« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

尾身周三さんの「民家展」を観る

2009年1月27日

銀座・あかね画廊で<尾身周三・民家展>を観ました。
私は尾身画伯の画業については全く知識がありません。
「民家展」というタイトルに惹かれたものです。

民家をテーマに描き続けた画家としては<向井潤吉>さんの盛名がつとに知られています。
絵については描くことはもちろん、鑑賞の才すらにも恵まれていない私ですが、向井画伯の描く民家には心底ノスタルジーをかきたてられ、展覧会にも足を運んだものです。

尾身さんの描く「民家」はどのようなものなのか?
期待を込めて、初日オープン早々の画廊にに入りました。
題材は向井画伯のそれと同じですが、向井画伯の色彩が地味なのに比べ、メリハリの利いた色使いをされているようです。

Photo展示された作品の中で一番気に入った「夕映えの民家」 F20号
夕焼に染まる戸隠山を背景にし、ディテールが分かりにくいのですが腰を屈めた老婆が、暗くなった庭先で何かをしている情景が描かれています。
絵の中の老婆が、今は無き母の姿に重なります。

Photo_2 こちらは<向井画伯>の「奥多摩春景>という作品です。

生活が営まれている民家としては絶滅しているでしょう。
今は、廃屋でしかお目にかかれない原風景です。                    

尾身さんに少しお話を伺うことができました。

作風が同じなので、向井さんに師事されたのかを伺うと、個展のお手伝いをしたことがあるくらいで、特別な師弟関係は無いそうです。

陳列されている絵は気軽に買えるようなものではなく、いつもながら「画集」で我慢。
画集に無い絵を、たくさん「絵葉書」でいただいて<早起きは三文の得>。

私が古い「民家」の絵に惹かれるのは、もの心が付いて以来、胸中に根付いている郷愁からです。

私の生家も藁葺き屋根の家でしたが、環境にまるで情緒がありませんでした。
それに比べ、母の生家は画家の題材に採り上げられるのに格好な、典型的な民家でした。
その家は、赤城山が引く長い裾野の南に広がる田園地帯のなかの小高い台地の上に立っていました。
東側には小さな谷があり、細い流れの石をどけると、沢蟹がいくらでも採れました。

西側は高い石積みの下を水がきれいな用水堀が走っていました。
家の背は雑木が覆う丘陵の斜面。
それは「里の秋」に唄われる情景そのままでした。
♪お背戸に木の実の 落ちる夜は・・・

敷地の周囲を囲むように植えられている栗の木からは秋にはふんだんに栗の実が実ります。
渋をむいて生のままで食べるのが普通だったような気がします。

広がる田園の間を流れる灌漑用水路では、今のように農薬が使われていない時代ですから小さな水中生物が元気の活動しています。

その家を何里も歩いて訪ねる道すがらは正に、童謡「ばあやたずねて」そのままでした。

そこにはまぎれも無く
♪兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川
の世界があったのです。

小さな絵画展で、胸の中がさまざまな追憶で満たされたひと時でした。

追記

P1261107  さて、現実に戻り、築地の「天竹」で年に一度のふぐを賞味し、歩いて
  銀座にUターン。
  建て替えが決まった「歌舞伎座」を記録に残しました。       

                            

                      

| | コメント (10) | トラックバック (0)

乳房観音 ~奥多摩・本仁田山

2009年1月16

青梅線・奥多摩駅(わたしには「氷川駅」の方が馴染みがあるのですが・・・)の真北に位置する「本仁田(ほにた)山」1224・5mは駅から登れて、すこぶるアクセスのよい山ですが、標高差が900m近くあり、なかなか登りでがあります。

特に最奥の集落「安寺澤」からの急登は屈指のものでしょうが、登山道が上手に作られていて、意外にキツサが感じられませんでした。

それより氷結と地面が交互に現れる始末で、アイゼンを着けたり外したりが煩わしくて・・・

この時期、東京近郊の山では避けられないことですが・・・

 P1141100                   

                                             

さて、書きたかったことはそのことではありません。

安寺沢」でこれからの急登に備えて準備していると「乳房観音」の標識が目に入りました。

老いたり、といえ私も男の端くれ。
コリャ何だ・・・? 思わずニンマリして、想像を巡らせました。

道標に従い登山道からそれ,立ち寄り。

P1141098

P1141099                                 

小さな祠の右に2代目の銀杏が2本。

説明書きによると<1230年ころ、鎌倉からの落人がこの地に住み、持参した銀杏の実を蒔いたところ、600年ほど経過したころには巨樹となり、2mもの乳根を垂下するようになった。人々はこれを豊穣の印として祀り「乳房観音」と名づけた。今は、2代目で、「乳癌」に罹らないご利益があるとされている>と。

人々の真摯な祈りの対象だったのです。

あらぬ想像を描き立てていた己の品性の無さに深く恥じ入り、顔を赤らめ、ジグザグの山道を登りました。 

幾つになっても修養が足りません。
しかしあの「久米の仙人」でも雲から落ちてしまうのですから、私ごときは・・・・               

| | コメント (6) | トラックバック (0)

赤い靴履いてた、お・・・~赤城・黒檜山で

2009年1月9日

少し何かにかまけていると、たちまち更新のインターバルが空いてしまいます。

昨年9月に購入したままで、軽い履き慣らしをしただけの「アク・フィツロイ」登山靴。

雪山用のつもりなので、これまで履く機会がなかったのですが、ようやくその季節になってきました。

1月7日「赤城・黒檜山」
この時期、観光地「赤城山」も、気軽に雪山を楽しめるエリアとなります。
さて、北登山口からは雪道で、履き下しとしての条件はOK。

それにしてもこのごろの靴は昔と違い、ハナからよく足に馴染みますね。

   P1071083                           

店頭で見たとき、万事地味好みの私としては”こんな色の登山靴あり?”とたじろいだ色使いも、履いてみれば雪の上では映えるし、体全体からみれば、ウエアーと異なり、ホンの一部なので、気にすることもありませんでした。

ところでこの日、大気が澄んで、何度も上っている黒檜山ですが、初めて北アルプスを遠望出来るほどでした。

 P1071089          

中央・台形の「皇海山」を挟んで左に「日光白根」右に「男体山」
つまり「深田・百名山」の3座が一枚に納まっています。
右端にお馴染みは薄いですが「袈裟丸山群」があります。
                   ~黒檜山頂で                 

P1071091
ご紹介します。
奥・左は「四郎岳」(2156m) 右が「燕巣山」(2222m)
尾瀬と奥日光の間「丸沼」の西北に位置します。
手前の白い山は「サエラスキー場。

P1071093 こちらはご存知「日光白根」から左へ「錫ヶ岳」(2388m)「笠ヶ岳」(2246m)と続く稜線です。                                   

                                                                        

                                                  

                

          

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年下半期の山行記録

2009年1月1日

一夜明けたら09年になっていました。
月並みですが、あけましておめでとうございます。

さて昨年も山行日数が年齢を上回る、自称(逆)エージシュートを達成出来ました。
中身は相変わらず質より量の「アメリカン」ですが・・・。
それでは例によってそのライイアップを。

07月12日 赤城・地蔵岳
   22日 富士山~七合目まで
   27日 赤城・長七郎~地蔵岳
   30日 会津駒ケ岳
   31日 下山~帝釈山

08月11日 苗場・神楽ヶ峰
   15日 金精山 ~菅沼から
   21日 仙水小屋まで
   22日 甲斐駒ケ岳

09月02日 高尾山
   05日 西穂山荘まで
   06日 西穂高往復
   12日 唐松岳
   13日 下山
   23日 瑞牆山

10月02日 赤城・荒山
   04日 五色山~前白根
   09日 唐松岳
   10日 下山
   20日 荷鞍山
   22日 赤城・船ヶ鼻山
   27日 坤六峠から尾瀬・笠ヶ岳踏査 ~途中撤退
   31日 笹子・本社ヶ丸

11月04日 丹沢・表尾根 ~三の塔まで
   10日 赤城・船ヶ鼻山 ~昭和林道から
   13日 坤六峠から笠ヶ岳踏査 ~途中撤退
   18日 奥多摩・浅間尾根
   22日 京戸山(ナットウ箱山)~達沢山

12月01日 根本山  ~不死熊橋から
   03日 榛名・天狗岳~鐘原ヶ岳
   08日 根本山 ~沢入・山神社から
   16日 笹子・稲村神社から大沢山~女坂峠
   20日 神座山~御坂・釈迦ヶ岳
   25日 赤城・モロコシ山

さて、今年は私もかの悪名高き「後期高齢者」に括られる年齢に到達します。
想像力が欠ける、お役人のデリカシーの無さに対する「アンチエージング」の試みを今年も続けるつもりです。

<サムエル・ウルマン>の詩「青春」に励まされながら・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »