復元が進んでいる。

Dscn4640 チングルマ ~花も早いが種子を着けるのも早い。

Dscn4631 ヒメシャクナゲ、チングルマ、コイワカガミなど春の到来を告げる高根の花たちがようやく開いている。
平野部よりほぼ2ヶ月遅れの春である。

Dscn4647 時折、鳩待峠からのハイカーが湿原の果てから姿を現す。
アヤメ平の一番高い場所のベンチで、ブランチとしてコンビニ調達のソーメンを食べたが、大気が冷え込んでいたので、少々ミスマッチになってしまった。


Dscn4650 尾瀬沼の上空辺りで旋回していたヘリが飛来してきた。
荷揚げでもしたのだろうか。


Dscn4659 富士見峠まで戻ると県警と消防の車が集まっていた。
聞けばドバで足を挫いたハイカーを救助したのだそうだ。
重傷ではないそうで、そのせいか雰囲気は明るい。

下り道だが峠からの帰りはとても長く感じる。
さして考えることもなく、歌も長続きしないし、頭の片隅で無為のこの時間がなんとなく幸せなようにボンヤリと感じながら、新緑に包まれて下っていった。

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登山」カテゴリの記事

コメント

私も単純に、日本アルプスの命名者はウェストンと思っていました。有り余る知識のおすそ分け感謝いたします。

御写真の中でひときわ目を惹いたのは、〔富士見小屋〕です。
この老朽化した建物は崩れ方と云い、配色と云い芸術的ですね。

ど根性ダケカンバはまるで前衛舞踏家のような^^自然のなせる業に驚嘆します。

投稿: おキヨ | 2015年6月16日 (火) 12時32分

おキヨ様
登山をされないおキヨさんが日本アルプスとウェストンを結んでいるだけで大したものです。
本文でも書いたように、今はウェストンなど知らないただのピークハンターが大きな顔をしてあちこちの山を闊歩しているご時世ですから、私ごときオールドタイマーは嘆きつつ、その気持ちを抑え込んでいるだけなのです。
富士見小屋はなるほど写真写りが悪いせいもありますが、確かにかなり老朽しているように見えますね。
昔の山小屋はたいていこんな風でしたが、今はこぎれいなヒュッテが多くなったので、見劣りしてしまいます。
何の役にも立たない雑学にお付き合いいただいてありがとうございました。

投稿: 風花爺さん | 2015年6月16日 (火) 15時58分

風花さん、こんにちは

日本アルプス、イコール、ウエストンと思っていましたが、命名したのは違ったのですね! 知りませんでした。 新島々から徳本峠を越えて、上高地に至るルートは今も人気です。
別荘から尾瀬へのアクセスが、それほど近いとは羨ましい限りです。チングルマがもう種子を付けているのには驚きましたが、千畳敷カールから極楽平に群生するチングルマは見事です!

投稿: | 2015年6月16日 (火) 17時11分

岳様
ウェストン=日本アルプスという見立ては、ウェストンが日本の近代登山黎明期に残した偉大な足跡を思えばあながち間違いとも言いきれない思いがします。
日本山岳会の会員がウェストン祭に参加する時は、ウェストンを偲んで島々から徳本峠を越えるクラシックルートで上高地に入るんですね。
尾瀬は私には「遥かな尾瀬」ではないのですが、やはり朝夕に鹿島槍を見られる環境の方が羨ましいですよ。
間もなくアルプスは花のシーズンに入りますね。
「年々歳歳花相似たり」としてもやはり待ち遠しいですね。

投稿: 風花爺さん | 2015年6月16日 (火) 21時09分

初めて上高地を訪れたのは1967年今から48年前です。
前夜冷え込んで穂高の峰々は季節外れの新雪に覆われ
新緑と相まって見事なコントラストが印象に残っています。

多分6月、最初の日曜日かと思います。
ウェストン祭が行はれていたよう記憶していますが・・・

ミズバショウ、チングルマ、ヒメシャクナゲなど開花
尾瀬のアヤメ平にもようやく遅い春が来たのですネ

湿原が荒廃して復元工事から17年目ですか・・・?
一度荒廃すると復元まで気の遠くなるような歳月を余儀なくされ
次世代まで持ち越されるかのようですネ。

山荘から尾瀬までガソリン代千円未満とか・・羨ましい環境どすな~

投稿: かおり | 2015年6月17日 (水) 18時44分

かおり様
「遥かな尾瀬 遠い空・・・」と書いたのはは江間章子さんですが、私には隣近所の感じがしています。
ただし、北側の御池から入ろうとすると大迂回になってしまいます。
群馬県側の大清水と、会津の桧枝岐を結ぶ林道計画が消滅したためです。
林道開通の反対運動の途中で亡くなった長蔵小屋の2代目・平野長英さんなどの意思が生かされ、林道計画が幻になり、利便性は失われましたが、かけがえのない貴重な自然は残りました。
今それをシカが荒廃させようとしています。
私たちのような山好きに自然は大きな恩恵を与えてくれます。
当たり前の感想ですが、その恩恵に応えるためには自然を大切にするということになりますね。
かつて人間が荒した湿原を、東電が長い時間をかけて復元しつつあるのですが、シカという予想外の侵入者によって新たな難問を抱えていますね。

投稿: 風花爺さん | 2015年6月18日 (木) 07時29分

素敵な本の紹介をありがとうございます。
検索先の書評も見ましたが、是非手にとって読んでみたいです。

それにしても尾瀬に手軽に出かけられるとは羨まし過ぎます。。
私もここ数年、尾瀬に足を伸ばそうと狙っていますが、
花期、人ごみ、個人的な予定とまごまごと考えてしまい、なかなか
実現できずにいます。空が広くて気持ちよさそうなところですね。

投稿: itta | 2015年6月18日 (木) 23時09分

itta様
尾瀬はあまりにもポピュラー過ぎて、私も昔は”女子供の行く所”などと上から目線で見ていて、足を向けない所でした。
それがいかに浅はかなことだったかをやがて思い知らされることになります。
尾瀬にはやはりあれだけの人が押し寄せるオンリーワンの魅力があるのですね。
湿原と沼と二つの名山・・・
それを季節季節の多彩な花が彩るのですから、それは見どころ満載です。
週末を避けられればいいのですが、働いている方はなかなかそうはいかないですね。
静岡方面からだと遠くて、最低でも一泊は必要になるでしょうが、ジックリと機会を狙ってみてください。

投稿: 風花爺さん | 2015年6月19日 (金) 06時32分

またまたお願いに上がりました。

富士見小屋の画像がとても気に入ってしまいました。
以前にも一度画像を頂いたことがありましたが、またこの富士見小屋の画像を欲しくなりました。

よろしくお願いいたします

投稿: おキヨ | 2015年6月20日 (土) 18時59分

おキヨ様
どうぞ、どうぞご随意にお使いください。
絵の題材にでもなりますか?

投稿: 風花爺さん | 2015年6月20日 (土) 20時23分

ありがとうございます。
ご推察の通です^^

投稿: おキヨ | 2015年6月21日 (日) 12時04分

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