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思い立っての「榛名・掃部ヶ岳」

2013年3月5日

朝(4日の)山日和になりそうな気配があった。
山荘にいる間は特にしなければならないこともないので、こんな日に山へ行かないことはむしろ苦行になる。

どこにする?手近なところで・・・
そうだ、冬の榛名には登っていないな~この思いつきは悪くないぞ。
という次第で、とりあえず榛名に向けて車を走らせる。

Dscn0682 向かう途中からの榛名連山~右端には浅間が見える。
初めは取り付きのよい水沢山に決めていたが、水沢観音の分岐直前で急に変心した。

”路面には雪が全く無いから、この分なら榛名湖まで行けるだろう。それなら掃部(カモン)にしよう”・・・ヘイ!カモン・・・~ナーンチャッテ・・・。

Dscn0684 榛名湖へのとちゅうにある高根展望台から。
小野子三山(左)と子持山(右)の間に白い「上州武尊岳」

Dscn0685 谷川連峰~平標山(左端)から谷川岳(右端)

Dscn0688 鳥甲山、白砂山、佐武流山から右の苗場山も続く。

Dscn0691 全面結氷の榛名湖。正面はいうまでもなく榛名富士。

Dscn0694 上の写真の撮影位置の傍らにある竹久夢二の歌碑。
中学2年の修学旅行の時、ここで記念撮影しているな・・・。
~セピア色の記憶。

いつもの駐車場が雪で閉鎖なので、国民宿舎「吾妻荘」の脇に駐車。
先着していた世田谷からのご夫妻が準備万端整え出立した。
手近にあるものを引っ掛けてきただけの、みすぼらしい私も追随。
車道から分かれる登り口でアイゼンを履く。
この仕度の間に私が先行することになる。
雪面はこの週末の入山者のお陰でシッカリ踏まれすこぶるラクチン。
嫌な木段も雪の下で快適に登れる。

Dscn0698 一面の雪だが、積雪量は多くない。

Dscn0699 見下ろす白い榛名湖。ただし、左半分は見えていない。
Dscn0700 山頂直下

Dscn0701 白い浅間山だけが存在感を見せ、他はかすみ気味。
暖かい大気に包まれ30分ほどボンヤリ過ごして下山。
下り始めると完全装備の世田谷のご夫妻が登ってきた。

早々の下山のわけは、吾妻荘の展望風呂に入りたい一心からだったが、いざ玄関に立つと「休館」の掲示。
実は、月曜だから休館ではないかな、と内心予測していたがその通りになってしまった。
宝クジなどにはチットモ当たらないのに、こうした予感は必ず当たってしまう、この間の悪さ・・・・。

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登山」カテゴリの記事

コメント

地理に疎い私、榛名方面から浅間山が見えることをまったく知りませんでした。このつぎにこの場所を通った時には、おかげさまで雪のないでも判ると思います。。。^^ゞ

あらら、国民宿舎が休館だったんですね。
国民宿舎も他の施設同様月曜がお休みとは意外でした。
やはり一般のホテルとは違うんですねえ。。。

投稿: おキヨ | 2013年3月 7日 (木) 12時43分

私の行動範囲は極めて狭くて、榛名方面にも行ったことがありません。どの写真も珍しく、榛名湖は全面結氷するのか…と驚いています。

それにしても「掃部」、どうしてカモンと読むのか不思議でなりません。縫部、織部などは簡単に読めますし、漆部(ぬりべ)もなんとか…。

>「それなら掃部(カモン)にしよう”・・・ヘイ!カモン・・・~ナーンチャッテ・・・。」

この一行のおかげで、わからなくても多分これからは読み方を忘れないことでしょう^^。

投稿: 淡雪 | 2013年3月 7日 (木) 13時13分

おキヨ様
あの日は他にもついていあいことがありまして・・・。
渋川から伊香保温泉へのほぼ中間くらいのところに、最近「支那そばや」という店が開店しています。
支那、という言葉を使うのはタブーでしょうが、この店は昔懐かしい支那そばを復元しています。
この店で昼にしようとしたのですが休業日でした。
風呂も食事も、かけがえのないことではないですからどうでも良いのですが、こういう間の悪さというのにはしばしば出くわします。
たまに行く店に限って、その日が休み、という・・・・。
榛名山やその周辺では大抵浅間山は見えますが、場所によっては高い位置でないと見えないこともしばしばあります。
車では榛名湖西の「杖ノ神峠」から見えたと思いますが、一部路面が悪いですし、今は雪で通れません。

投稿: 風花爺さん | 2013年3月 7日 (木) 13時52分

淡雪様
意表を衝かれた思いです。
「掃部ヶ岳」をどうして「カモンガタケ」と読むのか?
そもそもその由来はどうゆうことか?
手元にある『日本山名事典』『榛名学』その他を開いてみたのですが、役に立つ解説は皆無でした。
私は半世紀以上の昔から当たり前のように読んでいて、今日まで何の疑問も抱いてなかったですね。
云われてみれば尤もな疑問です。
山の名前の解明はとても難しく、ものによっては不可能なものもあります。
もともと発音だけで、文字を持っていなかった私たちの祖先が、輸入された漢字を充てて、山の名前にしたことなどさまざまな理由で、現在用いられている山名が定着しているのですが、ここにいたるまでの経過はとても複雑のようです。
掃部の場合などその最たるもののようです。

「知」の探求の道はまことに遠く、険しいですね・・・・ナーンチャッテ・・・。

投稿: 風花爺さん | 2013年3月 7日 (木) 14時05分

風花爺さん様

すみません。お手数をおかけしました。
「掃部」は平安時代?あたりからの大蔵省の管下の組織(典鋳・掃部・漆部・縫部・織部)の一つ、どうも宮中の清掃、設営、営繕を担当した(古語辞典によれば)らしいのです。
山にも地理にも歴史にも疎いので、それとこの山の名前が関係があるのかどうか、そのあたりがもうさっぱり分りません。
でも、平安時代か、もっと古くから、この山が「カモンガタケ」と呼ばれていた(多分)ことを思うと、「悠久」という言葉が浮かびます。
それと、いつか書いていらっしゃった無名の山、掃部ヶ岳とともに、今気になる山です。
考えても解らないことなので「ヘイ!カモン」で行きますね^^。

投稿: 淡雪 | 2013年3月 7日 (木) 15時35分

淡雪様
「掃部」についてはお説のように解説されていますね。
それがどのような理由でこの山の名前になったか、ということになると、私にもサッパリ分かりません。
推測を巡らすといろいろ挙げることができるかも知れません。
例えば、良くある例ですが、何らかの理由で「カモン」と呼ばれるようになって、その後「掃部」という文字が充てられた、というようなことです。
あるいは「カモン」ではなく別の呼び名があったのに、いつしか「カモン」になって「掃部」が充てられたとか、などですね。
最近、榛名の山麓で、火山灰に埋もれた、武者の遺体が発掘されて話題になりましたが、それは無関係でしょう。
宮崎県に「掃部岳(カモンダケ)」という山があり、それと対を成すように「式部岳」というのがあるそうです。
これなどは何か曰くがありそうですね。

投稿: 風花爺さん | 2013年3月 7日 (木) 20時16分

風花爺さん様

ありがとうございました。
呼び名が先にあって、のちに漢字が充てられた…その他いくつもの可能性があり、定着までに複雑な経緯があったかもしれないということですね。
「難読山名」で検索しましたら、掃部岳の名が載っていました。
宮崎県にもあるんですね。
山の名前…難しいですが、いろいろ考えさせられ面白く思います。

投稿: 淡雪 | 2013年3月 8日 (金) 08時02分

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