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2009年5月

沢登りはもうムリだった

2009年5月28日

もう一度沢登りをやってみようかな・・・
いつしかそんな望みが芽生えていて、最小限後の装備は整えていました。

こんな按配です。

Photo

                   

                                  

昔の沢登りの足元といえば「わらじ」が定番。
しかし、今は入手が難しいようです。
沢での履き物がすっかり進化し、わらじなど淘汰されてしまったのでしょうね。

さて、この地下足袋にフェルトを張ったしろもの。
初めて履いてみての感想は「わらじのほうが遥かに沢登りに向いている」ということでした。
入渓し、最初の渡渉で、わらじなら安心して歩けるツルツルの石で滑ってしまったのです。

さて、山歩き事始のころは、誰でもがするように私も一通りの沢登りをしました。

表丹沢の易しい沢から始め、道具を使わないフリーで登れる沢を少々こなしました。

なので頭の中では、今でも入門用の沢ならそこそこ登れるだろうと、たかをくくっているところがありました。

今日選んだ「棡葉窪」(多摩川の支流の秋川のそのまた支流の盆堀川の支流)は文字通り入門者向けで、私も昔やっていた山の会で新入会員の最初の沢登りはここを取り上げていたくらいです。

おぼろげな記憶では、厄介な棚(滝)は皆無だったと思います。
それでも初めて沢登りする者には、それなりの手強さがあるのか、何人かは「釜(滝壺)」の落ちたりして、それを笑ったりはしましたが・・・  

沢登りを再開するならここらあたりからかな・・・
そんな気持ちで気軽に入渓したところが、そうは問屋がおろしてくれませんでした。 

小さな滝はともかく5mほどもあるともういけません。
昔、簡単にパスしたルートが登れないのです。
落下したら釜でずぶ濡れは免れないし、それでは文字通り「年寄りの冷や水」になってしまいます。

そんなことで腰が引け、弱気になって、おおかた高巻の繰り返し。
とうとうしまいには沢床への下降にロープを使う有様。
これでは沢登りの醍醐味は味わえません。

もともと器械体操など苦手で、バランスが良いとは言えない運動神経しか持ち合わせていない身が、50年も年を重ねて、体重はふえるは、手足の機能は退化するはで、昔のようにいくわけがありません。

ホントに分かっているなら、そもそも単独での沢登りなどやるべきではないのでしょう。

♪長崎は 今日も 雨だった・・・
変じて ♪沢登りは もう ムリだった・・・

                        

                                             

                                                        

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トホホ!道交法違反連発

2009年5月22日

たまたまなんですが、私にとっては交通違反は連鎖する傾向があります。

大分以前になりますが、立て続けに軽微な違反が重なり、1ヶ月の免許停止処分を受けました。

1日の講習を受ければ免罪になるのでさしたる実害はなかったのですが、その都度の反則金はけっこうな額になったはずです。

その後は長いこと違反の摘発を受けることなく(実際には違反行為が無いということではないのですが)経過し、免許証の色もゴールドになりました。

ところが免許証の更新間近の短い間にまたまた違反を連発。

一度は「一時停止違反」
よく通る田舎道で、そこが「一時停止」であることは十分承知していて、いつもキチンとしているのに、そのときだけ、注意力が欠けてしまい停止を怠ってしまいました。
その上、間の悪いことにいつも居たことの無いパトカーが、そのときに限って木陰に隠れていたため、たちまち「御用」!
抗議のしようもありません。

それから何日もしないうち、時おり棚を物色する甲州街道に面した笹塚のある古書店に立ち寄った僅かの間で「放置車両違反」 
    
予感はあったので、注意はしていたのですが・・・

 Img057_edited1                             

                                                                         

前者の方は弁解の余地の無いことですが、後者はほんの5分程度の間の出来事なので釈然としないものが残りました。

官僚の世界によくある話で、天下り先を次々こしらえて、それぞれが糧食にありつける仕組みを作る・・・
この制度も、盛り場における無法な駐車違反を一掃するために設けられたもの、という反論し難い大義名分があるのですが、ツイその背後に隠されているかもしれない、ホンネを穿ってしまいたくなります。

そんなわけで折角の「定額給付金」分が何ら景気浮揚に役立たないまま消えてしまう結果になりました。
どうしたら税金を無駄遣いできるか、と知恵を絞っていただいた政府・与党の皆さま、ゴメンナサイ。

あまりに、「定額金給付」を天下の愚策、などとけなしたため、神さまが”それなら召し上げてしまえ”とでも思し召したでしょうか? 

「悪銭(いや、あぶく銭かな)身につかず」・・・                                                                                                                                                                                   

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八ヶ岳からの新たな出発

2009年5月16日

あれこれ重なった雑事に追われていて、気がついたら2週間、ブログの更新が出来ていません。
”時よ!お前はなぜそんなに先を急ぐのか?”・・・ナーンチャッテ・・・

その間にとうとう彼の悪名高き「後期高齢者」という島に流されてしまいました。
このままデリカシーに欠けたお役人の発想に折れてしまうわけにはいかない。
思いっきりアンチエージングしてやるぞ!

そんな「ゴマメの歯軋り」から思い立ったのが、後期高齢者の仲間入りしたら、最初の登山は「八ヶ岳・赤岳」にしようということでした

私が山歩きを始めて、最初に3千m前後の高峰に訪れたのが、多くの登山愛好家がそうであったように「八ヶ岳本峰」の縦走でした。

人為的に設けられた不本意な区切りを見返してやるためには、ここからまた新しいスタートを切るのが一番良いだろう・・・と。

何度も登った八ヶ岳の盟主「赤岳」には50年のブランクがあります。
再訪、といっても初めて行くのとほとんど一緒です。

14日、風が心地良い中、駐車した「美濃戸」から歩き始め、久しぶりの「赤岳鉱泉」。
もちろん50年前のみすぼらしい温泉小屋の面影はありません。

Burogu 赤岳鉱泉に向かう「柳沢北沢」からの「横岳」
   ~「大同心」の特徴的な岩峰。

Photo_5 中山展望台からの「赤岳」                                   

                                           

   

今夜の泊まりは「行者小屋」
ここがこんなに素晴らしいロケーションをもっているとは知りませんでした。
盟主「赤岳を挟んで右に決して見劣りしない「阿弥陀岳」
左はギザギザの稜線でどこが山頂なのか判然としない「横岳」

ロケーションが優れた山小屋といえば先ず穂高の「涸沢」
それから「剣沢」や「雷鳥沢」などが浮かびますが、ここもひけをとりません。

Photo_6 翌朝、登山ルートにした「地蔵尾根」(昔は無かったルート)からの「阿弥陀岳」 
小屋前で双眼鏡で観察したが、あんな急峻な岸壁のどこに登山ルートがあるのか不思議に思えた。        
樹林帯を抜けると急峻な雪稜と、雪が消えた岩場が不規則に、交互に現れる。
面倒だが、安全のため10本爪アイゼンを着けたり外したり。
高度感もあって緊張。

小屋と稜線の「地蔵ノ頭」までの標高差は350mほど。
普通ならどうってことないものですが、この登りには1時間半を要しそうとう消耗しました。
 (信頼性の高い「昭文社」地図では2時間10分、と記してあるがこれは見過ぎ)

営業している「赤岳天望荘」を通過し、雪と岩がミックスする主稜線を南へ。
そしてお久しぶりの・・・

Photo_7   「赤岳」山頂。
  昨夜、小屋で同宿した「焼津」からのお二人とここで交差。
  どこかの山での偶然の再会を約し、別れると、たった一人の頂上。
  見える「甲斐駒」や「仙丈」の姿は少しも変わっていない。
  なんと、遥か「白山」まで見える透明さだった。

ところで「赤岳」からの下降はこんなに悪かったかな?
何度か通過しているのにルートの細部は記憶に残っていません。
かつては稜線をそのまま辿った「権現岳」へのルートも途中で迂回するようになっています。

下降ルートの「文三郎道」も昔は無かった登山道。
ここでもアイゼンの着脱を繰り返しようやく安心できる雪原に降り立ちました。

Photo_8  振り返る「赤岳」
 

 緊張の連続だったな。
 疲れた。
 50年の歳月は明らかに体力を低下させている。
 岩場をむしろ楽しいものに感じていた、あのしなやか(?)な筋肉はどこ
 へ消えてしまったのだろうか?

南沢の下山路。
樹林帯での雪の踏み抜き。
さらに下では登山道がスケートリンクさながらにツルツルに氷結し、心身をつかれさせることおびただしい。

すっかり重くなった足を運んで出発点に戻りました。

”新たなる旅立ち”などと粋がっていた割にはショボイ「ゴールイン」でした。          

                                                

                                             

                                           

                                                     

                                             

                                                  

                                                      

                            

                              

                                                                                 

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谷川岳と「ハインリッヒの法則」

2009年5月2日(土)

アメリカの技師<ハインリッヒ>が労働災害における経験則として「1:29:300」の法則(ハインリlヒの法則)を打ち出しています。
1件の重大災害の裏には29件ほどの軽い災害があり、またその裏には300件ほどのヒヤリ、ハッとした体験がある、というものです。
この数値通りかどうか定かではありませんが、私たちの自動車運転の世界ではけっこう頷かせるものがあります。

私が今日(5月1日)「谷川岳・マチガ沢」でした体験でも、この法則を思い出さずにいられません。

谷川岳への一般登山ルートの一つで、今はクラシックルートになっているのが「西黒尾根」
私にとってこのルートの下半分は空白になっています。
何故なら私が谷川にへ入るようになった頃には、より楽な「巌剛新道」(1954年沼田営林署の竹花巌、川中剛両氏が開削)が開かれていて、これを利用して「西黒尾根」の中間に出るのが普通になっていましたから。

このたびはその空白部分を埋めるための登山なので「谷川岳」の山頂は目指しません。
登山口からはキクザキイチゲの花盛り。ブナもそろそろ芽吹き。
季節も急ぎ足の様子。

 P5011253                            

 「ラクダのコブ」手前から本格的な残雪登高になりました。
 頭上でヘリが何回も旋回しています。事故があったな・・・(翌日の新聞  で知ったのですが、自分の位置から直線距離にして3kmほど西になる「オジカ沢の頭」で3月に遭難した二人の遺体発見に関連しる飛行のようでしたね。)
                      

                           

P5011255  「ラクダのコブ」からの谷川岳
 左「トマの耳、右「オキの耳」
 間に落ちる白い筋が「マチガ沢」
 先日、傍で見た雪崩のデブリが随分汚れている。

           

さて今日の終点、マチガ沢への下降点「ラクダのコル」に着きました。
ところが当てにしていた「巌剛新道」からのトレースが全くないのです。
何故なんだろう?

思案の挙句、目の下の白一色の谷、多分「一の沢」を下降することにしました。
大袈裟になるからと今日持参したアイゼンは6本爪。・・・マズイな・・・
ピッケルは携えていました。

この斜面で滑落したら・・・どこまで飛ばされるか。
幸い軟雪なので何とか停止は出来そうだ、などとムリヤリ自分を安心させたりして・・・

踵キックでソロソロ下降を始めて早々に一度目の滑落。
10数mほどで自然に止まりました。

6本爪は踵に爪が無いので、踵キックで足場を固めながらの下降。
柔らかくても、固くても何度かキックを繰り返さなくてはなりません。
従って下山といえども時間がかかります。

谷の中間ほどで登ってくる単独行の男性と交差。
今日、山の中で出会ったただ一人。
言葉を交わすと「巌剛新道」から取り付き、途中から右へトラバースしてこの谷へ入ってきたそうです。

P5011258  下降した一の沢の途中から見る「シンセンのコル」
 45度近い傾斜ですね。                                      

                                    

  
上下に分かれ、再び歩一歩の下降。ジレッタイ・・・
シャフトが長い昔のピッケルならグリセードで一気に下れるだろうが、今時のピッケルはそれが出来ない。
見たところクレバスも無ければ露岩もない、白い布を流したような斜面だ。
”いっそシリセードしようか”との誘惑に駆られた一瞬またスリップ。
首まで刺し込んでいたピッケルが滑落を支えられず手から離れた。
次の瞬間ピッケルが抜け、跳んだ。 
幸いなことに尻餅をついた格好で滑ったので、仰向けで、頭が上。
この体勢で出来る手段は足の踵を雪面に押し付け制動をかけることくらい。
踵が削る雪が飛び跳ねる。
それでもなかなかスピードが落ちない。
必死で止めることしか考えられない十数秒がたって、傾斜が緩んだのか、ようやくブレーキが利いたらしく止まった。
足元を固め立ち上がって振り返ると5~60mほどを滑落していた。
腐っていた雪に救われた。

その後も何度か滑ったが直ぐにピッケルのピックで停止出来る姿勢がとれていた。

下降開始から50分、マチガ沢本谷に下りつきました。
もう滑落が心配な傾斜はありません。
それでも何度か薄くなった雪渓を踏み抜いたりしてマチガ沢出合。

信じがたいことに全く人影がありません。ウソみたいです。
かつてのここにはゴールデンウイークにはテント村が出現し、本谷は青春が弾けていたのです。
雪渓訓練、春スキー、雪渓や岩稜登攀などそれぞれを楽しむ声が谷に響いていたのです。
あれらの青春の群像は何処に消えてしまったのか・・・
あれは幻影だったのか・・・?

最も昨今、山を歩く人の数は昔と変わらないようですが、年齢構成が全く変わってしまいました。
いくら元気でも、今山歩きの主体となっている人々は私のような愚か者ではないですから、この時期谷川岳なんかには来ないでしょう。 

さて今日の小さなアクシデントは私の人生で何度めになるのだろうか?
二桁になっているのは確かだろう。
そうすると、ハインリッヒの法則に従えば、私にもそろそろ大きな事故が起きても不思議ではない、ということになりそうです。
いい加減に「○○の冷や水」を自重しなければ・・・

旧道を戻りながら反省しきり。                                           

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