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2009年3月

漢字読みの思い出

2009年3月27日

恐縮ですが、またまた思い出話です。
ただ、少しばかりホロニガイものですが・・・。

「読めそうで読めない漢字」の類の本が良く売れ、テレビでも難問、奇問の漢字テスト番組など、このところ「漢字」に対する関心が高いようです。

Img042

この「漢字バブル」のような現象が生まれている理由はどこにあるのでしょうか?

その結果が「日本漢字能力検定協会」の「もうけ過ぎて「文部科学省」からお叱りを受けた、などという椿事を生んでいます。

その漢字読み競争での思い出すことがあるのです。

それは確か小学校(当時は国民学校)5年の時でした。
ある授業で先生が漢字読みの競争をさせたのですね。

そのころ、もうすでに「神童」のメッキはすっかり剥げ落ちていたのですが、なんとか「天才」の域には辛うじてしがみついていた私。
とりわけ「国語」は私の最も得意とする分野。

今日ならなら早速「馬券」の場が立つでしょうが、もしそうであったらさしあたり私は「本命」か「対抗」で買われたでしょうね。

先生が黒板に漢字を書き、生徒がそれを読むのですが、読めない生徒は脱落。

当然、進むほどに難易度は上がります。
次第にサバイバルゲームの様相が濃くなっていきます。

乏しい記憶では「待望」が正確に読めなくて、ほとんどここで振るい落とされ、気がつけば残るは二人になっていました。

私は当然としても(自信過剰でシラケますね・・・)もう一人が誰も予想していなかったS君です。

学業でも、体操でも目立つところがまるで無い平凡そのもののSでしたから、私のライバルがSということは教室に意外、という雰囲気を醸しだしましたね。
(後に知ったのですが、彼も並外れた読書家だったようです。)

同時に、勝負は決した、という気もしました。

ところが予想に反し、ライヴァルは只者ではなかったのです。
両雄(?)相譲らぬ切り合い何合か。
しかし、ついに勝負が決する時が来ました。

「須臾」・・・? 
        ・・・・ 何だこれは!  見たことも、聞いたことも無い字だ!

私には全く読めない漢字です。
          ・・・・ギブ アップ・・・・

ところが敵はいともアッサリ「しゅゆ」と正解したのです。

後年「野に遺賢あり」という言葉を知りましたが、まさしくSのような存在を言うのですね。

いつか彼に、あの時のことを覚えているかどうか、どうしてこんな難しい漢字を学んだのか聞きたいものだと思いながら、未だに果たせずにいます。

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「ワルキューレ」観ました!

2009年3月21日

昨日はグループで山に出掛ける予定が雨で中止。
残念な気がする反面、思いがけない時間が出来て、得したような気もして妙な按配。
ポッカリ空いた時間を埋めるため「ワルキューレ」を観ました。
もちろん、せんだってプロモーションで来日したトム・クルーズ主演の映画のほうです。

「ワルキューレ」と聞けば音楽通ならすぐにR・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」を思い浮かべるでしょう。
通が「リング」と呼ぶこの4夜にわたる長大にして、重々しい楽劇を観るためには相当な忍耐力と体力が必要です。

私も未だ全編を観ていません。
何しろ序夜の「ラインの黄金」だけで2時間半もかかるのです。
第一夜が映画のタイトルと同じ「ワルキューレ」です。
「ワルキューレ」とは天上に存在する壮麗な「ヴァルハラ城」に、戦死した英雄たちを運ぶ役割を与えられている9人の娘たちのことです。

さて映画の方です。
自国を滅亡へと導く<ヒトラー>の暗殺計画の実話を映画化したもの。
ヒトラーの暗殺計画は少なくとも43回企てられたそうですが、これはその最後の計画。

それは1944年7月のことです。
ことはアワヤ成功と思わせるところまで進んだのですが、虚しく挫折。
計画を立て、実行した貴族<シュタウフェンベルク大佐>(トム・クルーズ)を始め首謀者は当然ながら処刑されます。

Photo この9ヶ月後、ナチスドイツは滅びるのですが、もしこのクーデータが成 功していたら、実に多くの人命が救われていたでしょうね。                                  

                                      

 「ワルキューレ」とはこの計画の作戦名なんですね。
ワーグナの作品とは直接の関係は無いのですが、シュタウフェンベルクが戦時下で久しぶりに家族と過ごす一夜の場面で、有名な第3幕の前奏曲「ワルキューレの騎行」が蓄音機から流れます。 

キャストの中に<テレンス・スタンプ>の名前がありました。
私には1967年の「遥か群集を離れて」以来の懐かしい名前です。                                               

                                            

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感傷登山「金時山」

2009年3月13日

足柄山の「金太郎」や「金時娘」で有名な「金時山」は、おそらくハイキングの対象としても首都圏でベスト5に入る人気者です。
それゆえに山好きには敬遠されるかもしれません。

先日、その金時山に半世紀も経て再訪しました。
細かなことはすっかりおぼろげになった50年前の思い出を手繰ろうと・・・。

  P3111157                               

あれは良く晴れた晩秋のことでした。
私はGFと二人で金時山を、南の仙石から上りました。
予定では私の学友が加わるはずでしたが、前日”急用のため行けない”という電報がきました。(当時は固定電話の普及率が低く、急ぎの用件は電報頼りが普通でした)。
もしかしたらそれは口実で、気を利かしたのではないかと疑い、後年彼に確かめましたがもう忘れていましたね。

そんな成り行きで、始めはギコチナイ二人でしたが、山道で汗をかくころにはすっかり打ち解けていました。

    面映き 思い出なれや 秋晴れの
              城ヶ島山 二人のぼりし
名前を思い出せないのですが、ある女流歌人の詠んだ情景が思い浮かぶ山道を歩き、十分疲れて頂上に達しました。
当時、もうすっかりスター気取りになっていた「金時娘」とツーショットなども。
それから午後の逆光に光るカヤトの尾根を乙女峠への尾根を辿りました。

書きたかったのはそれからのことです。
途中で一人の少女が追いついてきて”とても仲がいいですね”と声をかけてきました。
時々、手をつないだりした後ろ姿を見ていたのかもしれません。

それからは三人で連れ立って「乙女峠」から仙石へ長い道のりを歩きました。
そのときの情景は、私にはラジオ歌謡「山の煙」の一節とともに、モノクロ映画の一シーンのように蘇ります。
    ♪谷の真清水汲みおうて 微笑み交わしつんだ花
      山鳩の声聞きながら 行きづりの あー君とともに
      降りた峠の 遥けさよ ♪

道々での彼女の話によると、高校1年生で、「俵石閣」(仙石の老舗旅館)の娘で、金時山は裏山になるのでひんぱんに上っている、と言うようなことでした。

俵石閣の前までくると”寄ってお茶でもどうですか?”と言われたのですが、見るからに高級な宿の雰囲気に、若くて、豊かでない二人は気おされて、門前で別れてしまいました。

あの小柄で愛くるしい少女は旅館経営を引き継いだのでしょうか?

今でも健在な「俵石閣」は相変わらず格調を誇る高級な宿で、50年余を過ぎた今でも私には高嶺の花です。

あの少女の消息を尋ねたい気は山々なんですが・・・

もちろん叶わぬことですが、人生には<もう一度あの時に還ってみたい>と泌々思うことがたくさんありますね。

さて、今度上ったその日、山頂は平日なのに、私の感傷など吹き飛ばすように大勢の人で溢れていました。

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早過ぎる春

2009年3月8日

このところ東京を離れられない事情が生じていて、久しぶりに山荘に来ました。

何ということか、日陰にも雪は欠片も見当たりません。

まだ3月というのにこれは異常なことです。

クリスマスローズ、スノードロップ、の開花は想定の範囲ですが、福寿草も咲いていました。

P3081154

スノードロップは雪の下からでも花をもたげるのですが、福寿草が早くも日の光を精一杯受け止めるように開いていました。

 P3081155_2                

                   

                    

三島由紀夫の小説に「永すぎた春」というのがありましたが、「早過ぎる春」というのもどうですかね。

春になるのは嬉しいのですが、これではチトね・・・。

狭い日本。
季節よ、どうしてそんなに先を急ぐの?

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チョッピリ冬山気分「北横岳」

2009年3月2日

「なたね梅雨」の走り、などとの見方もあったようですが、来る日も、来る日も曇天か雨天。

クサクサしているところ、ようやく長野県辺りだけにやや晴天が広がる昨日、北八ヶ岳の「北横岳」2480mへ。

この山は「ピラタス蓼科ロープウウエイ」を使えば、山頂までの標高差200mほど。
(私は40年ほどまえ、未就学だった幼い子供たちと上りましたね・・・)
なので、手軽に標高2500mほどの冬山の気分を楽しめます。

因みに「ピラタス」とは?
スイス・ルツェルンの近くにある展望台「ピラトゥス山」2132mから引用して命名したものです。

昔のことで、やたらに海外の有名な観光地などの地名を、安直に利用する風潮があって、これなども「イヤダナ!」という思いが強かったのですが、いつのころからかあまり違和感なく使っていますね。

山頂駅でスパッツ、オーバーバンツ、アイゼンなど身支度を整えガスの中へ突入。

夏道だと石がゴロゴロしていて歩きにくい登山道は積雪に覆われ、トレースはしっかり踏み固められていて、アイゼンが良く効き快適です。

標準タイムを大幅に短縮してガスが吹き荒れる山頂にアッサリと到着。

Photo                                                

  ガスに包まれている「北横岳」南峰
  
  かっこ良いのが同行のS氏。
      悪い方がわたし・・・。                                                                                            

 Photo_2                                    

  「エビの尻尾」と元気印のY嬢?

        初めての冬山に相当テンションが上がってましたね。

Img_5770_2                                        

  一瞬、ガスが切れることもあるのですが・・・ 

Photo_3

  というようなことで、終始雪の上を歩いて「坪庭」(山頂駅)に戻ってきま
  した。  

                                                                                   

                                                

                                                                                                

                                                                                                  

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