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2011年3月

「仰げば尊し」の謎が解けた

2011年3月27日

日を追うごとに増えていく犠牲者と安否不明者。
自分が生きている間にこのような大惨事が現実のものになるとは・・・
何も出来ないチッポケな存在の自分なのに、立ちすくんでいる。

あれから2週間経ったのに、未だに救助が入れないで孤立無援の状況に置かれている人たちが大勢、各所に分散している。
口にするものがあるのだろうか?
病に苦しんでいるのではないか?
春寒の中でどうのように寒さをしのいでいるのだろうか?

自衛隊が、消防が、警察が、そして全国から駆けつけているボランティアが、昼夜分かたず懸命の救助活動を続けているのに・・・である。

それなのに、何不自由なく安穏に暮らしている己。
せめて身を慎むことくらいしか出来ないのに、このブログだけは時期のものだけにアップしておきたい。

3月はいうまでもなく別れの季節。
今年は辛くて、悲しくて、痛ましい卒業式も多かったろう。
いや、それすらも出来なかった学校すらも・・・

もう随分以前のデータだが朝日新聞で「別れの歌」ランキングと言うのがあった。

「贈る言葉」とか「いい日旅立ち」とか「なごり雪」などの新顔に混じって2番目にランクされているのが「仰げば尊し」。
今なら「旅立ちの日に」というのが定番だろうから、これすらも一昔前のデータには違いない。

いずれにしても私世代の定番「蛍の光」は消えていても「仰げば尊し」は健闘している。
その「仰げば尊し」は長いこと「作詞者・作曲者」不詳ということになっている。
その出自は小学唱歌最大の謎、とされていた。

この曲が「小学唱歌集・第三篇」に採用されたのは明治17(1884)年のこと。
そのときは「あふげばたふとし」となっている。

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明治維新により近代国家を目指した文部省は、西洋音楽の導入のためアメリカから音楽指導者「ルーサー・ホワイティング・メーソン」を招聘し「小学唱歌」の編纂をした。

メーソンが編んだ小学唱歌はとうぜんながら欧米の民謡や歌曲などが中心となる。
曲はそのままながら、詞の方は訳詩らしいのもある、ほとんどは原詩とは似ても似つかぬもので、作詞といっても差し支えないものです。

例えば「夕空晴れて秋風吹く 月影落ちて鈴虫鳴く」」という唱歌があるが、元の詞は「二人が会うのは麦畑 こっそりキスするいいじゃないか」と、実に素朴な農民の歌である。

卒業式で毎年、多くの嗚咽を呼んだ「仰げば尊とし」もそうした輸入音楽の一つとみなされていたのだが、一体生まれた国はどこなんだ?と言うことが今日まで解明されままであった。

それが、長いこと小学唱歌の研究をされている、桜井雅人・一橋大名誉教授にうよってその出自が突き止められた。

それによると19世紀後半、米国で世に出た「Song For The Close Of Schcol」が原曲であると判定された。

作詞はT・H・ブロスナン、作曲者はH・N・Dとだけで不詳である。

発表された楽譜では曲は同一であり、歌詞も「卒業の歌」であることから、この判定は間違いないと言えるであろう。

原詞はキリスト教色の濃いものであるが、それでも小学唱歌の中では珍しく原詞のエスプリを伝えている「仰げば尊し」である。

この悲しみ色に染まった春でも、全国各地で「仰げば尊し」が歌われたことであろう。

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