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2009年2月

仁義なきラーメンバトル・小滝橋通り

2009年2月23日

このところ訳があって毎日「小滝橋通り」を歩いています。
この通りは新宿駅西口の青梅街道から、ほぼJR「山の手線」に沿って高田馬場辺りまでを通っています。

歩いていて驚いたのが青梅街道から「大久保駅」までの間にいつの間にかラーメン店がひしめいていることでした。

ご紹介しましょう。

新宿を背にして青梅街道からスタートして、小滝橋通りの右側から始めます。

先ず珍しい<久留米ラーメン>の「六つ門」

次いでご存知「麺屋武蔵」
この界隈、というよりラーメン界に君臨し、長蛇の行列を生み出す超有名店。

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 ところが仁義なき闘いの結果なのか、その人気に翳りが見えているよう
 で、平日はガラガラ。
 日曜日の昼食時でもこの程度です。
 昔日の面影なしですね。                                                       

                                                                              

先に進んで
大島ラーメン「愛ちゃん」
軒を接するようにつけめんの「古武士」
隣がカレーラーメンを売り物にしている「麺屋ここいち」
チェーン展開をしている「二郎」
職安通りに出たところに「桔梗」

職安通りを渡ると
「壱蔵屋」  「はじめちゃん」と続き
つけ麺で人気の「はやし家」で途切れます。

ここでUターンして西口方向に戻り反対側を見ますと
<家系>ラーメンの「七福家」
職安通りを越えて直ぐに<広島ラーメン>の「ばくだん屋」

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大分離れて<蒙古ラーメン>の「中本」
最後に「福しん」があって青梅街道に戻ります。

このほか、脇へ入ったところにも何軒かあるはずです。

ラーメン好きでは人後に落ちないつもりの私も、これだけ店が並んでいると、それを見ているだけで、食傷気味になってしまいます。

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ミレーとバルビゾン派の絵画展

2009年2月18日

全く基本的な勉強をしていない私が、絵画について語るなどという無謀な行為は慎まなくてはならないのでしょう。

それでも好きな(と言うより、描いてあるものが何とか理解できる)画家は何人かいます。

そのうちの一人がご存知「ジャン=フランソワ・ミレー」であり、彼を取り巻くいわゆる「バルビゾン派」と呼ばれる人々です。

もっとも、私に限らず、<ミレーは分かる、ミレーは好き>という日本人は多いですね。
大地に生きる、敬虔で、静謐な人の姿を描くミレーの画風は日本人の心情にとても染み入りますから・・・・
   ~もっとも、今は日本人の心象風景も劇的に変わってしまいましたが・・・

山梨県立美術館(甲府市)はミレーの作品の収集に力を入れていることで知られています。
昨年、新たに「眠れるお針子」を収蔵したことと、「バルビゾン派」絵画の展覧をしていることを知り、陽春のような陽気になった14日、観賞してきました。

Img036  こちらが新しくお目見えした「眠れるお針子」
 

実物では右手の指の針抜きまで描写されているのが分かります。

Img037 こちらは有名な「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」

私は同じモティーフの「羊飼いの娘」も好きですが、この作品の入日とその光がすばらしですね。

ところで「バルビゾン派」とは・・・・?

ここで半可通なことを書くよりは、ネットで調べていただくほうが正確ですが・・・
19世紀の半ばころ、パリの喧騒を嫌った画家たちが、パリの南、約60kmほどに位置する「バルビゾン村」に移住し、その辺りの風景を「自然観察」を重視した作風で描いたもので、やがて「印象派」へと繋がっていくそうです。

そのグループはミレーとその親友、テオドール・ルソーを中心としてディアズ、トロワイヨン、ドービニー、デュプレ、ジャックの七人で構成され「バルビゾンの七星」とも呼ばれたそうです。

名画でも、名曲でも、名作でも今は手軽に親しむことが出来ます。
幸せなことです。

超俗物の私はこのうえに「美味しいものにありつきたい」という欲が加わります。

山梨県といえば「ほうとう」
美術館の前に県下にほうとうの店舗を展開している「小作」がありました。
私は定番の「すいとん」

おりからの夏日。
熱いすいとんで汗をたっぷりかいたことは言うまでもないですね。

                                           

                                                 て

                                                                               

                                            

                                                  

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本居宣長の思い出

2009年2月11日

タイトルに惹かれ、中国文学者・高島敏男さんの著書『座右の名文』を読んでいます。採り上げられている十人の文章家の中の「本居宣長」の項を読んでいて、遠い、遠い昔の出来事を思い出しました。

 Img035_2                  

                       

人の自慢話というのは耳にザラつく、ということは良く分かっているつもりながら、あえてお耳障りを一つ・・・・
人様に自慢できるようなことは殆んど無い私なので、これはレアものです・・・ナーンて。

それは小学校(当時は国民学校)2年生のときのことでした。
ある授業の時、先生が「日本人の精神(心)とはどういうものか言ってごらん」というような質問をしたのですね。

2年生に答えられるような質問ではありませんよ。

そのときまだ幼かった(当然ですが)私が凛々しくも、決然(?)と手を挙げ、胸を張って(?)言いました。

敷島の 大和心を 人問わば
          朝日に匂う 山桜花」

先生は腰を抜かすほどビックリしました。(多分)
2年生から<本居宣長>が出るなんて想像を超えるできごとだったはずですから。

入学前から本の虫で、手当たり次第に本を漁って、時間を忘れ読みふけっていた中で、たまたま覚えいたのでしょうね。

意味もよく分からないまま、咄嗟に思い浮かんだ一首です。

1年生当時は病弱で、おまけに幼稚園から入学した街中の同級生の世間慣れした態度へのコンプレックスで、イジケテいた私が、この一首で俄かに脚光を浴びる存在になりました。

想像ですが、教員室で”凄い生徒がいるぞ!”などと大いに話題になったと思います。

太平洋戦争が始まり、緒戦で戦況を有利に進めていて、大いに国威を発揚していた時代背景ですから、国粋主義の学者としてもてはやされていた宣長の歌は見事に時代とジャストフィットしていたのでしょう。

それを諳んじている私は「天晴れな小国民」というわけです。

かくして、私の眠っていた才能(?)が一気に目覚め、どちらかといえば劣等生に近かった私が、学年末には優等生の総代として賞状を受けるまでに駆け上がってしまいました。

今、振り返ってみればあの頃が私の頂点で、以後、60年以上に亘り、長い長い坂をユックリ下り続けているようです。

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笹本稜平の2冊の山岳小説

2009年2月7日

寡聞にして笹本稜平という作家のことは全く知りませんでした。
たまたま入手して読んだ2冊の本から強烈なインパクトを受けるまでは・・・

あるとき、カーラジオを聞いていたら、ハイレベルの読書家である<児玉 清>さんが「還るべき場所」を激賞していました。
それに触発されて、ツンドクになっていた作品に手を触れました。
結果は、掛け値なしで、読み応えのある作品でした。

そもそも山岳小説というジャンルはいつ頃生まれたのでしょうか。
文学史を紐解いてではなく、私の乏しい知識では「氷壁」/井上靖から始まり、新田次郎、長腰(安川)茂雄の諸作品に繋がっていくように思いますが、ここに紹介する2作品はかっての山岳小説とは異次元と言えるくらいスケールが違います。

 Photo         先ずは2002年作品「天空の回廊」 

エベレストの北壁に、米国が秘密裡に開発した戦略核兵器が落下し、その争奪を巡るアクションです。
この兵器が人為的に落とした犯人の手中になれば人類が滅亡しかねない核戦争になります。

たまたまその付近を登攀中だった日本人の登山家<真木郷司>が次から次へ、と襲う試練を乗り越え、生命の危機に陥りながら、たった一人で人類の危機を救うと言う、その崇高な行為がもたらす感動に、ノンフィクションと分かりながら涙する物語でした。

 Photo_2                              

 こちらは2008年の「還るべき場所」

 舞台は世界第二位の高峰「K2}
 その東壁で登攀のパートナーであり、恋人だった人を失い、その痛手か
 ら山から離れた八代 翔平が4年間のブランクを経て立ち直り、別のパ
 ートナーと組んで宿願を果たす、という物語です。
 ・・・ですが、もちろんそんな単純なストーリではありません。 

物語の白眉は「K2」登攀ではなく、その前哨として挑んだ「ブロードピーク」での「一難去ってまた一難」のノンストップアクションです。
ちうハラハラドキドキの連続。・・・読者をして休ませてくれません。
 ~これはもう、インディー・ジョーンズ世界ですね。

とりわけ際立つのが事実上の主人公とも言える「神津邦正」の人物造型。

心臓ペースメーカー製造企業の経営者として、自社の製品の品質アピールの手段として70歳でエベレストに登り、神々の山「ヒマラヤ」から啓示を受け、求道的にまで高められた精神で、8千m嶺に挑み続ける姿が気高いですね。

彼が物語の中で数々の名言を吐くのですが、その代表が、帯にも使われている次のフレーズです。

「人間は夢を食って生きる動物だ。夢を見る力を失った人生は地獄だ。夢はこの世界の不条理を忘れさせてくれる。夢はこの世界が生きるに値するものだと信じさせてくれる。そうやって自分を騙しおおせて死んでいけたら、それで本望だとわたしは思っている」

どうです?
格好良いではありませんか!                                                                                

                          

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ワカサギ釣り ~冬の風物詩

2009年2月1日

赤城・黒檜山は、いま私にとって雪山歩きの格好なゲレンデです。

一昨日も登山口からアイゼンを効かせて、結構ヘバッテ今年2度目の山頂へ。

今日は雲海上の素晴らしい快晴。

いつものように山頂から北へ少し行った展望台へ。

真っ白に結氷した「大沼(おの)」が見下ろせました。
今年、初めての全面結氷でしょう。

目を凝らすと、氷の上に黒ゴマが点々としています。

 P1291112_3                                               

 ワカサギ釣りの群れですね。 
   ~右上に白く見えるのは「浅間山」です。
       (この3日後に、中規模の噴火を起こしましたね)
 その手前で、雲海に浮かぶのが「榛名」の群山です。

                                       

 P1291113_2                                     

 冬の風物詩の一つですね

 冬の風物詩・・・ほかにどんなことが思い浮かぶでしょうか?
 秋田の「かまくら」、 札幌の「雪まつり」、オホーツクの「流氷」、白鳥の 
           飛来など・・・・。なぜかみな、寒さや、雪、氷が欠かせないようですね。

ワカサギが美味しいのはやはりから揚げですかね。

揚げたてのパリッとしたやつは、ビールとの相性がこよなく良いですね!

グビッ!                                   

                                                                                      

                                         

                                               

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