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2015年3月

今井VS田部井/両巨峰のトーク~「山の日」フォーラムで

2015年3月31日

2016年から8月11日は国民の祝日「山の日」になる。
すっかり定着している「海の日」にくらべて当然認知度は低い。
国土の7割を占める山の恩恵をもっと知ってもらうため関係団体ではさまざまなキャンペーンを全国で展開している。
27~28日、東京国際フォーラムでもその一つが開催された。

Img187
各種のイベントの中に今井通子さんと田部井淳子さんという、日本山岳会のビッグネームお二人のトークがあるので、これは聞き逃すわけにはいかない。

地下鉄に乗っている僅かな時間に深い眠りに落ちて乗り換える神保町を4つも乗り越してしまった。          

Dscn4194       Dscn4193_3

巨大な国際フォーラムでも迷って時間をロスして開演から15分ほど遅刻してしまった。

Dscn4171 会場に入り、最初に耳にした言葉は今井さんの「佐宗ルミエさんですね」という言葉だった。
察するに田部井さんの登攀パートナーで、谷川・一ノ倉沢で仲間の墜落を止めようとして自らが墜死してしまった佐宗さんの話題が終わったところのようだった。
遅刻で聞き洩らしてしまった・・・無念!

今井さんはお医者さんでありながら、女性として世界最初のアルプス三大北壁の登攀を成し遂げたことを始め、ヒマラヤでもおおくの足跡を残している屈指の女流登山家である。
新田次郎は彼女をモデルにして『銀嶺の人』を著した。

Dscn4181 これは今井さんが登攀したアイガー北壁。
現地では絵葉書になって売られているショットだそうである。

Dscn4179 もうお一人の田部井さんは改めて紹介の必要のない方だが、女性最初のエベレスト登頂者となり、最近もガンとの闘病もしながらも精力的に活動していることは一般的にもよく知られている。

Dscn4180 1975年5月16日 エベレストに立つ田部井さん。

お二人とも登山界でゆるぎない地歩を築いたが、講演会の類もたくさんこなしているので、お話が上手。
伝えたいことを面白く、無駄なく伝えられる話術が巧みで、会場はしばしば笑いに包まれ、アッというまに終了時間になってしまった。

今井さんが取り組んでいるのが、ご自身がお医者さんであることから「森林セラピー」だそうである。
「森林浴」という言葉を聞くようになってもう30年近くになるようであるが、その効果についての医学的データがないまま、気分的なものと思われていた。

それが近年、森林浴がもたらす生体反応を医学的に評価する技法=森林セラピー=が進化してきていて、抗癌効果などが解明されつつあるとのことである。
”そうか、オレは図らずも森林浴の恩恵を受けていたのかもしれないな・・・”内心そう思った。

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一方、田部さんはご出身が福島県(三春の滝桜の近く)ということで、原発被害者の支援をしていて、その一つとして高校生を富士に登らせるイベントを毎夏実施している。
登山者が千人に達するまで続けるそうである。

道こそ違え、高みを目指してきた人が到達する境地というものは、いつしか仰ぎ見るような高さになるのだな、と思わされる時間だった。

Dscn4195 これはついでのようなものだが、建て替えのため休業している「ニュー・トーキヨー」
有楽町界隈のサラリーマンに絶大な人気を持つビアホール。
そもそも屋上ビアガーデンなるものも、昭和12年ここから始まったものだそうである。
私ももちろん何度かはいき、曲芸もどきでたくさんのジョッキを運ぶ店員のパフォーマンスに感心したこともある。
一つの歴史は終わるが、また新しい物語が生まれる。
銀座にはそれがとくに顕著である。

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新しい靴で金時山へ~春は装いも新たに

2015年3月28日

4~5年前に「最後の一足」と題して登山靴を新調した記事をアツプした。
その舌の根も乾かぬうちに次の靴に手を出し、そしてつい先日またまたの散財となった。
モンベル社の紐の代わりにリールで締めるタイプ。
これで2足目になるが、何しろサンダル感覚で着脱できるイージーさがよくて、雪山以外は専らこのタイプを愛用している。

A

その履きおろしのハイキングが昨日(27日)の山の会の「金時山」
こんな超ポピュラーな山に足を向けるのには自尊心?が傷つくのだが、60年前の思い出を偲んで参加することとした。

コースは二つに分かれ、私は乙女峠からの組に。

Dscn4135 人気の山なのに、こっちから登るのは私たちだけ。

Dscn4137 ほんの少し前は私たちだって立派な乙女だったのだから・・・

Dscn4143 箱根観光の中心、芦ノ湖や大涌谷をまじかに見る。

Dscn4142 笹原の間を往く。
60年前は一面、茅戸の草原だったこの道を逆に歩いた。
その時の連れは今どうしているのだろうか・・・

Dscn4147 山頂の金時茶屋の屋根を見上げる

Dscn4155 深田久弥はこの山を「偉大なる通俗」と評したが、この何の芸もない富士を見ると、他に言いようがない気がする。
無芸大観・・・か。

Dscn4158 ご一行様19名。

Dscn4161 金時娘のお出ま~し。
60年前、連れが一緒に写真を、とお願いしたら”うるさいから早くしてね・・・”と怖い反応。
今や、ひどいO脚になっているが、居丈高は相変わらずで”隣の小屋で買ったものは、ウチのベンチで食べるな”などと叫んでいる。
父親が、新田次郎が直木賞を受賞した「強力伝」のモデル・小宮山正で、このタカビーな姿勢は父親ゆずりなんだろうか?

Dscn4162 下山山頂の周囲は岩で固めている山なので、こんな岩場では登り、下りで混みあう。

Dscn4164 大涌谷や神山を見ながらマッタリと仙石へ下る。

Dscn4165 登山口へ下り着いた。
あとはお定まりの温泉とビール・・・このマンネリズムの何という心地よさ。

履きおろしの靴はまったくトラブルなし。
たまたま同行のTさんもシリオ製の靴(シリオの登山靴は素晴らしい)の履きおろしだったが、こちらも問題なし。
今時の登山靴はほんとうによくできている。

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久し振りに雪の赤城・黒檜山へ

2015年3月24日

何を血迷ったのか、ちっとも旨くもないこんな老体にとりついた「悪性リンパ腫」のその後の検査をした。
ドクター曰く「病気はいるけど(・・・何かおかしな表現だが)少ない。EBウイルスの検査もしたが問題にするレベルにない。進行が遅いので2ヶ月ごとの検査で経過観察にしましょう」ということとなった。
無罪放免ではないが執行猶予みたいなものだろうか。
いっときは、人並みに自分の命についてあれこれ思い煩ったが、愁眉を開いた思いはある。
さしあたり自分でできることは免疫力を高めること。
それには筋肉量を多くすることも有効らしい。
私の症状がこの程度で済んでいるのには若しかしたら山歩きの効用もあったのかもしれないし、今後は山歩きに「ガンをやっつける」という明確な目標ができた、ともいえる。

とにかくこの冬は検査、検査で追われ、東京を離れることができず、気がついてみれば恒例になっている雪の赤城山にまったく訪れていない。
この冬は寡雪のようだからこのままでは一度も雪を踏まないままシーズンの幕が下りてしまう。
せめて一度は、と先日山荘にやってきた。
あたりには雪の跡形もなく、季節になれば律儀に開くスノードロップ、クロッカス、福寿草などが咲いていた。

Dscn4125    Dscn4127    Dscn4132

Dscn4130 ベニバナアセビ 
Dscn4131 カタクリはようやく葉を広げ、開花を待っている。

                                       
昨日(23日)赤城・荒山を目指したが、登山口の姫百合駐車場について見ると登山道からはほとんで雪が消えて、黒土が表れている。
できればアイゼンを装着してスタートしたいのだが、この分では雪が少なくて、快適に歩くことは望めないだろう。
もっと高いほうへ行かなくてはなるまいと、考えてはいなかったが、普通に雪上歩きができる可能性が高い黒檜山に転進することとした。

南面道路には雪が皆無で乾いている。
スタッドレスを履いているのをバカバカしく思いながら大沼の脇を通り過ぎ登山口へ。

Dscn4124 黒檜の登山口に来てみれば雪は汚れているが全面に着いているので8本爪アイゼンを履いてスタート。

Dscn4114 黒檜はショッパナから急登の連続で、ここで自分のペースをキープしないと後が続かなくなる。

Dscn4116 長いこと降雪がないようで、雪面は締まっていてアイゼン歩行には最適のコンディション。
横着してスパッツを着けないできたが全く問題ない。

Dscn4118 いつも難儀する露岩がすっかり雪の下になっていて、傾斜がよりきつくなっている程度で拍子抜け。

Dscn4119 快適の雪山歩きですこぶる気分がよろしい・・・といいたいところだが、歳相応のペースで登っているのに足取りは重く、後続に抜かれるばかり。
これからは背中に「○○歳です。お先にどうぞ」と書いたゼッケンつけて歩こうかな・・・。

Dscn4123 山頂直下の標識は、腕木から下が雪の下。

Dscn4122 さすが日曜日、登山者の姿が途切れることがない。
今日の行程で行き交った皆さんの足元をソッと観察すると、12本
爪の超本格派から4本の軽アイゼン、さては昨今のトレンドらしいチェーンスパイク(爪は10本だが、普通のアイゼンの3分の1程度と短く、急斜面では後滑りしていた・・・)装着まで。
中にはノーアイゼンという剛の者もいましたね。

Dscn4120 いつも平日に登っているので自分撮りができないが、今日はシャッター押しをお願いする人にこと欠かない。

これでどうにか毎冬恒例の赤城山詣でが途切れずにすんだ。
来シーズンはどうなるか。
一期一会の山歩きが続く。

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築地ぶらり

2015年3月18日

芸能情報には疎い私だが、ずいぶん昔「金八先生」で突っ張り女生徒役を演じていた三原順子さんのことは知っている。
つい先だってのことだが、国会議員に転進した彼女の口から「八紘一宇」などという化石化した言葉が出たのにはビックリ仰天。
タックスヘブンに租税逃れをする企業や、お金持ち対策としての提案という文脈で使われたようで、この言葉の本来の意味からすれば用法も、主旨も間違っていない。
だが、彼女のような若い?美女の口にはいかにも不似合いな言葉に思えて、どうにもしっくりこない。
これは例の、トマ・ピケディさんの、格差解消のための累進課税の強化の提言と軌を一にしているが、両者ともタックスヘブン対策については精神論の域を出ていない点でも似ている。

昭和一桁世代以前の日本人には「八紘一宇」と聞くと、本来の意味を捻じ曲げて、戦意高揚のため太平洋戦争の最中に盛んに使われたスローガンの記憶が強烈である。
せっかくの美女の提言なら、もう少し素直に胸に落ちるワーディングを工夫してほしかったと思う。

大韓航空の「ナッツ姫」、大塚家具の「かぐや姫」に続き、「八紘姫」にでもなるのかな・・・

それはさておき、築地市場は勤務先から近かったので、週に一度くらいはサラメシにありつくためずいぶん通った。
「安くて旨い」が昼食の理想だがそうはなかなか問屋が卸してくれないで、築地の場合、旨いことは確かだが、決して安いとも言えないため、週一くらいの割合になる。

地方から出張してきた社員が”東京の寿司は美味い。築地の寿司はさらに旨い。”と言っていたのが忘れられない。

その築地に久しぶりに行ってみた。
市場の中にある杉本刃物店で買って10年以上使っている包丁の切っ先を3cmほど、弾みで欠いてしまった。
直せる、ということなので、今日店に持参し、修理を依頼した。
仕上がりを待つ間、場外の場内をぶらついた。
最初に感じたことは人混みの凄さだった。
10年以上前はこんなではなかった。
すぐに分かることは海外からの客人の増加がこの混雑の原因であること。

Fullsizerender6  タラバガニには誘われるが、先日バイキングでむしゃぶりついたばかりなので、横目でにらむだけ。

Fullsizerender_2 梅宮辰夫さんが食材の仕入れに行くたびに寄った、というラーメンの「井上」は健在で、お馴染みの路上での立ち食い風景も相変わらずの混雑ぶり。

Fullsizerender 今日の昼飯は「すしざんまい」というお店。

昼飯時間になっての選択は、築地では「何を食べるか、ではなくどの店で寿司を食べるか」になる。
以前は「寿司清」が多かったので、今日は別の店にしようと決めていた、その結果が多分初めてのこの店になった。

Fullsizerender3        Fullsizerender7

Fullsizerenderkaki 匂いに誘われて、口直しに焼き牡蠣 ~海のミルクの異称そのままのトロリ・・・

Photo 刃先が欠けた包丁を、分かり難いが青い線で切って形を整えるようである。
    

Fullsizerender_3 寸詰まりになったが包丁の形にはなった。
家人にはこれでまた末永く家庭料理の腕を振るってもらえるであろう。
ウンと期待していますよ~。       
                       

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大山・三峰山 ~丹沢前衛の小癪(こしゃく)なやつ

2015年3月12日

丹沢山塊には丹沢山と東北の宮ケ瀬湖を結ぶ尾根の途中にあり、遠目にもそれと分かる「本間ノ頭、円山木ノ頭、太礼ノ頭 」という三峰がある。
それに比べるとかなり小粒になるが、北の方から丹沢を見た時、目を凝らすと大山の左に小さな三つのトンガリを指摘できる。
これも
「三峰山」935mで、前者と区別するために「大山三峰山」と呼びならわされている。
絶対標高は低いが、スタート地点の標高が140mほどなので、その差はおよそ800mあるので侮りがたい。
前回は陣馬から高尾山まで、水平方向へのロングコースを歩いたので、次は鉛直方向に頑張ってみようというのが今日のテーマ。
今の時期なら東丹沢でもヤマビルは心配いらないだろう。

今日(11日)はいうまでもなくあの日から4年になる。
あの痛ましい数々の悲劇をもたらした記憶も、直接わが身との関係が薄いと風化するのも早い。
今朝の空は昨日からの強風で悲しいほどに冴えわたっている。

Static 本日の行程 ~後半、三峰山頂からの帰路は電池切れのため記録できず、ルートも地図からはみ出している。
赤丸で概念だけを示した。

 

Dscn4058 スタートの煤ヶ谷バス停から少し入った正住禅寺。
プラムポリックスでも冒されたのか、あらかた切られた紅梅。

Dscn4060 割に自然林が多く、好ましい雰囲気の峠道。

0903mitsumine7 「三峰山は危険が多い。引き返す勇気も必要」という注意看板。
確かに山肌が脆くて崩れやすいが、注意を怠らなければ特段のこともない。

Dscn4062 この鼻を回りこむとほどなく物見峠に着く。

Dscn4077 峠からはこのような急勾配の木段が随所に現れる。
尾根筋に出ると、昨日から北東日本に吹き荒れている風が冷たく、重ね着をしなくてはならない。

Dscn4069 尾根歩きの途中からの丹沢山から丹沢三峰にかけての稜線の眺め。
この辺りは西側に大きな崩壊地ができているため、展望が開けているのである。
皮肉なことではあるが・・・。

Dscn4068_2 雲取山も遠望できた。

Dscn4072 三峰山の北峰辺りから鎖場、梯子、ロープなどが間断なく現れスムーズな進行を妨げる。

Dscn4073_3 山頂への最後の登り

Dscn4074 山頂 ~ここまで実働3時間半。
昭文社CT(コースタイム)より15分余計にかかっているが、これは年齢のハンディで止むを得まい。
2年前くらいまではおおむね同じくらいのタイムだったが、今は脚力の衰えが冷厳な数字になって突きつけられているのだ。

山頂から南の不動尻キャンプ場までの下りが長かった。
途中の距離表示で所要時間を推定したが、大外れ。
山の距離は当てにならない、ことは学習しているのだが、この時はつい忘れた。
登山コースの距離測定には基準がない。
実測をしている良心的なケースもあるが、稀であろう。
中には地図上で測定している例もないこともないだろう。
どうかすると2点間の直線距離で算定したりしていて・・・まさか・・・。
いずれにしても地図上では実際の小さな屈曲は算定できないし、斜面長も計算されなければ大きな誤差が生まれる。

Dscn4078 やたら歩きにくい道を下ってようやく「不動尻キャンプ場」に到着。
今の時期には人影はない。
ミツマタの見事な一株が人知れず開花していた。
ここからは歩きやすいコンクリート舗装の車道である。
えてして落とし穴はこうしたところにある。
フトした弾みで小さな丸石を踏んでしまい、これがコロとなり、下り道で勢いがついていたので、前のめりに激しく転倒した。
30秒ほど立ち上がれないでいた。
咄嗟に庇い手は出したが、手袋をしていたにもかかわらず、両手の甲や掌の擦過傷から血がにじんでいる。
予定のバスの時刻に余裕がないので、つい足取りに焦りがあったのだろうか。
もう次のバスにするしかないか・・・。

Photo 真っ暗な山ノ神トンネルを抜ける。
ヘッドランプを着けるべきと思いながら横着して足探りで歩いた。
広沢寺温泉辺りは今が梅の盛りで、見事な紅梅も見かけた。
足元の紫のショカツサイも花時である。

広沢寺温泉入口バス停には予定のバスに5分遅れた。
”ここんとこ、オレの山歩きは軟弱なものばっかりだが、今日は老骨に鞭打って気張れたな。しかし、あの転倒はいただけない。モロに歳がバレてしまうように無様だった。誰にも見られずによかったな・・・”
次のバスまで35分、寒風にさらされながらそんなことを思っていた。

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陣馬山から高尾山へ長躯する

う2015年3月7日

高尾山と陣馬山と、ハイキングの超人気者(もっとも高尾山は公園以上ハイキング未満の山だが・・・)二つは程よく離れているので、普通は、別々に歩かれている。
だが、両者をつなぐ長い稜線は登山のトレーニングやトレランに恰好で、脚試しとして歩く(走るも)人も多い。

自分でも意外な気がするのだが、私はこれまでこの二つの山を繋いで歩いたことがなかったので、一度はトライしてみたいとは思っていた。
それが、今日(5日)この歳になって遅ればせながら実現した。

Static 本日の足跡 ~高尾山の手前の一丁平でバッテリーが上がってしまい、GPS記録は途絶えてしまったが、さらに東に向けて「高尾山口」駅にまで延びている。

どちらを起点にするかだが、陣馬から始めたほうが起点の標高が150mほど高いので、気持ち楽ということと、下山してからの足に懸念がないという利点で、陣馬→高尾が順当な選択になるだろう。

Dscn4029 JR藤野駅からのバスの終点・陣馬センターから和田の集落を進むと、辛うじて富士の頭が見える。

Dscn4031 雑木林の雰囲気が良い「一の尾根」を歩いて陣馬山頂に着く。
あのグロテスクとしか言いようのない白馬には目を向けないようにして、展望に集中した。
南アの悪沢(荒川)岳(右)と赤石岳~花曇り気味なので鮮明度は少し落ちている。

Dscn4035 大菩薩嶺の右に離れて筆で一筋はいたような白い線が見える。
金峰山と判断したが、陣馬山頂でその一部が見えることにはこれまで気づいていなかった。

Dscn4036 ひと頃はよく歩いた大蔵高丸や白谷ヶ丸など。

Dscn4037 一応、富士にも敬意を表して・・・

Dscn4045 明王峠 ~一年前にはかなりの積雪だったが・・・
二つ目の山頂「堂所山」731mを踏んで一路東へ。

Dscn4048 この種の木段は山道の至る所で出くわす。
たいてい、ハイカーの足の運びなど考慮しないで設けるから、歩き難くて敬遠される。
結局、登山道保護の目的が虚しくなるように、その脇に自然に道ができ、かえって登山道が荒れることとなる。
これもお役所仕事の典型の一例か。

Dscn4049 三つめの山頂の景信山727m。
ここまでくると高尾エリアの雰囲気になる。

Jinpano061 南北が開け、南には丹沢山塊。
ここからの下山でチョンボをしてしまった。
高尾山に向かうには「小仏峠」に下るのだが、山頂でボンヤリと「小仏バス停」の標識を見ていて、誘いこまれてしまった。
下っている途中で、次にいく「城山」がヤケに高くなりオヤ?
ここで自分が起こした間違いに気がついた。
辛いけど景信山へ登り返すか、いやもうここまででいいや、バス停に下ろう、と二つの思いが鬩(せめ)ぎあう。
勝ったのは、せっかく陣馬~高尾がつながる千載一遇のこの機会、再び訪れる可能性は限りなく低い。

であれば、ここは景信山に戻り、仕切り直しするしかない。
そうは覚悟して登り返す途中でズルしようという気が起こり、伐採された山腹を横切り目指す登山道へショートカットすることに。
首尾よくタイムロスを幾らか採り返した。

今でも昔の峠道の面影を残す「小仏峠」から疲れた足には手強い「小仏城山」への登り返し。
山頂手前で、山頂をエスケープする巻き道があったので、ここでもズルを決め込んでしまった。

Dscn4051 城山と高尾山の間の「一丁平」には、このエリアには珍しく白樺が数本立っている。

Dscn4053 一丁平辺りのハイキングコースはオーバーユースのせいで泥濘がひどい。
その改良のための一策として立派な木の階段工事が進められている。
かくして、高尾山一帯はますます公園化していく。

Dscn4054 最後の山頂、高尾山三角点。
後は、最短の6号路(琵琶滝コース)を下るだけである。
ホンネでは成算は五分五分くらいかな、と思っていたがここまでくれば成就したも同然だろう。

15:40高尾山口駅到着。
歩き始めが8:30だから、所要時間7時間10分、30分ほどの休憩をとっているから実働は6時間40分か。
S社地図のCTより少し余計にかかっいるが、これは年齢ハンディにしてもらおう。

決して楽ではなかったが、さりとてもう一歩も足が出ないというほどの疲労困憊状態でもなかった。
しかし、高尾山口駅の階段、新宿駅の階段の登りはわれながら不甲斐ないほど足が重かった。
帰宅して入浴しても全身の疲労感が抜けなかった。
ただ、翌日に筋肉痛が起こらず、普段通りに体が動いたのはコンスタントに山歩きしている賜物であろう。
距離こそ長いものの、陣馬山に登ってしまえば、後は基本下りであり、U&Dも少なく、全体的にフラットなコースであることが歩き通せた理由であろう。

今、私の体内には隙あらばワルサをしようと構えている不届きものが身を潜めている。
そいつを少しは封じ込めることができただろうか。

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季節のアンソロジー(詞華集) ~3月

2015年3月3日

♪お元気ですか? 久しぶりにペンをとりたく思いました
  わたしが北にきてから2年 凍てつく寒さにも慣れました
  リラの花は春を告げる花 淡紫のインクで綴ります
  あなたへの便りです ♪
五輪真弓の「春便り」が私の春一番かな・・・。
いかにも大人の歌い手である彼女にしては、珍しく軽やかなテンポで春の到来を歌っています。

今日はひな祭り。
今どきの都市部の住宅事情では、なかなか雛飾りは難しいことだろうと思う。
当家でもスペースが無いため、長いことお
雛さまを拝顔していない。
私の生家では、まだ若かったオフクロが張り切って七段飾りなどをしつらえ、しばらくの間、居間を占拠したものであるが・・・。

A

春は花 ~先日、山の会で長瀞の「宝登山」という縁起の良い名前だが、高尾山より低い山を歩いた。
ここは蠟梅の名所で、花期はそろそろ終わりだが、まだ馥郁たる残り香を漂わせ、足元にはフクジュソウが花盛りだった。

Img_3645
私は「ろうばい」の「ろう」は蝋燭の「蝋」ではなく、「ろう長けた」の「臈」だ、などと知ったか振りをしたが、見事に半可通振りの間違いを冒し狼狽した次第である。

しかし、早春の花はやはり梅であろう。

A_2                                                                              東風吹かば匂い起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ
あまりにも有名な一首なので説明は不要だが、もう一つ
東風吹かば匂い起こせよ梅の花 主なしとて春を忘るな
と、前者の「な~そ」ではないのも知られている。
「な~そ」を係り結びとして教えられた私は、後者は間違って広まっているものと決めつけていた。
ところが、両者ともに正しくて、単に前者が『大鏡』、後者が『拾遺集』という出典の違いに過ぎないらしい。

旧暦の今日は、新暦に直すと4月の中旬で、長野県での桃の開花が丁度このころだそうである。
桃は咲いたが、桜はまだか?などと急かせる前に桃も愛でよう。

A_3
春の苑 紅匂う 桃の花 下照る道に 出でたつ乙女  大伴家持
そこはかとない色香が匂い立つこの一首は、まるで一幅の名画を観るようで、私の昔から愛唱おく能わざるものである。

もう一つ万葉集からは志貴皇子の
岩走る垂水の上の早蕨の 萌えいづる春になりにけるかも
も載せないわけにはいくまい。

雪国に流れる小さな渓流にも春の兆しがそろそろ見えてくるかな。

桜田門外で井伊大老が襲われたのも今日で、大雪だったがで、現行暦だと3月下旬になるので、幾らかは季節外れではあった。
その点では同じ大雪の2・15事件は太陽暦になってからの日付なので、季節的な齟齬(そご)はない。

「風光る」  ~朝凪の浪立って風光るころ   河東碧梧桐
春の光が溢れる中を、その光をキラキラ翻すようにそよ風が渡る。
その光を浴びながら私も山にでかけよう・・・

欧州には「三月の風、四月の雨が五月の花をもたらす』という言葉がある。
花が咲くためにはいろいろな助けが必要なんだな・・・

春の訪れを待ちわび、その到来を喜ぶ歌は多いが、中でもモーツアルトの「春への憧れ」は世界中で愛唱されている。
♪ うれしや春はまた還りて 谷間の雪の消える跡に
  萌える千草の花は香りて 自然の恵 地にあまねし ♪

この歌詞は、昔の小学唱歌の多くがそうであったように、原詩を訳したものではなく、作詞されたものである。

私はオランダ生まれの
名ソプラノ「エリー・アーメリンク」の歌ったものを愛聴している。
アーメリンクの声は、ソプラノによくあるキンキンしたものではなく暖かくふくよかである。
オペラにはほとんど出演することなく、リサイタル中心に「リート(歌曲)」を歌い続けている。

この愛すべきモーツアルトの小品は、彼の最後のピアノ協奏曲、第27番の第三楽章の主題を歌曲に転用したものである。

深田久弥はこのK595ピアノ協奏曲がことのほか好きだったようで、生前、夫人に通夜の時には流してくれ、と言っていたそうである。
久弥が茅ヶ岳で急逝したのは44年前。
通夜の席で流すことは夫人が失念したため叶わなかったようである。   

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