« 西上州の寂峰「トヤ山」 | トップページ | ばばとじじに逢いに~西上州・御堂山 »

孫に引かれて「三ッ峠山」参り

2012年11月21日

このブログに何度か登場させている一番上の孫娘が”jisyannと山に登りたい”と言う。
これまでにも何度か同じようなことを言っていたが、社交辞令ではないかと聞き流していたところ、どうやら本気らしい。
彼女はこの春アメリカの大学を卒業したが(本来なら昨年夏のはずが遅れて)日本で働きたいと希望している。
しかし日本の企業は彼女に冷たく、目下のところアルバイターである。

山でもビギナーだから「大菩薩」あたりが無難であろうと行き先を決め、20日(火)朝8時スタート。(遅い!)

中央高速を走っている間、今朝も富士山がご機嫌よく近づいてくる。
富士山は一昨日(18日)「足和田山」でゲップが出るくらい眺めた。
なのに突然気持ちが変わった。
”孫にはデッカイ富士山を見てもらおう、それには「三ッ峠山」が一番だ・・・”と。
もう、名古屋方面と河口湖方面との分岐点直前だった。
地図の用意はないが、周辺も含めて何度も歩いているから記憶頼りでも何とかなるだろう。

旧みさか道の途中から三ッ峠登山口に入り既に満車に近い駐車場に割り込ませた。

ここからは山頂近くまで無限」軌道車が走行する広くて緩い道。
孫は私にペースを合わせ、英会話のレッスンなどしながらノンビリ歩く。

1時間半ほどで登りつく山頂からの富士山には孫も痛く感動していた。

Dscn0436 山頂直下からのお富士さん

Dscn0441    Dscn0443   Dscn0443_2

これだけでは彼女には物足りないだろうと「御巣鷹山」を経由して北の「大幡八丁峠」まで足を伸ばし、周回して戻ることにした。

Dscn0444 右の黒岳から左の鬼ヶ岳への御坂主脈
背後の白銀のやまなみは南アルプス

Dscn0445 山頂からの東側の眺望。
一番奥が丹沢山塊、その手前に左の「菜畑山」~「今倉山」そして右の大きな「御正体山」などの道志の地味な山々。
町並みは富士急沿線の都留市あたりか?

三つ峠から北へのルートはいわば裏道で、人影は絶える。
自然林の中で山好きには好ましい山道なのだが、そうではない人には向かない地味なルートになので、歩く人が極端に減る。

Dscn0447 途中「森の隠者」カモシカに出会った。
隠者の称号にふさわしく静にたたずんで視線を合わせていた。

アップダウンを繰り返して明るい送電線鉄塔の下に出た。
いつかここら東の「宝鉱山」へ歩いた下り道は悪路だったな~。
此処には反対側の、西から林道がきている筈。(これが記憶違いだったことは間もなく分かるが・・・)
ところが明るく伐採されている斜面には林道とはほど遠い細い道が下っているだけ。
伐採作業で林道は付け替えになったのかな・・・?
明らかにおかしいがそのまま細い道を下った。
やがて沢に沿う道になったが、それも暫らくで消えてしまった。
ことここに至っては”道迷いだ!”そうは思ったものの、孫の前で動揺を見せるわけには行かない。
”jiisyann道をロストしちゃった”さり気無く言い、水のない沢の中や、疎林を縫って下降。
目安になる「御巣鷹山」が見えているので方向を間違える気遣いは無い。
ところがやはり懸念していた障害物「堰堤」が現れた。
左へ巻くとあるかなしかの細い道型が現れた。
再び「堰堤」~ルートを探っているとその先を走る車が横切った。
それは本来歩いて下るべき林道のはずだろう。
堰堤を巻いてパスすると林道で程なくスタート地点の駐車場に戻った。

鉄塔の位置で西へ下ってしまったが、あのままもう20分ほど北へ進めば予定の林道終端に出たのだ。

結果的には戻る時間を30分くらい短縮できたことにはなった。
孫もプチ・アドベンチャーを”面白かった”とは言ったが、不用意に、かつ気軽に行き先を変えた咎めが出たことについては、終わりよければ全て良し」で済ませるわけにはいかない。

みさか道を下り、途中の「桃のさと温泉」で体を温め、彼女の好物、季節はずれの「かき氷」などを食して、黄昏の中央道で帰宅した。

     

|

« 西上州の寂峰「トヤ山」 | トップページ | ばばとじじに逢いに~西上州・御堂山 »

登山」カテゴリの記事

コメント

お二人にとって良い一日となりましたね。
お孫様がこののち、山歩きの魅力に取りつかれるにしろ、これきりの事にせよ、思い出に残る記念すべき一日ではなかったでしょうか。
それにしても、最初に拝見した少女の頃のお孫さんがなんと立派な女性になられて。。。

お孫さんの成長を、可能性を見守る喜びは何事にも代えられないでしょうね。

投稿: おキヨ | 2012年11月26日 (月) 15時05分

おキヨ様
いつも身近にいるせいで成長ぶりはあまり実感しません。
精神面でも言動でも幼さが抜け切れていないようで、この時の山頂でのほかのグループとの対話でも、年齢を聞かれて”22才です”と答えたところ”17才くらいにしか見えない”と言われ、どう反応してよいのか戸惑っていました。

どういう人生を歩むにしても、普通の祖父母などに出来ることなど多寡が知れています。
生きている間は気を揉みながら、見守るしかないでしょう。

その上で私は私の残り少ない時間を刻んでいきます。

一時の不調を乗り越えられたおキヨさんにも良い日々が続きますよう・・・。

投稿: 風花爺さん | 2012年11月26日 (月) 16時36分

22歳の美しいお孫さんがいらっしゃるのですね。
一緒に山登りができるなんて、素晴らしいことですね。
私の祖父は、ひとりは3歳(私が)の時に、もうひとりは高校生の時に亡くなりました。祖父たちの思い出は今も暖かく胸に残っています。それでももう少し一緒にどこかに出かけたり、いろいろなことを教わりたかった……年をとってもそう思います。
風花様はもっともっと長生きして、お孫さんと沢山の山に登ってくださいね。
しばらくご無沙汰しましたのは、もともと弱い気管に問題が起こり、医師の勧めで空気のキレイな山の中に避難していたからです。人様の好意に甘えたわけですが、「風花様の二住生活」のようなことが私にもできたら……しばし森の隠者となって深く深く考えました。

投稿: 淡雪 | 2012年12月 1日 (土) 14時40分

淡雪様
そのような事情があったのですか。
良く知りませんが、器官に関わる疾病は空気の良いところで暮らすのが良いらしいですね。
東京も一ころに比べたら随分大気汚染も改善されているようですが、それでも樹木が浄化作用をする自然に比べたら劣悪であることは確かなことでしょう。

私も祖父との触れ合いはないままでした。
この孫を含めて4人の孫は圧倒的に祖母派です。
爺さんは少し煙ったいのか少し距離があります。
それでもこの写真の孫だけは私とも付き合ってくれるのです。
これからもいくばくかの交流ができれば、それらの一つ一つが私にはかけがえの無い宝物になるのでしょうね。

すっかり寒くなりました。
ご自愛の日々でありますように・・・・・・。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月 1日 (土) 20時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/393418/47914210

この記事へのトラックバック一覧です: 孫に引かれて「三ッ峠山」参り:

« 西上州の寂峰「トヤ山」 | トップページ | ばばとじじに逢いに~西上州・御堂山 »