« 大ナゲシ~西上州トンガリ山のチャンプ | トップページ | 愛鷹山・越前岳へ~富士の足元にも及びませぬが・・・ »

笠取山~多摩川源流の山

2013年5月15日

8年前、初めて笠取山1953mに登ったときの記憶はいまだに鮮やかである。
登山口の「作場平駐車場」付近の何でもないところのバックでミスをして落輪。
ケイタイの通じない山の中のこと、下の一ノ瀬まで降りて民宿の電話でJAFの救援を頼んだ。
この時応対いただいた田辺静子さんは、これから通過する笠取小屋の初代当主の連れ合いである。

Static 今日(13日)の行程 ~とても変則的な8の字か、ループタイのような軌跡をを描いている。
行程は作場平駐車場~一休坂分岐~藪沢峠~笠取小屋~小さな分水嶺~水干~笠取山~笠取小屋~一休坂~駐車場

Dscn1036 作場平駐車場脇の登山口

Dscn1037 藪沢に沿う明るい峠道 ~若葉の季節はまだここまでやってきていない。

Dscn1038 藪沢峠

Dscn1039 笠取小屋~主は今朝、駐車場のトイレを掃除していて、後で小屋に上がる、と言っていた。したがって今は無人。

Dscn1043_2 左から乾徳山~黒金山~国師岳の連なり。
この辺り一帯は奥秩父には珍しい、明るい草原で霧ケ峰の一角にいるような錯覚を覚えるほどである。

Dscn1042 「小さな分水嶺」から見る笠取山~今日は裏側に回ってから登る。
小さな分水嶺とは、この辺りに降った雨は富士川、荒川、多摩川の三つに分かれる。
意思を持たない雨滴が、地形の気まぐれに行く末を決められ、長い長い旅に出る、それに思いを馳せるとロマンを感じずにはいられない。

Dscn1047 陰になっている岩の窪みを「水干」といい、多摩川の最初の一滴がここに湧く、とされている。
今は渇水期なので残念ながらその現象は顕れず伏流水になっていて、ここから300mほど下で表流水になるそうである。
多摩川138kmの旅立ちはここに始まり、東京湾で旅を終えることとなる。

Dscn1050 笠取山頂 ~三角点は無くて、主図根点が埋設されている。
笠取山は幾つかの小さな頂で形成されていて、一番展望に恵まれているのはこの点峰ではなく、西端のピークである。

Dscn1048 南には毎度おなじみの富士~世界遺産騒ぎをよそにいつもながら悠然と。

Dscn1051 その東にダンディな大菩薩嶺 ~右端に不鮮明な富士

Dscn1052 燕山~古礼山~水晶山などの地味な山域

晴れた日の5月の光は真夏にも負けないほど強い。
なので気温は上がったが、高燥の大気は爽やかで山歩きはベストコンディションだった。
そんな恵まれた条件なのに、情けないことに疲労感は十二分になっている。

丹波山村の「のめこい湯」で強張った四肢をほぐし、湯上りのビールをグイッ・・・は我慢して下道を走って帰宅した。

 

|

« 大ナゲシ~西上州トンガリ山のチャンプ | トップページ | 愛鷹山・越前岳へ~富士の足元にも及びませぬが・・・ »

登山」カテゴリの記事

コメント

旧い画集に、鈴木千久馬という画家が〔奥秩父雲取山中より〕
という良い絵があります。
角度は大菩薩嶺の映像と同じだと思います。富士山は見えなかったのか、意図的だったのか描かれていませんが。。。
この画集は有名画家による日本の国立公園を集めたものですから雲取山も国立公園だったのですね。

雲取山は他の国立公園よりは知名度が低いような気がするのは私だけでしょうか?(~_~;)

投稿: おキヨ | 2013年5月15日 (水) 12時46分

おキヨ様
雲取山は「秩父多摩甲斐国立公園」の中にあります。
都下の最高峰という称号が与えられていて、山好きからは絶大な人気を寄せられています。
その意味ではとてもメジャーな存在です。
人気が高い大きな要因としては広大な展望があります。
富士山との間には高い山がないので「広大」としか言いようがない眺望が得られるのです。

鈴木千久馬さんという画家については全く知りません。
したがってその画集も見ていませんが、雲取山からの富士を描かずにいるようですね。
どのような絵か分かりませんが、画家には富士のような凡俗に目を奪われない特別な心眼があるのでしょうか。

投稿: 風花爺さん | 2013年5月15日 (水) 16時21分

「分水嶺」という言葉を知ったのは、小学校高学年か中学生の頃だったでしょうか…。そのころは、ロマンチックな捉え方をしていました。
しかし年を重ねるにつれ、意志をもたない雨滴が行く道をわけられるように、人間にも同じようなことがあるのではないか…と思うようになり、かすかな悲哀をも、この言葉に併せて感じるようになりました。意思や努力だけではどうにもならないことがあるような気がして…。

投稿: 淡雪 | 2013年5月16日 (木) 00時21分

淡雪様
分水嶺という言葉を人の一生と重ね合わせると、ロマンだけというわけにはいかず、哀歓が織りなすものになりますね。
なまじ人には意思があるだけに、意に沿わない方へ流されることもしばしばあります。
ことに誠実に、必死に努力したにもかかわらず、運命のいたずらで報われず、過酷な流れに身を没する例もたくさんあるようで、それには言葉がありません。

純粋に地形上の分水嶺に戻れば私はやはりロマンを感じます。
真っ直ぐ落ちればA川になる雨滴が、たまたま風が吹いていたためB川側におち、いったんは地中に沁み込み、やがて表流水となり、上流の激しい流れに翻弄され、次第に穏やかになる中流に達し、ついには悠々として海に注ぐ・・・
その間の自然のさまざまな変化、人の生活とのかかわりなどを想像すると、自分がその雨滴になれたらどんなにいいか、と思ってしまいます。

投稿: 風花爺さん | 2013年5月16日 (木) 06時38分

若い頃、多摩川の近くに住んだ事が有り、その水(もちろん水道ですが)を飲んでいました。そのため多摩川の出発点の写真には心惹かれます。

昨年は深いつながりのあった幾人かが永眠し、そこから立ち直れなくて、考えることがつい暗くなっています。
川の流れは人の一生にもよく例えられますが…雨滴どうしがふとしたことから別の流れを行くことになったとしても、いつかは同じひとつの海に注ぎ、また会えるのでしょうか…。

関節症その他体の条件により、山に登れない、山を知らない私がお邪魔するのはご迷惑かもしれませんが、風花様の文章に大きな魅力を感じ、また、そこを歩いた方にしか撮れない写真を拝見するのが楽しみです。
そうして、私ももう少し頑張らなくては…と励まされています。

投稿: 淡雪 | 2013年5月16日 (木) 12時46分

淡雪様
私はたぶん同年代の人と比べたら健康体なんだろうと思っています。
もともと頑健な体でもなく、特別な鍛錬をしたわけでもないので、何故健康に恵まれているのか自身でも分かりません。
お蔭で好きな山歩きが継続でき、ブログの材料にもしているわけですが、それが殊更に健康であることの誇示になっていやしなかと気にはしています。

そう受け取られても仕方ないこのブログを読んでいただき、それが少しでも淡雪さんの役に立っているとすれば望外の喜びです。
迷惑などとは滅相でもありません。

私も昨年、突然に関節リューマチを疑わせる症状が起き、しばらく悩まされました。
今は8分通り戻っていますが、そんな一過性のことでも気が滅入るものです。
ましてや、そうした疾病と長い間戦っておられる方の心身の葛藤は察してあまりあるものでしょう。

これからもさしたる写真をアップできるわけではありませんが、それで一瞬でも何かを感じていただけるなら、それはむしろ私の励みになることです。

投稿: 風花爺さん | 2013年5月16日 (木) 20時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/393418/51622012

この記事へのトラックバック一覧です: 笠取山~多摩川源流の山:

« 大ナゲシ~西上州トンガリ山のチャンプ | トップページ | 愛鷹山・越前岳へ~富士の足元にも及びませぬが・・・ »