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2015年1月

武蔵御嶽神社 ~大口真神・オオカミを祀る

015年1月28日

日本の狼については絶滅して100年余で、誰もその実態を知らないのに「赤ずきんちゃん」などにおける誤った擦りこみで、人や家畜を襲う禍々(まがまが)しい生き物として脳裏に深く刻まれている。

しかし、研究者によれば狼は人に対しては臆病で、人間に危害を与えるのは極めて稀なことであるという。
反面、作物に害を与えるシカやイノシシを捕食する天敵ということで、むしろ益獣として敬われていて、それが「山犬信仰」になった。
山犬信仰は今でも全国的に健在で、特に武蔵国とされる多摩・秩父には多くの祭祀が見られる。
一説には日本武尊の東征のさい山犬(オオカミ)が大いに手助けした、という伝説もあり、それもあずかっているようだ。

そのため、古来より狼は神の使い、あるいは神そのものとして敬われていた長い伝統を持っているのである。

多摩、秩父地域にはその狼を「大口真神(おおくちのまがみ)」として祀っている神社が少なくない。
今日(25日)山仲間とお詣りした
「武蔵御嶽神社」もその一つ。
この神社には登山の道すがらこれまで何度か立ち寄っているが、オオカミには特別な関心がなかったので、通り一遍のお詣りしかしていなかった。

Imgp5485 今日はケーブルに乗らずに、御岳の山上集落へ。
五箇山を偲ばせる茅葺の建物が一軒残っている。

Imgp5491 今日もまた長い石段に息を切らせて本殿へ。
これまでは見下ろしていた仲間にも今や見下ろされる体たらくで、情けなし。

Img177_2     Img175
狼はこの神社では眷属として敬われている。
大口真神として瑞垣に囲まれた社が設けられている。
このお札のオオカミは眼が爛々(らんらん)と輝き、口は大きく裂けて見るからに恐ろしい。
実は口と耳の間に白い斑があって大きな口に見えるだけだそうである。

Imgp5500 富士峰園地で昼食

Imgp5507  奥多摩線の古里駅へ下る途中の大塚山にて~本日19名の参加。
この会は発足して14年経つが、私が入会した7年前ころは、参加者が10名を超えること皆無だった。
今は、毎回20名前後の参加で、かまびすしいこと、いや失言、賑やかなことこの上ない。

Imgp5512_original 今日の行程はほとんど展望を楽しめないが、大塚山から下った地点でわずかに長沢背稜線の天祖、長沢山辺りが望める。
この冬、今のところ奥多摩一帯は寡雪状態である。

Imgp5524 お定まりの植林を抜けて山麓に下りると「丹三郎屋敷」なる、蕎麦が美味しいと評判の古民家の店がある。
この地の庄屋、原島丹三郎の屋敷で、築200年ほどらしい。

しかし、予想通りに本日はすでに売り切れ。
そこで打ち上げは新宿・西口の「天狗」とあいなった。

 

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映画「アゲイン」 ~28年目の甲子園、で泣きました

2915年1月23日

気象の世界には「小寒の氷、大寒にとく」という言い方があるようです。
そうであれば嬉しいのですが、実際には少々気が早すぎませんかね?
関東地方に本格的に雪が降るのは、昨年の例もあるように2月以降であることを思えば、現実には「袖ひじて 結びし氷」が解けるのはまだまだ先の話になるのでしょう。

先日、2度目の初詣(待てよ、2度目でも初詣と言っていいのだろうか・・・)となった鹿島神宮お参りの帰路、房総は九十九里浜近くのいちご園でのイチゴ狩りでは一つのノウハウを教えてもらい、おかげで2パック相当分位を口に放り込みました。

Img 鹿島神宮本殿  Img_2 奥宮
そのノウハウとは、始めは配られるミルクを使わずにイチゴを食み、その後やおらミルクを着けて味を変えて食べる、というものです。
セコイけれどなるほど、この方法だと2パックは楽にいけます。
いちご園側ではたまらりませんね。

数日おいて今度は山仲間で奥武蔵の「子の権現」で3度目のお詣り。
こんなにあちこち節操なくお願いしていては神様にも本気でとりあって貰えないだろうとと自覚はしています。

Img_3 本殿 ~足腰の守護神とされるこの神社は、山歩きするわれわれにはうってつけの神様です。

A 名物の金(かね)の草鞋 ~姉さん女房は金(かね)のワラジを履いて探せ、という俗諺がありますが、重さ2トンのこのワラジを履いて探しまわるのはさぞかしシンドイことでしょう。

Img_4 こちらは山麓にある「秩父御嶽神社」
600段余りの石段を登るこの神社は木曽御嶽山に向いて建立されているので、ここで遥拝すれば本殿に届くとされています。
そこで、ここでは自分のことはおいて、昨秋の火山災害被災者への鎮魂を込めて・・・

さて本題は映画「アゲイン」のこと。
このところやたらにド派手なアクションやCGを駆使した荒唐無稽な映画にウンザリしているので、素直に感動できそうなこの作品には期待していました。
期待に十分応えてくれました。

A

中井貴一はいい俳優になりましたね。
二枚目ぶりでは父の佐田啓二には及びませんが、演技上手には思えなかったオヤジよりずっと演技は達者です。
脇の柳葉敏郎、西岡徳馬など男優陣もそれぞれいい味だしています。

夢を見ることを忘れて、リアリストにならざるを得ない中年のオヤジたちが、ふとしたことでもう一度夢を追いかける気持ちを蘇えらせ挑む、というよくあるストーリーですが、まぁそれはそれでいいではないですか。
観る側もそのようなおとぎ話で一時浮世の塵埃(じんあい)にまみれた心をカタルシスできるのですから・・・

みっともないですが泣けました。
清らかな、真珠のような?涙をいっぱい流しました。

エンディングテーマ、浜田省吾の「夢のつづき」もしみじみ聴かせてくれます。
カラオケで熱唱?するために練習してみようかな・・・
 ~それだけは止めてくれ、という声が聞こえますが~

心が充たされたあとは現実にかえり、新宿西口は行きつけの回転寿司「沼津港」で胃袋の方を満たしました。

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笹尾根~陽だまりハイクのはずが・・・

2015年1月15日

奥多摩・三頭山とミシュランの高尾山をつなぐ、低くて長い尾根の中間部は「笹尾根」と呼ばれハイカーに親しまれている。
特に尾根を挟む南側の山梨県・上野原側は日当たりが良く、冬の陽だまりハイクには最適であった。
と、過去形にしたのは、それは昔のことで、今は人工樹林が山肌を覆い尽くしていて、たいがいは一年中日当たりが悪くなっている。
山麓は気候温暖で、棡原、西原など長寿村としてしばしばマスコミにもとりあげられる集落が点在している。
上野原側と笹尾根を挟んで北にある東京都・檜原村とは交流が盛んで、両者を結ぶ峠道が笹尾根を越えて10本も通じている。
私は笹尾根も、それを超える峠道もあらかたは歩いているが、それでも今や生活道として使われていない、廃道化が進んでいる峠越えの道がいくらか残っている。
これからの宿題として、気ままにこれらをトレースしようと考えているところである。
今日(11日)はその手始めに未だ歩いていない浅間峠から南へ下る道を歩いてみるつもりで出かけた。

Dscn3848  ~上野原からのバスの終点「井戸」の集落から。
ここ井戸は海抜450m前後の南向き斜面に人家が点在している。
気候温暖の桃源郷で、この辺り一帯の長寿村の一つ。
私事になるが、家人が疎開生活をしていたところで、いささかの縁があり、ここの四季のたたずまいが気に入っていて、永住を考えたこともあった。

Dscn3849 ~井戸の最奥に鎮座する「軍刀利神社」
五大明王の一、軍茶利明王が祭神であるが、東征の帰途に立ち寄ったとされる日本武尊も合祀されたため、本来の「茶」が「刀」に変えられている。

Dscn3853 笹尾根上にある復元された軍刀利元宮の広場からの丹沢と富士。
眼下には一度だけラウンドしたことがある「上野原カントリー」が見えている。

Dscn3857 笹尾根の名にふさわしい笹の尾根道が部分的には残っている。

Dscn3858 ~今日の最高点(・・・といってもたったの966mだが・・・)熊倉山

Dscn3861 ~栗坂峠と表示される地点。
しかし、峠らしい形状ではなく、峠道も横断していない。
人によっては直ぐ西の浅間峠と一体に考えている。
そうした混乱については他日触れてみようと思っているが・・・。

Dscn3862 浅間峠 ~笹尾根の峠では唯一東屋がある。

Dscn3865

浅間峠から南の日原へ下る。
この初めて下る峠道は期待に反し、それらしい風情が全くなく、もう2度と歩きたくないな・・・。

成長した植林に覆い尽くされ、陰気で気が滅入る。
峠から少し下ると、林業道路が入り組んでいて、それらが掘り返している荒れた道がいかにも殺伐としている。
こうした人工樹林の下は日が射さないため、草は生えず、従って昆虫の生息がなく、従って野鳥もやってこない。
つまり、見た目は豊かな緑だが、実は生の息吹が絶えた死の世界なのである。
このような森林帯を四国の剣山山麓の
上勝町では「緑の砂漠」と呼ぶことを今読んでいる本で知った。
まことに植林が持つ、まやかしの自然の本質を衝いてる。
一見、緑に覆われているがその中は砂漠同様に、生の営みはほとんど絶えているのである。

こうした「緑の砂漠」がかつての国策の結果全国に拡散している。
日本の森林面積は国土の67%ほどで、その41%が人工林だそうだ。
私は一刻も早く、少しでも多く人工林を自然林に戻して欲しいと願うものの一人であるが、私が生きている間に実現の方向に向かう望みは叶えられそうにない。

難しいものだな~
戦後、日本の山野は荒廃していた。
戦時中、エネルギー源として各地の森は伐られた。
戦後の復興のため木材の需要が多く、山はどこも裸同然になった。
将来に備え百年の計で杉、檜の植林をした。
それが今、切りだしの適期を迎えているのに、コスト高で供給の道が細り、手入れされることのないまま、多くの植林は放置されている。
だからといって政策が誤っていたとも言えない。
百年前には誰も想像していなかった光景が、現出されてしまっているだけのことである。
この上は速やかな軌道修正を図るべきと愚考するのだが・・・。

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幻の焼酎「森伊蔵」に陶酔する

2015年1月10日

自他ともに認める下戸の私が酒の話なんてチャンチャラおかしいのですが・・・・・・。
入手が困難で、幻の焼酎とされる「森伊蔵」の雷名を知ってからずいぶんの年月が流れました。
以来、ワインの「ロマネ・コンティ」と同様、死ぬまでに一度はわが喉を潤してもらいたいものと渇仰していたものです。

出会いは何の前触れもなく突然にやってきました。
グルメを自認する顔ぶれで、鹿児島の黒豚のシャブシャブを食べるのを目的に、鹿児島市に本店のある「華蓮」の銀座店へと繰り出しました。

Img167 

当然、飲み物のチョイスになります。
鹿児島のお店なら「芋焼酎」しかありません。
そのリストを見たとき、目が点になりました。
なんと
「かめ壺焼酎森伊蔵」の名があるではないですか!
思わず声を上ずらせて”えー、森伊蔵が飲めるの・・・?”と部屋係の女性に大きな声をかけてしまいました。
もう後は騎虎の勢い”いくらだろうと、金の問題じゃない、飲むしかない!”
・・・で、全員「森伊蔵」のお湯割りです。

Img

やがてしずしず登場し卓の上に置かれた伊蔵さま・・・。
前に置かれただけで馥郁(ふくいく)たる香りがたっています。

口に含めば、まろやか、芳醇そして”旨い”としかいいようのない極上の液体が喉を通過していきました。
これまで飲んできた数々のお湯割りとは”次元が違う!”

テイストは違いますが、名古屋のバーでのシャーベット状ズヴロッカ、そして与那国島で60度の泡盛を飲んで以来のインパクトを感じました。

Img_2 同じ酒造の銘酒「魔王」「村尾」と並んで「3M」というのだそうです。
森伊蔵がいかに幻であるか、のエピソードにはこと欠かないようです。
1・8L入りの定価は2225円ですが、オークション市場では3万円以上。
毎月15日に電話での予約販売をするのですが、当選率は0・2%、つまり500人に一人、という確率になります。
日本航空に乗るとファーストクラスの乗客には振る舞われるそうです。 ~乗ったことないもんな・・・

Img_3 メインはこの黒豚のシャブシャブだったのですが、伊蔵さんの魔界的な一滴に陶然となってしまい、せっかくの黒豚も霞んでしまうようでした。

かくして、予期せぬ出来事として、傘寿にして森伊蔵との出会いはかないました。

残るは「ロマネ・コンティ」との出会いです。
こちらはさらにハードルが数段高くなります。
神様、お願いですから10年後の卒寿までにはこの切ない思いを遂げさせてください、ませませ・・・・・・。

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『オオカミが日本を救う』か・・・・・・

2015年1月6日

山歩きの回数を半減することにしたら、ヘンに間が空いてしまい気分的には山歩きをやめてしまったかのようになっている。
けっしてそうではないのであって、昨日(5日)は歩き初めで南高尾の稜線を半分ほど辿ってみたが、ブログにするほどの中味がなかった。

このところ関心を持っているのが、幻の獣・ニホンオオカミのことで、関連する資料に目を通している。
とりあえず知ったザックリした内容を整理しておこう。

中村芳雄男氏の著書『丹沢・山暮らし』によると、昭和28年ころの丹沢におけるシカは推定50頭とされ、絶滅の危機に瀕しているとされていたそうである。
~主因は駐留軍兵士らの狩猟とされている。
現状からするとウソみたいだが、とにかく危機感を持った神奈川県では保護のため昭和35年まで禁猟期間とし、さらに国定公園に指定されたことで、シカの保護が実効を挙げることとなった。
~そう言えば私が沢登りのために丹沢へ通った昭和30年代ではシカの姿を見た記憶がない。
半世紀ほどの歳月が流れ、丹沢山塊は予想だにしなかったシカの増えすぎによる深刻な被害に頭を抱えることとなった。

丹沢の例は日本全体の縮図でしかなく、今日、日本の至る場所での山野で深刻な問題になっている増えすぎたシカによる食害の一例でしかない。
森林荒廃、貴重な植生被害、南アルプスでの雷鳥被害、尾瀬の湿原荒し,知床半島など、各地で生態系の破壊、農作物被害など我が物顔で国土を蹂躙するシカの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)に翻弄されている。

もちろんシカ自体が害獣ということではなく、問題は山野が持つシカの収容力を、シカの頭数がはるかに超えてしまったことである。

行政も手をこまねいているわけではなく、ハンターによる狩猟を強化しようとしているが、ハンターの減少や高齢化により効果は挙がっていない。
新手の捕獲檻なども開発しているが、増殖するシカの前にはまさに焼け石に水である。

さて、どうすればいいのか・・・・・・

私にとっても関心事であっところ、とても興味を惹かれる提言に一年ほど前に出会った。
白山書房が発行している『山の本』2013年秋号に載った、丸山直樹さんの
「オオカミを日本に放つ」という一文である。
要旨は「シカの被害を食い止め、生態系を昔のようなバランスのとれたもに戻すために、今は絶滅しているシカの天敵(頂点捕食者)であるオオカミ(ニホンオオカミ)を再導入すべし」というものである。

A_2    A_3     A_4
昔の日本では、農作物を荒らすシカやイノシシなどの害獣の駆除者としての益獣・オオカミ(山犬)に感謝の念を込めて、山犬信仰が盛んであった。

A_5 奥多摩・臼杵山の山犬像 ~奥秩父や奥多摩エリアにはこのような像が多くある。

私もそうであるが、今の日本人は誰一人オオカミの実物を見たことも無いのに「狼藉を働く」などの言葉に象徴されるように凶暴で恐ろしい獣というイメージが定着している。
しかし、研究者によればオオカミは人を恐れる動物で、人が襲われたとされるケースの多くは実際には野犬や家犬の仕業で、どうやらオオカミは濡れ衣を着せられているというのが真相らしい。

「送り狼」という言葉がある。
その言い伝えの由来は一様ではないが、おおむね歩いている人の後ろにピタリと狼が付き添い、安全なところに着くと姿を消す(異説もあるが・・・)というもので、これなどもオオカミが危険な動物ではないことを現している。

~そういえばアイドル・石野真子ちゃんも「オオカミなんか怖くない」って歌っていたもんね・・・。

ニホンオオカミが絶滅されたとされているのは、1905年奈良県・吉野村で捕獲されて以来、その姿の目撃情報がないためである。
~絶滅の原因は、狩猟、イヌジステンバーなどによるもにとされている。
それゆえに、オオカミとはどんな生き物なのか、その生態はどのようなものであったのか、なぜ絶滅したのかなどオオカミを巡る謎は多く、実物が存在しない今日、その解明はますます難しい。

今読んでいる『オオカミの謎』では著者の桑原康生氏が実際に7頭のオオカミと暮らしての体験に基づく生態を書いているが、それも「いまわかってる事実」のみであり、だから「オオカミとはこういう動物である!とは決して断言できない、としていて、オオカミがいかにミステリアスな生き物であるかを諭している。

Img164

シカの駆除方法に効果的なものがない現状では、オオカミの「再導入」提言は真面目に取り組んで欲しい命題に思える。
ところがこうした革新的な提言は常に保守的な役所と学者の反対か無視にであう。
役人の無謬病のために、これまでの対策に誤りがあったとは認めたくないために、狩猟の強化とかジビエ(野生動物の料理)振興とか、期待する方がムリな手段に相変わらずすがろうとしている。
反対論の中にはオオカミの人に及ぼす危険性や生態系の破壊になる、などの理由を挙げているが、それらは科学的な根拠を持たないようである。

さてそのような抵抗をはねのけて、私がいずれかの日、山で道に迷い、暗くなった道をトボトボ歩いていると、いつの間にかオオカミが私の後ろについていて、私が安全な所に着くまで見守ってくれる、そんな日がやってくるのだろうか。

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新しい年の門出に

015年1月2日

あたかも「一瀉千里」の勢いで時間が流れ、歳月がゼロ・リセットされた。
いただく賀状の中に「春風献上」の言葉もあるが、春風とは程遠い寒さで新年が明けた。

「元日(正月)は(や) 冥途の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
奇行の多い一休禅師らしいシニカルな句だが、主観的にはともかく、客観的には私がそういう立場にいることは間違いないので、”一休さん、よく言ってくれますな~”と苦笑い。

型通りというか、パターン化した三ヶ日。
元日は家族の顔合わせ。

Img  ここ数年は出来合いのおせち。
それ以前は、大晦日には家人が朝から夜まで台所に立ちっぱなしで
セッセとこしらえていた。
もう高齢者、そんな身体的苦痛から解放されて当然です。
飲(い)ける口が3人いるのでシャンパンに始まってワイン、日本酒の空瓶が転がった。

Img_2 今日はこれもワンパターンで明治神宮の初詣。
いつもの年に比べて、参拝者の少ないのが一目瞭然であった。
いつも手を合わせてお願いごとをする段になると、それが頭に浮かんでこない。
何やら意味不明のことをブツクサ言ってお終いです。
これでは願いごとが叶うはずがない。

明日からの363日で年末までに何を残せるか、そろそろ思案をまとめなくてはならない。

「あかあかと 一本の道 とほりたり
           たまきはる 我が命なりけり」

斎藤茂吉さんのように、あかかとした一筋の道が見えない私なので、何かと凡庸ゆえの曲りくねった足跡を印すこととなるでしょう。
間違いなく・・・・・・。

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