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2014年4月

行きくれて「御林山」

2014年4月30日

27日、遠来の客を囲んで近郊の里山を歩いた。
あまりにも軽すぎて、不完全燃焼気味となった。
残り火を燃やすため、連投にはなるが翌日、4月から平日運行を再開した「都民の森」行のバスを利用して、風張峠から倉掛山を経由して藤倉に下るコースを歩いてみることとした。
私にとっては空白のエリアである。

平日にもかかわらず、五日市を発った数馬行のバスは座れない客も出るほどの賑わい。
沿線で次々に乗客を降ろして終点・数馬で下車したのは数人。
そこに当然に乗り継ぐことになる「都民の森」行のバスが待機しているはず・・・なのに影も形もない。
・・・???・・・ほかの人も怪訝そうである。
運転手に聞くと”月曜日は運行しません”と、とりつくしまのない返事。

前日のハイキングの終了後、打ち上げを終えてからの下調べが不十分だったのか。
それでも事前に、平日のダイヤは確認していたのだから、一言”月曜日は運休になります”と言ってくれたら・・・。
いずれにしても後の祭りで「覆水は盆にかえらず」である。
さてどうするか・・・
数ヶ月前にここへ下って来た「槇寄山」へ反対に登ってみるか、それとも「都民の森」まで歩くか・・・
しばし思案の後”そうだ、これも引き出しに入っている「御林(おはやし)山」へ行ってみよう”と決まった。
予備知識がないので登山口探しにウロウロ。
同じように迷っていた3人グループが地元に人に尋ねてくれて判明。

Dscn2862
秋川の上流域は谷が深いため、登り始めの急傾斜に特徴がある。
このルートも例外ではなかった。
1時間ほどで浅間尾根に乗ってしまえば後は散歩に近い。

Dscn2863 御林山への途中、わずかに視界が開け、ここだけでしかみられなかったミツバツツジ。

Dscn2865 アッサリ到着した「御林山」
西端に白樺が点在しているくらいの変哲もない山頂。
Uターンして数馬峠へ向かう。

Dscn2866 浅間尾根上で、北に倉掛辺りの集落遠望。
予定ではあのあたりへ下る尾根を歩くことになっていたのだ。

Dscn2867 ここから山麓へ下るコースがあるようだが、もう少し足を延ばす。
やがて山道を分断する車道(林道入間白岩線)へでた。この先は以前歩いているので、ここから山麓へ下ることとした

里へ下るみちすがらでビックリさせられたのは谷筋にまだ汚れた雪が残っていることであった。
陸の孤島と化した数馬辺りの大雪がいかに想像を絶するほどのものであったかを改めて思い知らされた。
目を通したばかりの『岳人』誌の記事が蘇る。
大雪がもたらす鹿の被害のことである。
鹿の最大の弱点は腹部を超す積雪になると、身動きが取れなくなり、捕食ができずに、類として消滅する、いうものである。
この冬、鹿たちはどうなったのか?
鹿の食害が深刻化している昨今では、自然淘汰の原理が働いたのだろうか?

Dscn2871 笹尾根を望む山里にも遅い春がやってきている。

Dscn2872
春の苑 紅にほう 桃の花
       下照る道に 出で立つをとめ
ご存知、大伴家持の一首。
春が来て、桃も開くが、その花の下に立つ乙女の姿は絶えて久しい。
昔、乙女だった人も、もうここまで登ってくることはない・・・。

チョッピリ感慨に耽りながらバス停へ下っていった。

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「孤高のブナ」に逢いに~足尾・中倉山

2014年4月25日

そのブログにアップされていた一枚の写真が私を戦慄にも似た感動で貫いた。
冬枯れの姿のままの狐色の稜線に、凛冽の気をみなぎらせて立つたった一本のブナ。
それが「孤高のブナ」と呼ばれて地元の新聞などに紹介されてきた奇跡のブナであった。

私が訪問するブログはやはり登山に関するものが大半になる。
それも、無邪気な百名山詣でや、ガイドブックの常連のような山を採り上げるものには興味がない。
私自身も選ぶ山に天邪鬼的傾向はあるが、ブログの中では私など足元にも及ばないマニアックな山が登場するブログがあり、そうしたジャンルのブログが対象となる。
幾つかの定期的に訪問する中の「あんぱん」さんのブログにアップされた一枚に魂を揺さぶられたのである。
かつての乱伐や亜硫酸ガスで荒れ果てた足尾山塊の裸同然の稜線に立つ一本のブナ。
樹齢100年以上と推定されていて、その間の風雪はもちろん、鉱毒の煙害にもされされるという劣悪な環境でなお生き続けてきたその姿には畏敬の念を感じざるを得ない。
誰にも頼らず、誰にも媚びず、独り真っ直ぐに天に向かって己を高めてきたその姿に心を打たれずにいられなかった。
この孤高のブナを知り”一刻も早く逢いたい”という思いでいてもたってもいられなくなり、24日、時間ができるやいなや真っ先に駆けつけた。

Static 今日の行程 ~ピストンなので到着点がゴールに・・・

スタートは足尾最奥の「銅親水公園」の駐車場から。

Dscn2827 今を盛りのサクラ、桜、さくらの銅親水公園
ネット記事ではここからの取り付きが判然としなくて、あてずっぽう歩き始める。
駐車場からサクラが満開の親水公園の広場に下り、横切って「展望台」への擬木階段を上る。
その道はチェーンで閉鎖されていて行き止まりになっていたが、それを抜けると、やや緊張するトラバースがあって「導水管橋」に至り、獣の糞だらけのこれを渡り「仁田元沢」の左岸に沿う林道に下りた。

Dscn2828

後は淡々と登山口までの退屈な林道歩き。

Dscn2830 道中、至るところで目にする植生復元地。
「百年河清を俟つ」途方も無く根気のいる営みが営々とつづいている。
登山口には明示的なものは無いがテープがやたらについているのでそれと分かる。

Dscn2831 林道から分かれる登山口 ~登山道は予想外に明瞭で、トラロープなどもあって、どなたかで整備をしているようだ。
そこからは急登の連続。
帰宅してから算定してみたら平均勾配が30度ほどになった。
通常の登山道は10~15度くらいだから半端ではない。

Dscn2832 中倉山三角点峰から南下する尾根に乗る。

Dscn2836 主稜線が近づき、鞍部にお目当てのブナが望見できる。

Dscn2844 男体山を挟んで半月山(右)と社山(左)

Dscn2846 主稜線上から進行方向を見る。
目前に中倉山、中景に沢入山、ヲロ山と続き最奥に皇海山。
私は初めて目にする光景なので、すこぶる新鮮である。

Dscn2851 中倉山1550m山頂~三角点見当たらず・・・

Dscn2853 西へ足を進めると下にその姿が視野に入って来た。
破片岩が散乱し、一木一草もない荒れた山稜に奇跡のように一人立つブナ。
遠目には頼りなさそうな姿に映る。

Dscn2858 求めてきたものが直ぐそこに近づいてきた。

Dscn2854 ついにその足下にひれ伏した。

Dscn2857 近づいてその幹に腕を回してみた。
指先は届かなかった ~幹回り150cmほどになるだろうか。
このブナより樹格に勝るブナは全国至るところにゴマンと存在する。
しかし、それらは全て群れの中にいる。
このブナのように過酷な条件の中で、たった一人で己を琢磨してきたブナは他にはあるまい。

孤高のブナとの対話
「逢いたくて、逢いたくて、飛んできましたよ」
「お見受けしたところご高齢のようなのに、ご苦労なことでしたね」
「そういう貴殿こそお幾つになるのですか?」
「そうさね、どなたか訳知りのご仁が100歳以上と言ったようだが、自分でもようけ分からんね」
「どっちにしても長生きで、風雪やら、亜硫酸ガスの煙害などずいぶん辛い目にも会っているんでしょうね」
「誰にだっていろいろなことがあるのが一生でね。ここまで生きてくればもうたいがいのことには慣れてしまって、どうってことないようになってね・・・」
「独りで寂しくなんかないのですか?」
「仲間が誰一人いなくなってしまってな。でもね、独りでもないんだな・・・青い空、白い雲、お日さまや満月、優しい風も吹くし、鳥も休んでいくしでけっこう無聊を慰めてもらっているんだよ」
「名残り惜しいのですが、そろそろおいとましなければなりません。お見かけ通りの年寄りですから、もう2度とお目にかかることはできないでしょう。ご機嫌よう・・・」
「そうかいな、まァ気いつけてお帰えんなさい。自分から老け込むこたぁないよ。達者でな・・・」

人は一人では生きていけない。
群れるのは嫌いだ、と言っても孤高と尊敬されるどころか、単なる偏屈で片付けられるのがオチだろう。
それだけに孤高への憧れがある。
それがこのブナへ人を駆り立てるのだろうか。

 

最後に、なにかにつけて及び腰になりがちな私に、一時なりとも火をつけてくれた「孤高のブナ」に、貧しき者の一灯として高村光太郎の詩の一節を捧げたい。
   ・・・・・
   この原始林の圧力に堪えて
   立つなら幾千年でも黙って立ってろ。
              ~十和田湖畔の裸像に与ふ

 

この凛冽の詩魂が、能う(あたう)ならば、孤高のブナに伝わり、幾千年も、凝然とここに立ち続けていることを願いながら別れを告げた。

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里山の春二題~権現山そして能岳

2014年4月22日

ブログ記事は消耗品で、アップした瞬間に過去のものとなり、3日も更新しないと賞味期限切れで、アスセス数もガタ減りになる。
間が開くと忘られてしまうのではないか、などとの強迫観念に襲われ続け、自分を怠惰から救い出すための行為とは思いながらも、はたして精神衛生上は継続するのがいいのか、止めた方がいいのか、悩めるハムレットになってしまうことがある。
・・・などとはいいながらもやはり消耗品でしかない駄文を書き続けることにはなるのであるが・・・。

モノトーンの雪山ばかりが続いていたが、近郊はすでに春酣。
東京に戻って久々に土の上を歩いた。

17日の「権現山」と19日の「能岳」そして20日が「大菩薩嶺」と梯子状態。

先ずは「権現山」から・・・
これまではアプローチに難があったが、いつの頃からなのか上野原市の和見と棚頭を結ぶ林道が利用できるようになり、格段に簡単な山に変わっている。

Dscn2814 初めての訪問になる「和見」集落のたたずまい。

Dscn2820 山里は桃の花期である。

和見峠南の林道ゲートに駐車し、権現山への山道を歩き始めて直ぐに、靴裏の感触にオヤ?という違和感を覚えた。
何だろう?
そうか、このところ雪の上ばかり歩いていたので、土を踏む感触が微妙に違うのだ。
こんな感じは初めて経験することで、それだけ雪上歩きが延々と続いていたことになる。

Dscn2815線に乗ると左・権現山、右・雨降山の分岐。

Dscn2816 梢越しの権現山

Dscn2818 権現山へ続く明るい雑木の尾根

Dscn2819 権現山山頂~以前登った時より開放的になっているが、春霞で近景すらもボンヤリ。

次いで19日は、今や東京のベッドタウン化している山梨県・上野原町~いや今は「市」だった~の里山「能岳」へ。
近々、遠来の客を迎えて一緒に歩くための下見である。

Dscn2821 ここでも桃の春たけなわ。

Dscn2822 満目、芽吹きの季節を迎えている・・・

Dscn2823 能岳山頂

Dscn2824 豪気なことに水越八重さんという地元の篤志家が持山を寄進したことから「八重山」と名付けられ、今は花の山に変身しつつあるこの一帯が、里山歩きのメッカになっているらしい。

さらに、翌20日には真冬並みの寒さに、曇天が加わって、およそ快適とは言えない山歩きに終始した大菩薩嶺。

Dscf0165_2 例年なら陽春を楽しむハイキングコースなのに、ご覧の通りの雪山状態。

 

Dscf0172 昨夜にも降雪があったそうで、木花が満開。
私自身はカメラを携行していなかったので、同行S氏の写真をチャッカリ拝借・・・

 

以上、3つの山歩きをまとめてアップするという超手抜きのお粗末。

 

 

 

 

 

 

 

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ゲレンデを登る~前武尊の途中まで

2014年4月18日

まだまだ続く雪山の追っかけで、これは13日の記録です。

スキーゲレンデとはいうまでもなくスキーもしくはスノーボードで滑るものである。
ところがこれが登山にも快適に利用できるのである。
営業中のゲレンデでは気兼ねがあるが、営業終了後だと猫一匹もいないゲレンデを誰気兼ねなく、気ままに歩ける。
目標さえ失っていなければ、白一色の雪の上を適当に登って行きさえすればいい。
私はそのようにして「ノルン水上」から吾妻耶山に恒例的に登っている。
今回もそれを予定していたのだが、直前に少し選択範囲を広げる必要があることに気づき「オグナ武尊」スキー場から前武尊へのルートを踏査することとした。
オグナ武尊は百合園に行ったことがあるだけで、一度も滑っていない。
ずいぶん昔「武尊オリンピアスキー場」というのがあって、オープンしたてに一度滑ったことがあり、オグナはその代替わりで名称変更したものかな、という程度の知識しかない。
~ネットで当たったところ、両者は隣接してはいたが別々のスキー場とのことであった。

Dscn2790 センターハウス前に登山ルート図が掲示されているが一面の雪では夏道があろうはずがない。

Dscn2791 ダウンヒルピステをひたすらに登る。

Dscn2793 皇海山 ~大気が濁っていて鮮明度を欠く。

Dscn2796 この日唯一見掛けた道標

Dscn2797 左前方の白い山が前武尊

Dscn2801 日光白根を挟んで右に武尊、左に根名草山辺り

Dscn2807 尾瀬・燧ケ岳も望見できる。

Dscn2811  またまた日光・白根 ~朝方より鮮明になってきた。

リフト最上部まで登り着くと、その先は雪の壁。
何とか這い上ると、以前歩いた川場谷キャンプからのルートに合流する尾根に乗った。
そこには期待のトレースは見当たらない。
急な尾根の登りにかかったが、ピッケルがないと登れそうにもない壁が立ちはだかった。

”ここまでか・・・”
始めから、前武尊は半分諦めていたので、アッサリとここで引き返すこととした。

よく均されたバーンを下るのは実に快適で、走るようにして下り、登り時間の半分で済んだ。

山頂を極めることはできなかったが、レパートリーを一つ増やせて、それなりの収穫はあった。

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マチガ沢は雪崩の巣の様相

2014年4月14日

春恒例の谷川岳・マチガ沢入りをしたのが11日のこと。

Dscn2770 水上ICを下りてからの谷川岳・耳二つ

ロープウエイ乗り場上の旧道ゲートからの除雪は全くされていなかった。
これは想定外であった。
例年ならゴールデンウィークに間に合わせるために、今頃は急ピッチで除雪されていてかなり進んでいるはずなのに・・・
雪量が多すぎるため?雪崩の危険が去っていないため?
今日の行程でどうやら後者ではないかと感じた。

Dscn2772_2 小さな雪崩が道を塞ぐ。

Dscn2773 いつかは落ちるであろう雪庇。

Dscn2774 これでも一応国道なんですから・・・。

Dscn2776 いつものマチガ沢出合。
中央奥が谷川岳山頂~トマの耳。

Dscn2788 本谷に入ると早速枝沢からの雪崩跡。

Dscn2779 本谷のS字状下に大きな雪崩の末端が見える。

Dscn2787 背後は谷川東面の笠ヶ岳(左)白ヶ門。

Dscn2782 相当規模の大きな雪崩があったようである。
マチガ沢でこんなに長大な押し出しを見たのは初めてのこと。

一の沢出会いまで登ってみたが、この破壊的様相を見て、スタコラサッサと引きかえした。

いつもながらこんな上天気なのに誰もいない。
かつての賑わいを知るだけに、ひとしお寂しさが募る。

戻る途中、あるところを通過して30秒ほどしてから、背後でザーッという音が発生した。
振り返るとブロック雪崩が発生し、今通過したところをつきぬけ下方へ落ちていった。
まともに受けていたらただ事では済むまい。

この状態では除雪車も危険で入れないだろう。

 

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三国山 ~谷川連峰の末っ子?

2014年4月12日

東北端の清水峠を起点として、南西の三国峠を終点とする谷川連峰はその間に幾つもの峰頭を連ねて、クネクネしたスネークラインを描いている。

かつて上越を結ぶ要衝「清水峠」越えの国道が豪雪で機能せず、
代わりの三国峠越えが久しく主役であったが、それも関越高速の開通でその座を明け渡した。
そんな歴史のある三国峠の上の「三国山」1636mは谷川連峰の最後の頂で、いわば末っ子の位置にある。
私は8年ほど前に一度登っているが、残雪期には登っていないことに気づき、訪れたのが9日のことである。

山荘から43km、およそ1時間強で、登山口となる「三国トンネル」西口駐車場に到着。
10本爪では仰々しい気がして、8本アイゼンを履いてスタート。


Dscn2765 登山口では古い峠道の石仏に迎えられる。

Dscn2733 古い峠道(夏道)はほとんで視認できない。

Dscn2735 雪が詰まった谷を適当につめ登るとそこが三国峠。

Dscn2736 峠は厚い積雪に覆われ、三国権現祠の姿も見えない。
白い山肌を登るのだが、山頂は見えていない。

Dscn2738 高度を上げていくと先ず苗場山が現れる。
中央の白い山が苗場スキー場の最上部「筍山」
そこからのダウンヒルコースを颯爽?と滑降した若き日の私の姿も遠い、遠い昔のこと。

Dscn2739 何箇所もこのように雪庇が破断して崩落しかかっている。

Dscn2744 白砂山(左)から上ノ倉山へ続く奥深い山域。

Dscn2745 山頂を指呼の間に望む雪原。

Dscn2746

Dscn2748 山頂 ~深い雪に愛の鐘も埋もれている。
山頂の展望は半分閉ざされているが、僅かに東か北へ移動すると広大な眺望が得られる。

Dscn2750 岳樺越しの谷川連峰

Dscn2753 山頂から東へ下った雪原。

Dscn2755 谷川岳の主稜線 ~仙ノ倉山から万太郎山。右奥のほうに谷川岳が僅かに見えている。

Dscn2759 扁平な山頂が特異な苗場山。
正面に苗場スキー場最上部の筍山。
その左奥に秘峰・佐武流山が見える。

Dscn2760 左から平標山~仙ノ倉山~エビス大黒ノ頭~万太郎

Dscn2763 こちらは連峰途中から南へ派生する小出俣山周辺。

さほどの期待はしていなかったのだが、なかなか捨てがたい末っ子であった。
今度は花の時期に歩いてみよう・・・。

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いつのまにか春なんだ!

2014年4月9日

今日(9日)谷川連峰の西の末端「三国山」を歩いてきた。
申し分のない山日和で、絶景を堪能してきたのにもかかわらず、心の底にわだかまっていることがあり、十二分に楽しんだとはいえなかった。
”あの日、オレが踏んぎっていれば今ごろ木曽駒を登り終えていたのに・・・”
山の仲間6人で4月上旬、木曽駒に登る計画を暖めていた。
ベストの天候を選んで出かけることでスタンバイしていたが、決め手になる日が決められないままに解除した。
それなのにこの天気だ・・・
結果論としても”ゴーサインを出せばよかった・・・”その懊悩(おうのう)が振り払っても、振り払ってもつきまとい、私を苛(さいな)むのである。
S・Sさん、Y・Sさん、K・Sさん、Y・Iさん、A・Sさん・・・ゴメンナサイ!

三国山のレポは後日として、ありふれた春の花で時間稼ぎをしようとの魂胆である。
3月の春寒が長かったため、春は来ないのかな?と思っている間にアレヨ、アレヨという間にサクラが咲いたかと思う間もなく、先日目黒川では花筏。
季節はどうしてそんなに急ぎ足なのか
以下は山荘への道すがらに写した春の花たち。
今は標高500mあたりがサクラの見ごろだろうか。

Dscn2726

Dscn2727 赤城南面「風ライン」の開花状況

Dscn2728

Dscn2729 画面に三好達治の詩「甃(いし)のうへ」の一部が書き込んであります。

Dscn2766 わが草庵のカタクリは明日にも開きそう。

Dscn2769 予想通り翌10日に満開です。

Dscn2768 庭の至る場所でわもの顔ではびこるフキノトウ。
摘んで帰り定番の天ぷらするつもりだが、遅いのかな・・・

ところでわが家の新入りタッフィもすっかり家族の一員として溶け込んでいる。
きた時は見るからにバッチイ状態であったが、このほど美容院できれいにしてもらった。
Img087 これが彼女の花の素顔なんですね。
これなら犬種「ビション・フリーゼ(愛らしい巻き毛)」の名を汚さないのではないだろうか。
かたや先住民のサクラ(猫)は、これまで寵愛を一身に受けていたのに、その地位を失い、可哀そうに引きこもり状態に陥っている。
あちらをたてれば、こちらが立たず・・・うまくいかないもんです。

 

                                                      

 

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谷川岳へ~これが残雪期最後になるか

2014年4月3日

山荘暮らしを始めてから毎年のように3~4月の残雪期の谷川岳に登っていた。
それが、気がついたらこの2シーズンはブランクになっている。
このままズルズルいけば2度と登ることはできなくなってしまうであろう。
年齢に負けるのはシャクだが、今のうちにもう一度登っておかなくては・・・。

ということで出かけたこの日、4月1日は消費税の増税などにより諸事物入りとなる入り口の日になった。
谷川周辺に向かう時の高速料金が、通勤割引の廃止で倍額に近くなった。
ガソリンはレギュラーでなんと167円の表示にギョッ!
RWにはしっかり消費税分が上乗せしてある。
大多数の庶民にとって、いよいよ茹で上げられる蛙化される時代の始まりになりそうだ

Dscn2673 水上IC付近からの谷川岳~いつものように、二つの耳の左・トマの耳から正面に向けて「く」の字を描いて下がる尾根・天神尾根を登る。

Dscn2675 RW山頂駅から見上げる谷川岳~ここから田尻尾根に向けていきなりの急登が最初の関門になる。
Dscn2676 田尻尾根に乗り上げて振り返ると尾瀬の至仏山。左端には平ヶ岳

Dscn2679 湯檜曽川を挟んで谷川岳と対峙する白毛門~笠~朝日

Dscn2678 谷川南面の幕岩と小出俣山へ続く俎嵓山稜。

Dscn2683 雪稜を行く

Dscn2686 先行する人影

Dscn2688 わずかなカンバの木

Dscn2687 平ヶ岳(左)と尾瀬・至仏山(中央)

Dscn2712 孤高のカンバの木 ~その下部は西黒沢

Dscn2689 白一色のキャンパスに染みのような人影。

Dscn2692 左奥の日光白根と上州武尊(ほたか)

Dscn2693 山頂南東に広がる「肩の大雪田」

Dscn2695 小さくなったエビの尻尾をつけた道標。

Dscn2696 いいかげんヨレてトマの耳到着。
これまでは2:30程を要していたが、本日は2:45 ~脚力の低下は隠しようがない。
オキの耳との間に突きあげる「マチガ沢」の雪の壁。
稜線へ乗り上げる最後の斜面の急なこと ~そこを何度か登った若い日の自分が他人のように思える。

Dscn2698後駒(左端)、平ヶ岳(中央)、燧ケ岳、至仏山(右)と、この一枚に、深田百名山が4座ある。

Dscn2705 こちらは苗場山~これも深田百名山

Dscn2703 上州武尊岳と左奥に日光白根 ~いずれも百名山
この他に浅間、四阿山、赤城山、皇海山、男体山、巻機山なども合わせ何と深田百名山が13座も見える、贅沢極まりない展望である。

Dscn2707 このところの雪山歩きで顔がコンガリと焼けていて・・・

Dscn2711 西へ延びる上越国境稜線と無人の「肩の小屋」

さあ、靴の底にさまざまに変化する残雪の感触を受け止めながらユックリ下ろう。

田尻尾根まで戻ってきて、振り返りさっきまでいた谷川岳の山頂を見上げた。
ここからこうして見上げるのもこれが最後になるかもしれない。
幾つになっても未知のものに出会いたいという気持ちは失いたくない。
そうは思っても、こうして一つずつ心の中で別れを告げていくものがふえていく。
それが老いの道だから・・・。

Dscn2714 帰りの道すがら土合駅近くの合同慰霊碑に寄り、手を合わせた。

ここには谷川岳に眠る800人に近い遭難者の霊が祀られている。
自分もその一人になったかも知れない50年前の西黒沢・ザンゲ沢での恐怖心が一瞬よみがえった。

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