三角点を大切に~再び「点の記」を」観て
2009年7月10日
はっきりしない空模様で足止めが続きます。
そこで「剣岳・点の記」を再び観てきました。
目が節穴状態の私では、2度目にしてようやく見えたことが沢山あって、この映画の出来の良さの理解が少し進みました。
例えばこんな場面。
苦難の末ようやく近づいた「剣岳」山頂直下で、案内人<宇治長次郎>は”私の務めは案内するだけ”として先頭を<柴崎芳太郎>に譲ろうとします。
それを柴崎は”私は最後まであなたに案内して欲しいのです”と長次郎を説得する。
この場面、最初私は、史実的な解釈で、長次郎が「禁忌の山」に最後の一歩を記すことを躊躇って、と読んだのですが、ここは素直に、言葉少なに、2人が互いを立てあう美しいシーンと感動して良いのだと思いました。
この場面はもちろんフィクションです。
思い出すのは「エベレスト」初登頂のときのこと。
下界に下ったとき<E・ヒラリー>と<テンジン>を悩ませたのは”どちらが先に頂上へ着いたのか?”という質問の嵐.。
二人にとってはどうでもよいことだったのに・・・。
この教訓から1954年の「K2」初登頂のイタリア隊は2人の登頂者(A・コンパニョニとL・ラチェデリ)の名前を長いこと公表しなかったのです。
山の世界での絆が下界に下りた途端に、世俗にボロボロにされていく、登山史では珍しくないことです。
閑話休題(それはさておき)
書きたかったことは「三角点標石を大切にしましょう」ということです。
「剣御前」に設置されている三角点と「剣岳」
(山と渓谷誌から)
この映画に描かれる測量作業の困難さは、決して作り物では無いでしょう。
全国には約103300点の標石が設置されているそうです。
それらの困難な作業の殆んどが、誰の目に触れられることなく、語れることも無いままに、ヒッソリと進められられたもの。
陳腐な言い方ですが三角点標石は「血と汗の結晶」なのです。
その結果として、貴重な文化財、公共の財産になっているのです。
大切にしなくてはならないことは自明。
なのに、無神経な人が多いのがとても気になります。
標石を囲んで車座になり飲食するグループ。
写真を撮りたい、タッチしたい三角点愛好者には迷惑です。
標石に尻を乗せている人・・・ 椅子ではありませんよ。
中にはあろうことか、上にコンロを載せて煮炊きする人たちまで。
こんなことを目撃すると、黙っていられず、ついお節介な注意をしてしまいます。
”ウザイジジイだ!”という雑言を背中で聞きながら・・・
山を心から愛せる人だったら、山頂に上りついたとき、三角点を探し、その設置に至る労苦を偲び、また山頂に登れた喜びの発露として、ソッと物言わぬ御影の頭に手を触れてみるものです。
これまで「第三の男」「ローマの休日」「荒野の決闘」「シェーン」「用心棒」「野菊のごとき君なりき」など、繰り返し観ている名作の数々。
「剣岳 点の記」はその列に加えられそうな一作になりそうで・・・。
キットまた観る!
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