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湊かなえ『山女日記』を読む

2014年8月12日

「なぜあなたはエベレストへ登るのですか?」
「そこにそれ(エベレスト)があるからだ」
ジョージ・マロリーが女性記者の質問にそう答えて以来、この古くて新しい問と、百人百様の答はいまだにいたるところで繰り返されている。
私自身もどうかすると自問自答することがあるが、もちろん説得性のある答などいつになっても見つけられっこない。

湊かなえさんの新作『山女日記』にはもしかしたらその答えの一つがあるのかもしれない。

書店で何気なく本を眺めているとき、書名に「山」という字が入っていると手が伸びる。
いわゆる「パブロフの犬」現象である。
この『山女日記』もそうだった。

湊さんの作品については、最初に『告白』を読んでから、作風が暗くて重かったのでフィーリングが合わず、愛読者になる、ということにはならなかった。

その湊さんが「山女」を描く?

Img310

短編集というより、これは7編の連作なんだろうな・・・
登場した女性が次の章では役どころを変えて登場したりする。
あるいはある章でさりげなく挿話的に登場する女性が、別の章で主人公になって現れる。
作家としてはこれくらいの手法はお茶の子サイサイなんだろうが、私としては”お主(湊さん)、なかなかやるのう”などと感心してしまう。

このようにそれぞれの物語が手作りの手芸品のように絶妙に織り込まれ、作家の手練(てだ)れ、とはこういうことをいうのかと思う。

登場する山女は、いわゆる「アラサー」と呼ばれる前後の世代の女性であるが、それぞれが大なり小なりそれぞれに生きるうえでの悩み事を抱えている。

私はこの世代の女性とお付き合いできる機会にとんと恵まれていないため、その生態?の知識がない。
従って山に登る目的、動機などについて湊さんが書いていることが的をえているのかどうか、判断できない。

ただ、世代に関係なく、人は誰でも生きている限り、例外なく心の内に屈託やら、屈折やら迷いやらを抱えている。

その抱えているものをそのままに山に向かい、その屈託がフト頭をもたげることはあるものの、ただ足を前に出すことの繰り返しという、単純で、動物的な行為に没頭する。
そして山頂に立ったとき、フイに屈託するものは稜線の風に流されて消えていき、胸の中が小さな幸福感が灯る。
それは、山から世俗の世界に再び戻った時には、新しい道が待っていることを予感させる。

私めはといえば、いとも造作なく湊マジックで目頭を熱くしている・・・。
例えば「火打山」のこんなラストシーン~

「くだらない、くだらない、くだらない、残骸なんか脱ぎすてろ!
チューブのふたを閉めて立ち上がる。
神崎さんが、えっ?とわたしを見上げる。
『わたしも叫んできます。覚悟しておいてください』
2462mの頂から、叫ぶ言葉はもう決めてある。」

こんな風に決められると、長年人間をしてきている爺さんがウルウルになってします。
頭から読んでいただかなければ分かるものでもないが・・・

小説でも映画でも、小さな幸せの物語に私はとても弱い。
いっとき、自分が主人公に同化し、心の中にポッと幸せの灯がともるからである。

でもねー、近ごろの小説も映画も小さなものばかりになっている。
はたしてこれでいいのだろうか。

時には魂の底から揺さぶられるような大きな物語にも出会いたい。
「風と共に去りぬ」のような・・・。

暑すぎたり、台風の襲来などで天気が不順なため、山歩きもそこらのショーもない山ばかりで、ブログにアップにするほどのものがない。
例年のことだが、チョッとした夏眠状態です。

 

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コメント

私も、この突如躍り出たような新進作家〔私が知らなかっただけかも〕 の話題作〔告白〕 は読みました。

それから数年経っていますので、〔山女日記〕書店で見かけたら購入しようと思います。

投稿: おキヨ | 2014年8月12日 (火) 12時28分

おキヨ様
湊作品について何かを語れるだけ読んでいないのですが、少なくとも読み進めるのが辛いくらいの『告白』に比べれば、7編とも爽やかな風が吹き抜けたような心地よい読後感が得られます。
ただ、私はあまりにも作者との世代ギャップが大きくて、そのせいか登場するアラサー世代の登山スタイルと、自分との距離は感じざるを得ませんね。
おキヨさんににとって「良い本」になれるかどうかが、コビッと気になります。

投稿: 風花爺さん | 2014年8月12日 (火) 16時41分

北村薫氏「八月の六日間」そしてこの本と、山とあると、私も手が伸びずにはいられません。
そして、今晩からこの本を宿、小屋で少しずつ読むのにザックに入れて山に行ってきます。
書店で平積みされていたとき、山で何か殺人?事件が起きるのか?と思いました(笑)

投稿: noritan | 2014年8月13日 (水) 12時43分

風花さん 、こんにちは

調べてみましたが、興味津々ですね。最近は収集専門で黒部の山賊もまだ積んだままです。藤沢周平は8割方読みましたので、そろそろ止めようと思いますが、他にも沢山集めてしまいました。しかし早く読んでみたいですね。

投稿: 岳 | 2014年8月13日 (水) 17時43分

noritan様
反射的に思われたこととは正反対に、読後感が爽やかな物語集です。
著者の意図通り、女性向きです。
山に本を携えていく・・・
とても素敵な行為だと思います。
私は長いこと忘れていますが、そういうゆとりを持った山行をしたい気持ちはまだくすぶっています。
実は『八月の六日間』は私も『山女日記』と同時にチェックしていました。

投稿: 風花爺さん | 2014年8月13日 (水) 18時17分

岳様
本を買うのは簡単なことですが、それを読むのはサクサクとは参りませんね。
藤原周平の8割を読了したということは相当なものです。
私は所蔵本の8割は読んでいません。
そう遠くない時期に、読書三昧の毎日になるでしょうから、そうなったら精力的に読むことに没頭しましょう。
・・・なーんて言っていて、イザそうなるとただダラダラと時間が過ぎるのを待つばかり、という毎日の暮らしぶりが鮮明に浮かんでいます。

投稿: 風花爺さん | 2014年8月13日 (水) 18時23分

こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

投稿: 藍色 | 2015年11月20日 (金) 14時42分

藍色様
当ブログにお立ちよりいただきありがとうございました。
藍色さんのブログにトラックバックしようとしたのですが、勝手が分からないままギブアップしてしまいました。
大方のブログにコメントを入れるのとは違うのでしょうか?

投稿: 風花爺さん | 2015年11月20日 (金) 20時36分

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