奇勝の秋「裏妙義・谷急山」

2009年11月6

天下の奇勝・妙義山塊の最高峰(と言ってもたったの1162mですが・・・)の「谷急山(やきゅうやま・やきゅうざん)」を歩いてきました。

妙義山塊の一番奥にあります。
危険箇所が多い妙義山塊の中では比較的容易なルートですが、それでもけっこう体力と神経を消耗します。

コースは国民宿舎・裏妙義~三方境登山口~三方境~P1・984m~大ギャップ~P2~谷急山~女道経由で下山

Photo 朝、逆光に浮かぶ「表妙義・金洞山」                                     

                                    

 

Photo_2 尾根に出ると展望が開け西に、一昨夜、初冠雪した「浅間山」                                             

                                           

 

P2

「P2」という岩峰です。

これを越えていくのですが、けっこう怖いです。

この頂上に立つと、高所恐怖症の私はゾクゾクしてしまいます。  

                                  

Photo_3 尾根がこのような裂け目で突然切れてしまいます。

大ギャップとか、V字状キレットとか呼ばれています。                                            

いかにも妙義らしいですね。                                              

  

Photo 画面、中央の扁平な山が、先日『クレヨンしんちゃん』の作者が不慮の死を遂げた「荒船山」です。

                                         

Photo_2 三角点標石だけで、山名標識すら無い質素な「谷急山」山頂。

狭い頂上ですが、展望は広大です。

今日は「北アルプス」まで見えました。

                                                   

山頂までの累積標高差は約800m。
普通なら2時間半くらいでしょうが、3時間半かかりました。

下山ルートは「女道」
名前は優しいのですが、沢筋に入ってからは道形がなく、ペンキ印や、テープを頼りに下降します。 
一筋縄ではいきません。  (人間の世界でもそうだな・・・・) 

林道に下りついた時には、正直ホッとしました。  

妙義山塊は身の丈はたいしたことはありませんが、面白くて、しかし手強いです。

で、また行くことになるでしょう。

                                                        

                                                                               

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こんな○○に誰がした~国会の風景

2009年11月1日

政治史に特筆される有権者による政権交代が実現して最初の国会。
これまでの民主党政権の足取りは、何とか合格点を得ているようだ。
「民主党には不安が・・・」という世評からすると、思っていたより”やるじゃないか”という印象。

賛否はとにかく、役人の振り付けによらず、大臣が自分の言葉で語り、それを支える副大臣や政務官も野党時代にシッカリ勉強していた跡が伺える語り口。

これまで余りマスコミに露出していなため、知名度が低かった若い議員に人材が多いことも分かった。
長い冬の時代に、「百年兵を養う」気概で、コツコツ研鑽を積んでいたのが開花したのだろう。

さて、そんな中で臨時国会が始まった。
様相が一変している。
4年前の郵政選挙をソックリ反転している。

何より感じるのが自民党の生彩の無さだ。
席に座る元首相たちの姿。
麻生さんは相変わらず人を小ばかにしたような薄ら笑いを浮かべ、、マスクの安倍さんはまだ若いのに、もう過去の人みたいに生気がない。
森さんの仏頂面はもう見たくないし。

「一葉落ちて天下の秋を知る」
   何をやっても思うようにいかない。
   呆然自失で、思考停止状態にあるようだ。

Photo

なにより、自民党は深刻なジレンマに陥っている。

政策批判は野党の仕事だが、今、民主党の政策批判をすると、その矢は確実に自分に戻ってくるからだ。
天にツバする典型である。

鳩山総理の
”あなた(自民党)に言われたくない”
という答弁は「友愛」を掲げる鳩山さんらしくないが、とにかく今の政策課題の多くは自公政権での失政に原因があることは否めない。

だから、民主党にすれば本音では
”おれたちはあんたがた(自民党)のシクジリの尻拭いを一所懸命やっているところだよ。
こんな酷い日本にしたあんたがたに、人の批判をする資格があるの?”
と言いたいのだろう。

♪こんな女に誰がした♪
霧島 昇とのデュエット「相呼ぶ歌」でデビューした純情歌手菊地章子が、戦後、退嬰的に歌ったヒット曲。

こんな日本に誰がした?
自民党には身に覚えがあるから、返す刀で切られることは明白なので、ツイ民主党に向ける切っ先が鈍ってしまう。

”ボク、どうしたら良いのかワカンナイ”自民党。

よほどのことがないとこの党には当分、党勢回復の展望が開けない。
それでも自民党はこれまでの有権者を見くびっていた政権運営を真剣に反省して、民主党を超える政党にならなければならないのだ。

そうならなければ日本の政治レベルは上がらない。
民主党に出来たことは、自民党にも出来るはずだ。

自民党の志のある人に奮起を促したい。

そして民主党には小泉政権のように、驕ることなく、前政権がとっ散らかした、難しい政策課題にシッカリ取り組み、着実に成果を挙げてほしい。

そんな政治状況になれば、この国の未来に希望が持てるようにななるだろう。

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超接近!カモシカ ~北八ッにて

2009年10月25日

少しばかり雑事が重なりパソコンに向かう時間が取れなくなって、またまたブログの更新が遅れてしまいました。

この間に北八ヶ岳の「にゅう」を歩いてみました。
北の蓼科山から、南端の「編笠山」までの長い「八ヶ岳連峰」
そのほぼ真ん中辺りで、主稜線から東に外れて「にゅう」という可愛らしい岩峰があります。

標高2352m
名著『北八ツ彷徨』で著者の山口耀久さんは「にゅう」についてこんな風に書いています。
「にゅうの眺めはすばらしい。ここに立って、北八ッが好きにならない登山者はいないだろう」・・・・

それにしても「にゅう」なんておよそ山の名前らしくないですね。
刈り取った「稲」を円筒形あるいは円錐形に積み上げたものを指すそうです。

この道中で前ブログの「クマ」に続き、こんどは「カモシカ」と超接近したのです。
山でカモシカを見かけることは決して珍しいことではありません。

しかし、今回の出来事は僅か4~5mを隔てての遭遇です。
しかもしばらく目を合わせ、シッカリ互いにみつめあいました。

それは22日「北八ッ」の「みどり池・しらびそ小屋」に向かっている途中の出来事。

52年ぶりの「みどり池」への道のほぼ中間に差し掛かった時です。

山道を上るときは足元に視線を落としていることが多いのです。
フト目を上げると目の前に黒い動物が立っていました。

彼我の間は4~5mです。

一瞬「クマ?」と思いギョッとしましたが、「カモシカ」でした。
目が合いました。

襲われるか?と思い数歩そのまま後ずさりしました。

しかし彼はそんな気振りはコレポッチも見せませんでした。

その目はまるで動じていません。
威嚇するでもなく、怯えるわけでもなく、静かな落ち着いた目でした。
森の隠者のように・・・

彼の目はもしかしたら、私の目を通過して、永遠を見通しているのか、と思えるくらい深い静謐を湛えているかのようでした。

十数秒が経過したでしょうか。
彼はなにごとも無かったようにユッタリした足取りで右手の浅い谷に降り、その畔で草を食みました。

私の存在は見事にシカトされたということになります。

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 北八ッの深い樹林の中に小さな岩峰をもたげる「にゅう」  

 この日の私のように孤独の憂愁を醸し出しています。
      ~ナーンチャッテ・・・・                                                 

                                                                                                         

            

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                                                                                             「にゅう」山頂
樹海の中の天に向かって開く窓「白駒池」

連なる北八ッの稜線の果てに「蓼科山」
  

 これからの山歩きに何が待っていることやら・・・・・                                                   

                                                    

                                           

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初体験!クマとの遭遇「奥日光・黒檜岳」

2009年10月14

これまで随分いかにも「クマ」が出そうな山を歩いていますが、幸か不幸か(不幸なわけないだろうに・・・)クマに出会ったことは一度もありません。

たいていの山域には「熊出没注意」の立看板がありますが、クマの方も心得ていて、そんな看板の立っているところには現れないようです。

一度くらいクマと遭遇する経験をしないようでは一丁前の山好き、とは言えないような気がしているので、妙に劣等感?を抱いていました。

それが・・・ついに出会ったのです。本物のクマと・・・・
感動?の初体験が出来ました。  ~喜んでいる場合か・・・?
時は10月13日、午後12時半ころ。
ところは中禅寺湖の南西にある「黒檜岳」1976mからの下山道の途中。

こんな状況でした。
突然これまで聞いたことの無い「ウオーッ」というような獣の叫びが聞こえました。
やや甲高い声でした。
咄嗟に目をやると黒い、大小二つの影が、瞬間視界をよぎり、たちまち笹薮の中に消えていきました。
およそ4~50mくらい離れた位置です。

親子連れのクマが先に私の存在に気付き、威嚇の叫びを挙げて逃げた、ということのようです。
それこそ瞬きするくらいの間の出来事だったので、実のところ、それがクマであったのかどうか、100%の確信が持てないのですが、状況的にクマとしか考えられないのです。

離れていたこともあり、危険は感じませんでした。
反射的に落ちていた手ごろな枯れ木を手にしていましたが、若し襲ってきたらそんなものが何の役にたつでしょうか?

さて、この日の登山はこんな具合でした。

Pa131449 戦場ヶ原・赤沼から低公害車に乗り、小田代ヶ原の白樺「貴婦人」を見たりしながら終点の「千手ヶ浜」

その辺りで見上げる特徴の乏しい「黒檜岳」

Pa131450 中禅寺湖の畔に出るとご存知の「男体山」が・・・                                               

                                                                                                          

Pa131454 中禅寺湖から離れ、登山道に入る分岐点

Pa131451 登りついた最初の頂上にはこんな標識しかありません。                                   

                                        

Pa131452

少し進むとまともな頂上標識がありました。

しかし、展望の無い平らな山頂からは頂上を踏んだ、という実感を持てません。

 Pa131453                                            

 黒木に覆われたこの山には秋の色彩が殆んどありません。

 ささやかな紅葉です。

クマ鈴も、ストックも持たない私は熊へはまるで無防御です。

データによるとクマに襲われて死亡する被害者数は年平均1人。
蜂によるそれは40人。
圧倒的に蜂の方が危険です。

そんなデータにすがってこれからもクマさんへはノーガードで臨みます。                                                                                   

                                      

                                                                                                                                     

                                               

                                                                                                                                         

                                               

                                          

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「佐久の幽巒」への長い旅

2009年10月12日

日航機が墜落した御巣鷹山」の西の方、約8kmほどのところにある「御座山」(おぐらやま・おぐらさん)2112mは、知名度は高くないものの、昔から良く登られている山です。

今は聞きませんが、ある時期、一部の人はこの山の冠詞として「佐久の幽巒」という言い方を使っていました。
難しい言葉ですね。

「幽」は奥深く隠されている、いう程の意味。
「巒」は「山」のことです。
すなわち「幽巒」は「奥深い山」ということになります。
確かに山々が幾重にも重なる長野・群馬の県境にある山ですから、「幽巒」の表現は決して間違っていません。

標高はそれほどではありませんが、周囲の山からは抜きん出ているので、どこからでもよく目立つ存在です。

私がこの山に登ったのは1962年5月。
その時の記録に「大島亮吉が佐久の幽巒と呼んだ御座山」と記してあります。

そのことには何の疑いも持っていませんでした。

                        Photo_2

「御座山」山頂での20台後半の私。
こんなことが出来たのも若さの故。

あるとき「大島」の書いたものを読み返したのですがどう見ても「佐久の幽巒」という表現は見当たりませんでした。
ナンデ! キツネにつままれた、というのはこんな状態でしょう。
大島は1926年4月秩父から信州・梓山まで長い山旅をし、その途中で「御座山(大島は小倉山と)に登り、それを日本山岳会の『山岳』に発表していますが、「幽巒」の「幽」の字も出てこないのです。

それではいったい誰が言ったことなのか?

御座山に関して書かれたものをあれこれ調べてみましたが長いこと謎のままでした。

2007年に山の世界では良く知られている「野口冬人」さんが『書斎のビバーク』を上梓されました。

その中で”意味がよくわからないままに「大石真人」さんが書かれたものから「佐久の幽巒」を知り、引用していることを書かれていました。

そこで今度は「大石真人」さんの書物探しです。
『山岳憧憬』を入手し、「佐久の幽巒」の初出が古い『山と渓谷』誌であることが分かりました。

 Photo                                                 

先日、国会図書館に出向き、昭和22年9月号の『山と渓谷』を閲覧。

ようやくその一文に出会いました。

分かったことは「幽巒」は難解なことこの上ない、幽玄の詩人「日夏耿之介」の作品から引用したものでした。
「鮮(あた)らし 驍(つよ)し 湛(たの)し  煕(たの)し 幽巒に入る」

こんなことホント、どうでも良いことです。
分かっても、分からなくても私の人生に何の影響もありません。
その追求のために費やした時間がもったいない・・・・

分かってはいるのですが・・・
それでも長年頭のどこかに住み着いていた「宿題」を果たして気分は「ハレ」です。

今度は、もう一度あの岩の山頂に立ちたい、という宿題を果たさなければなりません。

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故国で蘇る「乙女の祈り」

2009年10月9日

このところTVやラジオで、多分、日本でもっともポピュラー(通俗的)なピアノ曲「乙女の祈り」を話題にしていました。

今はどうなのか知りませんが、昔はピアノに親しむ人は先ず「バイエル」から始め、鍵盤に慣れてきて、練習曲以外のものにも関心が移ってくると、必ず弾きたくなる定番の曲が幾つかありました。

ベートベンの「エリーゼのために」とかランゲの「花の歌」とか・・・。
その中でも多分ダントツの人気曲は「乙女の祈り」だったと思います。

私も何かの折に知ってから、いっぺんで気に入り、高校生で始めたピアノで、一番熱心に練習した曲になりました。
 ~才能も無く、独学だったため、まったくものになりませんでしたが・・・

「乙女の祈り」は左手で弾く伴奏の和音がシンプルで暗譜しやすく、小品ですが、、いちおう変奏曲になっているので、練習し甲斐のある曲です。

作曲したのはポーランドの若い女性<テクラ・ボンダジェフスカ>です
~私が知ったころは<バダジェフスカ>と呼んでいましたので、この呼び方には馴染めませ んが・・・
「Badalzewska Tekla」 をポーランド読みをすると、こうなるようです。

彼女が17歳の時に作られたこの小品は、日本では有名なのに、故国のポーランドでは今、彼女のことも、「乙女の祈り」のこともほとんど忘れられているようです。

ポーランドといえばもちろん「ピアノの詩人・ショパン」
そして「メヌエット」で知られている<パデレフスキー>などを排出している音楽性豊かな国なのに、なぜなのでしょう。

ソ連の圧制下にあった長い冬の時代、「祈り」という言葉が共産主義のイデオロギーに合わないという理由で、声をひそめざるを得なかった人々が、この曲を弾いたり、聴いたりするとをはばかっているうちに、次第に忘れられていった、ということらしいです。

「乙女の祈り」の楽譜がフランスで発表されて知られるようになってから150年。
またポーランドが民主化されて20年。

そんな節目を迎えて、ワルシャワ生まれで、堤清二さんの知己を得て、日本で生活している<ドロタ・ハワサ>さんという女性が、ポーランドですっかり忘れられている「乙女の祈り」をもう一度蘇らせる活動を進めていることを、TVやラジオで採り上げているのですね。

Photo この写真はハワサさんがワルシャワで探しあてた<ボンダジェフスカ>の像をお借りあいました。

左手に持っているのが「乙女の祈り」の楽譜だそうです。

彼女は7人の子供の母親になったそうですが、わずか27歳で夭折していす。  

故国では忘れられているのに、海外で評価を得て、その結果、故国で再評価される、ということはよくあることですね。

今、一人の女性の力で、ズーッと昔の女性の存在が蘇ろうとしています。

乙女の祈り」が通じたのでしょうか?                                 

                                        

                                                   

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東京都シルバーパスのこと

2009年10月6日

自分の感度の悪さを恥を忍んで晒します。、

都に高齢者向けに交通費を優遇する制度があることは聞いていました。
「シルバーパス」というもので、年間、20510円を払うと、都営地下鉄、都営バスのほか民営の路線バスのあらかたも自由に乗れる、というものです。
                                    

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そもそもは、あの究極のポピュリスト美濃部都政の時の、高齢者には交通費をタダにする、という制度の名残りでしょう。

さすがに財政上無料というわけには行かなくなって有料化。
それでも効果はあるようで、周囲にも活用している人は多くいます。

ただ、私の場合、東京には年の半分くらいはいない、という事情があり、従ってその効果はそれほど高くはない思っていたため、積極的に入手しようと言う気はなかったのです。

さらには、シルバーシートとか、敬老の日とか、紅葉マークとか、やたら老人扱いされるのが癪で、ソッポを向いていたこともあります。

使える範囲も、漠然と都内の路線バス限られている、と思いこんでいたところ、あるとき、郊外の多摩地区でも使えることを教えられました。

200円均一の都内と異なり、郊外では距離が長ければ当然高くなります。

奥多摩ハイクなどに行くことを考えるとずいぶんお得なパスであることに、権利が発生してから5年も経って、遅まきながら、気づいたというわけです。

という次第で本日ゲット。

これからどこへでも(・・・というわけには行かないのですが)タダで(・・・これも錯覚)出掛けられるぞ。

さしあたり都営地下鉄を端から端まで乗りつくしてみようかな。
銀座へ行くのもこれからは都営バスにしよう。

神保町の古書店街もグンと近くなるな。
そうすると、ただでさえ洪水状態の本がまた増えることになってしまいそうだ。
これはやばい!

しかし、これって己が高齢者であることを認めてしまったことになりますね。

行政が用意した「毒饅頭」を食べてしまったような気がします。
チト後味が悪い?

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48年ぶり、2度目の白馬岳

2009年9月28

48年ぶりに「白馬(しろうま)岳」2932・2mに登りました。
コースは初日、栂池自然園~天狗原~白馬乗鞍岳~白馬大池小屋(宿泊)
翌日、小屋~小蓮華山~三国境~白馬岳~往路を戻って栂池自然園です。

栂池から天狗原へは以前から草紅葉のころ歩いて見たいと考えていたことですが、それなら白馬大池小屋に泊まって「小蓮華岳」辺りを歩くのも良いな、と発展し、そこまで行くのなら、もう一ガンバリすれば「白馬岳」まで登れるな、と三段跳びで実現した、と言うわけです。

それでは一足早い高山の秋をお届けします。

Photo                                                                 

  通過してきた「天狗原」を俯瞰します。                                      

 2                         

 標高2380mの「白馬大池」の水面に映える紅葉です。

 Photo_2                             

 同じく「白馬大池」です。  
  岳樺の黄葉も味わいがあります。                                           

Photo

この時期はもちろん一番早い「ウラジロ  ナナカマド」「ウラシマツツジ」などが中心
になりますが、「チングルマ」などの草紅葉も欠かせない存在です。

2_2  
 小蓮華山2769mを過ぎて、近づく「白馬岳」
 左は「白馬槍」と重なる「杓子岳」


 Photo_2                                          

  白馬岳山頂 2938m に一番乗り。
  48年前は風雨の中で何も見えず、ただ頂上に立っただけで、何の記
  憶も残っていません。  

  円柱の方位盤の設置については新田次郎の出世作「強力伝」に
  書かれています。
  
早朝のガスが消え、今朝はかつての無念を十分晴らした展望を楽しみました

これで終わりにしておけば良いものを、少々文句を垂れ流します。

それは、どういうわけかこの山域で離合した登山者に、異常と思えるくらい「熊よけ鈴」を鳴らしていた人が多かったことです。

ハッキリ言ってこれは「マナー違反」です。
ご当人にはその意識が無いのでしょうが、とても耳障りで、山の雰囲気を壊します。

熊よけ鈴は、滅多に人が入らないような山域での使用に限定すべきで、絶えず人が往来する山道では必要ありません。
ましてや、山小屋や乗り物などで鳴らすのは言語道断です。

一説によれば熊よけの効果は確認されていないのです。

この登山道の往来では、およそ半数近い人が鳴らしていましたね。
特にご夫婦連れは例外なく鳴らしていて、ご丁寧なことにおそろいまでいます。
とりわけ酷かったのがご夫人のほうが2個も下げていました。

チンチンじゃらじゃら、まるで巡礼ご一行です。

この他人への迷惑に気付かない鈍感な行為が、マナー違反であることは山岳会やツアーリーダなどではキチンと教えています。
山岳誌のマナー特集などでも取り上げています。

ですから、さすが山岳会のグループらしい一行や、いかにも山慣れした登山者にはそんな不心得な人は見かけません。

こうした得意げに鈴を鳴らしている人は、山岳会に入ってもいず、山岳誌も読まないでしょうから、それがいかに顰蹙を買う行為かと言うことを知らないのでしょう。

どう啓蒙したら良いのか・・・。
いちいち注意していたらキリがないし、中にはキレル人もきっといるに違いありません。
ホトホト困っています。

私は、山ではただ、稜線を吹き渡る風の音を聴きたいだけなのに・・・・・・                                            

                                                                     

                          

                               

                                          

                         

                           

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「友愛」と「ミツコ」の物語

2009年9月24日

フランス・ゲラン社の香水「ミツコ」はご存知でしょうか。
私も知っていますが、使ったことはありません。(当たり前だ・・・)

鳩山総理が好んで用いる「友愛」
かつて中曽根大勲位が”ソフトクリームのようで、甘いが直ぐとける”と揶揄していましたが、確かに素面では面映くて口にし難い言葉です。
それを口にしてもあまり違和感を感じさせないところがいかにも「宇宙人・鳩山由紀夫総理」らしいですね。

さて、鳩山さんの「友愛」と香水の「ミツコ」。
この二つに何の関係があるの?
じつは深い因縁があるのです。

「友愛」の源はフランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」のうち「博愛」(フラタナティ)のことだそうです。
ヒットラーやムッソリーニの圧制に対するアンチテーゼとして「パン(汎)・ヨーロッパ」(ヨーロッパ共同体)をオーストリアの政治家(経済学者、芸術家、哲学者)<クーデンホフ・カレルギー伯爵>が提唱しました。

彼は「友愛を伴わなければ自由は無政府状態を招き、平等は暴政を招く」として、「博愛を自由と平等をつなぐ概念」として提唱したそうです。

若いカレルギー伯爵のこの思想運動はやがてEEC(欧州経済共同体)として実を結び、更に今日のEC(欧州共同体)へと発展しました。

彼の功績はノーベル平和賞にノミネートされるほどに評価され、今日それにも勝る「欧州共同体の父」という呼ばれ方で称えられています。

彼は母親が日本の混血児です。 
1874年(明治7年)牛込生まれの母の名は日本名<青山みつ(光子)> 

18歳のとき、オーストリア・ハンガリー代理公使の<ハインリッヒ・クーデンホーフ伯爵>と電撃的な国際結婚をします。
やがてウイーンの社交界にデビューし脚光を浴びるようになります。
その華やかな存在にあやかろうとしてゲランは「ミツコ」という香水を売り出したのです。
 
かくして母親「ミツコ」は「欧州共同体の母(あるいは祖母)と呼ばれることになります。                        

 Photo                                   

読書をする「クーデンホーフ光子」
「黒い瞳の伯爵夫人」とも・・・

クーデンホーフの理念に感動して、「友愛」を自らの政治理念としたのが、鳩山首相の祖父<一郎>というわけです。
以来今日まで脈々として「鳩山家」に受け継がれているのですね。

余談になりますが、往年の名画「カサブランカ」 に登場する反ヒトラーの主導者・ラズローはクーデンホフ伯爵がモデルだそうです。

かくして「友愛」と「ミツコ」のルーツを辿ると<カレルギー伯爵>でつながり一つの感動的な物語が完結するというわけです。

めでたし、メデタシ・・・

ところがです・・・
実はことはそんなにうまくいかないのですね。
香水の「ミツコ」は「パン・ヨーロッパの父・カレルギー」の母の「ミツコ」ではないのです。

ほんとうは、フランスの作家クロード・ファーレルの小説「ラ・バタイユ」に登場する日本海軍総督の妻「ミツコ」のことだそうです。
作家と親交があったゲランが敬意を表して命名したのですが、日本での販売促進のため「欧州共同体の母=ミツコ」を今のゲラン社は否定しない、という考えのようです。

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いい加減にしてくれ!酒井報道

2009年9月19日

こんなマスコミのバカ騒ぎ、いったいいつまで続けるつもりなんだ!

酒井(坂井だったかな)ナントカというそこらのネエチャン(失礼!)が覚醒剤を持っていただの、吸引しただの、というたったその程度の事件で、在京TVキー局の気違い狂沙汰にしか見えない過熱した報道振り。
この1ヶ月ほどは彼女にTVジャックされたみたいで、苦々しい限りだ。

この事件、オレたちにいったいどんな関係があるのか?
オレたちの生活に何か役に立つのか?
誰かを幸せに出来るのか?
誰かを救うことができるのか?


オレにはこんなことホントどうだっていいことだよ!

来る日も、来る日も、どのチャンネル回しても同じ時間帯に、同じような映像が流される。
たった500万円程度の保釈金で保釈される彼女の姿を、驚くような数の報道陣が待ち受けている。
ヘリで彼女が乗っている車を追跡する。
これってそんな大事件なんですか?
オバマ大統領の来日でもあるまいし・・・。

マスコミってそろいもそろって、そんなに閑なのか?
他にやることが無いのか?

覚醒剤や麻薬の怖さを知らせ、警鐘を鳴らすためだって?
チャンチャラおかしいぜ。
こんなおっかけ映像ナンボ見たってその怖さなんぞ、全然伝わってこないジャンか。
他人の不始末を覗いているだけの悪趣味にしか感じられないよ。
覚醒剤などがどんなに人間を蝕むものなのか啓蒙したいのなら、真面目にそういうドキュメントを作れってんだ。

マスコミには知りたい人に知らせる報道の義務がある?
そりゃ、少しは関心を持っている視聴者もいるだろうよ。
でもね、大多数の普通の人にはこんなことどうでもいいことだ、とオレは断言するね。

芸能人などと呼ばれて、一部のフワフワ浮ついている奴らの不健全な遊びより、毎日の生活に必死の人が大勢居るってこと知らないわけないよな。
日本中に、世界の至るところに、伝えなければならないことが沢山あるはずだ。

貴重な公共の電波を使っていながら、視聴率の影に怯えて、ひたすら視聴者に阿ねる番組造りに精出して、報道の持つ使命を失っているとしか思えないTV局。
恥ずかしくないのか?
こんなザマではいずれTVは死んでしまうね。

気骨のあるTVマンは存在しないのか?
悔しかったらたとえばまさに今目の前にある危機「八ッ場ダム」(またやんばなの?)の半世紀に及び翻弄された人々の記録、現状、中止することの功罪、公共事業のありようなどを真面目に伝えるドキュメントでも作ってみろって言いたいね。

この際だからついでに言うけど、あの「ゴールデンタイム」と称する時間帯での、軽薄なタレントたちがキャーキャー騒ぐ、ただ騒々しいだけの番組のオンパレード。

どこか一局くらいその時間帯にオレラが真剣に考えこんでしまうような問題提起の番組を作ってみようという気にならないものかね。

イャー
われながら口汚く罵ってしまったな。
いくら書いたってこんなこと、自分を貶めるだけだからもう止めようっと・・・。

こんなことグダグダ書き連ねるのも「加齢現象」なんだろうかな。
・・・・と反省。

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