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伊豆は見えなくても「伊豆ヶ岳」とは・・・

2015年4月9日

先日のA新聞の「辞書」についての記事で、少々気になるコメントに出会った。
言葉は社会をうつすものとして、ある辞書の編集者のコメントをこう伝えている。
「言葉が誤解なく伝わるなら、横からそれ(誤用)を間違いというのは越権行為。言葉を正誤の観点で考えたくない」
また、明晰な語り口に感心して、その作品を読むようになった『船を編む』の作者・三浦しおんさんが、取材で出会う編集者たちが「言葉は時代とともにどんどん動くもの、と自由に受け止めていて、それがいいなと思いました。私の方が四角四面でした」と語っている。

Img212
確かに言葉には生き物という側面があって、時代とともに思いがけない変化をしていく本能的なものがあるようだ。
だからといって、誤用が氾濫し、折角長い歴史のなかで磨き上げてきた美しい日本語が乱れるままにしておいていいのだろうか。
誤解なく伝えるためには言葉を正しく使うことが一番肝心である。
”そんな言葉、広辞苑にはないよ”と言えるように、辞書は正しい言葉が何であるかのベンチマークであるべきではないか。
辞書の作製に携わる人が「分かればいいじゃないか」という姿勢で言葉の乱れ、誤用を追認するだけであれば、極論すれば好き勝手に言葉を使え、辞書なんかいらない、ということにならないか。
言語の歴史をみれば、かつての誤用が現在は正しい用法として堂々とまかり通っている例は確かに少なくはない。
そして嘆かわしいことだが、今この瞬間にもその現象は切れ目なく続いている。

さてこのブログの主題にしている山歩きの記事が「なたね梅雨」とか、一日の最高気温が5度を超えられないという異常な気象に禍されて山に行けず途切れている。
止むを得ず一週間前の「伊豆ヶ岳」を埋め草にしておこう。

♪伊豆の山々月淡く 灯りにむせぶ湯の煙
   あぁ 初恋の 君をたずねて 今宵また・・・・・・♪

この歌を知っている世代は、もうだいぶ長いこと人間をやっているはず。
戦後のヒット曲の一つ「湯の街エレジー」
古賀メロディで、近江俊郎が甘く切なく歌った。
しかし、ここに登場する奥武蔵の
「伊豆ヶ岳」851m
はこの歌に歌われる伊豆の山とはなんらの関係もない。

Static
伊豆ヶ岳は何度か歩いているので、できるだけこれまでとダブらないようにコースを選んでいる。
今日(3月31日)では登りの一部と、下りコースが初めてとなる。
西武・秩父線の正丸駅に降りたのは平日とはいえ、人気の伊豆ヶ岳の玄関口としては驚くほど少ない。

Dscn4198 大蔵で正丸峠への道と分かれ、次いで「実谷(じっこく)のふたまた」で初めて右への道に入った。

Dscn4205         A

伊豆ヶ岳北側直下の名物「男岩」
落石事故防止のため、立ち入りは自己責任で。
私も先行の4人が登り切るまで待機した。
岩場そのものは高さ30mほどで、傾斜は45度くらいか。
しっかりした2連の鎖が着いていて、注意さえ怠らなければ特別のことはない。

A_2 
鎖場を登り切ると直立した5mほどの鎖の無い岩が立ちはだかる。
岩の基部を左に巻く踏み跡があるが、それは5mほどで崩落して行き止まる。
直登すればスタンスが適度にあり、難しいことはない。

Dscn4213 たいていハイカーでごったがえす山頂だが、今日は数えるほどの人しかいない。
貧しい昼食を摂りながら帰路のコ-スを思案する。
おおよそ西の山伏峠経由で、名郷のバス停へ下ることを考えていたのだが、S社の地図を眺めていると、反対の東の「久通」へ下る近道があることに気づいた。
未知のルートだ!これにしよう~。

Dscn4216 
山頂から南へ下り、西へ下る山伏峠への分岐~自然林の雰囲気がよさそう。

Dscn4217 
伊豆ヶ岳の南の古御岳との鞍部。
地図ではこの辺りが久通への下降点になるのだが、S社の登山地図に載っている「赤実線」に相当する道は見当たらない。
先へ進むと古御岳への登りになってしまう。
戻って鞍部のあたりを観察すると古びた角材が倒れている。
起こして登山道まで運び上げ、横たえてみると「西吾野」を示す文字が読みとれた。
これで下降点であることはほぼ確認できたが、肝腎の道は、よく見ればそう見える、という程度の心細いものである。

ルートは荒れていて、途中では道型が消失している部分もあったが、30分足らずで林道に下り着いた。

Dscn4218        Dscn4219

途中でサングラスを落とし、拾いに戻るなどという相も変らぬお粗末もあった。
久通の里に下れば廃屋が目立ち、人影も見えないが、花は季節の到来を告げていた。

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登山」カテゴリの記事

コメント

言葉は時代と共に生きている、は同感ですね。
新語の辞書も発売されているようですね。何かの役に立つのでしょうか?

ポツンと離れた〔伊豆〕の山ですね。
地名や山岳の命名の由来が解ればこれもまた楽しい発見になるかもしれません。

投稿: おキヨ | 2015年4月 9日 (木) 11時54分


風花さん、こんばんは

全く持って同感です。作家はその昔から自由に発言し、その個性も評価されていますが、辞書を編集する立場にある人がその様な発言をするべきではないと思います。古き良き時代、日本の武士道や憲法、そして言葉など、残すべきは残さないといけないと思いますね。相変わらず好奇心旺盛な風花さんの行動には心がウキウキします。

投稿: 岳 | 2015年4月 9日 (木) 20時57分

おキヨ様
パソコンの不調でレスポンスが遅くなってしまいました。
昨日から延べ8時間ほど遠隔操作での試行錯誤のすえ、ようやく復旧しました。
例えば「気が置けない」という言葉の意味は正しくは「気安い」ということなのに、今どきは油断ができない」とほぼ正反対の意味で使うことが横行していて、ほどなく本来と逆転した使われ方が主流になのるでしょう。
言葉が生き物のように変身したり、脱皮したりすることは長い歴史では当たり前ですね。
ただ、私は他人の言葉の誤用はかなり気になります。
自分が誤って使っている場合はたいていそれに気付いていなので気にしようがないのですが・・・
私のお付き合いの範囲内には「言葉」のセミプロがいて、この方は誤用は絶対許さない厳しい姿勢をとりつづけています。

投稿: 風花爺さん | 2015年4月10日 (金) 15時13分

岳様
山荘の光電話を、使う必然性が薄れたため解約しました。
それに伴いパソコンの再設定をしなければならなくて、NTTとプロバイダー両方の遠隔操作に依存して行いました。
2日間、延べ8時間ほど、似たような操作を繰り返しやったのですが、うまく行きませんでした。
最後にこれでダメなら出張サービスを頼むと決め、ルーターのリセットをしたところようやくゴールインしました。
そんなわけで返信が遅れてしまいました。
言い訳じみていてゴメンナサイ

投稿: 風花爺さん | 2015年4月10日 (金) 15時26分

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