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『その峰の彼方』 ~人はなぜ山に登るのか

2014年9月27日

これをアップした直後、御嶽山が噴火した、という驚愕すべきニュースが流れたので、急遽追記する次第。
御嶽山の噴火は1979年以来のことになる。
今の段階(27日夕刻)では詳細不明だが、7人の意識不明者のほか重軽傷も多くでているようである。
どこで噴火が起きたのだろうか?
多くの登山者が巻き込まれている、ということから推測すると、山頂・剣ヶ峰の西南に噴気を上げている地獄谷周辺と思われる。
登山禁止措置がなされていなかったのだろうから、予兆がなく突然のできごとであろう。
私はほぼ一年前に登っているが、御嶽山は活火山であるから不思議はない、とはいえ山にはこうしたリスクもあることに改めて思い知った。


発刊されてからそろそろ10ヶ月になり、新刊とも言い難くなってきた笹本亮平の『その峰の彼方』をようやく読み終えた。

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れまで笹本の山岳小説は「人はどう生きるべきなのか、なぜ山に登るのか」という、正解のないテーマを追い続けてきている。
本作、『その峰の彼方』はその集大成とも思える浩瀚なもので、それだけに読み通すのはなかなかエネルギーが必要であった。

著者は作品の意図を「なぜ自分がここにいて、なんのためにあくせく生きているのかーーー。人間として存在することの意味を書きたい」と語っている。(山と渓谷2014年3月号)
それだけに執拗とも思えるほど、人を変え、場面を変えて繰り返し追い求めている。
そのために物語そのものがなかなか前にすすまないので、正直やや辟易気味に読んだので、それでなくても遅読なので、読了までにずいぶん時間がかかってしまった。

「人はなぜ山に登るのか?」 ~この問いが意味を持つのは、「死」を背負いながら、しかしそれを振り落とそうとし続けるようなら過酷な登山を試みようとする者に対してだけであろう,と思う。
私らがやっているような安全な山歩きニストには愚問でしかない。
・・・聞かれたこともないが・・・

ここに極限のクライミングをするトップクライマーたちのインタビューで構成した本がある。

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著者ニコラス・オコネルはそこから「クライマーたちを駆り立てるものは生の願望~せいいっぱいに、激しく、完全に生きたいという願望である。彼らは危険そのものを求めるのではなく、自らの人生体験を深め、豊かにする手段として危険を求めているのである」とまとめている。

これまで笹本亮平は『天空の回廊』でエベレスト,『還るべき場所』でK2、『未踏峰』でビンティ・チュリ6720mと、ヒマラヤの高峰を舞台にした作品を発表してきた。
それが『その峰の彼方』では一転して、北米のマッキンレー(現地語では「デナリ」=大いなる山、の意)6194mが舞台になっている。
高さではヒマラヤに劣るとはいえ、緯度が高いため地球の自転の関係で気圧が低く、常に強風が吹きつけていることもあって、登攀の困難さはヒマラヤに遜色がない。

その証明として、日本人にとって痛恨の極みとしかいいようのない二つの身近な事例を私たちは持っている。
その1は、1984年2月12日の、稀代の冒険家・植村直己が冬季単独での初登頂を成功させた後の遭難死。
その2は、1989年2月の、日本最高のヒマラヤニスト・山田昇たちの遭難死である。

『その峰の彼方』は、ただでさえ困難を極めるデナリの幾つかの登路の中でも最難関とされる「カシンリッジ」を冬季単独の初登頂を狙って挑んだ津田 悟が遭難し、これを救出する男たちの苦闘を描いている。

Img140 デナリ概念図 ~カシンリッジが示されている。

カシン・リッジとはイタリアの歴史に残る名クライマーのリカルド・カシンが率いる遠征隊が1961年7月19日、デナリ南壁の初登頂に成功したときのルートである。

Img010 この登攀がどれだけ画期的なものであったかは、当時のアメリカ大統領ケネディが祝電を打ってきたことが雄弁に物語っている。

ところで、なぜ山に登るのか、人はどう生きるのかの自問自答を、極限の登山に挑むクライマーたちが実際に、自己の内面をギリギリと錐で揉むようなな思惟に捉われるものだろうか?
死と背中あわせのような登山でそのような思念をめぐらせている余裕が果たしてあるのだろうか?
多分、今の窮地からいかに脱出するかに全エネルギーを傾けているのではなかろうか、と思うが、私のような死とは遠い、そこらの山をウロウロしている者にはうかがい知れない精神世界のことである。

ついでながらデナリで思い浮かぶことは写真家・星野道夫のことがあるが、西前四郎(故人)『冬のデナリ』も忘れられない。

Img012
著者の西前四郎氏は山の名曲「もしかある日」の作詞・作曲家としても知られている。
この曲はインドヒマラヤのナンダデヴィで遭難死したロジェ・デュプラが残した詩を深田久弥が訳し、それを西前がアレンジして曲をつけたものである。
昔は山で歌われる歌の定番の一つであった。
この歌を巡っても物語を紡ぐことができるのだが、それはまたいつか機会があればのことにしておこう。

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コメント

風花さん 、こんにちは

「その峰の彼方」は期待が大きかった故か、先入観で新田次郎の山岳小説と比較している為か、小説ならではの想像力の働かない一冊だったとの印象が残っています。 その昔良く歌い、歌詞も全て鮮明に覚えているにも関わらず、深田久弥の詩だった事と、曲名が「いつかある日」「もしかある日」「もしもある日」いずれなのかは知りませんでした。

投稿: 岳 | 2014年9月27日 (土) 16時07分

岳様
『その峰の彼方』は著者の力の入り過ぎで少々重いですね。
『春を背負って』の軽さとは対照的で、私には読むのにエネルギーが必要でした。
原詩に忠実な「もしかある日」が「いつかある日」に変わってしまったのは西前さんが『女性自身』に投稿したところ、採用にはなったのですが、その時に勝手に変えられてしまったそうです。
ダークダックスや中沢厚子さんが歌っていますが、いずれも「いつかある日」に変えられたものですね。
今、御嶽山の噴火ニュースに目を奪われいるところです。

投稿: 風花爺さん | 2014年9月27日 (土) 17時42分

風花爺さん、おはようございます(^_^)

『その峰の彼方』は確かに読破するのに、体力気力?が必要ですね。
危険と隣り合わせだからこそ、生きているということを常に実感できるんでしょうね。
怖いもの見たさで、彼の言うところのあっちの世界に足を踏み入れたいと思いつつ、凡人には無理な話です。
風花爺さんが紹介してくださっている『ビョンドザリスク』が面白そう。

御嶽山の噴火はとても他人事とは思えず、映像を見る度に震え上がってしまいます…

投稿: rommy | 2014年9月28日 (日) 07時45分

noritan様
留守にしていまして、レスポンスが遅くなってしまいました。
御嶽山の突然の噴火と、それに伴う痛ましい犠牲には語る言葉がみつかりません。
私たちがなんの気なしに登る山で、このような天災に見まわれるなどとは誰も予想しないですよね。
これがきっかけになって他の活火山などが目を覚ましことになるなんて願い下げにしたいものです。
笹本さんにはシリアスな作品もそうですが『春を背負って』のヒタヒタ染み入る、ハートウオームな路線にも期待したいですね。

投稿: 風花爺さん | 2014年9月29日 (月) 20時02分

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