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緑衣の鎧武者~鹿沼「石裂山」

2013年9月12

石裂山~難読山名の一つ「おざくさん」と読みます
「裂」の本来の文字はとんでもなく難しい文字で、私も生まれて初めてお目にかかりましたが、ここに再現することができません。
標高はたったの879mにしか過ぎませんが、緑の衣の下は筋骨
隆々、頑丈な岩が骨格を形成している無骨な田舎侍です。

久し振りに青空が覗いた9日(月)、その山を目指し山荘から足尾・銅(あかがね)街道にでて北上し、ヘアピンカーブが連続する粕尾峠へ上がり、古峰神社へ向かう道では日光の山々もクッキリ見え、「林道前日光線」に入りました。
登山口となる「上久我」へ下る道が何と想定外の通行止め。

Dscn1601 通行できれば登山口まで15分ほどで下れるはずが、大誤算・・・チラッとこんなこともあるかな、とは思っていたんですがが・・・。

いったん別ルートで鹿沼市西郊へ下るという大迂回を余儀なくされ、1時間以上のタイムロスを生じてしまいました。

Dscn1603
何とか「加蘇山神社」前の登山口に到着し、一礼してスタート。
越えてきた粕尾峠1100mより低い標高からのスタートだから普通ならかなり暑いはずですが今日は涼しいので助かります。
50分でこの山最初の関門「行者帰しノ岩」になります。

Dscn1604

アルミ梯子を登ると鎖場。
夜来の雨に濡れているのでけっこう厄介です。
ここに取り付けてある鎖がとんでもない代物でした。
必要の程度をはるかに超えてやたら太くて頑丈すぎるのです。
従ってその重さも半端ではありません。
普通、鎖は4~50cmほど持ち上げて操作します。
この重さでは持ち上げるのが一苦労です。
鎖は絶対的な安全確保の重要な手段ですから堅牢であることは必須条件ですが、適切な程度があります。
どんな考えでこんなオーバースペックな代物を設置したのか理解に苦しみます。

木の根、梯子、ロープなどを頼りに進むと「ヒゲソリ岩」の下にでます。
10mほどの垂直の壁からは雫が滴っていますが、その上部の一叢の花が見えました。
 

Dscn1607 遠すぎて花の形が分かりません

Dscn1608 近くに一輪だけあったこの花が上の群落か?
だとしてもお名前が分かりません。
この先は長いアルミ桟橋の横断から尾根に乗り東剣ノ峰。
名前はいかめしいが平凡な隆起、と思っていたらその北面は連続する長い梯子段の下降です。

Dscn1609 こんな看板が数ヶ所あります。
再び西剣ノ峰に登り返しての下降がまた長い梯子段。

Dscn1610 数えてみたら80段以上でした。

Dscn1611 

標高差600mをほぼ2時間で登り着いた山頂。

Dscn1612
いかにも地味で、展望は辛うじて男体山の方が開けているが、朝方の青空は消え一面の雲になってしまいました。

Dscn1613
北に隣接する「月山」~こちらのほうが少し高いのです。
視界は石裂山同様ほんの一角しか開けていないので期待はずれなことおびただしい・・・

私たちの会の来年度の候補地として考えていたのですが、けっこう神経を使うところが多くて、中高年グループでの山歩きには不向き、という結論に至りました。

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