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「自分の壁」~この世で一番厄介なもの?

2014年6月23日

カメラを買い替えた。
使用2年足らずで、電源基盤がイカレてしまい、交換すると新品を買うのとそれほど違わないくらいの修理費がかかる。
Nという一眼レフカメラの頂点に君臨していたメーカーにしてこんなものか、と物づくり日本を疑いたくなるようなことだが、金持ち?喧嘩せず・・・
結局、同じ機種を買った。
記録媒体が同じに使えること、パソコンに入れているドライバーがそのまま使えることが決め手であった。

さて、「人生いかに生くべきか」式の本を読まなくなって久しい。
書店には相変わらずそのカテゴリーの本が並んでいるが手に取る気はしない。
もうここまで生きてきて、今さら他人様から生きる知恵を借りなくてもたいがいのことは分別つけられる・・・?
というより、今さら立派な生き方を学んだところで、そんなに器用に変えられないし、伸びしろも残っていないし、もう間に合わない。
自然体でいくしかない・・・といってもこれがけっこう難しかったりして。

自分のことよりこの国のありようには気になることが多い。
「集団的自衛権」(自民党はさらに集団安全保障をからめてきて
ますますややこしくしている・・・)を憲法解釈の変更だけで行使できるようにすることが、国の将来にいいことなのか?
中・韓とはどう付き合ったらいいのか。
原発は廃止すべきか否か。
TPPには加盟した方が国益に叶うのかどうか・・・・など、国論を二分するような大きなテーマがあるのだが、情けないかな自分なりのスタンスが決められない。
賛否、いずれの立場からの立論もそれぞれに説得性があるが、反面立場上不利益になるような点は曖昧にしているのがジレッタイ。
新聞紙上での識者の論ずるものを読んでも、惑いはむしろ深まるばかりである。
しょせん、これらの問題には
「絶対正しい解」などなくて、相対的にどちらかがより増しかであり、リスクを承知したうえでどちらを選ぶかの選択問題なのであろう。

ワールドカップでの日本サポーターのマナーが賞賛されている。
スタンドのゴミを集めて持ち帰っていること。
今でこそゴミを持ち帰るマナーは定着しているが、何十年か前の日本は決して褒められるような状況ではなかった。
交通機関でも、競技場でも、山でもごみは散らかし放題だったことはまだ記憶に残っている。
駅からゴミ箱を撤去したり、公共の場や山ではごみの持ち帰りを啓蒙したりして、長い年月かけてようやく世界から手本にされる地位を獲得したのである。

折角民度の高さで鼻を高くしている矢先に水を差された一件は、都議会でのセクハラ野次。
あのいかにも下司な野次をとばしたのは数人らしいが、この際声紋鑑定でもして当人を特定すべきであろう。
これだけ世論が沸騰しているのに当人は知らん顔の半兵衛を決め込んでいるが(23日9時現在)その卑怯未練な態度は許しがたい。
これは犯人探し、という低次元の話ではなく、このように問題意識を欠き、低劣な野次を飛ばす議員らを議場から放逐するためには「一罰百戒」が必要だ。
少子化対策が急務なことは日本人の誰もが理解している最優先課題の一つなのに、その認識に欠けているとしか思えない議員など私たちは必要としていない。

そんな自分ごときが思い煩ったところでどうにもならないことの屈託を抱えているおり、書店で目についたのが『「自分」の壁』
著者はご存知『「バカ」の壁』の養老孟司さんである

Img105

この本で書かれていることとは異なるが、この世の壁で一番厄介なのは「自分自身の壁」ではないだろうか、と思う。
先ず、一番に自分が見えていない。
己の性癖を変えようとしても、一番抵抗するのが自分である。
稀には自分に厳しいご仁もいるが、たいていは自分に甘く、しかもそれに気づくことなく、自分はおおむね正しい道を歩いていると思い込んでいる。
誰も自己を中庸で客観的に見られる視点を持ち合わせていない。
時には己の欠陥に気づくこともないではないが、それを矯正することをしない。
結局、自分の狭い壁(殻)の中で一生を過ごすこととなる。

この本の中で興味を引かれた一節。
「唾(ツバ)や排泄物」の例を引いて、人は体の中にあるものが、体外に出た瞬間にそれに対し激しい忌避感を持つ、と。
それは頭の中にあるものでも同様で、それを文章にして公開すると、もう読むのが嫌になる、という論法である。
唾や排泄物と、文章化することを同列におく、これってそうなのかな?
ブログにアップすることも一種の排泄行為なのか・・・?
私にしても、ナルシストではないから、自分のブログを読んで恍惚とすることはないが、読み返すのが苦痛だとも思わない。
多くのブロガーにしても、そうだと思うし、一度外に出したものを見るのが苦痛なら、そもそもブログなどやらないのではないだろうか。

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コメント

機械ものは当たりはずれがあるといいますが2年足らずとはまた早かったですね。

養老猛司さんの本は2,3冊読みましたが今度の本もなかなか面白そうですね。先日書店に寄りましたが気が付きませんでした。

低次元なセクハラ野次にあきれ果てますが、それより逃げ隠れはもっと卑劣な行為です。
こういう輩に血税の無駄遣いをすべきではありません。

投稿: おキヨ | 2014年6月23日 (月) 12時43分

おキヨ様
セクハラ野次の都議は追いつめられてついに白旗をあげましたが、これもいかにも潔さを欠いていて、醜態ですね。
そもそも何かと物議をかもす存在らしいですが、こんなに表向きの主張と、本音が違う人物を選んでいる選挙民にも大いに問題があります。
もっとも今時の政治家の徳性のなさは彼一人の問題ではなく、惨憺たるものですが・・・
あの時の下劣な野次は複数の口から出ていたように聞こえましたが、これで幕引きなんでしょうかね。
ワールドカップでコロンビアに勝ってスカッとしたいものですね。

投稿: 風花爺さん | 2014年6月23日 (月) 16時55分

風花さん 、こんばんは

デジタルカメラは壊れますね。私もF社のミラーレスを購入して、一年以内に画面にノイズが写る症状で修理に出しました。購入したより高い修理見積もりが来ましたが、保証期間内で難を逃れました。バカの壁、シリーズで発刊されていますが、昨今の国会での憲法問題など、正解は無いのではないか?そんな気がしています。国民に詳しい説明をされても、判断が出来かねない案件がおおいですね。

投稿: | 2014年6月23日 (月) 19時26分

岳様
岳さんの場合は保証期間内でよかったですね。
どうもこちらのヒガメでしょうが、この頃の製品は保証期間を過ぎると見計らっていたように病気にかかります。
治そうとすると、買ったほうが安上がりになるくらい修理費がかかります。
まさか日本のメーカーが販促のために何かの作為をしていることなど、万一にもないでしょうが、そんな愚痴も言ってみたくなるようなケースもあります。
もの分かりのいいジイサンは、口の中でブツブツ言うだけで終わってしまうのですが・・・
これもバカの壁ですかね。

投稿: 風花爺さん | 2014年6月23日 (月) 20時44分

こんばんわ、気まぐれ・・・野郎?です。
書店を覗くと、「人生いかに生くべきか」・・の本についつい、眼がいってしまいます。この歳になってもまだまだ、生きるヒントを捜してます。・・で、また、風花さんのこの章にヒントを得ました。
「自然体」が理想ですが、なかなか言うは易し、行うは難し・・・なのです。

投稿: アメリカンブルー | 2014年6月24日 (火) 23時12分

アメリカンブルー様
気まぐれコメント、大歓迎です。
生きている限り悩みはつきものです。
自分の思案にあまることを何とかしようとする場合に、他からの知恵にすがることも必要でしょう。
人間は誰もが不完全ですから、あなたのように若い方がヒントを探すために本を読むことは無駄ではありません。
「自然体で生きる」なんてセリフは爺さんの負け惜しみです。
できっこないことです。
ホンネを言えば私だってもう少し若かったら、五木寛之さんとか曾野綾子さんの本を読むだろうと思います。

投稿: 風花爺さん | 2014年6月25日 (水) 06時24分

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