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北茨城の低山二つを歩く

2013年4月19日

この数日間、パソコンに向かう時間が思うようにとれなくてすっかりペースダウンしていました。

こんな言い方をすると間違いなくお叱りを受けるのは覚悟のうえでいうと、筑波山という全国区の存在を除けば、茨城県には登りたい気をそそられるような山には思い当たらない。
一番高い福島県との境にある「八溝山」でも、千M を僅かに超えるに過ぎない。
その茨城へ14日~15日と「被災地応援」として二つの山を歩きにでかけた。

そして持ち帰った感想は「応援などと思い上がっていたこちらが、反対に災害から立ち上がってきた人たちの強さに感動し、温かいもてなしに、人の心の奥深さを教えられた」ということである。

一泊した「としまや月浜の湯」は津波の災害から復興したものの、客足は戻らないが、それがかえってホスピタリティを高めているのではないか、と思う。
地元の山岳会のメンバーが一行のリーダーの同級生の誼はあったにせよ「ようこそ!茨城の山へ」という気概で
コースガイドに当たってくれた。
未だに元に戻りきれない状況では、とにかく県外から人が来てくれるのが何よりもありがたいことで、だから精一杯のおもてなしをしよう、という,どん底から這い上がってきてこそ学んだことが生きているようである。

困っているようだから行ってあげようではないか、などという思い上がった上から目線が恥ずかしい。

27_original 初日に登る「高鈴山」の売りはこの「イワウチワ」

42_original 「高鈴山」623m (一等三角点)
田中澄代さんの『花の百名山』にも登場しているそうである。                                             

Dscn0868_2 下山後は観光の部に移り、岡倉天心の「六角堂」
津波で流された後、復元された。
以前見たときは朱色がもっと濃かったような気がするが、10年ほど前のことだから・・・

Cont09 その夜の宿は大津港近くの、やはり津波災害からの営業再開を果たした「としまや月浜の湯」
大きな宿ではないが、その分、家族的なサービスが暖かい。

山歩きでの宿泊は、大方はあまり快適とはいえない山小屋になる。
こんな贅沢なお泊りをすると、自分の中でうまく折り合いがつけられない。
~これからは山小屋泊まりなどできなくなりそうで心配。

90_original 朝からこれですがな~ 夕食の間違いではありません。

91_originalとしまや」社長夫妻などと。
いい遅れましたが、われわれ一行の中に、6代目との同級生が4人いるのです

見送りを受けて今日の山歩きに出発~目指すは「栄蔵室」

106_original 栄蔵室山頂。 882mだが、これでも茨城県内では最高峰。
茨城県では富士山が見える北限(距離230km)になるそうだが、本日は展望図に描かれている「絵」で間に合わせた。

ちなみに東北方面の富士が見える最遠の地は、確認されているのが、いずれも福島県下にある「日山」(距離299m)だそうである。


足をさらに「花園山」まで伸ばして下山

Dscn0873 下山後の昼食は鱒渕川魚園」
出来心で「どぶろく」を飲む。
夢のような遠い昔、これも出来心で飲んで以来になるだろう。
・・・再び飲んでみたい、という気にはさらさらならなかった。

ここも同級生の経営で、驚いたことに2日間、われわれ一行を案内してくれた地元の山岳会所属のK・Mさんが手の足りないお店の手伝いを甲斐甲斐しくしてくれたこと。
ときどきこんなことがあるそうだ。

登山のキャリアを随所で見せていただいたMさん
お世話になりました。
今度、東京近郊の山を案内させてください。
 ~せめてものお礼をしたいので・・・・・・

お礼ついでにもう一つ。
ものぐさな私と違い、いつも細やかな撮影の成果をチャッカリブログに利用させていただいているSさん、Iさん、Kさんに声を大にして”ありがとう!”をお伝えします。

駆け足で2日間の登山とも、観光ともつかない様子をアップしました。
~やっつけ気味なので、文章の脈絡などバラバラじゃないかと心配・・・エッ、やっつけでなくたって、普段からけっこう乱れている、ですって・・・ごもっともなことで・・・。

                                                        

                                                        

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コメント

北茨木というところにはほとんど縁がなく、したがっていつかは行ってみたいと思っていた五浦六角堂もとうとう行かず仕舞いで、惜しくも二年前の津波に流されてしまいました。
今の建物はそっくり再現されたものですね。でもいち早い再現良しとすべきですね。。。

さぞかし食卓は新鮮なものが揃いましたでしょうね。
ここのところのハードな山歩きはお元気の証拠、何よりです。

投稿: おキヨ | 2013年4月19日 (金) 17時42分

おキヨ様
日本全国の津々浦々はどこへ行っても、それぞれに固有の風光、食べ物、歴史、文化、人情などがあり、失望させられることは滅多にないと思います。
なので知らない土地を訪ねることはいつまでも続けたいものですが、現実はそうはいきません。
せめてあと数年分でいいから、過ぎた歳月を後戻りさせられれば、諦めた夢が叶えられるのに・・・悲しいことですが、どうにもなりませんね。

再びの若葉の季節です。
老いの嘆きは横におき、晴れたら山へ、降ればグータラを続けます。

投稿: 風花爺さん | 2013年4月19日 (金) 20時59分

涙がこみあげて来る様な、心温まるお言葉!いつも素直だと良いのに!!ちゃらんぽらんより!!

投稿: | 2013年4月19日 (金) 21時09分

ちゃらんぽらん様
あの席でのこの言い方はもちろんジョーク(あまり上質ではありませんが・・・)です。
実際にそうは思っていないことは、今回の企画が念入りに準備されていたことが随所にうかがえ、内心たいへん感心していたことを、折に触れ言葉にしていました。
お陰で見所がテンコモリで、実に変化に富んでいて、ただ山を歩いて帰ってくるだけのいつものことが少々色あせてしまいそうです。
正直言うと、行くまではあまり期待はしていなかったのに、帰りには持ちきれないくらいのいい思い出が一杯でした。

投稿: 風花爺さん | 2013年4月20日 (土) 07時02分

女性リーダーの企画、用意周到本当に楽しい2間でした。
応援なんてとんでもない、風花お爺ちゃん言われる通り
あったかい心のお土産を沢山頂いて帰りました。「ありがとう」
今後も女性の企画をどんどん採用して下さい。

投稿: いっちゃん | 2013年4月24日 (水) 18時25分

いっちゃん様
いいですね、人の心の温かさに触れられることは・・・。
ことに東北の(茨城は東北ではないですが・・・)人たちは心の内を表現するのは得手ではないようですが、その分、ジンワリ伝わってくるように思います。

当会も多士済々、人材豊富で先々楽しみです。
女性陣にも飲み会だけではなく、行事面でも大いにその元気を発揮していただきましょう。

投稿: 風花爺さん | 2013年4月25日 (木) 07時17分

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