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花嫁の越えた峠~丹沢・はなじょろ道

2012年12月15日

串田孫一さんが生涯に遺した膨大な作品の中で、私が好きなものの一つが「花嫁の越えた峠」です。
串田さんの山紀行は、その場所がどこであるかが分かる固有名詞を入れないのが特徴です。
花嫁の越えた峠も、その峠が何峠であるかは分かりません。
ところがこの峠が甲府市の北のほうにある「黒平峠」であることを『ひとり旅』で明らかにしています。
それを知ったのは割りに最近のことですが”あァ、そうだったのか”と長年の謎の一つが解けたのを喜びながらも、落胆もしました。
それは”あの峠だろうか、この峠なのか”と想像をめぐらす楽しみが失われてしまったためですね。
歩くことしか移動手段の無かった時代では、縁があって嫁ぐとき、険しい峠を越えていかなければならない場合もかなりあったのではないでしょうか。
したがって「花嫁
越えた峠」は全国至るところにあったはずです。

私が13日に歩いた「はなじょろ道」もそんな峠越えの道の一つのようです。
この峠のことを知ったのは、3
年前、丹沢・高松山からジダンゴ山をつないで歩いた折り、稜線の途中を横切っていた「ヒネゴ沢乗越」に「はなじょろ道」の表示を見たときです。
正確な意味は分からなかったのですが、何か由緒ありげな名に惹かれ、いつかこの峠越えの道を歩いてみなければ、と思いました。

いつものことながら”その内に、その内に”などと一日延ばしにしていると、気がつけば長い無為の日々が流れていました。

真冬並みの寒気に包まれている日々ながら、中央丹沢の懐の「田代向」でバスを降りた時は無風で、中津川を渡る空気も心なしか優しく思えました。
Dscn0495 田代・中津川上流の「鍋割山」辺りの稜線

随所に立つ標識に導かれて「虫沢」の集落に入ると、そこにその由緒を印した標識が立っています。
Dscn0498

かつて、この峠(ヒネゴ沢乗越)は、それを挟んだ東の「田代」と西の「共和・八丁」を結ぶ生活道が通っていたそうです。
日本全国どこにでもある時代の推移の中で、いつしかこの古にし道も廃道化してしまいます。
それを3年前に峠の東西の篤志家たちがこの古道を甦らせるプロジェクトをスタートさせたようです。
彼らの情熱と古道への愛着がいまある、花嫁も越えた道として甦りました。

Dscn0501 虫沢集落の奥で林道と別れ山道になります。
間伐材を利用しての、整備の行き届いた道で、歩くのがとても楽です。

Dscn0502 峠の空が木立の間に近づいてきました。

Dscn0503 峠「ヒネゴ沢乗越」 720m
嫁いでいく花嫁の心中には、揺れる思いが一杯だったのでしょう。
そうした思いを胸の奥に閉じ込め、望郷の念に引かれる後ろ髪を断ち、こんな険しい山道を花嫁は辿ったのでしょうか?
今はその哀歓を偲びようもありません。

西の八丁へ下る道は、東側に比べ整備が遅れているのか、ところどころで道型が消えてしまいます。
ただ、途中大きな富士が望めるビュー・ポイントが2ヶ所あります。

Dscn0505 富士見台から大野山を前景にしての富士
峠を越える花嫁は、登ってきて振り返り見た富士に、改めて去ってきた家郷を偲んだのでしょうか?
あるいは峠を下ってきた初めて目にした富士に、これからの生活に希望を見たのでしょうか?

皆瀬川に下り着くとあるはずの2本の橋は無く、しかし水量が減っている流れは渡渉には困ることも無く、民家の無い八丁に降りました。

後は陽が傾いた谷間の車道を7km、たんたんと歩くだけ。

Dscn0510 散るのを待つだけの名残の紅葉

Dscn0511 都夫良野トンネル付近の東名高速の幾何学模様

Dscn0514 花嫁に出会うこともなくゴールの御殿場線「山北駅」到着。

花嫁の越えた峠をおりた串田さんは、甲府へ出て大好きなカツ丼を食べるのですが、私は缶のお汁粉をすすってお終いでした。

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コメント

「花嫁の越えた峠」…タイトルだけで様々な想像が膨らみ、期待で一杯になります。近いうちに是非読みたいと思います。
ところで「峠」ですが、私が育った市(生活圏)には坂道がありませんでした。峠という言葉を知ってはいても、実際に歩いたこともなかったのです。恥ずかしいことです。
記事を拝読していると、けわしい峠を越えたところには全く文化の違う村がありそうで…花嫁の「揺れる思い」の内容を色々と想像し涙がこぼれそうになりました。
余談ですが、今秋、しばらくお世話になった標高の高いところにあるお宅からは富士山が大きく見えて感動!そこの小さなお子さんがいう「たぬき湖」が「狸湖」ではなく、「まかいの牧場」が「魔界の牧場」ではないことも知りました。「俺たちゃ町には住めないからに…♪」という歌が昔はやりましたが、そういう体質になった私には、山の空気がひたすら恋しいこのごろです。

投稿: 淡雪 | 2012年12月16日 (日) 14時06分

淡雪様
私が育った生活圏も関東平野の端にあったので「峠」という地形を知らずに育ちました。
それが、山歩きをするようになって半世紀を超える間に、数え切れない峠越をすることになりました。
山の稜線がたわんで、その向うに空がひろがっていて、あそこに立つとどんな景色が待っているのか、そのトキメキはそんな場面でしか湧いてこないものです。
しかし、往時、生活の必要に迫られて険阻な峠越えをしなくてはならなかった人々の苦労はいかばかりだったでしょう。
時に、今は忘れられてしまった峠に立って、感慨にふけたりしますが、それは峠越えの辛さを知らない者のセンチメンタルでしかないですね。

お書きになったものを拝見すると、静養で過ごされた場所は富士山の西側・朝霧高原辺りかと推察しました。
「狸湖」は「田貫湖」で、「まかいの牧場」はそのままですね。
私の10月10日のブログで「田貫湖」から「長者ヶ岳」に登ったものをアップしています。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月16日 (日) 15時34分

10月10日の記事を拝見しました。
これまでにない、お体の不調…普通の方は病院で検査を受けるところですが、風花さまは山に! そこは信念や哲学に基づいてのことなのでしょうが…心配です。
静養していましたのは、田貫湖や朝霧高原に近いらしい山の中です。細い山道を車でクネクネと登り、不安になった頃にポッカリと現れる木々の豊かな美しい町でした。別荘として使っている方も多いためかとても静かです。
そうそう、「まかいの牧場」は、土地の人によると、もともとは馬飼(まかい)の牧場だったようです。

投稿: 淡雪 | 2012年12月16日 (日) 21時55分

淡雪様
私とてそこらにゴロゴロしている(失礼)ただの爺です。
したがって具合の悪いところがあれば検査もしますし(ただし、嫌々ながらですが・・・)必要なら治療も受けます。
心臓は年に2回チェックをしていますし、先日は脳のMRIを撮りました。
幸いなことにいずれも健全なようです。
もう一つ悩まされていることがあるのですが、これも近いうちに検査の結果が判明するようなので、どう対処しなければならないかがハッキリすると思っています。
赤の他人の私の健康のことでご心配をおかけしているようで申しわけなく思います。

私の山歩きは、他の人もそうでしょうが、ただ体を動かしたいという動物的な衝動からで、そこには哲学とか人生観とかの、自慢できるような動機は無いのです。
残念かつ申し訳ありませんが・・・。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月17日 (月) 14時58分

風花さま どうかお気を悪くなさらないで下さい。
拝見するようになってまだ日が浅いため、私の方に誤読誤解があったかも知れません。病院で検査を受けても異常なし、にもかかわらず現れる、原因不明の不調という意味だったのですね。心臓も脳も健全とのこと、安心いたしました。
お好きな山歩きを長く続けられますよう、お祈りいたします。

投稿: 淡雪 | 2012年12月17日 (月) 21時14分

淡雪様
私の方こそ、意に反して文章が切り口上になっているようで、かえってお気を悪くされることになってしまったかと反省しきりです。
文章で意図するところを正確に伝えるのは難しいですね。

山に登って降りてくる・・・実に単純な行為なのですが、私には(いや、多くの山アルキニストには)心と体に多くの恵みをもたらしてくれます。
超高齢の先輩登山家の例も多く、その背中を見ながら私もできるだけ長く続けたいと願っているところです。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月18日 (火) 06時45分

風花さま~ こんにちは!

此方はクリスマス寒波でしょうか、厳しい寒さが続きます。
東京の方は如何でしょうか・・・?
今年も残すところあと1週間ばかり、加齢と共に
瞬く間に月日が経っのが早く感じられます。

京都北山にも数多く峠道が存在し、峠にはお地蔵さんなどが
祀られています。。
はなじょろ道にもありますようやはり山村から村落へと
花嫁さんが越えて行ったのも事実のようです。
北山のピークに立つには必ず峠道に達してから山頂に出ます。

昔の人は雨の日も風の日も峠を越えて若狭から
活きのよい鯖を京から物流を運んでそうです。

これらの古道は鯖街道と呼ばれ、昔を偲んで
徒歩で京から若狭へ歩く人も増えているようです。

但し峠から雄大な富士山が眺められる関東方面とは違って
こちらは至って地味なありふれた山里風景しか得られませんが・・・

投稿: かおり | 2012年12月24日 (月) 13時20分

かおり様
この冬の寒さは関東地方でも半端ではなく、”真冬並みの寒気”という言葉がしばしば使われています。
老いの身には一段と応えています。
世間に明るい話題が乏しくて、心も冷えがちですね。

「峠」には旅情とか哀歓とかがありますね。
昔の人は喜怒哀楽のどれかを背負って峠越えをしなのでしょしょうが、古い峠にはその残影が漂っているような気がします。
今はトンネルで峠を抜けてしまうので、古い峠はおおかた消滅する運命にあるのでしょう。
これからは意識的に峠の古道を歩いてみようと考えています。

いよいよ「北山」も本格的な雪の季節ですね。
サラちゃんとの山歩きのブログをいつも拝見しています。

今夜は私にはもう何の関係も無くなったイブ。
どうか良い年をお迎えください。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月24日 (月) 20時23分

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