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日の出山 ~悔恨にさいなまれた道を再び

2014年12月28日

それは1975年4月4日のことだから、39年前のこととなる。
あの日、春休みに入っていた娘2人を伴い、家族4人で
奥多摩・日の出山902mハイクにでかけた。
そして、私たち家族がおりふし振り返り、生涯にわたって語りつぐ出来事が起こった。
日の出山で昼食をすませ、あとは山麓の駅へ下るだけになった。

Img163 この写真がこの日の最後の一枚になった。

下山路に入り二人の娘は元気に任せトットと山道を下っていった。
懸念は兆していたが、気がついたときには二人の姿は視界から消え、声も届かないほど離れてしまった。
それから私たち両親にとって、心が不安で押しつぶされる時間が始まった。

その忘れもしない出来事の道を今日(27日)歩いてみることとした。
私のこれまでの年間山歩き日数の最高は102日。
今年はこれを更新することを目標にしてきて、先日リーチをかけ、いよいよビンゴの山をどこにするか思案した結果、生涯の記録達成の山は、生涯忘れることのできない「日の出山」にすることとした。

Static 今日のトラフィック・ログ
今日はスマホを携帯懐炉で温めながら使った。
効果は劇的で、ゴールまでログを描き、なお余裕があった。

Dscn3826 御岳神社への道から見る「日の出山」

Dscn3828 御岳の山上集落

Dscn3832 日の出山の山頂

Dscn3830_2 北西の方角の山々

山頂での時間が過ぎていよいよ下山となる。
これまで山頂からは何度か降りているがすべて他のコースで、あの日と同じ東の日向和田駅に下りるのは39年ぶりとなる。
それからは徹底して植林の中を歩いた。
記憶はおぼろげだが、林相は明らかに違っているように思える。
あの時、明るい潅木の中の下り道を勢いよく駆け下る二人の後ろ姿をみた記憶がある


どこかで待っているだろう、という希望も虚しく外れた。
”はぐれてしまった”そう思わざるを得なくなってから湧いてきた不安は膨れ上がるばかりで、胸は押しつぶされそうであった。
道は一本ではなく、何度か枝分かれする。
二人ともどこへ下るのか知らないままに、やみくもに進んでいるに違いない。
迷うことは必至である。
里に下りられればいいが、迷走して山の中で進退きわまったら・・・
4月といえど山の中、もし一夜を過ごすようなことになったら・・・
寒さをしのげる衣類も、食べ物も持っていない。

Dscn3837 吉野梅郷
途中で出会った人たちには片端から何か手がかりを得られるものがないかを尋ねたがそれも空しく、娘たちに遭遇することなくここまで降りて来た。
あの時は梅の開花期だったが、もちろん花を愛でる余裕はない。
~その梅の木は今、プラムポックスウイルスのためすべて切られていて裸の丘になっている。

日向和田駅に着き警察へ連絡を入れた。
有線放送の甲斐あって、しばらくしてから娘たちは無事に保護されているとの情報が得られた。
張りつめていた緊張が一気にほぐれ、警察の車に乗り保護されているお宅へ向かった。
再会した時、娘たちは安堵と照れ臭さが交錯しているような複雑な表情を浮かべた。

二人が両親とはぐれてしまってからどんな思案をしたのか、何を相談したのか、どうしようとしたのか正確には分からない。
なんの当てもないのに、朝乗ったケーブル駅を目指して二人とも不安で小さな心を押しつぶされそうになっていて、トボトボ歩いていたらしい。
それを見かけたある主婦が不審に思い、声をかけて事情を聞いて保護してくれた、ということだった。
今でも”不憫な思いをさせてしまったな”という悔恨で、胸の奥底で痛むものがある。

幸いあの出来事が破局的なことにならずに済んで、娘たちもそれぞれ二児の母親になり、今それなりのオバサンをしている。

老いた私もささやかな目標を成し遂げ「差し引けば 幸せ残る 年の暮れ」を迎えようとしている。

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登山」カテゴリの記事

コメント

39年前のこととはいえ、不安な思いで記事を拝見しました。
風花さんご夫妻、またお嬢様方にも一生忘れられない思いででしょう。
私も一度だけ小さな山で迷いましたが、その時の不安な気持ちは今でも忘れません。どうしていいかわからないパニックに陥ります。小さいお子様方は本当にかわいそうでしたね。
それにもましてお母様〔奥様〕のお気持ちは如何ばかりだったでしょう。。。

御無事で本当によかった。。。 


余談・・・先日読み終わった浅田次郎の短編は御岳山の神社にまつわる幽玄な民話でしたが御嶽の場所がお判りました。^^

投稿: おキヨ | 2014年12月28日 (日) 12時42分

おキヨ様
大人であっても山でアクシデントに会えばパニックに陥り、冷静な判断ができなくなり、最悪の場合死に至ることになります。
まして年端もいかない子供ではその危険は数倍大きくなります。
幸い山が浅いところなので、迷走しないで下って行けば人家のあるところに着けるので助かりました。
生きた心地がしない、というのはああした状況なんですね。

山歩きを習慣化している人は、山の名前を聞けば大体どのあたりの山かわかるのですが、そうでない人には山名とその位置は咄嗟にはつながらないでしょうね。
御岳山は秩父にもあります。
普通はオンタケサンでしょうが、奥多摩のはミタケサンなんですね。
このミタケサンは御嶽駅から途中までバスで行き、ケーブルを利用できるのですが、バスを降りてからケーブルカーの乗り場まで、短いのですが急な坂を上らなくてはならず、ここで息が上がってしまいます。

投稿: 風花爺さん | 2014年12月28日 (日) 15時54分

風花さん、こんにちは

目標達成おめでとうございます。なかなか難しい大変な記録ですね。私も来年は風花さんの半分くらいの目標を持ちたいと思います。ご家族でのトレッキング、そして大変なエピソードがあったのですね! 私も怪我ばかりしていましたが、自分事でなく家族の事となると別格、心中お察しします。無事で何よりでした。御岳山はレンゲショウマで有名ですね。

投稿: 岳 | 2014年12月29日 (月) 16時04分

岳様
103日という数字だけみると我ながらなかなかのものだと思いますがが、中身が全然伴っていません。
来年からはペースダウンしてこの半分くらいにしようと思っているところです。
御岳山のレンゲショウマをよくご存知ですね。
8月の下旬には群生が一斉に開花します。
都民の奥座敷みたいな山ですから、ドッと人が押し寄せます。
その界隈で私にとって一生忘れられないことが起きてしまいました。
今だに笑い話にすることができません。

投稿: 風花爺さん | 2014年12月29日 (月) 19時49分

風花さま~ 今晩は。

長~い山登り人生にアクシデントはつきものですが
それが家族に関わると、さぞや不安に胸が押しつぶされ、生きた心地がしなかった事でしょう。
幸いにも山が浅く、大事に至らず、無事保護されて何よりでした。

この記事同様、離れ離なれになり、子供が遭難死されたニュースが
思い起こされ、今だに笑い話にすることができないのが分かる気がします。

103回の山行オメデトウございます。
中々できない立派な記録かと思います。

投稿: かおり | 2014年12月29日 (月) 21時58分

かおり様
私の人生行路はまことに平凡で、坦々としたものなので、この一件が際立って記憶に残り、語り草になっています。
今思い返しても背筋が寒くなります。
世間には山で、かけがえのない子女を失った親御さんが少なくないでしょうが、私はどうにかそういう立場にならずに済みました。
節目の歳なので、三浦雄一郎さんにあやかるのは難しいですが、自分でできる範囲の目標をたてました。
中味の薄いものですが、ギリギリ達成でき、単なる自己満足に浸りました。

投稿: 風花爺さん | 2014年12月30日 (火) 09時32分

103回山歩き達成 おめでとうございます。
お子様方の災難にすっかり気を奪われて肝心なことを申し忘れました。

風花さんは謙遜されていますが、はっきり申して同年の方にそうできることではないと思います。

目的を持ちながら、そしてそれを楽しみながら生きることに共感します。

投稿: おキヨ | 2014年12月30日 (火) 11時43分

おキヨ様
ありがとうございます。
世には年齢相応に円熟した風格を漂わせている大人がいまして、それに引き換え己の未熟さに恥じ入るばかりです。
確かに脚力は同世代との比較では良いほうかなと思います。
つまり人間力で劣っているところを、体力でカバーしようとしているのですね。
知性を磨こうと思っていたのに、いつの間にか体育会系に変質してしまいました。

投稿: 風花爺さん | 2014年12月30日 (火) 16時44分

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