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2008年11月

珍名「ナットウ箱山」!

2008年11月24日

人名を始めとしてその呼び名には珍名、奇名,そして難読名の類はたくさんあります。

山の世界でも例外ではなく、枚挙のいとまが無いくらいあります。
そんな例の一つを紹介します。

先日「笹子峠」の西南あたりに位置する小さな山を歩きました。
2.5万分の1地形図では「石和」の右端にある「達沢山」1358mとその東にある1412・5mの無名峰です。

この無名峰は、これを含めて一帯を「京戸山入会」とし(『甲斐国誌』)山を歩いている人の間では「京戸山」の呼称がほぼ定着しているようです。

しかし、その山頂に立っている山名表示には頭が???となりました。

なんと「ナットウ箱山」・・・だって

Pb221031

                                 

                                 

  

ナットウって、あの納豆のこと?
仮にそうだとすると「箱」が分からない。

箱に入っている納豆などみたことありません。

あの納豆のことではないような気がします。
なんの根拠もありませんが・・・

帰宅してから調べると『富士を眺める山歩き』(山村正光)と『バリエーションルートを楽しむ』(松浦隆康)にそれに関する記述がありました。 

以下借用です。
出展は明らかではありませんが『一宮町史』の第一編に「ナットウ箱山」1411mとして登場しているのですが、第二編ではその名前は消えているそうです。

一部の地元でその名で呼んでいるそうですが、普遍性が乏しいために改定の際、消されたのではないでしょうか。

この標識はそれを設置する時の行政(担当者)の判断でなされたものの名残りでしょう。

断るまでもなく、山頂はこの辺りのどこにでもある普通のもので、樹間を透かして、白い装いに変わっている南アルプスなどが見えます。
                            

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坤六峠から尾瀬・笠ヶ岳~2度の挫折

2008年11月17日

再び道の無い山の登場です。

尾瀬の南西の端にある「笠ヶ岳」
普通は「鳩待峠」からの往復か、笠からそのまま「湯の小屋温泉」まで長い行程を下るかです。

ある時、地形図を見ていて、「坤六峠」から行けば「笠ヶ岳」への最短距離になるかも知れないことに気づいたことは前に書きました。
しかし、これまで山岳誌やネットでもこのルートのトレース記録見当たらない。
10月20日「尾瀬・荷鞍山」の帰路、偵察したときトレースされている痕跡を見ました。

そこで10月27日に出かけたのですが、降雨の直後のため密生する笹で、撥水性のウエアも役立たず、スパッツを着けなかったため、靴の中もビショ濡れ。
寒さもあって、途中撤退。

何とか雪が降る前に、この宿題は済ませておきたいと、やや焦りを感じていたところ、今日(11月13日)は絶好の山日和。
きょうこそ、片付けるぞ!・・・と、やや入れ込み気味。

Pb131026_2

坤六峠(この道が開通した時の群馬県知事・神田さんの名前。イヤですね、こういうの・・・)
紅葉時期が終わり、往来する車も少ない。

スパッツを着け、スプレー缶、テープ、両手鋏などを用意し、左奥の石碑の裏から笹藪に突入。                

  

朝露はありますが、衣服を濡らすほどではありません。
このルート、180cmにもなるチマキザサ、チシマザサの密集が、波状的にやってきます。

笹は勝手気ままに幹を交差させ、そのしなやかなバネで闖入者の前進を阻みます。

その笹叢の間の僅かな隙間をすり抜けるように進むのですが、体力を消耗させられことおびただしいものがあります。

ただし、笹薮ばかりかというとそうでもなく、断続するその間には不思議なことに、明瞭なトレースがあるのです。

前回のUターン地点を通過。
気が急くので休まず歩き続ける・・・

同じような経過を辿り、結果的に最後になった藪になりました。
ここは正真正銘手強かった・・・。

まるで進路が分からない。
それでも笹を分けて根元を観察すると、人が踏み固めたような細い筋が見えます。
それを手探りするように進みます。
用意した両手鋏など何の役にもたちません。
ほぼ100mくらいだったでしょうか・・・ともかく突破。

またも現れる踏み跡。
しかしそれもつかの間、これまで何とか断続していた踏み跡が消えてしまいました。

かたわらの木の幹に赤いスプレーで何か書いてあります。
消えかかっている、かな文字はどうにか判読できました。
「ここまでです」・・・と。   

そうなのか、ここらが限界なのか?

諦めきれず、潅木の中に突入。
これを抜けて小さな尾根に出ました。そこからは、日光から奥鬼怒にかけての山が私の苦闘をねぎらうこともなく、そ知らぬ顔で並んでいるのが見渡せました。 

気が着くとこの間にスプレー缶を落としていました。 

再び踏み跡?それも直ぐ途切れてしまいます。

そこから先へは密生するハイマツ交じりの潅木帯。

この先、どうみても手がつけられない。

        

Pb131029  高度計で1850m辺り。
 目的の「笠ヶ岳」も近いのだががな・・・

 ここまで標高差300mほどの登りに3時間もかかっています。
 この先どれだけかかるか・・・。

日が短い季節。
疲れもかなりなものです。

単独行では、これ以上進むのは無謀でしょう・・・・
と、言うことで潔くここで退散しましょう。

という次第であえなくまたも失敗です。
この分では、残雪期でないとノー・チャンスかな。
その時期、坤六峠まで車が入れるのかな?             

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赤城・船ヶ鼻山を歩いてつなぐ

2008年11月12日

「船ヶ鼻山」・・・?   ~聞いたことネーな。 そうでしょうね・・・。

赤城山群の一角なのですが、地形図にも山名の記載がありませんし、「日本山名事典」(三省堂)にも採り上げられて」いません。

試みにネットを検索しても全くヒットしません。
もしかしたら、このブログが日本で最初の「船ヶ鼻山」についての記事になるかも知れません。・・・オオゲサな。

赤城山の中心「大沼」の北側に「五輪尾根」と言うのがありますが、その尾根の途中から北北東に長く延びる尾根があり、それが1466mの地点でそのまま北へ向かう尾根と、西へ別れる尾根とに分かれます。

その分岐点になる1466mがこのタイトルの主人公「船ヶ鼻山」なのです。

このエリアを西側の沼田市方向から見ると「船ヶ鼻山」から北に延びる尾根はほぼ平坦で、船に見立てることができないでもありません。

その舳先にあたる位置にこの山があるため、山麓の人たちが、まるで「船の鼻先みたいだ」と感じ、たのがその由来ではないかと思っています。

頂上近くに紅白に彩色された送電線大鉄塔が立っているので、目立ちます。

わが<母なる山>の「赤城山」を知り尽くしたい、との思いからこの見捨てられている山の踏査をして、2回で、山荘からほぼ徒歩でつないでみました。

初めは「赤城北面道路」最高点の「五輪峠」に駐車。
峠から「五輪尾根」を西に向かい、途中の「野坂峠」から北に尾根を辿り、「蟻の戸渡り」なんていう痩せた尾根を通過し、途中一回迷い、厚い落ち葉の尾根を歩いて、ここが「船ヶ山」の頂上だろうと思われる大きな岩に着きました。

ここから西へ延びる尾根を辿れば山荘の辺りに降りられるでしょうが、そうすると五輪峠に置いた車は放置車になってしまいます。

昨日(10日)今度は西側から「船ヶ鼻山」の西尾根経由で頂上を目指しました。

昭和林道のゲートを開きガタガタの林道をゆっくり東へ。
小さな峠に出ると例の紅白鉄塔が見えます。

適当なところで駐車し、西尾根への取り付きを探しながら林道を歩きました。
取り付き点になりそうなところがあるのですが、林道が先へ延びていて、こちらの方がズッと歩きやすので行けるところまで・・・。

林道の終点は転回広場になっていて、そこから巡視路が始まっているのではないかと、期待していたのですが、道はそこで終わりです。

幸い浅くて広い谷の疎林なので、何処でも勝手に歩けます。
適当に南の尾根に向かい、アッサリ小さなコル(鞍部)に乗りました。

狭くて急な尾根を東に辿ります。
やがて露岩帯に突き当たりました。
大したことない、と高をくくっていたのですが、登るほどに甘いものではなくなってきました。

弱点を見つけながら高度を上げ、終いには左の方に逃げました。
ここはザイルなしには下れないな・・・。

Pb101025

岩場の高度差は50mくらいかな・・・。

尾根に出ると見覚えのあるところで、少し南にいけば大岩。

良く見ると木の幹に取り付けられている小さな山名表示プレート。
この前は気がつかなかった・・・

例の紅白大鉄塔の足元の草原で休憩。

下りは露岩を避け、45度ほどの急な山腹を、乏しい立ち木などにすがりながら、トラバース気味に西尾根に戻りました。

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登山用地図のいろいろ

2008年11月9日

偉大なる創造主からの人類に対する二つの大きな贈り物。
それは「笑うこと」と「想像する」ことです。

そして、その想像を駆り立てるものの一つに「地図」があります。

わが畏友<kuromap>さんは地図のオーソリティで、ブログでその薀蓄の極致を展開しています。
約1300枚程ある全国の5万分の1の地形図を全部揃えているそうですが、そんなにして何するのでしょうか? 余計なことですが・・・・。

ところで私のはそんなレベルの高い話ではありません。

山歩きのための地図のことです。

登山用の地図と言えば先ず挙げなければならいのが<国土地理院>で作成している「地形図」
ご承知のように縮尺が5万分の1と2・5万分の1の2種類があります。

本来、登山用に作られているものではないのですが、等高線のお陰で「高さ」と「傾斜」と「地勢」が分かりますので、コンパスとの併用でルート探しに欠かせません。

地形のディテールを読むためには2・5万図が優れていますが、描かれている範囲が4分の1の狭さになります。
私は併用派です。

山道もほぼ正確ですが、稀に、既に廃道になっているものがそのまま残っていたり、その反対のケースがあったりします。

昨今、少し困惑しているのが2・5万図が新規格になったことです。
新しいので、工夫が盛り込まれていますが、良いこと尽くめ、といかないのです。

地図の折り方には何種類ありますが、私が昔からやっている方法は、恐らく私だけのオリジナルだと思います。
しかし、その方法が新規格では具合が悪くて使えないのです。

また新規格では、図の端の部分を隣の図と重なり合うようにしています。
これが良いようで、実は使ってみると意外に按配良くないのですね。
上手い具合に境目を合せるのが面倒なんです。

Photo_3 登山用に特化した地図としてはダントツで利用されているのが「昭文社」の山と高原地図。
山道の情報は正確で、信頼できます。
ただし、地形はほぼ読めないので「地形図」との併用が一般的です。

一つ疑問がありました。送電線が書かれていないのです。
訊ねたところ、特別な理由は無くて、新しいものからプロットしているそうです。
それから、数年前、コースタイムには休憩時間は含まれていないと言うことなので、そのことを明記して欲しい、と申し入れたところ、そうします、と言う返事でしたが、未だにそうなっていないようです。  

         

これは(株)デージーエス・コンピュータで発行している「Photo_4 ジョイフル・マップ」です。

目新しいのは正確な距離(斜面距離)を示していることでしょう。

しかし、山道では距離で所要時間を測ることは現実的ではないので、実用性に疑問が残ります。

Photo_5 これは、北海道地図(株)で製作している「バードアイ」です。

地図名の通り鳥の目で見た「鳥瞰図」で、ぼかし図なので、ある程度、立体的に地形が読めます。

H・Cペランが描く「チロル・パノラマ地図」のような楽しみがあるのですが、斜め方向からで作成したものですから、図上の距離に歪が生じ、やはり実用性で劣りますね。

Photo_6

これは、国土地理院の「5万分1集成図」です。

地形図では何枚かに分散してしまうエリアを一枚にまとめているので便利性が高いもの。

「八ヶ岳」とか「尾瀬」など人気の高い山域のものが作られているのですがあまり見かけません。

実用性というより、見て楽しむ地図ですね。

多くの登山愛好家と同じように、私も地図を眺めては、日本の、そして世界の山を、神が与えてくれた「想像力」を駆使して楽しんでいます。

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地デジなんかいらない、ツーの

2008年11月6日

10月15日朝日新聞朝刊に<地デジ放送受信機の世帯普及率が目標ライン50%を下回り、46・9%に留まった>との記事がありました。

9月末時点での地デジ受信機保有世帯約2345万というのは、所管する総務省にとっては不本意らしいのですが、私には”ヘー、もうそんなに普及しているのか”という感想です。

さすれば、我が家はバスに乗り遅れている、半分のアナログ世帯に属しているということになるな・・・。

かなり知られてきているように、2011年7月24日は現行の」アナログTV放送滅亡(停波)の日

平たく言えば今のテレビ放送が全く見られなくなる、ということ。

マスコミやネット上でその功罪が論じられているが、大混乱必至でしょう。

何で地デジにするの?

地上デジタル放送になると
1、高画質、高音質が楽しめる。
2、最新のニュースや天気情報など暮らしに役立つ情報がいつでも見ることが出来る。
3、双方向のやり取りが出来る。
4、連動データ(番組中に情報を取り出せる)
などがユーザーのメリットらしい。

経済的負担ナシでそうなるなら別に言うことは無く、勝手にどうぞ、である。

ところがドッコイそんな甘いことでは、もちろんありません。

チューナー内蔵のTVに買い替えなければならない。
VHFアンテナをUHFアンテナの交換しなくてはならない。
最低限チューナーとアンテナを対応させなかればテレビが見られなくなる。

そのアンテナにしても厄介で、地上波停止後一年すると、東京タワーから「スカイツリー」に変わるため、再び方向調整しなくてはならないらしい。

あるいは有線放送に加入するか?。

いずれにしても、今説明されて範囲を相当超える負担を強いられることになりそうなのに、そのあたりのことが分かっていないのか、分かっているのに知らん顔しているのか・・・

仮にチューナーのみの負担にとどめたとしても、画質、音質は今と変わらないのなら、チューナー代だけの負担で、何のメリットがない。

私など現行の放送で何ら不自由を感じていません。
これ以上の高画質なんて望みません。
  ~吉永小百合のシワなんか見たくない・・・

暮らしに役立つ情報なんて、そもそも既に過剰で、かえって必要な情報が埋没しているくらい。

今のままで何故いけないのか。

なぜ地上放送を停波するのか?

なぜ、アナログとデジタルの共存が出来ないのか?

TV画面でキャンペーンらしきものをしているが、こうした素朴な疑問に答えていない。

いずれにしても視聴者にとって受益より、負担が大きいのは間違いないようだ。

一体、地デジになって笑う奴は誰なんだ

後期高齢者医療制度といい、紅葉マークの強制といい、アナログ放送の停止といい、私には弱者切捨ての、一種の「棄民政策」に思えたりします。

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「本社ヶ丸」北尾根での迷走

2008年11月2日

このブログでも以前紹介した<松浦隆康>さんの2冊のヴァリエーションルート本は、私を「迷宮」に誘い込むとてもキケンな本です。

落葉期を迎えると、そぞろ「迷宮」入りが面白くなります。

このところ、幾つかの道無き山を踏査していますが、10月31日にもその一つに・・・。

「本社ヶ丸」1631mは中央線・笹子駅の南にあり、反対の北側にある人気の「滝子山」に比べていかにも地味な存在です。

その山頂付近から笹子駅方向に2本の尾根が延びています。

今日はそのどちらかを下降する計画。

東電・山梨変電所近くの林道に車を止め、一般ルートで「清八峠」経由で山頂へ。

そのころは既に空を厚い雲が覆っていました。

さてどちらを下降しようかな。
どちらも尾根上に送電線の鉄塔が立っていて、いずれは「黒野田林道」に下りつく。

思案の末、山頂から東へ下って1541m峰からの尾根を下ることに決めました。

さて下降点を探さなくては・・・
その辺り、北側へはノッペリした斜面がひろがっていて、尾根筋が全く確認出来ません。

たまたま、一本の立ち木に黄色いテープが巻いてありました。
その意味するものは不明でしたが、他に何も見当たらないので、そこを下降点と定めました。

そのうち尾根筋がはっきりしてくるだろう・・・と、かなりテキトー。

葉は落ちていますが、密生する樹木のため周囲は見通すことが出来ません。
ただ、日陰のお陰で下草が全く生えていないのが助かります。

足元の落ち葉の下は、砕石を敷き詰めたようなグズグズの急斜面。
なので踏み出す足元はズルズル崩れ落ちます。

時おり、転石が混じり、石の間に足が嵌まることも・・・。

そのたびに足を突っ張るので筋肉疲労が大きい。

どうも尾根の形状にならない。左(西)に寄りすぎたな・・・

で、右(東)へルートを修正。
幾つかの支尾根や、浅い谷を横断しながら思い切り右斜めに下降。

と、落ち葉を蹴散らした跡が現れました。
ケモノミチだろうが、まるで人間が歩いたようにジグザグに下っていきます。

誘われて追随したが、それも程なくフッと消えてしまいました。

予定していた尾根に乗れていないのは明らか。
左下からかすかに水流の音も聞こえてきます。

もっともっと、思い切り右へ修整しなくてはならないのだ。

そうしていると、水流の無い谷に行く手を遮られました。
その対岸に行きたいのですが、谷底までの落差が6~7m。
両岸は抉られたように、急角度で落ちていて、下降するための手がかりは皆無。

たとへ下降出来たとしても、向うの岸へは全然登れない。

補助ロープ、スリングの類は全く用意していないし・・・。

今の状態で細心の注意が必要なことは、言うまでも無く怪我。
事故さえ起こさなければ小さな山のこと、何とでもなるだろう、と相変わらずノーテンキ。

岸辺を探りながら下っていくと、たまたま露出した木の根がまるでザイルを下ろしたように谷底へ延びているのが見えた。
対岸には露岩があって、そこが何とか上れそうだ。

脆い足場をだましだまし、何とか谷の底に下り立ち、対岸を上ることが出来ました。
ヤレヤレ。

暫らく進むと明瞭な尾根に乗れました。
ヤー、少しばかり手こずったがこれで万事OKだろう・・・。

と、安心して狭い尾根をドンドン下っていったのもつかの間。
木立が切れて、そこから右後方の高い位置に鉄塔が見えました。

アレッ・・・あいつは俺が予定していた尾根ではないか?
だとすれば、この尾根は、自身、地形図を見て注意していた「主稜から途中で分かれる支尾根」ではないか。

だとすれば、この尾根はいずれは出会いたくない、と避けていた谷に落ちるのだ。

尾根の末端に近くなって尾根を横断するケモノミチがありました。
それを、崩れるように右へ下降して浅い沢におりました。

この沢は、地形図の通り、流れの音が一段と大きくなった本流に合流。
いよいよとなったら靴を脱いで渡渉しよう、と覚悟していたが、幸いそれほどの水流は無くて、何とか慎重に対岸(左岸)に渡れました。

どこからともなく、赤いプラ杭が現れ、一定の間隔で続いています。
人工物だから、当然人が歩いている筈。

尾根と沢の中間の急な山腹を、相変わらず足元を崩しながら下降。

やがて左から高度を下げてきた尾根に乗りました。
あちことで見かける電力会社の巡視路のプラ階段。

何のことはない、もう一つの選択肢にあった西側に並行する尾根の末端に乗った、ということ。

選んだ尾根は全く辿れず、選ばなかった尾根に辿りついたのですね。

ゴールの林道は直ぐ下に見えてきました。
かくして、今日のプチ・アドベンチャーは終了です。

ヤレヤレ!
崩れる足元をツッパリ続けていたので、筋肉はすっかり強張っています。

本日の教訓
「道の無いルートは上りに用いるべし」

上りならルート修整は最小限に止められる可能性があるが、下降の間違いは、大きな修整を余儀なくされる・・・当たり前だろうが・・・。

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