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初登りは「甲東・不老山」へ

2013年1月5日

恒例というか惰性というか、身内での型どおりの新年の祝いと、明治神宮初詣そして駅伝とWOWOWの「クロサワ」映画とで3ヶ日は瞬く間に過ぎた。
ボチボチエンジンに点火しなくてはなるまい、ということで昨日(4日)初登りに・・・。

行き先は、できれば縁起の良い名前がよろしい、ということで以前から暖めていた「甲東・不老山(ざん)」 839m
丹沢にも同名の山があるため、山歩き人の間ではそれと区別するため「甲州の東にある不老山」ということで甲東・不老山となる。

名前は以前から知っていたが、さてその姿となると、中央高速・談合坂SAの直ぐ北にあるらしい、程度の知識しかなくて、ドレがソレとは特定できないでいた。
今日の中央道走行中に、多分アレ(だろう)!と指摘出来たが、この辺りでは存在感のある扇山とか権現山に比べ「不老」などと立派な名前をいただきながら、およそ風采のあがらない里山である。

上野原から路線バスが運行されているのだが、昨今の地方バスの例にもれず、山に行くには誠に都合の悪いダイヤで、止むを得ず、駐車の懸念を抱きながら車での山行になった。

幸いにして都合よく登山口付近の路側にスペースがみつかった。
長閑な「西不老」の集落で、古老から「ふろうざん」との読みを教えられた。
人家が終わり山道に入れば、いつもの退屈な植林の中での辛抱、シンボー。
今朝はこの冬一番の冷え込みだったが、南面からの登りになるので、時おりは陽光の恵みも得られる。

Dscn0523
金比羅大権現に着くと南の方が開け、毎度お馴染みの・・・
左下が中央道の「談合坂SA」
そういえば絶えず遠くの潮騒のように走行音が聞こえていますね~

主尾根の登りは植林の中で寒々とした日陰ばかり。
弱いながらも風もあり、あまりの寒さに情けないかなひとりでに鼻水が垂れてしまう。

Dscn0526 標高差500mで山頂。南と東が伐採されていて開放的。

Dscn0524 丹沢の主峰 蛭ヶ岳(左) 桧洞丸(中央) 大室山(右)
山麓の集落、中央道、大野貯水池、相模湖、高柄山などが前景にある。

Dscn0525 再度の登場になるが・・・

気温は低いが、山頂の陽だまりでテルモスの熱いお茶でヌクヌク過ごした。
北へ向かい「高指山」を経由して下山。

Dscn0529 下りついた「桑久保」という集落の佇まいが素敵だった。
南傾斜の住宅地は太陽の恵みを十分に受け、今風の家が程よい間合いで並んでいる。
凧揚げに興じている人たちの笑顔にもここの暮らしの豊かさがうかがえた。

かつてはわら葺の家並みだったろうが、その頃に訪れていたかった。

帰路、近いうちに歩いておきたい「君恋温泉」から扇山への登山口を下見するためより道。
君恋温泉で様子を訊ねていると、山歩きスタイルのご夫婦が湯上りの挨拶をされていた。
どうやら鳥沢駅か四方津駅へ歩いていかれる様子。
丁度「大野貯水池」経由で四方津駅へ向かうつもりでいたので同乗のお誘いをした。

途中、立ち寄った「大野貯水池」は55年ぶり。
あれは水辺を彩る桜が満開の季節だった。
立ち並ぶ店などの様子は記憶に残る姿そのままで、55年を一気にさかのぼった。
しかし、あの時一緒だった人の消息は途絶えたまま・・・。

こうして今年の第一歩を踏み出した。
遠くにある目標を思えば、余りにも小さな一歩でしかない。
でも、そんな小さなものを積み重ねていけば、やがてそこに到達できる道であることは毎年の経験で学んでいる。

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コメント

風花さま~ 新年おめでとうございます。
今日は1月6日、なんか瞬く間に日々は過ぎ去って行きますネ。

甲東.不老山初登りお疲れさまでした。
マイナーな山とはいえ、素晴らしき富士山の霊峰と
丹沢の名峰が展望できるなんて・・・羨ましい限りどす。

こちらは白き伊吹山が見えると歓声を上げる程度どすがな・・・
次なる山にも下見を心がけられさすがと感心させられます。

それにしても今回の北アルプスの雪山遭難、毎度のことながら
何も無理してまでと思うのは素人の考えでしょうか・・・?
何はともあれ今年もよろしくです。

投稿: かおり | 2013年1月 6日 (日) 09時08分

かおり様
遅ればせながらおめでとうございます。
こちらこそ、変わらぬご交誼をお願いいたします。
今年もサラチャンとの二人三脚のブログを楽しみに拝見いたします。

加齢とともに生への執着は自然に強くなるのか、不老長寿へのこだわりが滲み出てしまいます。
「不老山」に登れば少しは寿命が伸びるのか・・・
そんな甘いものでないことはもちろんですが。

東京近郊ではどんな低山でもたいてい富士山が見えます。
もっとも、平地でも見えるのですから当たり前ですが・・・。
逆に富士山だけのひとり勝ちになってしまいがちで、他の山にとっては大いに迷惑かもしれませんね。

年末年始のアルプスでの遭難は毎年繰り返される悲劇ですね。
厳冬期でのアルプスの厳しさは、相当な経験を積んだアルピニストにとっても、決して容赦しない試練を課すのですね。

私ごときそこらの低山アルキニストも、他山の石として心すべきと思います。

投稿: 風花爺さん | 2013年1月 6日 (日) 09時36分

初登りとしては〔不老山〕と名前の山はいかにも縁起がいいですね。
今日の日曜美術館は葛飾北斎の富士さまざまを取り上げていましたが、風花さんの登られた不老山の角度を北斎が知っていたなら必ずや出向いたと想像します。
この角度から望む富士山は天に向かい直立、というふうには見えずやや右にかしいているように感じますが。
ちょっと気を抜いた富士山のように見えてなんとも親しみをもてます。
あるいは風花さんのカメラの腕前かもしれませんね。

投稿: おキヨ | 2013年1月 6日 (日) 12時31分

おキヨ様
初登りの山の名前にこんなふうにこだわるのは、少しでも長生きしたいという魂胆が見え透いていて、動機が不純です。

この富士山は旧甲州街道沿いからの姿です。
北斎が甲州街道も歩いていれば、波が少しも描かれない違った「富嶽百景」が生まれたかも知れませんね。
一見、端正そのものに見える富士山も見る位置によって微妙に形を変えますし、完全な円錐形でもないですね。

人間と同じで、少しは破綻があった方が味が出るのではないでしょうか。

投稿: 風花爺さん | 2013年1月 6日 (日) 14時20分

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