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タッフィが逝き、パソコンは甦る

2015年4月11日

昨年の2月、住まいの関係で飼い主である次女と孫のところから移住してき、一年二ヶ月ほどの短い間だったが、家族の一員になっていた、ビションフリーゼ種のタッフィが逝った。
このところ急速に老衰が進んで、何も口にせず、歩くこともできなくなっていたので、そうなることは時間だろうと、家族それぞれに心の準備はしていた。
私が後ろ髪を引かれながらも山荘に移動したその日の夕刻、家族に看取られながら息を引き取ったそうだ。
たまたまもともとの飼い主である孫娘が、結婚することとなりその報告で日本に来ていたので、短い滞在の間に何度か旧交を温めることができ、帰国の直前にも慌しく一目会って、彼女がまだ成田を発っていないころであった。

Dscn4221 すでに衰弱がすすみ、目から生気が失われている。

越してくる前は、日中皆でかけて一人(一匹)で留守をしていた。
寂しい鍵っ子暮らしだったのである。
それにに比べれば、二世帯の我が家に来てからは常に誰かが傍にいる暮らしに変わりその意味では幸せな晩年を送ったのであろう。

誰かが床に座ると直ぐに体をピッタリと寄せてくるのは、それまでのスキンシップの薄さを埋め合わせる仕草だったのではないかと思う。
私が外出する支度をした姿を見ると、散歩嫌いのくせに、放っておけばどこまでもついてくる姿も忘れられない。
起居をともにした犬と死別するのは2度目になるが、近親者を失うと同じ悲しみを覚えるのはもちろんである。

話は一転する。
山荘の固定電話を解約した。
山荘にくる機会が減っている。
電話は携帯で代用できるし、資料などの交信もFAXより、メールのほうが遥かにすぐれている。
固定電話の必要性はゼロに等しい状態であった。

解約に当たっての唯一の問題は、インターネット機能を残すためのパソコンの再設定である。
光回線とパソコンの間に「ルーター」という機器が介在しているのでそうした措置が必要らしい。
自分でやれる自信は100%ないのでNTTのリモートサービスに遠隔操作で再設定を依頼した。

素人判断ながらさほど面倒なこととは思えなかった。
ところが始めてみると何度接続を試みても「接続に失敗しました」という、つれない結果が繰り返される。
2時間以上もその繰り返しで、ついに先方もGive Upして「プロバイダー情報に間違いがあるようなので確認して欲しい」という結果になった。

そこで今度はプロバイダーの遠隔操作を依頼した。
同じようなことを3時間あまり繰り返したが解決に至らず、オペレーターは「あと考えられる手段としては、ルーターの初期化くらいなので再度NTTに依頼して欲しい」と匙を投げた。

翌日、再度NTTに「ルーターの初期化」をヒントにして遠隔操作に当たってもらう。
オペレーターは「ルーターのランプで、初期状態が点灯していることから、初期化はやる意味はなさそう」ということで、またまた昨日から延々、何十度となく繰り返してきた接続方法を、いくらかアプローチを変えたりはするものの、執拗に試みるのだが、結果は全く同じ。

頭と心が疲れ果てて、かくなるうえは出張サービスを頼むしかないかな、という心境になっていた。
パソコンが使えない、ということがいかに不便であるかを、たった一日半で嫌というほど思い知らされたからである。

その時オペレーターが「一応初期化をやってみますか?」とボールを投げてきた。
「ダメでもともとです。そうしてください」と私。
楊枝を使ってルーターのリセットボタンを押した。
それから数分間、幾つかの操作をしたら、突然待ち望んでいた懐かしい?インターネットの画面が現れた。
何のことはない、これを最初に試みていれば簡単に解決したのではないか、という気持ちがないではなかったが、オペレーターが心底から”良かったですね~”と何度も繰り返して言うのを聞くと、ここは素直に”ありがとうございました”と応ずるしかなかった。

どんな問題も解決してみれば「コロンブスの卵」
なーんだ、そんな簡単なことなのか・・・となる。

かくして、難産のすえの次第をこうしてブログにアップすることができました。

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コメント

そうでしたか・・・1年と2ヶ月短い期間ながらも起居を共に
過ごされたタッフイとの日々、文を読みながらも
胸に迫る思いがして身につまされました。

サラは今年14歳、普段は家で寝ている時間の方が
多いですが当方の三食の時間帯とおやつの時間にはムクッと起き上がり
同じようにおやつを与えます。食欲は旺盛であっという間にたいらげて元気そのものです。

私が床に入ると同じよう潜り込んできます。
山支度をしていると私に付きまとって離れようとはしません。
まだまだサラと山歩きを楽しみ胸に焼き付けておきたいと願っています。
生あるものは何時か悲しき別れが待っています。
その時は果たして何処まで耐えられるか分かりませんが・・・・

投稿: かおり | 2015年4月13日 (月) 16時07分

かおり様
タッフィは18歳くらいだったようです。
私宅で飼った最初の犬のプードルは私に実によく慣れ、文字通り一心同体でした。
それだけにガンで死んだ時には参りました。
病院において帰る最後の夜、連れて帰ってくれ、と必至に訴える、すがるような目がいまだに忘れられません。
かおりさんの場合も、それこそ一心同体そのものですよね。
山歩きまで一緒にする犬はそうそういないのではないかと思います。
おっしゃるとおり命には限りがあります。
いつかは訪れることですね。
その日を思い煩うより、生ある今を共に享受することが大事なんでしょうね。
サラチャンとのいい思い出をこれからもたくさん積み重ねてください。

投稿: 風花爺さん | 2015年4月13日 (月) 16時50分

風花さん、こんばんは

ペットは大好きですが、20数年前の犬の「アブ」、そして子供が結婚すると言うので、池袋から新幹線で連れて来た猫の「フウ」。今も瞼に浮かびます。今も衝動的に伴に!など考えますが… 躊躇してしまいます。

投稿: 岳 | 2015年4月13日 (月) 21時12分

岳様
ペットは人に多くのものを与えてくれますね。
それだけに、死なれたときの心の痛みは深いですね。
こんな辛い思いをするくらいなら、もう二度と再びペットを飼うのはすまい、という心境になります。
今年になって猫のサクラも失った拙宅でも、また飼うかどうかしばらく悩むことになりそうです。

投稿: 風花爺さん | 2015年4月14日 (火) 06時37分

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