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笹尾根~陽だまりハイクのはずが・・・

2015年1月15日

奥多摩・三頭山とミシュランの高尾山をつなぐ、低くて長い尾根の中間部は「笹尾根」と呼ばれハイカーに親しまれている。
特に尾根を挟む南側の山梨県・上野原側は日当たりが良く、冬の陽だまりハイクには最適であった。
と、過去形にしたのは、それは昔のことで、今は人工樹林が山肌を覆い尽くしていて、たいがいは一年中日当たりが悪くなっている。
山麓は気候温暖で、棡原、西原など長寿村としてしばしばマスコミにもとりあげられる集落が点在している。
上野原側と笹尾根を挟んで北にある東京都・檜原村とは交流が盛んで、両者を結ぶ峠道が笹尾根を越えて10本も通じている。
私は笹尾根も、それを超える峠道もあらかたは歩いているが、それでも今や生活道として使われていない、廃道化が進んでいる峠越えの道がいくらか残っている。
これからの宿題として、気ままにこれらをトレースしようと考えているところである。
今日(11日)はその手始めに未だ歩いていない浅間峠から南へ下る道を歩いてみるつもりで出かけた。

Dscn3848  ~上野原からのバスの終点「井戸」の集落から。
ここ井戸は海抜450m前後の南向き斜面に人家が点在している。
気候温暖の桃源郷で、この辺り一帯の長寿村の一つ。
私事になるが、家人が疎開生活をしていたところで、いささかの縁があり、ここの四季のたたずまいが気に入っていて、永住を考えたこともあった。

Dscn3849 ~井戸の最奥に鎮座する「軍刀利神社」
五大明王の一、軍茶利明王が祭神であるが、東征の帰途に立ち寄ったとされる日本武尊も合祀されたため、本来の「茶」が「刀」に変えられている。

Dscn3853 笹尾根上にある復元された軍刀利元宮の広場からの丹沢と富士。
眼下には一度だけラウンドしたことがある「上野原カントリー」が見えている。

Dscn3857 笹尾根の名にふさわしい笹の尾根道が部分的には残っている。

Dscn3858 ~今日の最高点(・・・といってもたったの966mだが・・・)熊倉山

Dscn3861 ~栗坂峠と表示される地点。
しかし、峠らしい形状ではなく、峠道も横断していない。
人によっては直ぐ西の浅間峠と一体に考えている。
そうした混乱については他日触れてみようと思っているが・・・。

Dscn3862 浅間峠 ~笹尾根の峠では唯一東屋がある。

Dscn3865

浅間峠から南の日原へ下る。
この初めて下る峠道は期待に反し、それらしい風情が全くなく、もう2度と歩きたくないな・・・。

成長した植林に覆い尽くされ、陰気で気が滅入る。
峠から少し下ると、林業道路が入り組んでいて、それらが掘り返している荒れた道がいかにも殺伐としている。
こうした人工樹林の下は日が射さないため、草は生えず、従って昆虫の生息がなく、従って野鳥もやってこない。
つまり、見た目は豊かな緑だが、実は生の息吹が絶えた死の世界なのである。
このような森林帯を四国の剣山山麓の
上勝町では「緑の砂漠」と呼ぶことを今読んでいる本で知った。
まことに植林が持つ、まやかしの自然の本質を衝いてる。
一見、緑に覆われているがその中は砂漠同様に、生の営みはほとんど絶えているのである。

こうした「緑の砂漠」がかつての国策の結果全国に拡散している。
日本の森林面積は国土の67%ほどで、その41%が人工林だそうだ。
私は一刻も早く、少しでも多く人工林を自然林に戻して欲しいと願うものの一人であるが、私が生きている間に実現の方向に向かう望みは叶えられそうにない。

難しいものだな~
戦後、日本の山野は荒廃していた。
戦時中、エネルギー源として各地の森は伐られた。
戦後の復興のため木材の需要が多く、山はどこも裸同然になった。
将来に備え百年の計で杉、檜の植林をした。
それが今、切りだしの適期を迎えているのに、コスト高で供給の道が細り、手入れされることのないまま、多くの植林は放置されている。
だからといって政策が誤っていたとも言えない。
百年前には誰も想像していなかった光景が、現出されてしまっているだけのことである。
この上は速やかな軌道修正を図るべきと愚考するのだが・・・。

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登山」カテゴリの記事

コメント

風花さん、こんばんは

子供のころ学校の写生で、里山の紅葉の美しさを描いた事を今でも覚えていますが、故郷の今は針葉樹の杉が大半を占めて居ます。私名義の杉林も直径が70センチくらいに育っていますが、周囲も杉林のため、周囲の方と一緒に売る以外は策がありません。広大な山林、少し調べてみようかな…何処も同じでしょうか?

投稿: 岳 | 2015年1月15日 (木) 19時12分

岳様
私たちの祖先が孫子のためにと、額に汗してセッセと植えた杉や檜がようやく材木として切りだせるようになったのに、国産の木材はほとんど市場が閉ざされていて、行き場を失っているようです。
岳さんのところもそうなんですか。
植林は放置されたままで、土壌が痩せ、表土が流され、荒廃が進むばかりです。
人口減少時代に入った日本ですから、もう高速道路やハコモノに金をかけるのではなく、日本の山野を昔のような生物多様性を持った豊かなものに蘇らせてために税金を使ってほしいものです。
林野行政を抜本的に改めることを望んでいますが「強きを助け、弱きをくじく」安倍さんではとても期待できませんね。

投稿: 風花爺さん | 2015年1月16日 (金) 06時47分

風花爺さん、こんばんは。
なるほど、植林されて、手入れもされずそのままになっている人工林を「緑の砂漠」というんですね。
風花爺さんの描写にあるような情景を浮かべると、緑の砂漠とは的を得た表現ですね。
今までそんなことを感じて登ったことはありませんでした。 なんとかしないと、ですね。

投稿: rommy | 2015年1月18日 (日) 23時01分

rommy様
私たちが山に入るとき、たいていは通過するあの緑豊かな広大な植林の多くが死の砂漠と同じ「緑の砂漠」だと思うと、寒々した思いに駆られます。
草も生えず、花も咲かず、昆虫も野鳥もこず、保水力も持たない放置された人口植林を、少しでも早く生物多様性を持った昔の自然林に戻さなくてはならないと思うのですが、そう考える人はまだ少数派なんですね。
山を歩く多くの人が同じような危機感をもってくれると大きなパワーになると思います。
日本山岳協会とか日本山岳会あたりが旗を振ってくれないかな、と期待をしているのです。

投稿: 風花爺さん | 2015年1月19日 (月) 07時13分

風花さま~ こんにちは。

京都北山も自然林も混じってはいますが殆どが植林です。季節感もなく、手入がなければ昼でも薄暗く陰気です。

立派に手入れされていると北山杉の立ち並ぶ姿は写真の素材になり
昔の映画「古都」で描かれたように磨きをかけて高価な床柱になります。

今では山林業は採算が摂れず荒廃が進むばかり
寒々しき眺めの中、ブナの自然林に出会うとホント癒されますネ

投稿: かおり | 2015年1月21日 (水) 11時10分

かおり様
北山杉、秋田杉、吉野杉そして木曽の檜など長い歴史をもつ人工の美林もたくさんありますね。
安定した需要があるので事業として成り立っているのでしょう。
しかし、人工林のほとんどは見捨てられていますね。
採算がとれない、人手がない、後継者がいないなどの理由で放置されています。
この放置植林と増殖するシカの食害が、静かに進む日本の自然破壊の問題なのではないでしょうか。
残念ながら有効な手立てが少しも尽くされていない現実には危機感を覚えます。
死んでいる植林が、ナラ、シデ、樺、ミズナラ、ブナなどの自然林と生き返る日が来るのでしょうか?

投稿: 風花爺さん | 2015年1月21日 (水) 12時16分

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