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わが永年勤続電気カミソリのこと

2013年5月30日

平年にくらべて10日も早く梅雨入りしたらしい。
季節は、カレンダーのように律儀に巡るものではないから少々のズレが生じるのに不思議はないが、チト急ぎすぎませんかね。
これではしばらく山歩きは足止めにならざるをえまい。
ブログも山疲れしているだろうから、ここは箸休めと参ろうか。

ヒゲ、髭、髯、鬚~こいつは生きていくために何か役にたっているものなんだろうか?

7_large   『三国志』の英雄関羽大将軍   

903_large  男の顔だな~

男と女を区別するため?~区別できるものは他にたくさんあるのに・・・
男を男らしく見せるため?~なにもヒゲに頼らなくったって・・・
顔面を保護するため?・・・女はどうなんだ?

どう考えても私には不必要なものとしか思えない。
必要でない髭はいつまで経っても退化しないのに、必要な頭髪が消えてしまうのはなぜなのか?
ダーウインさん~あなたの進化論はこの矛盾をどう説明してくれるのですか?

さてこのオレはヒゲを剃る、という行為をいつごろからするようになったのか?
髪を伸ばし始めたのが高校生になってからで、それは床屋にいかなければならないので、そこでは髭剃りはやったのだろう。

とにかく、長じてからは、こいつは休むことなく勝手に伸びてきて、その始末を毎日しなくてはならず、そのために貴重な時間を無駄に費やされていて、その累積は驚くべき長い時間になっているだろう。
ヒマつぶしにその時間を試算してみた。
髭剃り一回に10分要するとして、これを毎日行い、50年で3000時間。
日数にすると125日となった。

自分で剃るようになってからの道具は、多分親父のジレットの「安全カミソリ」だったろう。
握りが回転するようになっていて、それを回すと口が開き、そこに薄い刃をセットして使うというような仕掛けだった。

一人暮らしになってからも当時は安全カミソリしかない時代だったが、電化時代に移り、ボチボチ電気カミソリの登場となった。
時には大切な人に会う(滅多にないが・・・)のに備えて、退社時にできる「アフターファイブシャドー」の始末のため電気カミソリは必須アイテムとなった。

以来どれだけの電気剃刀を使ってきたか。
内外のメーカーのもので相当な数になっているが、その殆どに使用感で満足を得られるものはなかった。
ただ一つの例外を除いて・・・。

その例外がこれである。

Dscn1095  オランダ・フィリップス社製         
かれこれ20年近く使っている。
さすがに内臓バッテリーがへたったりしているが、刃のほうは切れ味は落ちたものの、替える必要を感じないくらい頑張っている。
安全」カミソリとの併用とはいえ、このタフさには敬服している。     
                                 

電化製品はかつての耐久消費財からいまや消耗品に堕している。
AV製品、洗濯機、エアコン、冷蔵庫・・・私たちはどれだけのものを消費してきて、これからも
それが常識だとする諦めが蔓延するなかで、この健闘は賞賛に値するものである。 

そうそう、剃刀となれば床屋の西洋剃刀を外すすわけにはいくまい。
私は散髪のときどうかするとフイに「もしヒゲを当たっている時に、何かの理由であの切れ味鋭い、研ぎ澄まされた刃で喉を掻き切られたら・・・」という恐怖感に襲われることがあった。

Dovo1885685  
幸いというか、今は床屋にいく必要はなくなった。
従って、あのいわれのない恐怖感からは解放されている。 

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コメント

髭を剃る・・・女性には解らない朝の〔仕事〕を男性はさほどの苦痛とも感ぜずに〔観念している?〕されているのですね。
人間の身体で役に立たない部品?はないと何かに書いてありましたが、男性の髭についてもっと医学的に深く研究すする必要がありそうですね。

原始以前の男性の髭にはなにかを感知するセンサーでもあったのでは?・・・それが退化して無駄な髭という形になった・・・という考えはいかがでしょう。

投稿: おキヨ | 2013年5月30日 (木) 12時47分

おキヨ様
確かに人間には無駄なパーツは無い、ということになっています。
爪にも、鼻毛にもチャンとした役割があります。
ところがヒゲに関しては、もしこれがなかったら何か不都合があるか?と考えても、思い当たることがないのです。
あァ一つありますね。
シックとかフェザーとかジレットなどの剃刀メーカーは大変にこまりますね。

ネコのヒゲは自分が抜けられるかどうかのセンサーの役目があるらしいですね。
人類、いや類人猿ですか、の時代に遡ると何かの意味に辿りつけるのでしょうかね。

髭剃りに要する時間は確かに不毛です。
それでも女性がお化粧に費やす時間に比べれば微々たるものでしょう。
その代償として、女性は見違えるほどの美貌を手に入れ、男の方は僅かなサッパリ感を得るだけです。

投稿: 風花爺さん | 2013年5月30日 (木) 15時48分

まだ40代のころ、新聞か雑誌で名のある人のエッセイを読みました。女性も高齢になると鼻の下にヒゲが生えると…。
ある女優さんは舞台で老け役を演じるときに、床屋さんからヒトツマミのヒゲをもらって鼻と口の間にまぶし、うっすら青くしてリアリティーを出していると…まことしやかに書かれていました。
バカな私は、それを読んだ時から、高齢になってヒゲが生えるのを密かに恐れるようになりました。
しかし…今のところヒゲはまだ生えておりません。
うっすら青くは見えるのは確かですが、皮膚が薄くなって、血管が透けるからなのです。
一応は安心していますが、これから先どうなるのか…注意だけは怠らないようにしようと思います^^。

投稿: 淡雪 | 2013年5月31日 (金) 13時44分

私が小学生だった頃は、近所に美容院も床屋さんもありました。けれども美容院はパーマ屋さんとしての性格が強く、小学生たちは男女共に床屋さんで髪を切ってもらったように思います。顔を剃ったことはないのですが、大人のお客さんのために白いカップにモコモコと泡立てたシャボンや、吊るした革のベルトのようなもので西洋剃刀を研いでいた床屋さんの姿をなんとなく覚えています。
刃物恐怖症なので、鋭利な西洋剃刀は見るのも苦手でしたし、風花様が恐怖を感じられた心理はよくわかります。
長年使われた優れたシェーバーの、長寿をお祈りいたします。

投稿: 淡雪 | 2013年5月31日 (金) 17時12分

淡雪様
床屋はいつしか散髪屋、理容室、バーバーなどと呼ばれる」ようになりましたが、私は旧態依然として床屋です。
瀬戸物の容器で泡立て、そのブラシで泡を顔に塗り、熱い蒸しタオルで覆いしばし、おもむろにヒゲを当たる・・・
あの西洋剃刀は使い方がとても難しくて、普通の人が使うと顔中血だらけになってしまいます。
さすがに床屋さんではそんなことは起こりませんが、とにかくあの剃刀はとても気になります。

そうですか。
女性にもヒゲの気がかりはあるのですか。
男にはヒゲが生え、女性には生えない、これはホルモンの男女差なんでしょうが、げに人体とはまことに摩訶不思議なものですね。

投稿: 風花爺さん | 2013年5月31日 (金) 19時19分

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