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2015年4月

松岩山 ~バリルートのはずだったのに・・・

2015年4月28日

ネパールの大地震は特に首都・カトマンズでの被害が深刻らしい。
決して豊かな国ではないので、当然社会インフラも整備されていないから、こうした事態を迎えたときの対処はどうしても適切にはいかない。
気がかりなことがある。
10年ほど前のエベレスト街道トレッキングのおり立ち寄ったナムチェバザールの小学校。
あのころの児童はそろそろ20歳前後になっているだろうか。
ヒマラヤの青い空のように澄んでいたあの児童たちの瞳に今、どんな惨事が映っているのだろうか・・・

Img028  前列の中ごろに私がいる
ネパールは貧しい国。学校へ行けない子供もいる。
そんな国が天災に見舞われてどう立ち直るのか。
もっとも、日本だってあの天災から4年も経つのに復興は道半ばなのだから、他人事どころではないのではあるが・・・。

さて、今日(26日)歩いた松岩山1512mについては、無名なだけにやはりその位置の説明から入らなくてはならないだろう。
草津温泉と四万温泉を結んだ線上に位置し、草津寄りにある。
一般的なハイキングガイドに紹介されることはありえないし、『群馬の山130選』からも洩れている。
ただし、同じ著者・横田 昭二さんの『私が登った群馬300山』では登場している。

そのようなマイナー山だからルートファインディングが必要なバリルート歩きになるだろうと、心の準備はしていた。
ところが、案に相違して山頂まで迷いようがないくらい道標は完備し、ミヤコザサの間を縫う山道の刈払いが行き届いていた。
拍子抜けがするくらい普通の山に変身していたが、終始緩やかで明るい疎林のなかの歩きは快適で、一人歩きの楽しみを堪能した。

Dscn4319  山里の春

Dscn4319_2 今日も暮坂峠への道を走る。
大岩集落で大岩山を見上げる。
おりよく散歩中の土地の青年に大岩山への登山ルートを尋ねた。
ついでに右の山が先日アップした「こげえな山」なので、知らぬ振りをして山の名前を聞いたところ予想もしていなかった返事が
”あれはゴリンギ山です”
”えゴリンギ? どういう字を書くんですか?”
”普通に五輪、オリンピックの五輪に木です”
???こげえな山は地元での呼び名、ということになっているのに、これは一体どうしたことか・・・

疑問を抱いたまま暮坂峠を超える。
2kmほど下ると右へ花敷温泉・野反湖方向の道が分岐する。
これまで数え切れないほど、暮坂峠を越えて白砂ラインを走っているが、こんなショートカット道があるのに気付いていなかった。
26年も前から通じている、というのに迂闊なことである。
ともあれこの道で世立(よだて)集落の手前に出て、標識で右折してガイド記事にある開墾地に着いた。

Dscn4329 世立(よだて)集落の上にある開墾地に登山口があり、道型が不明瞭なので注意を、ということが英文と中国語とも併記されていた。
こんな無名の山に日本人以外がホントに登りにくるの?

Dscn4331 駐車スペースにはたったの2台。
草津白根が見送られてスタートする。
暫くはジムニーなら走行可能な林道を歩く。

Dscn4332 マタギ平~登山道はここで林道を離れ右上に登っていく。
登山道に入っても笹は刈払いされていて迷うことはない。
傾斜も程よく、私などにはありがたい山道である。

Dscn4334 左手の木立の間から野反湖を囲む残雪の山がチラチラ
天狗の踊平~天狗岩入口などを通過。

Dscn4341 最後に短いが、半端ではない急坂をクリアすると、伐採された明るい山頂が目の前に。

Dscn4339_2 二等三角点 南側は開放的で、浅間山が霞んでいるが、それ以外の方角は延びた梢が山の姿を隠してしまう。

Dscn4340_2                                        

Dscn4342_2 帰りがけの駄賃のつもりで、さして期待はしないが天狗に立ち寄ってみた。                                
高度感があって少々怖い思いをしながら破片岩を踏んで岩頭に立って驚喜した。
指呼の間に広大な展望が開け、おかげで松岩山頂で感じたフラストレーションが雲散霧消した。

Dscn4347  八間山(中央)と白砂山~上ノ間山            

Dscn4344_2 白根から上ノ間山に連なるパノラマ

最後に嬉しいお土産を手にし、そよ風に吹かれながら明るい疎林を下る帰路も気分よく、ここなら季節を代えて通ってみてもいいな、と思えた。
山の良さは実際に通ってみなければ分からない、そんな当たり前のことに改めて気付かされた。

Dscn4354_2 世立集落に寄ってみた。
西上州の「持倉」と同じ天空の里の雰囲気にあり、立ち寄るだけの無責任な立場であれば、あァ、いいな~と思える。
お年寄りがゲートボールに興じていた。
空き家も目立つここも遠くない日に廃村の日を迎えるのだろうか。
どの集落でも「活性化」を合言葉にさまざまに知恵を絞っているが、再生の妙手は見えていない。
現にここにもその一環として設けたであろう「よってがねえ館」があるが、人の気配もなく、閉館したのだろうかと思わせる雰囲気で、下り坂にある集落には起死回生の妙手などありえないことを思い知らされるようだった。

滅びゆくものがその終わりの時期に一瞬見せる名残りの美が、全国至るところで現出している。

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ヒナタで咲いても「ヒカゲツツジ」 ~坪山

2015年4月24日

山にも「旬」があります。
今日(22日)のお目当て
「坪山」1103mはヒカゲツツジの山として、開花期にはそれこそ雲霞のよう(失礼!)にハイカーが押し寄せます。
そして花期が終われば潮が引いたように誰もいなくなります。

ここはこのところ入りびたり気味の「笹尾根」界隈です。
今日は笹尾根にこそ乗らないものの、いつもの愉快な仲間とのワイワイガヤガヤ山行。
6時5分に自宅を出るという、早朝出動ですが、夜明けが早くなり、朝の冷え込みもなくなったので苦になりません。

上野原駅前ではバス乗客の捌きをしている係員が”今年のヒカゲツツジは4月の降雪で蕾が焼けてしまい、不作です。でもガッカリしないでください。来年は綺麗に咲きます”だって。
それなら、今日は帰ろうか、ということにはならないんですね。

Dscn4301 山里は春酣です。
2台の満員バスで降りたハイカーの最後にスタートです。

Dscn4303

Dscn4306     Img_5175
駅前での予告通りヒカゲツツジは情けないありさまです。
足元を彩るイワウチワも花期を過ぎていました。

Dscn4305

Dscn4307 坪山山頂 ~背景は三頭山です。

Img_5246 今日はⅠ4名 ~このごろでは少ないほうです。
超スローで登って来たので、山頂にはもう誰もいません。
ラッキー

Dscn4308 中景は雲取山と飛竜山

Dscn4311 花の中3トリオとお疲れ気味の「せんせい」
こっちの花のほうが艶やかですね。
正真正銘の
「ヒナタツツジ」でしょう。
少しボカシをいれました。
ほんとうは花の素顔をそのままでアップしたいのですが、プライバシーのこともあるし・・・で。

Img_5333 ゴールの「びりゅう館」が目の前。
不調だった仲間のザックを最年長の私がここまで背負ってきました。
もういいでしょう、と下ろそうとしたら非情な仲間は許してくれないのです。
しかたなくそのまま最後まで歩きました。

Dscn4313 背中に疲れと哀愁が漂っていますね。
私より若い仲間はズーッと知らん顔です。
あまりにも酷いではありませんか?
これでは高齢者の虐待です。
私たちの会はいつの間にかブラックグループになっていたのです。

・・・・などというのは真っ赤な偽りで、本当は私以外の数人が交代で背負って下山したのです。
最後の20秒程を私の背にしたものです。
これも私に花を持たせてあげようという心遣いからです。
かくのごとく、この上なく優しい心の持ち主ばかりの仲間なのです。

私はこのようにして、幸せな日々を過ごせているのです。

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笹尾根シリーズ ~丸山から日寄橋BSへ下る

2015年4月21日

このところの都の、いや新宿界隈での話題は、かつての娯楽の殿堂・コマ劇場が改築され東宝会館としてお目見えしたこと。
とりわけ目玉になるのがこの屋上の
「ゴジラヘッド」らしい。

  A_2     Fullsizerender

地上からの角度では分かり難いが、かなりコワ~イ形相をしている。
この迫力で東京の魔境・歌舞伎町からボッタクリやヘイトスピーチを追放できるかな・・・

道草ついでにもう一つ。
私は普段、夜9時以降は殆どTVを見ないが、どうしても、というプログラムがあればその限りではない。
先夜(19日)はヒラリー・ハーンという女流ヴァイオリストの演奏で、ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」がオンエアされたので、興味をそそられた。
世にV協の名曲にはモーツァルト、ベートーベン、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ブルッフ、ヴィニャスキーなどの甲乙つけがたい名曲があるが、私の好みではその頂点に立つのはブラームスだと思っている。
特に第一楽章の主題の美しさときたら、もう天国的としか言いようがない。
ヒラリーハーンという演奏家は初めて知ったが、米国生まれの若手の人気ソリストらしい。

Dscn4291   Dscn4295   Dscn4299

私は女性の演奏家によるブラームスのV協は、もっぱらアンネ・ゾフィー・ムターを聴いている。
ムターの演奏はスケールの大きさにあると思うが、ヒラリーハーンはとても繊細に聞こえた。

さて、道草はこれくらいにしてまた山歩きです。

都心から近いので戦前からハイカーがよく訪れている「笹尾根」
尾根を挟んで西南になる上野原側と、東北側の檜原村を結ぶ昔からの峠道が何本もこの尾根を越えている。
その全てをトレースするつもりでいる私の「笹尾根シリーズ」
本日(18日)はほぼ中央部の丸山から上野原・棡原への下り道を歩くのが目的。
休日は避けたいのだが、笹尾根から上野原側に降りた場合、平日では上野原駅へのバス便がないためやむを得ずこうした選択になる。

Static 今日の行程 ~電池切れで尻切れになり、ゴールまでの30分ほどが記録されていない。

Dscn4278 今日の起点になる「都民の森」 ~さすが土曜日、人と車がいっぱい。
多くのハイカーは三頭山に向かうが、アマノジャクな私は「避衆登山」で皆さんに背を向けて裏道を行く。

Dscn4279 森林館と大滝を結ぶセラピーロードは木材のチップを敷き詰めているので足にとても優しい。

Dscn4280 三頭ノ大滝

Dscn4281 木々の芽吹きがそろそろ始まっている。
季節とは律儀なものである。

Dscn4283 三頭山の南東の方で笹尾根に出る。

Dscn4284 笹尾根を行きかうハイカーはとても少ない。
尾根の中心ともいえる「槇寄山」山頂にも3人ほど。

Dscn4286 彩の乏しいエリアでわずかにミツバツツジをみる。

Dscn4287 丸山1098m山頂 ~いかにも地味だな~

Dscn4288 丸山山頂から東へ30mほど寄った位置に「日寄橋」バス停への下降点がある。
この下り道は自然林が多く、笹尾根愛好者の横山厚夫さんは「南に落ちる尾根を伝い小棡の集落をへて日寄橋にくだるこの道も、私のご愛顧の小道だ」と綴っているが、私もまったく同感。

集落に下れば、谷間に点在する人家には人の気配が感じられない。

Dscn4289 そのことを如実に示すデータが「日寄橋」BSに掲示されていた。
人口の漸減と高齢化が進む厳しい現実を突きつけている・・・。

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「こげえな山」って、どげえな山?

2015年4月14

山の名前には、東にあるから「東山」とか、形が丸いから「丸山」などと、即物的で実に分かりやすいものが多い。
反面、なぜそんな名前がついたのか、どんな意味があるのか皆目見当がつかないものも少なくない。

今日(11日)歩いた「こげえな山」1131mもそうした山名の一つ。
この奇妙な名は地元での呼び名だそうだが、おそらく地元でも名前の由来は分からなくなっているのではなかろうか。

これを「古界名山」としているものが見られるが、多分無理矢理に当て字したものであろう。
私は賛成できない。
「こげえな」という何となく分かるような気がする、ローカル色豊かで、ユーモラスなこの名前をそのまま使えば用は足りる。
それをムリムリ漢字を当てて、かえって余計に訳の分からないものにするのは,地域文化を冒涜することになりかねず、軽々しく行うべきではないと思う・・・ナ~ンチャッテ

まずどこにあるかの説明から始めなければならない。
JR吾妻線の中之条駅から四万温泉へ向かい、途中で沢渡温泉経由で暮坂峠道へ行く道に左折する。
沢渡温泉を過ぎると左手に特異な山容の「有笠山」を見るが、それと向かい合うように右手に見える山がこのたびの主役「こげえな山」である。

国土地理院2・5万分の1図では「小雨」
有笠山の西北へ約1・8km離れた独立標高点1131mがこげえな山となる。

Dscn4245 左のドーム状が有笠山で、右に向かい合う三角がこげえな山 ~暮坂峠道で。

菜種梅雨状態で長いこと鬱陶しい曇天続きだったが、今朝は久々にスッキリと青空が広がった。

Dscn4244 谷川岳の姿を見るのもしばらくぶりである。
例年ならこの時期に登っているのだが、今年は天候も祟って眺めるだけになっている。

Dscn4247 沢渡温泉を通過し、「老人健康村」の看板で右折し閉鎖中の「美ら寿(ビラージュ)」の入口手前の路側に駐車。
ここがスタート地点になる。
とりあえず向かう「仙人窟」への遊歩道を歩き始めようとしてアレ!地図は???
ザックにも車内にも無い。
忘れた・・・何と云う失態。
初めての、それも登山ルートの無い山に地図ナシで入るのは無謀と言われても返す言葉がない。
こうなればスマホが頼りだ。
それに、ネットで「群馬山岳移動通信」の記録を何度も読み返し、地図もシッカリ頭にインプットしてある、と自分を納得させる。

Dscn4246 そこには珍しくキブシの木がたくさん植えられている。

Dscn4277 遊歩道を行くと東屋もある。

Dscn4251 目の前に「こげえな山」 ~こちらを向いた面は中腹が岩でガードされているので登れそうにない。
画面からは切れている右手の方から迂回し、右の尾根を辿るようである。

Dscn4275 遊歩道の終点は小さな峠になっている。
この界隈での一応の観光スポットであるらしい「仙人窟」と「仙人滝」への文字の薄れた道標。

さて、どこから取り付く?
頭に入れている地図では、確か西からここへ延びてくるミヤコザサの尾根が登路になっていた。

 

Dscn4251
目を凝らすと笹の波に微かながら、足で踏んだ分け目があるように見えるので、ここから入ってみることとした。
そのとき一匹の生き物がやってきた。
”スワ送り狼か?まさか・・・・。
首輪がついているから飼い犬だろう。
飼い主があとからくるのだろうか。
私が笹の中に突入すると、彼も笹に体を埋めながらもついてくる。
帰るように手を振ったら素直に戻っていった。
傾斜をグッと増した斜面を乗り上げると大きな岩の東の付け根に出た。
もちろん直登は無理でネット記事の通り一旦北側の谷に回りこみ、付けに沿って急斜面を斜上し、岩の後ろに続く尾根に出る。

Dscn4252 巻き終わって大岩を振り返る。
尾根に乗り、踏み跡らしいのを拾いながら高度を上げていくが、こんな急な尾根は下りたくないな・・・。
そう思いながら、多分より楽に下れそうな右下の谷を観察する。
谷の中に棚はないだろうか、谷へ降りる急斜面が降りられるか・・・
何本かのルートを選定し、その下降点を記憶する。
再び大きな岩に突き当たった。
ここは直ぐ目の前に近づいた、1210m三角点峰から南のこげえな山に連なる主稜線に向かって左下をラバースする。
尾根をこげえな山に向かって進むと笹原になる。

Dscn4253 幅のある笹尾根なので帰りのためテープを着ける。
ルートらしいのも判然としないが、尾根を外さずに進むのが鉄則。
その尾根の幅が広がると迷いやすくなる。

Dscn4254 左手、木立の間に雪山が見えてきたが何山か不明。
~後になって仙ノ倉山と判明する。

階段状に短い急登が繰り返され、視界が開けてくるのに励まされて山頂の一角に出た。
ご褒美の展望が展開していた。
眼福の楽しみは後回しにしてさらに南へ続く尾根を進むと、こげえな山の南端に着いた。
怖くて覗きこめないが断崖の上である。

Dscn4262 山名がかかれているはずだったプレートが三枚地表に落ちていた。
文字が判読できるものを再び取り付けてみたがここに留まっていられるのは束の間のことだろう。
展望台に戻って、雪山をメインディッシュにして、昨日、義妹が持参してくれたお握りを口にした。

Dscn4268 左端の平標山から仙ノ倉山、中程の万太郎山、右端の谷川岳と続く谷川連峰 ~こんなショボイ山なので展望は期待していなかったので、意表を衝かれる嬉しい誤算になった。

Dscn4269_2 谷川岳のアップ ~肩の雪田もよく分かる。

Dscn4271 名は体を現す~文字通りに白い「白砂山」
日曜日なのに人の気配が絶えたままの山頂で、こんな景色を独り占めしている。
贅沢の極みであるが、山歩きに興味がなければ、ばかばかしい沙汰だろう。

Dscn4263 こちらもまだ十分に白い浅間山

Dscn4266_2 谷を隔てて西隣の「大岩山」 ~大絶壁ですな~

Dscn4267 眼下には暮坂峠道沿いの大岩集落 ~アルプスの谷を思わせる。

いい時間を過ごして山頂を背にした。
登るときと、下る時のあたりの見え方がまったく別物になることがある。
その意味で、今日はテープで安心できる。
気にしていた尾根の急降下を避けて、考えていたように北の谷に降りた。
少々厄介な下降だったが、谷に入れば楽勝。
落ちているところは簡単に左岸に逃げられる。
そうこうするうちに、古い朽廃した作業道になり一段と歩きが楽になった。
これを辿ると谷から次第に離れるので、再び右の谷に下り、大岩の基部を回って往路に戻った。
遊歩道に降りるともう犬の姿はなかった。
『仙人窟」に立ち寄り、山を抜けた。

Static 今日の行程 ~盲腸のように突き出ているのは「仙人窟」に立ち寄った軌跡。

小さいながら、久し振りにバリエーションルートを歩いた。
一部、自分の判断でルートを選んでみた。
多分、それは正しい選択だったと思う。
このところ誰でも知っている山歩きが続いていて
、自分らしさがない、と不完全燃焼気味だったのが少し解消されたような気がしている。
”オレが行く道はやはりこの道しかない!”などと嘯(うそぶ)くと、どこかの国の首相の決めゼリフと同じになってしまうが・・・。

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タッフィが逝き、パソコンは甦る

2015年4月11日

昨年の2月、住まいの関係で飼い主である次女と孫のところから移住してき、一年二ヶ月ほどの短い間だったが、家族の一員になっていた、ビションフリーゼ種のタッフィが逝った。
このところ急速に老衰が進んで、何も口にせず、歩くこともできなくなっていたので、そうなることは時間だろうと、家族それぞれに心の準備はしていた。
私が後ろ髪を引かれながらも山荘に移動したその日の夕刻、家族に看取られながら息を引き取ったそうだ。
たまたまもともとの飼い主である孫娘が、結婚することとなりその報告で日本に来ていたので、短い滞在の間に何度か旧交を温めることができ、帰国の直前にも慌しく一目会って、彼女がまだ成田を発っていないころであった。

Dscn4221 すでに衰弱がすすみ、目から生気が失われている。

越してくる前は、日中皆でかけて一人(一匹)で留守をしていた。
寂しい鍵っ子暮らしだったのである。
それにに比べれば、二世帯の我が家に来てからは常に誰かが傍にいる暮らしに変わりその意味では幸せな晩年を送ったのであろう。

誰かが床に座ると直ぐに体をピッタリと寄せてくるのは、それまでのスキンシップの薄さを埋め合わせる仕草だったのではないかと思う。
私が外出する支度をした姿を見ると、散歩嫌いのくせに、放っておけばどこまでもついてくる姿も忘れられない。
起居をともにした犬と死別するのは2度目になるが、近親者を失うと同じ悲しみを覚えるのはもちろんである。

話は一転する。
山荘の固定電話を解約した。
山荘にくる機会が減っている。
電話は携帯で代用できるし、資料などの交信もFAXより、メールのほうが遥かにすぐれている。
固定電話の必要性はゼロに等しい状態であった。

解約に当たっての唯一の問題は、インターネット機能を残すためのパソコンの再設定である。
光回線とパソコンの間に「ルーター」という機器が介在しているのでそうした措置が必要らしい。
自分でやれる自信は100%ないのでNTTのリモートサービスに遠隔操作で再設定を依頼した。

素人判断ながらさほど面倒なこととは思えなかった。
ところが始めてみると何度接続を試みても「接続に失敗しました」という、つれない結果が繰り返される。
2時間以上もその繰り返しで、ついに先方もGive Upして「プロバイダー情報に間違いがあるようなので確認して欲しい」という結果になった。

そこで今度はプロバイダーの遠隔操作を依頼した。
同じようなことを3時間あまり繰り返したが解決に至らず、オペレーターは「あと考えられる手段としては、ルーターの初期化くらいなので再度NTTに依頼して欲しい」と匙を投げた。

翌日、再度NTTに「ルーターの初期化」をヒントにして遠隔操作に当たってもらう。
オペレーターは「ルーターのランプで、初期状態が点灯していることから、初期化はやる意味はなさそう」ということで、またまた昨日から延々、何十度となく繰り返してきた接続方法を、いくらかアプローチを変えたりはするものの、執拗に試みるのだが、結果は全く同じ。

頭と心が疲れ果てて、かくなるうえは出張サービスを頼むしかないかな、という心境になっていた。
パソコンが使えない、ということがいかに不便であるかを、たった一日半で嫌というほど思い知らされたからである。

その時オペレーターが「一応初期化をやってみますか?」とボールを投げてきた。
「ダメでもともとです。そうしてください」と私。
楊枝を使ってルーターのリセットボタンを押した。
それから数分間、幾つかの操作をしたら、突然待ち望んでいた懐かしい?インターネットの画面が現れた。
何のことはない、これを最初に試みていれば簡単に解決したのではないか、という気持ちがないではなかったが、オペレーターが心底から”良かったですね~”と何度も繰り返して言うのを聞くと、ここは素直に”ありがとうございました”と応ずるしかなかった。

どんな問題も解決してみれば「コロンブスの卵」
なーんだ、そんな簡単なことなのか・・・となる。

かくして、難産のすえの次第をこうしてブログにアップすることができました。

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伊豆は見えなくても「伊豆ヶ岳」とは・・・

2015年4月9日

先日のA新聞の「辞書」についての記事で、少々気になるコメントに出会った。
言葉は社会をうつすものとして、ある辞書の編集者のコメントをこう伝えている。
「言葉が誤解なく伝わるなら、横からそれ(誤用)を間違いというのは越権行為。言葉を正誤の観点で考えたくない」
また、明晰な語り口に感心して、その作品を読むようになった『船を編む』の作者・三浦しおんさんが、取材で出会う編集者たちが「言葉は時代とともにどんどん動くもの、と自由に受け止めていて、それがいいなと思いました。私の方が四角四面でした」と語っている。

Img212
確かに言葉には生き物という側面があって、時代とともに思いがけない変化をしていく本能的なものがあるようだ。
だからといって、誤用が氾濫し、折角長い歴史のなかで磨き上げてきた美しい日本語が乱れるままにしておいていいのだろうか。
誤解なく伝えるためには言葉を正しく使うことが一番肝心である。
”そんな言葉、広辞苑にはないよ”と言えるように、辞書は正しい言葉が何であるかのベンチマークであるべきではないか。
辞書の作製に携わる人が「分かればいいじゃないか」という姿勢で言葉の乱れ、誤用を追認するだけであれば、極論すれば好き勝手に言葉を使え、辞書なんかいらない、ということにならないか。
言語の歴史をみれば、かつての誤用が現在は正しい用法として堂々とまかり通っている例は確かに少なくはない。
そして嘆かわしいことだが、今この瞬間にもその現象は切れ目なく続いている。

さてこのブログの主題にしている山歩きの記事が「なたね梅雨」とか、一日の最高気温が5度を超えられないという異常な気象に禍されて山に行けず途切れている。
止むを得ず一週間前の「伊豆ヶ岳」を埋め草にしておこう。

♪伊豆の山々月淡く 灯りにむせぶ湯の煙
   あぁ 初恋の 君をたずねて 今宵また・・・・・・♪

この歌を知っている世代は、もうだいぶ長いこと人間をやっているはず。
戦後のヒット曲の一つ「湯の街エレジー」
古賀メロディで、近江俊郎が甘く切なく歌った。
しかし、ここに登場する奥武蔵の
「伊豆ヶ岳」851m
はこの歌に歌われる伊豆の山とはなんらの関係もない。

Static
伊豆ヶ岳は何度か歩いているので、できるだけこれまでとダブらないようにコースを選んでいる。
今日(3月31日)では登りの一部と、下りコースが初めてとなる。
西武・秩父線の正丸駅に降りたのは平日とはいえ、人気の伊豆ヶ岳の玄関口としては驚くほど少ない。

Dscn4198 大蔵で正丸峠への道と分かれ、次いで「実谷(じっこく)のふたまた」で初めて右への道に入った。

Dscn4205         A

伊豆ヶ岳北側直下の名物「男岩」
落石事故防止のため、立ち入りは自己責任で。
私も先行の4人が登り切るまで待機した。
岩場そのものは高さ30mほどで、傾斜は45度くらいか。
しっかりした2連の鎖が着いていて、注意さえ怠らなければ特別のことはない。

A_2 
鎖場を登り切ると直立した5mほどの鎖の無い岩が立ちはだかる。
岩の基部を左に巻く踏み跡があるが、それは5mほどで崩落して行き止まる。
直登すればスタンスが適度にあり、難しいことはない。

Dscn4213 たいていハイカーでごったがえす山頂だが、今日は数えるほどの人しかいない。
貧しい昼食を摂りながら帰路のコ-スを思案する。
おおよそ西の山伏峠経由で、名郷のバス停へ下ることを考えていたのだが、S社の地図を眺めていると、反対の東の「久通」へ下る近道があることに気づいた。
未知のルートだ!これにしよう~。

Dscn4216 
山頂から南へ下り、西へ下る山伏峠への分岐~自然林の雰囲気がよさそう。

Dscn4217 
伊豆ヶ岳の南の古御岳との鞍部。
地図ではこの辺りが久通への下降点になるのだが、S社の登山地図に載っている「赤実線」に相当する道は見当たらない。
先へ進むと古御岳への登りになってしまう。
戻って鞍部のあたりを観察すると古びた角材が倒れている。
起こして登山道まで運び上げ、横たえてみると「西吾野」を示す文字が読みとれた。
これで下降点であることはほぼ確認できたが、肝腎の道は、よく見ればそう見える、という程度の心細いものである。

ルートは荒れていて、途中では道型が消失している部分もあったが、30分足らずで林道に下り着いた。

Dscn4218        Dscn4219

途中でサングラスを落とし、拾いに戻るなどという相も変らぬお粗末もあった。
久通の里に下れば廃屋が目立ち、人影も見えないが、花は季節の到来を告げていた。

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季節のアンソロジー ~四月

2015年4月5

♪汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる
  季節外れの雪が降ってる 東京で見る雪はこれが最後ねと
  さみしそうに 君がつぶやく 名残り雪は降るときを知り・・・・♪

いうまでもなくイルカさんが歌う青春抒情の名曲「名残り雪」。
季語にもある「名残の雪」とはいつ降る雪のことか。
これは地域によって異なるだろうが、東京でなら、私の感覚では季節外れの、ということになれば4月に入ってから降る遅い雪だろう。

去りゆく君をしばし立ち止まらされておくれ、と切なく詠んだのは僧正遍正で
「山風に桜吹きまき乱れなむ 花のまぎれに立ちとまるべく」

4月の歌では落とすことができないもう一曲。
パット・ブーンが甘く歌うそのものズバリの「四月の恋」

♪ April love is For the very young
      Every star's  a wishiig star
       That shines for you ・・・ ♪

さらに、さらに イタリアの作曲家・トスティの「四月」が・・・いや、もうやめておこう、この時期を歌った歌には際限がないほどありそうだから・・・。

東京での4月の降雪は滅多にないことだが、花吹雪、桜吹雪なら毎年この時期に確実に舞う・・・当たり前だが・・・。

願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ
あまりにも有名な西行法師が詠んだ一首。
陰暦の如月は新暦では3月下旬から4月の上旬にあたるそうなので、
ここにいう花が桜であることはいうまでもない。
日本の春の主役は古来桜である。
桜には魔性があると言ったのはだれだったか、とにかく人を狂わしいほどに引きつけてやまない。

Dscn4231 花見の定番、千鳥ヶ淵の夜桜。今宵ばかりは月も脇役でしかない。

群がり集う人の中には「酒なくて 何の己が桜かな」とばかり、桜よりお酒の方が酔える、というご仁も少なくない。

その桜も花嵐が吹けば妖しげに落花の舞いをみせて、いまひとたびの命に別れを告げる。

A そこに水面があれば「花筏」がうまれる。 
日本語には紡ぎだされた数々の美しい言葉があるが、これもその一つ。

桜ばかりでなく4月は文字通り百花繚乱の季節。
眺める花に事欠かないが、日当たりのよい場所に咲くこの花はよほど目を凝らして探さないと見つけられない。

A フデリンドウ  A_2 ハルリンドウ
似たもの同士で見分けが難しいが、フデリンドウは一茎にたくさんの花を着けるが、ハルリンドウは一茎一花で区別できる。

Img188 山では雪解けが始り「雪しろ水」で川は溢れる。
氷河は石を削り、流れ出る川は白く濁っている。
氷河を持たない日本の川も北国で雪解けが始りると、川は水嵩(みずかさ)さが増し、白く濁りを帯びてくる。
これを「雪しろ水」とか「雪濁り」などと呼ぶ。

山深み 春ともしらぬ 松の戸に たえだえかかる 雪の玉水
謝野晶子が「古にし御姉」と慕った式子内親王が詠んでいる。
また桜に戻ってしまうが、その晶子にも花見の歌がある。

清水へ祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人みな美しき
~そうか、京都ともなれば花見客もみんな美しいのか、きっと着物姿がそうさせているのだろう。

私の好きな季節の言葉の一つに「春愁」がある。
「春愁秋思」という一対の言葉の半分で、ものみな明るく朗らかな春なのにフッとそこはかとない愁いを感じる瞬間がある。
別離、散る桜、長い黄昏・・・
「春愁を 灯の無き家に 持ち帰る」~品川 鈴子
~そんな気持ちのままに帰宅したこともあったな・・・


音楽の話に戻るが、あのいかついベートーベンはその風貌さながらの意思に満ちた、人類の遺産と呼ぶべき多くの名曲を遺してくれている。

Beethoven
反面、その風貌からは想像しがたい甘く、美しい旋律も同時にたくさん生みだしている。
例えば二つの「ロマンス」、ピアノ協奏曲・第五番「皇帝」の緩徐(第二)楽章、そしてピアノ・ソナタ「熱情」の同じく緩徐楽章などなど、天国的としかいいようのないほど美しい。
その代表とも言えるのがバイオリンソナタ・第五番「春」であろう。
ヘンリック・シェリング、イツァーク・パールマンなど多くの名手の演奏を、お粗末な再生装置で聞くとき、また巡りきた春を実感するのである。
私が最初にこれを聴いたのはもう60年以上昔のこと。
学友から”春は素晴らしいぜ”と聴かされたのは、確かジャック・ティボー演奏のレコードだったろうとおぼろげに記憶している。
その学友との音信が切れてから、もう気が遠くなるほどの時間が流れた。

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