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2013年5月

わが永年勤続電気カミソリのこと

2013年5月30日

平年にくらべて10日も早く梅雨入りしたらしい。
季節は、カレンダーのように律儀に巡るものではないから少々のズレが生じるのに不思議はないが、チト急ぎすぎませんかね。
これではしばらく山歩きは足止めにならざるをえまい。
ブログも山疲れしているだろうから、ここは箸休めと参ろうか。

ヒゲ、髭、髯、鬚~こいつは生きていくために何か役にたっているものなんだろうか?

7_large   『三国志』の英雄関羽大将軍   

903_large  男の顔だな~

男と女を区別するため?~区別できるものは他にたくさんあるのに・・・
男を男らしく見せるため?~なにもヒゲに頼らなくったって・・・
顔面を保護するため?・・・女はどうなんだ?

どう考えても私には不必要なものとしか思えない。
必要でない髭はいつまで経っても退化しないのに、必要な頭髪が消えてしまうのはなぜなのか?
ダーウインさん~あなたの進化論はこの矛盾をどう説明してくれるのですか?

さてこのオレはヒゲを剃る、という行為をいつごろからするようになったのか?
髪を伸ばし始めたのが高校生になってからで、それは床屋にいかなければならないので、そこでは髭剃りはやったのだろう。

とにかく、長じてからは、こいつは休むことなく勝手に伸びてきて、その始末を毎日しなくてはならず、そのために貴重な時間を無駄に費やされていて、その累積は驚くべき長い時間になっているだろう。
ヒマつぶしにその時間を試算してみた。
髭剃り一回に10分要するとして、これを毎日行い、50年で3000時間。
日数にすると125日となった。

自分で剃るようになってからの道具は、多分親父のジレットの「安全カミソリ」だったろう。
握りが回転するようになっていて、それを回すと口が開き、そこに薄い刃をセットして使うというような仕掛けだった。

一人暮らしになってからも当時は安全カミソリしかない時代だったが、電化時代に移り、ボチボチ電気カミソリの登場となった。
時には大切な人に会う(滅多にないが・・・)のに備えて、退社時にできる「アフターファイブシャドー」の始末のため電気カミソリは必須アイテムとなった。

以来どれだけの電気剃刀を使ってきたか。
内外のメーカーのもので相当な数になっているが、その殆どに使用感で満足を得られるものはなかった。
ただ一つの例外を除いて・・・。

その例外がこれである。

Dscn1095  オランダ・フィリップス社製         
かれこれ20年近く使っている。
さすがに内臓バッテリーがへたったりしているが、刃のほうは切れ味は落ちたものの、替える必要を感じないくらい頑張っている。
安全」カミソリとの併用とはいえ、このタフさには敬服している。     
                                 

電化製品はかつての耐久消費財からいまや消耗品に堕している。
AV製品、洗濯機、エアコン、冷蔵庫・・・私たちはどれだけのものを消費してきて、これからも
それが常識だとする諦めが蔓延するなかで、この健闘は賞賛に値するものである。 

そうそう、剃刀となれば床屋の西洋剃刀を外すすわけにはいくまい。
私は散髪のときどうかするとフイに「もしヒゲを当たっている時に、何かの理由であの切れ味鋭い、研ぎ澄まされた刃で喉を掻き切られたら・・・」という恐怖感に襲われることがあった。

Dovo1885685  
幸いというか、今は床屋にいく必要はなくなった。
従って、あのいわれのない恐怖感からは解放されている。 

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蕎麦粒山~こんなに簡単に登れていいのか?

2013年5月27日

毀誉褒貶(きよほうへん)は世のならい・・・
とかくの批判が~それも特に登山のプロフェッショナル筋からの~ないではないが、三浦雄一郎さんの成功は素直に認めていいのではないだろうか。

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確かに豊富な遠征資金、万全の支援体制、いつに変わらぬ巧みなマスコミ戦術などこれは果たして正統的な登山と言えるのか、一種のビジネスではないのか、と思わせる側面は否定できない。
三浦さんのこの流儀は、前宣伝は一切やらず、気が付いたら73歳で女性最高齢エベレスト登頂記録を更新していた渡邉玉枝さんとは対極的である。
私個人的には渡邉流の慎ましやかさが琴線(・・あればの話ですが・・・)に触れるが、
かといって三浦流を否定するものではない。
どちらも個性あるいは生きかたの発露の結果であろう。

いずれにしても三浦さんは、世界のテッペンに神輿に担がれて立ったのではなく、間違いなく自分の足で登ったのである。
それも80歳という年齢で・・・。
かつて卓越した登山家であった人が、三浦さんのような高齢になってなお、超高所登山に挑む例は殆どない。
三浦さんには登山での過去の実績は乏しいが、高齢になってからのエベレストへのひたむきな情熱は、高名な登山家がフェードアウトしていく軌跡と逆である。

A新聞のコラムからの引用~「高齢者には三つのタイプがあるとも言われている。まだ若い人、昔は若かった人、そして一度も若かったことのない人」
三浦さんの立ち位置がどれか、は言うまでもない。

 さて話はエベレストから一気にあまりにも卑小な日本の緑滴る山へ飛び降ります。

蕎麦粒山はたかだか1472mの山だが、割りに奥深い趣があり、それが証拠には5年ほど前、初めて登った時は、奥多摩の日原側から4時間ほど要した。

ところが、昨今ネットで見ていると北東にある「有間峠」まで林道が通じていて、そこからは半分以下の時間で山頂に到達できるらしいことが分かった。

 これは一度行かねばなるまい、と出かけたのが22日のこと。
飯能奥の名栗湖周辺にはよく足を運ぶが、いつものアプローチは西武線からバスを乗り継ぐものである。
今日は長い林道走行が必要なのでもちろん車になる。
この時期、夜明けが早いので、都心の渋滞を避けるため、早朝に出かけるのにはまことに好都合である。
名栗湖奥の「有間渓谷観光釣場」から始まる「林道広河原逆川線」はほぼ全線で舗装がされているので、走行にストレスを感じることはない。

Dscn1084 観光釣場から約10km走って標高1150mの「有間峠」到着。
すでに10台近い車が先着していた。

Dscn1094 通行止の林道を少し歩くとこんな慎ましやかな登山口標識が・・・

Dscn1086 予報に反して霧に包まれた尾根を登り、かつて歩いたことのある主稜線に乗り上げた。

Dscn1087 ここからは幅広い防火帯の気分の良い尾根歩きとなる。

Dscn1088 ブナやミズナラで構成される落葉樹林。

Dscn1089 彩の乏しいこの時期~わずかにミツバツツジがだけが・・・

Dscn1091 そこが山頂 ~蕎麦粒山の由来は、離れた位置から見る姿が蕎麦の実に似ていることからであるが、頂上のこの岩も蕎麦粒に似ている。

Dscn1092 2度目になる三等三角点

確かに蕎麦粒山は拍子抜けするくらい簡単に登れてしまう山になっていた。

こうしてここ数年の間、気になっていた宿題を終えた。
なのに・・・である。
戻る道の途中で、この林道から北へ分岐する荒れた車道に気づいた。
その先の様子を知るために歩いて行くとすぐに駐車可能な広場に出た。
なんの表示もないが”そうか!これが逆川乗越に違いない。だとするとここを起点にすれば、アプローチの悪い有間山(特定のピークではなく幾つかのピークの総称)に容易に行けるだろう。次の機会にするとしても新しい発見ができた・・・”と思った。

そう、せっかく宿題を一つ終えたのにまた新しい宿題を持ち帰る羽目になってしまった。

かくてこの道は、相変わらず果てしなく続く道になってしまう・・・。

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初めまして~ヤマシャクヤクさん

2013年5月22日

これまで国内・外でずいぶん山歩きをしてきて、各地でさまざまな花に出会ってきたが、それでもまだまだ未知の花の方が多く残っている。

 この日(19日)山のグループで歩いた山中湖南岸の山道(籠坂峠~アザミ平~大洞山~三国山~鉄砲木ノ頭)で出会った「ヤマシャクヤク」も未知の花の一つだった。
火山岩が砂礫化してとても歩きよいプロムナードを進んでいると、若葉が萌え出したばかりの林の林床に白いものが目の端に留まった。
”ヤマシャクヤク?” ~反射的にそう思った。
近づいてみると果たしてそうだった。

 実物を見るのは初めてだったが、ブログでしばしばお邪魔する京都のブローガーKさんのページで何度か目にしていたりしたので初対面とはおもえなかった。

Dscn1075 Kさんは「山の貴婦人」と称えているが、清楚で気品に満ちた容姿は十分にその雰囲気を漂よわせている。

27_large 立てば芍薬 座れば牡丹・・・か
ヤマシャクヤクは現在「準絶滅危惧種」に指定されていて、東京など一部の地域ではすでに絶滅とされている貴重な花である。
園芸種ではない野生の花で、ここまで見事に大輪になる例はほかには無いのではなかろうか?

Dscn1079 ハイキングコースは瑞々しいブナ林を縫っていく。
何が瑞々しいといって、新緑のブナ林に勝るものはない。

ブナは日本海側や東北地方のいたる場所で「極相林}を形成している。
極相林とは、ある地域の気候条件のもとで、最終的にたどりつく森林の姿のこと。
そこにいたると森林は安定するため、さまざまな動植物が互いに持ちつ持たれつの相利共生の関係が保たれる生態系になる。
落葉樹林では多くはブナ林であり、ときにミズナラであったりする。

私たちの遠い祖先・縄文人の暮らしはブナ林からの恵みによって営まれていたそうである。
それが戦中、戦後、役に立たない木として「ブナ退治」という残酷な愚策によって無残にも各地の貴重なブナの森が伐採の憂き目にあった。

ようやく環境への関心が高まり、天然のダム・ブナ林がミネラル豊富な水を湧出し、それがおいしい米つくりに大きな役割を果たしているだけでなく、海を潤し魚を育てていることに気づき、ブナ林再生の機運が高まってきていることは、遅きに失した感はあるが、私たちの子々孫々への遺産つくりに、100年の大計として取り組んでほしい課題である。

葉が茂っている時期でも、木漏れ日が射すため明るいブナ林を歩くことは、米や魚ばかりでなく、人の心をも健全に育む効用が大きい、と私は感じている。

Dscn1077 ときおり富士山ものぞく。

Dscn1081 最終の「鉄砲木の頭」への登りは爽快な草原で、開放感が素敵だ。

Dscn1083 山中湖を見下ろして下ればマイクロバスが待っている。

あとはいつものパターン
~風呂に浸かり、乾いた喉にビールをゴクリと一口~思わず”ウメー”と声を上げる・・・このマンネリも悪くない。

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愛鷹山・越前岳へ~富士の足元にも及びませぬが・・・

2013年5月19日

越前岳、位牌岳、鋸岳、袴腰岳、黒岳、愛鷹山などで構成される「愛鷹(あしたか)連峰」はとても不遇な山である。
高さでは平凡だが、秀麗な山容はなかなか捨てがたいものがあり、けっこう我ら山好きの目にはついている。
なのに、不運なことにあのスーパースター富士山がそばにいるため、多くの人々の目はそちらに奪われ、愛鷹山はまるで無視されてしまう。

Static 今日(18日)歩いた軌跡~上のラインを右から左下へ辿り、山頂から南へ下り、右上えと戻っていく。

Dscn1056 御殿場の市街を抜けると西に愛鷹連山が見える。
右のピークがこれから登る「越前岳」1504m。対照的な左のピークは「位牌岳」

Dscn1057    

Dscn1058 足元から見える富士~南側から見るのは久しぶり。

Dscn1074 登山口の山神社にある「松永塚」の解説板。
昭和3年10月、登山道のない当時、静岡商業生徒だった松永敏男と学友が風雨のため鋸岳付近で遭難死した。
御殿場実業学校生6人がこれを悼み、愛鷹連峰一帯の登山道を開削した、との記述がある。

Dscn1060 看板に偽りあり、の見本みたいな富士見峠。
富士方向は密生した樹木で閉ざされていてまったく見えない。
もっとも昔の本では「富士の展望が素晴らしい」と書かれているので時の経過でこうなってしまったのであろう。

Dscn1061 愛鷹山中、一番の難所とされている「鋸岳」~今日はここまで行かない。

Dscn1065 富士見台からの富士~朝は全身が見えていたのに、早くもガスが包み始めている。
高名な写真家・岡田紅陽氏がここから撮った富士のデザインが、昭和13年に発行された50銭紙幣に使われていたそうだ。
いうまでもなく、私もこの紙幣にお目にかかった記憶はない。

Dscn1067 越前岳山頂 ~朝はあんなに上天気だったのに、早くも四囲はガスで覆われてしまった。

Dscn1070 ありふれているのだが、イワカガミを・・・

Dscn1068 鋸岳が近づいてくる

Dscn1071 割石峠への下り道、右手の急斜面にピンクの色が散らばっているのが見えた。・・・ハクサンコザクラ ? 愛鷹でこの花が咲くのか?
10mほど先だが、そこへはあまりに危険で一歩も近寄れない。
望遠側にいっぱいに寄せたが、コンパクトカメラの情けなさでこれ以上は寄れない。
パソコン画面でアップしてみると間違いなくハクサンコザクラにしか見えない。
ネットで検索をかけた範囲では愛鷹山でこの花を見た、という記事には出会わない。
・・・もしかしたら世紀の大発見・・・・か

Dscn1072 割石峠 ~向こうの狭い切れ間を抜ける道があるらしいが、判然としない。

Dscn1073 割石峠からは、破片岩がビッシリと詰まった急な涸沢をケルンや薄いペンキやテープなどで道のないルートを拾いながら下降する。
ウンザリする気持ちをなだめてくれるのが、時折みかけるミツバツツジである。

いつも思うが、山を歩いて失望させられることは滅多にない。
たいがいは少しばかりできかかった心の隙間が満たされて山を降りる。
今日もそうだった。
もっともこっちに惚れた弱みもあるのだが・・・。

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笠取山~多摩川源流の山

2013年5月15日

8年前、初めて笠取山1953mに登ったときの記憶はいまだに鮮やかである。
登山口の「作場平駐車場」付近の何でもないところのバックでミスをして落輪。
ケイタイの通じない山の中のこと、下の一ノ瀬まで降りて民宿の電話でJAFの救援を頼んだ。
この時応対いただいた田辺静子さんは、これから通過する笠取小屋の初代当主の連れ合いである。

Static 今日(13日)の行程 ~とても変則的な8の字か、ループタイのような軌跡をを描いている。
行程は作場平駐車場~一休坂分岐~藪沢峠~笠取小屋~小さな分水嶺~水干~笠取山~笠取小屋~一休坂~駐車場

Dscn1036 作場平駐車場脇の登山口

Dscn1037 藪沢に沿う明るい峠道 ~若葉の季節はまだここまでやってきていない。

Dscn1038 藪沢峠

Dscn1039 笠取小屋~主は今朝、駐車場のトイレを掃除していて、後で小屋に上がる、と言っていた。したがって今は無人。

Dscn1043_2 左から乾徳山~黒金山~国師岳の連なり。
この辺り一帯は奥秩父には珍しい、明るい草原で霧ケ峰の一角にいるような錯覚を覚えるほどである。

Dscn1042 「小さな分水嶺」から見る笠取山~今日は裏側に回ってから登る。
小さな分水嶺とは、この辺りに降った雨は富士川、荒川、多摩川の三つに分かれる。
意思を持たない雨滴が、地形の気まぐれに行く末を決められ、長い長い旅に出る、それに思いを馳せるとロマンを感じずにはいられない。

Dscn1047 陰になっている岩の窪みを「水干」といい、多摩川の最初の一滴がここに湧く、とされている。
今は渇水期なので残念ながらその現象は顕れず伏流水になっていて、ここから300mほど下で表流水になるそうである。
多摩川138kmの旅立ちはここに始まり、東京湾で旅を終えることとなる。

Dscn1050 笠取山頂 ~三角点は無くて、主図根点が埋設されている。
笠取山は幾つかの小さな頂で形成されていて、一番展望に恵まれているのはこの点峰ではなく、西端のピークである。

Dscn1048 南には毎度おなじみの富士~世界遺産騒ぎをよそにいつもながら悠然と。

Dscn1051 その東にダンディな大菩薩嶺 ~右端に不鮮明な富士

Dscn1052 燕山~古礼山~水晶山などの地味な山域

晴れた日の5月の光は真夏にも負けないほど強い。
なので気温は上がったが、高燥の大気は爽やかで山歩きはベストコンディションだった。
そんな恵まれた条件なのに、情けないことに疲労感は十二分になっている。

丹波山村の「のめこい湯」で強張った四肢をほぐし、湯上りのビールをグイッ・・・は我慢して下道を走って帰宅した。

 

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大ナゲシ~西上州トンガリ山のチャンプ

2013年5月9日

大ナゲシ1532m~この奇妙な名前の山の姿を見て以来、その存在感の際立つ尖峰が私を捉えて離さず、いつかはその頂に立ち、そこで私の西上州の山遍歴は一つの到着点に達することになるだろうと考えていた。
西上州はトンガリ山の宝庫であるが、とりわけ大ナゲシはその山容の、破綻のない端正さにおいて抜きんでていて、チャンピオンの称号にふさわしい、と私は少々贔屓目ながら評価している

かつての大ナゲシは大変困難な山で、私の技量では登ることは容易な業ではない、という認識を持っていた。
ところが昨今、鎖や固定ロープがセットされ難易度が低下し、私ごとき軟弱者も迎え入れてくれるらしいことが分かった。
結果はおおむねその通りではあった。
とはいえやはり一つ誤れば命とりになりかねない危険箇所はあり油断は厳禁。
それを強く自戒しながら慎重に行動して宿願を果たすことができた。

P4040135 北の立処(たとろ)山からの大ナゲシ(中央の尖峰)
左の凹部が赤岩峠で、峠の向こう側(南側)から峠へ登る。

ゴールデンウイーク明けの7日は季節はずれの西高東低の気圧配置となり、強風と低温で迎えた。
このようなときは大気がキーンと張り詰め清明になり、遠望が利く。

登山口はかつての「ニッチツ鉱山社宅跡」にある。

Dscn1000 殷賑(いんしん)をきわめたかつての面影はいずこ?主無き住まいの跡にも季節が巡れば桃の花も開くのがまた悲しい。

Dscn1002 右・群馬懸上野村ニ至ル~鉱石を群馬県に運んだ峠道の古い石標。

Dscn1031 赤沢峠下

Dscn1030 奥秩父と西部上州を結んでいた往時の重要な交易路であった峠道も、今は登山にだけ利用されている。

Dscn1007 峠から西へたどり振り反えると赤岩岳の大岩壁。

Dscn1010梢を透かして大ナゲシ。
山頂から左へ下がるラインを登る。中間に肩に当たる平らがあり、その上・下が岩場になっている。

Photo 岩場の基部。二手に分かれるので、高度感があるという左を登りにする。
岩に2方向の矢印が描かれているが、ペンキが薄れて不鮮明なので写真の矢印は修正してある。
~帰路には右ルートを下降したが、垂直10mほどの岩場でそれほど簡単ではない。

E7003a 最初の鎖場を上から見下ろす。

Dscn1013 三つめの岩場は斜上するトラバース。
ゾクゾクするような高度感があるが、八ヶ岳の遠望に救われる。

Dscn1015 頂上圏の岩場~ここは階段状で問題なし。

Dscn1029 最後の鎖場~ここも特段困難なことはない。

Dscn1016 宙に抜けると、そこは積年の宿願だった山頂~大展望に酔い痴れた。
直前まで、山頂についたら”バンザイ!”と叫ぶつもりでいたが、気持ちが昂ぶっていたせいか忘れてしまった。

Dscn1026 県境稜線の彼方に赤岳など八ヶ岳の主峰たち。右の高いのは御座山。

Dscn1018_2 南は雲取山(左)から金峰山に至る奥秩父主脈

これで心理的には西上州の山の一区切りがついた気がする。
もちろんまだまだこのエリアには足を向けるが、難しいのはそろそろこれくらいで”撃ち方やめ!”かな・・・

そんなことを、とつおいつ思いながらの帰り道だった。

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榛名・外輪尾根を歩く

2013年5月6日

榛名山は赤城山と生成過程が良く似た火山で、火口湖である榛名湖を囲んで外輪山が形成されている。
北側には顕著な山が立っているが、南側にはあまり特徴の無い尾根が連なったいる。

この尾根は標高1100mほどの湖畔から200m強の高さでしかないから丘陵のようなもので、ワンディハイクにも物足りないくらいに軽いもの。
寒気が抜けた陽春の半日(5日)この丘陵を辿ってみた。

明るい雑木の尾根筋で、それ自体は私好みだが、いかんせん湖畔を絶えず走行するバイクの音が終始つきまとい、静けさが損なわれているのが惜しまれる。

Dscn0981 松の沢峠を越える車道の傍らに登山口がある。

Dscn0985 直ぐ上に明るい草原が開けている。

Dscn0982 寄り道するつもりでコースを離れ、左の高いほうへ進むと小さな岩峰の上に出た。
目の前に榛名の奇峰・相馬山が立つ。
その左手に白凱々(がいがい)の谷川連峰が見える。
思いがけないことだったが、あまり展望には恵まれない榛名山群の中で、ここは屈指の展望台であった。

本来の「関東ふれあいの道」に戻り、西へ進む。

Dscn0986 広い防火帯~老夫妻がなにやら地面を覗きこんでいる。
近づくと花の名前を尋ねられた。
幸い私でも分かるエイザンスミレであった。

Dscn0979 このルートにはこのエイザンスミレがとても多い。

Dscn0991 本日の最高点~といってもタッタの1303mの天目山。

もう一つ「氷室山」を越えれば今日のショートハイクは終わり。

Dscn0994 雰囲気の良いナラの道。

短い行程が天神峠で終われば観光地・榛名湖畔である。
麗しい5月のうららかな日ともあれば人と車が押し寄せている。

Dscn0996

そこはもう、湖畔に立つ竹久夢二の歌碑「さだめなく 鳥やゆくらむ 青山の 青のさびしさ かぎりなければ」が詠った旅情は遠い昔のこととして忘れられ、屈託のない喧騒だけの世界になっている。


だから湖畔にヒッソリと群生しているキクザキイチゲにも、多分誰も関心を示すことはないだろう。

Dscn0997 こんな賑わいに居心地の悪さを感じている、世をすねた爺さんだけでもせめて目を向けてあげることとしましょうかね・・・。

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花のワルツ~「坂戸山」

2013年5月2日

六日町(南魚沼市)の坂戸山634mはスプリング・エフェメラル(春の妖精)たちが可憐に花のワルツを舞う舞台らしいことを知り、訪れる時期を探っていたが今日(4月29日)は開花状況と天気との兼ね合いが絶好で、久し振りに関越道を北へ向かった。
残雪期の上越地方は山麓でも簡単に春の妖精に出合えることはこれまででも知らないことはなかったが・・・。
湯沢を過ぎると流れる車窓の雪山風景はいつもながらなかなかのもので、大糸線沿線・千国街道にもそうそう負けていない。
私には飯士山、金城山、八海山、巻機山くらいしか分からないのだが、とにかく雪を厚く纏った山々が揃い踏みしているのは壮観としかいいようがなく、胸がときめくのを覚える。

Dscn0928 湯沢を過ぎると先ず八海山が見える。

Dscn0932 北上すると巻機(まきはた)山が続く。

六日町の東にある「坂戸城址」鳥坂神社の駐車場につくと満杯状態で、なんとか車体をくねらせて割り込んだ。
歩き始めるやいなや早くも、文字通り足の踏み場も無いカタクリの群落で、その間にキクザキイチゲもそこかしこに花を開いている。
そのさまはまことに無造作で、意気込んでやってくる者を肩透かしさせるようにあっけない。

Dscn0934    Dscn0937 キクザキイチゲ

地図は持たないものの、2つのコースにこれだけの数の人がゾロゾロ上に向かっているのだから後ろに着いていけばいいのだろう。

Dscn0943 キクザキイチゲの塊

Dscn0946 さすが豪雪地~標高400mあたりでも雪渓が残っている。

Dscn0937_2 尾根に出ると東に八海山(左)と中ノ岳

Dscn0967 尾根筋にはタムシバが多い。

Dscn0962 葉は見苦しいが花は実に愛らしい「イワナシ」

山頂には人の群れ~ファミリー、夫妻、グループ、単独etc
服装も実に様々~有り合わせの身支度から、そのまま2千m級の山に登れそうな本格派(少し仰々し過ぎるようにおもえますがね・・・)

ここまできて分かった薬師尾根と云うのを下ることになった。

Dscn0957 大きな雪の山塊「苗場山」 左端に「飯士山」

Dscn0965 中央に「仙ノ倉山」と右隣に「平標山」

Dscn0969 ユキグニミツバツツジというらしが、白状すると普通のミツバツツジトとの違いが分からない。

Dscn0973
春の一日、「花のワルツ」と残雪の衣装でたくさんの眼福をもらった上越の山に感謝をしながらR17を走り帰路についた。                         

                                            

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