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珠玉の一冊『みんなちさこの思うがままさ』

2013年6月13日

肝心の水源地ではおしめりていどの台風3号崩れで蟄居を余儀なくされる。
こんな時は読み止しになっている本のページをくくるチャンスにはなる。

登山と云う行為は人間の行う行為のなかではかなり特異な位置にあるように思える。
単なる趣味とも言い切れないし、さりとてスポーツというのも適切ではない。
道楽というのが一番近いかな・・・。
その特異性の一つ「書く」ことが上げられる。
とにかくやたらに書く~かくいう小生もそのおびただしい星屑の一人であるが・・・。
一つの山に登ったことを、有名、無名に拘わらず公私にわたって書きまくり、発表する。
このような現象は「山」の世界以外には見当たるまい。

その結果として相も変わらず山の本が生まれ出る。
村上龍本と比較するのも愚かであるが、山の本などあまり売れるとは思えないから果たしてビジネスになっているのか、他人事ながら余計な心配をしてしまう。

私のように、やがてゴミと化す運命が明確に見えていながらも買う、そんなあまり賢くない人が何人かはいるのだろう。

そんな折、珠玉のような一冊が世に出た。
1999年、52歳にもならない若さで急逝した池田知沙子さんの遺稿集『みんなちさこの思うがままさ』である。

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著者は浦和に拠点をおく「浪漫山岳会」に属し、利根川源流域や東北の人跡も稀な沢遡行にひたすら没頭する。
ブナの森に分け入り、しぶきを浴びながら深い谷を遡行し、源流の藪を漕ぎ、虫の集中砲火を浴びながらテントで一夜を過ごす、そんな沢登りに夢中である。

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そのほぼ20年にわたる軌跡を、嫉妬したくなるほどの瑞々しい感性で掬い取り、キラキラと弾けるような独創的な文体で奔放に言葉を紡ぎだして綴ったものを遺稿集としてまとめたもの。
それが遺稿集を手にした人の大きな共感を呼び、改めて出版物として陽の目をみることとなった。

かなりの分量の本の随所に、珠玉の連鎖としかいいようのない文章が見られるが、幾つか例を挙げてみよう。
「お酒が欲しくなってくる。どうしてもちょっとだけ必要になる。カップにほんのちょっと満たして、またあきるほど威風どうどうの銅倉尾根にみいる。みいる。ほんのちょっとの菊水を得た銅倉尾根は、二倍にも三倍にもふくらんで私の中に入ってくる」
~菊水を得たのは私なのに、こんなふうに置き換えられる斬新な視点。

もう一つ。
「夢のような山旅であった。会心の山行であった。ひと言もの申したい気分である。『おおい、そこの君。聞こえているのか』青春は遠い日の花火ではない」

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さらに重ねて
いい匂いのする花のことのように利根を思ってみたい。キンモクセイやクチナシの香りが雨上がりの路地にかすかに漂ってくるように利根を語りたい。一輪挿しにフリージアを飾るように利根をよろこびたい」

「私は小さな魚となって、いつしか臆病に樹間を泳ぎ始める」
「木枯らしの鳴る森で、チェロが聴きたい」

山の文章世界では多くの名文家を輩出してきた。
尾崎喜八、串田孫一、山口耀久、手塚宗求さんなど、私が好きな系譜の文章は総じて静謐で、抑制的である。

そこへいくとこの著者の文章はキラキラ輝き、そして弾けている。
一歩誤れば「軽薄」と評されかねないこの種の文体だが、おそらく天稟であろう、シャープで瑞々しい感性が次元の異なる時空へ読者を誘ってくれるのである。

この稀有な才能の早世は惜しみてもあまりあるが、そうでなければ一部の人しかしる術のなかった才能を、不特定多数が知る機会が生まれた、このパラドックスをどう受け止めればよいのだろう。

今は、雨の日の無聊(ぶりょう)をこの本のどこかを気ままに開くことで慰められ、一時の陶酔に浸れることを素直に喜ぼう。

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コメント

これだけの美文を書かれる山の達人がわずか52才の若さで亡くなられたのはいかにも惜しいですね。
題名も溌剌としていて魅力的ですし、引用された文章は煌めく才能で輝いているように感じました。

この本をブログで紹介された風花さんの文章力にも魅入りました。

投稿: おキヨ | 2013年6月13日 (木) 12時02分

おキヨ様
独創的で、しかも品格を備えた文章を書けるのには天賦の才が必要なのだと思います。
ある程度の文章ならたくさん本を読むとか、修辞を学ぶとか、良い文章の書き方のようなハウツウものなどにより書けるようにはなるだろうと思いますが、そこから突き抜けられるのは才能に恵まれた人だけに許された世界なのでしょうね。
これは文章書きだけのことではなく、あらゆる世界に共通するものでしょう。
私たちの多くはその才能から生み出されたものを享受するだけの側にいます。
常に魅入らされる立場にいるだけの私はそれで十分なのですが・・・。

投稿: 風花爺さん | 2013年6月13日 (木) 20時24分

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