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映画「風立ぬ」観ました

2013年8月2日

<ゼロ戦の 心 長髪族知らず> 1975・5・10 読売新聞「よみうり時事川柳」
この一首は太平洋戦争で、一時期制空権を握った名機「海軍零式戦闘機」の心を問うたものではなく、ゼロ戦に象徴される、あの戦争についての屈折した日本人の心理を問うているものと読めます。

そのゼロ戦誕生の物語、宮崎駿監督アニメ映画「風立ちぬ」を観ました。
堀辰雄の作品『風立ちぬ』(文章作法に従って書名は二重鍵カッコで表記します・・・)との直接的な関係はありません。

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宮崎監督が敬愛する、ゼロ戦の設計者・堀越二郎と堀辰雄とを自らのイマジネーションでつなげ、綴ったメルヘンです。
ストーリーにはやや難解さがあるので、ゼロ戦&堀越二郎と『風立ちぬ』についての予備知識を持っていたほうがベターだと思います。

 

堀越と堀とは、同時代に生きた、ということ以外の共通点はありません。
宮崎監督は二人をこの作品のいろいろな場面で吹く「風」で結びつけているのです。
見方によりますがこの作品の主人公は「風」とも言えます。
P・ヴァレリーの詩「風が起きてきた 生きることを考えなくてはならない・・・」を主題にして、
大空に夢を掛けた堀越と、生きなければならないと強く思いながらも婚約者を死に奪われた堀とを宮崎監督は「風」を媒介にしてメルヘンに結晶させたのです。

 

あの大戦中の一時期、日本が制空権を握ることになった立役者ゼロ戦を無邪気に礼賛しているものではありません。
ゼロ戦の栄光がやがて過去のものとなり、ついには特攻機となって消滅してしまう歴史を物語るものでもありません。
また、声高に反戦を主張してもいません。

 

東京への汽車で二郎は帽子を飛ばされ、それをキャッチしたヒロイン(堀の『風立ちぬ』では節子ですが、この映画では堀の別の作品『菜穂子』の名前をつかっています)と最初の邂逅をします。

Dscn1392_2
何年かの後、夏の避暑地(軽井沢)でスケッチ中の女性が一陣の風に飛ばされた帽子を拾って渡すとそれが菜穂子。
再会した二人は菜穂子が結核にかかっていることを承知の上で、愛を育、み、婚約する。
ヒロインは結核の療養のため富士見高原療養所に入るが甲斐なく、短い生涯を閉じる。

Photo_2 この場面は、絵画知識などゼロの私ですが、クロード・モネの「日傘の女」を思い浮かべてしまいました。

Photo 裳裾が風に揺らでいる空気感が、静止画なのに動画のように見えます。

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Dscn1383 時代はやがて太平洋戦争に突入していきます。
妻を失い、戦闘機の残骸の山を前にして呆然とたたずむ二郎。
そのとき風がたち菜穂子の幻影が現れ”あなた・・・生きて・・・”とささやき消えていきます。

こうして宮崎作品では珍しい愛の物語は閉じます。

Dscn1408 振り返ると「風の谷のナウシカ」以来宮崎作品のほとんどを観ていることに気づきます。 

Dscn1409

Dscn1410 その多くは孫たちに付き合って(スポンサーになって・・・)のものですが。
宮崎ワ-ルドでいつも重要な役割を果たすのは健気で真っ直ぐな女の子ですね。
フィクションとしてもそこに宮崎作品の真骨頂があるのではないでしょうか。

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コメント

大いなる誤解で、アニメ映画というのをどこか軽く感じていたことを白状いたします。
風花さんが挙げられた映画の何一つ観ていません。認識不足でしたね。

でも、今回の〔風立ちぬ〕は興味が湧きます。
同年の方もずいぶんご覧になっているようなので、私も観たいと思います。
評判の良い作品を逃して後悔したくないですものね。。。

投稿: おキヨ | 2013年8月 2日 (金) 12時55分

おキヨ様
アニメ映画と実写映画とは上下の関係にあるのではなく、別のものと考えたほうがよいのだろうと思います。
好みからいえば、よく作り込んだ実写映画の空気感のようなものほうが断然好きです。
アニメの画面からは奥行きは感じられません。
テーマやストリーがアニメでは重要なんだろうと思っています。
いずれにしても『風立ちぬ』のあのシンとした透明感は求べきもありません。
それをアニメに期待するのは無理でしょう。
私はいつもの宮崎駿作品と割り切って観ました。
ご覧になるのでしたら、松田聖子の「風立ちぬ」どうよう、この作品も『風立ちぬ』とは別物とお考えになっておかれたほうが良いと思います。

投稿: 風花爺さん | 2013年8月 2日 (金) 16時22分

お待ちしていました。ありがとうございます!

>「見方によりますがこの作品の主人公は「風」とも言えます。
P・ヴァレリーの詩「風が起きてきた 生きることを考えなくてはならない・・・」を主題にして……」

やはりそうなのですね…。
小説やエッセイの短いタイトルや、添えられている詩の一節に強く惹きつけられて、後年、内容の記憶が怪しくなっても、その部分の魅力は輝き続けるということが、私の場合あります。
堀 辰雄の『風立ちぬ』も、そんな一冊でした。『美しい村』『菜穂子』なども若い時に読みましたが、記憶は薄れています。

宮崎監督はこのタイトルを使いたかったのでは…と、なんとなく思っていました。
堀 辰雄の『風立ちぬ』にも、最初の方にイーゼルを立てて絵を書いている節子が出てきましたね。風でイーゼルが倒れたりしますが…。

ゼロ戦…私の叔父は、終戦があと一日遅れていれば、生きてはいませんでした。飛び立つことが決まっていたからです。
少し、複雑な思いがあります。

宮崎作品は、「風の谷のナウシカ」他、6作

投稿: 淡雪 | 2013年8月 2日 (金) 23時51分

すみません。誤作動で途中で送ってしまいました。

続きですが、「風に谷のナウシカ」ほか、6作くらいしか見ていませんし、松田聖子の歌も、今回使われたという主題歌も知らないのです。

『風立ちぬ』とは別物で、奥様もお子様もいた堀越二郎も、現実そのままではなくて…ひとつのメルヘンとして、いつになるか分かりませんが、見たいと思います。

投稿: 淡雪 | 2013年8月 3日 (土) 00時08分

淡雪様
ご記憶の通り『風立ちぬ』の冒頭に、画架を立て絵を描く節子の傍らで堀は寝そべっていて、その時不意に風が立って画架が倒れ、カンヴァスに草の葉がこびりついてしまう、という描写がありますね。
ある時期、燦然と輝いたゼロ戦も、やがてそのウイークポイントを攻められ、米機からは「かも撃ち」と呼ばれるようになります。
戦争末期には特攻隊用ともなり、設計者には意図せざる用途でさぞかし不本意だったろうと思います。
淡雪さんの叔父さんは海軍特攻隊に選抜されていたのでしょうね。
戦争末期、正気を失った指導者のために、多くの有為の青少年が永らうべき命を奪われてしまいました。

主題歌~というより、エンドタイトルで使われている、荒井(松任谷)由美(ユーミン)の「ひこうき雲」は堀越少年の心情にピッタリで見事な選曲です。
松田聖子の「風立ちぬ」は要するにアイドルの歌で、堀辰雄に言わせれば”何のかかわりもございません・・・・・・”ということになるのでしょう。

投稿: 風花爺さん | 2013年8月 3日 (土) 07時10分

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