尾身周三さんの「民家展」を観る
2009年1月27日
銀座・あかね画廊で<尾身周三・民家展>を観ました。
私は尾身画伯の画業については全く知識がありません。
「民家展」というタイトルに惹かれたものです。
民家をテーマに描き続けた画家としては<向井潤吉>さんの盛名がつとに知られています。
絵については描くことはもちろん、鑑賞の才すらにも恵まれていない私ですが、向井画伯の描く民家には心底ノスタルジーをかきたてられ、展覧会にも足を運んだものです。
尾身さんの描く「民家」はどのようなものなのか?
期待を込めて、初日オープン早々の画廊にに入りました。
題材は向井画伯のそれと同じですが、向井画伯の色彩が地味なのに比べ、メリハリの利いた色使いをされているようです。
展示された作品の中で一番気に入った「夕映えの民家」 F20号
夕焼に染まる戸隠山を背景にし、ディテールが分かりにくいのですが腰を屈めた老婆が、暗くなった庭先で何かをしている情景が描かれています。
絵の中の老婆が、今は無き母の姿に重なります。
生活が営まれている民家としては絶滅しているでしょう。
今は、廃屋でしかお目にかかれない原風景です。
尾身さんに少しお話を伺うことができました。
作風が同じなので、向井さんに師事されたのかを伺うと、個展のお手伝いをしたことがあるくらいで、特別な師弟関係は無いそうです。
陳列されている絵は気軽に買えるようなものではなく、いつもながら「画集」で我慢。
画集に無い絵を、たくさん「絵葉書」でいただいて<早起きは三文の得>。
私が古い「民家」の絵に惹かれるのは、もの心が付いて以来、胸中に根付いている郷愁からです。
私の生家も藁葺き屋根の家でしたが、環境にまるで情緒がありませんでした。
それに比べ、母の生家は画家の題材に採り上げられるのに格好な、典型的な民家でした。
その家は、赤城山が引く長い裾野の南に広がる田園地帯のなかの小高い台地の上に立っていました。
東側には小さな谷があり、細い流れの石をどけると、沢蟹がいくらでも採れました。
西側は高い石積みの下を水がきれいな用水堀が走っていました。
家の背は雑木が覆う丘陵の斜面。
それは「里の秋」に唄われる情景そのままでした。
♪お背戸に木の実の 落ちる夜は・・・
敷地の周囲を囲むように植えられている栗の木からは秋にはふんだんに栗の実が実ります。
渋をむいて生のままで食べるのが普通だったような気がします。
広がる田園の間を流れる灌漑用水路では、今のように農薬が使われていない時代ですから小さな水中生物が元気の活動しています。
その家を何里も歩いて訪ねる道すがらは正に、童謡「ばあやたずねて」そのままでした。
そこにはまぎれも無く
♪兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川
の世界があったのです。
小さな絵画展で、胸の中がさまざまな追憶で満たされたひと時でした。
追記
さて、現実に戻り、築地の「天竹」で年に一度のふぐを賞味し、歩いて
銀座にUターン。
建て替えが決まった「歌舞伎座」を記録に残しました。
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